<4−1−1、ホイール端バネ定数について>

 誤解されていらっしゃる方が居られるかもしれませんが、ここでいうホイール端(タイヤ端)バネ定数とスプリング単体のバネ定数とは違います。ホイール端バネ定数とは、そのサスペンションの様々な要素全て含めたホイール端での(タイヤをストロークさせるときの)バネ定数のことです。ここでは、その違いについて説明します。

スプリングはホイール端についているわけではなく、多くはレイアウト上の問題からサスペンションアームのより内側についていたりします。また取り付け点の移動方向に対して角度を持って付いていることがほとんどです。これらによりホイール端のストローク量とスプリング端のストローク量は一致しません。ホイール端のストロークに対してそのときのスプリング端のストローク量の割合をレバー比と言い、ホイール端が1mmストロークするとき例えば0.8mmしかストロークしなければレバー比が0.8ということになります。

ここで簡単のため単体のバネ定数を線形とし、レバー比をストロークによらず一定としますと、スプリング単体バネ定数をホイール端換算するにはレバー比の二乗をかける必要があります。4.1.1を参照してください。いまスプリング単体のバネ定数をKc、このスプリング分でのホイール端バネ定数をKs、レバー比をRとすると

ホイール端バネ定数(スプリング分)Ks=R×スプリング単体のバネ定数Kc

となります。例えばスプリング単体バネ定数2.0kgf/mmでレバー比が0.8の場合を考えると、このスプリング分のホイール端バネ定数は、

ホイール端バネ定数Ks=0.8×0.8×2.0

=1.28kgf/mm

となるわけです。尚、図はフロントビューのイメージですが、左右方向の割合だけでなく各方向ひっくるめてホイール端を何ミリ上下させたらスプリング端が何ミリ上下するかの割合がレバー比になります。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 


なぜ二乗かというとストロークも0.8倍だし、そのバネが発生する力もホイール端ではテコの原理で0.8倍だからです。いまこの例でホイール端を1mmストロークさせるとスプリング端では0.8mmストロークすることになります。このストローク分によりスプリングは

Fc=2.0kgf/mm×0.8mm

=1.6kgf

の力を発生しますが、これとつり合うホイール端の力Fsはテコの原理から

Fs=0.8×Fc

  =0.8×2.0

  =1.28kgf

となります。すなわち1mmストロークするのに1.28kgfの力を発生するわけですから、1.28kgf/mmのバネ定数ということになります。

つまりレバー比が1.0に対して0.9、0.8の場合は、同じスプリングでもその分のホイール端バネ定数はレバー比=1の場合に対して0.81倍、0.64倍となり、それぞれ19%、36%も下がることになります。例えばA車のフロントサスペンションのスプリングバネ定数が2.5kgf/mmで、B車が3.0kgf/mmだったからといって、ホイール端バネ定数がB車のほうが高いとは限らないわけです。もしA車のフロントサスペンションのスプリングレバー比が0.9で、B車が0.8なら、スプリング分によるホイール端バネ定数はそれぞれ

 A車:0.9×2.5=2.025(kgf/mm)

 B車:0.8×3.0=1.920(kgf/mm)

となり、A車の方が高いということになります。

一方スプリング分とは別に、サスペンションリンクブッシュ類等にも多少のバネ要素があるので、実際のホイール端バネ定数はそれらの要素を加えたものとなります。例えばサスペンションアームの車体側取り付け点に一般的な内外筒タイプのブッシュが付いていたとします。これらは金属製の内筒と外筒の間のゴムによってサスペンションから車体に直接衝撃が入力されるのを防いで耐久性を上げたり、振動や音を遮断したり、さらにはサスペンションに入力される力でたわむことによってサスペンションリンクを微小に動かし、それによって<8−3、コンプライアンスステア及びステアリング剛性の概念とその影響>で後述するようなコンプライアンスステアなどをつけるために存在しますが、このサスペンションリンクをストロークさせると内外筒間のゴムをねじることになり必然的になにがしかのバネ定数をもつバネ要素として作用します。トータルのホイール端バネ定数に対するこれらの要素の影響は当然より小さいですが、ちりも積もればで厳密にはこの分もホイール端バネ定数に影響します。

ここでショックアブソーバーの減衰力に対するレバー比の影響について少し触れておきます。ショックアブソーバーもなにがしかのレバー比を持って取り付けられているわけで、当然ホイール端の減衰力はこのショックアブソーバーのレバー比の影響を受けます。ただ、バネ定数と違ってある程度簡略化した条件でも、上記のバネの例のようにレバー比での単純な式には出来ません。ショックアブソーバー端で発生した減衰力をホイール端に換算するとき、テコの原理でショックアブソーバーのレバー比倍になるところはバネの場合と同じなのですが、ショックアブソーバー単体が発生する減衰力がどうなるかが一概に言えないからです。ホイール端がある速度でストロークしたときショックアブソーバーのピストン速度はそのレバー比倍の速度でストロークしますが、そのとき発生する減衰力がレバー比が1の場合に対して何倍あるいは何条倍になるかは、様々な要素を組み合わせて作られる実際の減衰力特性においては単純な数式で一般化することは出来ないということです。

 ところで蛇足ですが、スプリングのレバー比の決定要因は何でしょうか。一番はレイアウト上の制約が大きいと思いますが、そもそも要求として、ショックアブソーバーのレバー比をいろいろな工夫をしてまで1に近づける(あるいはそれ以上にする)努力が払われるのに対して、スプリングが別置きのレイアウトの場合のスプリングレバー比については一概に大きければいいというものではないように思います。例えば一部の乗用車などではむしろバネ定数を低くして乗心地を良くしたいというニーズがあるのに対して、例えばコイルスプリング単体の場合にはある程度以下に出来ない事情があります。コイルスプリングのバネ定数を下げるには線径を細くするほかに巻き径を大きくしたり巻き数を増やすなどがありますが、スペースの問題や強度上の問題、やりすぎると縮んだときに隣の線と接触する等の不具合が出るなど思い切って低くすることは案外難しいのです。レバー比を下げればこの問題は劇的に(二乗だから)解決しますが、スプリング単体での主に自由長のばらつきがホイール端ではレバー比が小さいほど顕著なばらつきとなるため、例えば車両姿勢のばらつきの問題などが発生する可能性があります。最近ではホイール端バネ定数を比較的低くしたい大型のサルーンなどでは、電子制御できるというメリットも含めて、コイルスプリングではなくエアサスペンションが採用されている例が多いようです。

 

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