旧制第一高等学校寮歌解説
東天淡し |
昭和11年第46回紀念祭寄贈歌 東北大
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1、東天淡し星の影 叢雲 滔々として廣瀬川 注ぐ大海水清し 旅寝は遠く青葉山 千代の 鷄聲 4、駒場原頭今日 新しく草萌え初めし 春や故郷は四十六 南の空は あゝ紅の旗の下 千載の自治誓はんか |
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譜に変更はない。MIDI演奏は左右とも同じです。「嗚呼先人の」程でないが、哀調のメロディーは、寮生に愛唱されている。ララシド ラファミの「旅寝は遠く青葉山」(4段)以下が、特に胸打つ。 |
語句の説明・解釈
一高が本郷から駒場に移転して、最初の年の紀念祭寄贈歌である。作詞は、「嗚呼先人の」の長山頼正。東北帝大から二度目の寄贈歌で、ともに一高生の琴線を揺さぶる秀歌である。 |
語句 | 箇所 | 説明・解釈 |
東天淡し星の影 叢雲 |
1番歌詞 | 青葉の杜の上に群っていた雲が蠢き、東の空が白々と明け、星の光が消えていった。廣瀬川は滔々と流れ、大海に注ぐ水は清い。旅の子は今、仙台の青葉山に旅寝しているので、舟車遠くして向ヶ丘に行くことは出来ない。故郷を偲び、ここ仙台から、幾久しく寄宿寮が栄えるように祈って紀念祭を祝おうと、夜明けを告げる鶏のように寮歌を高誦すれば、静寂を破って四方に響き渡る。 「東天淡し星の影 叢雲蠢く杜の上」 「東天淡し星の影」は、夜が明けて、夜空に輝いていた星の光が消えてゆくさま。「叢雲蠢く」は、朝日が雲の間から射し出す前の、雲の動きをいうか。「叢雲」は、群雲。 「群雲を紅染めて 天つ日は輝き落ちぬ」(昭和5年「群雲を」1番) 「滔々として広瀬川 注ぐ大海水清し」 「廣瀬川」は、東北帝大のある仙台市の川。名取川の支流で、山形県境の関山(せきやま)峠に源を発する。延長約40キロメートル。名取川として仙台湾に注ぐ。「大海」は、仙台湾。太平洋。「水清し」は、仙台湾の水ではなく、広瀬川の水の清いことをいう。 「旅寝は遠く青葉山」 「旅寝」は、人生の旅の途中、少しの間、仙台に立ち寄っていること。東北大学に遊学していることをいう。「青葉山」は、特定の山ではなく、仙台平野の西を縁取る丘陵群の一つである。 「千代の慶告げんとて 鶏聲四方を劈けば 沈黙を破る生誕歌」 「千代」は千代城(青葉城の別名)の千代でもある。仙台からお祝いする意。「鷄聲」は、夜明けを告げる鶏の声。作詞者が歌う寮歌を喩える。「生誕歌」は、寄宿寮の誕生日を祝う歌。紀念祭寮歌のことである。 |
毅然たる哉柏葉兒 |
2番歌詞 | 橄欖の木の下で産声高く誕生した一高生は、どこに行こうと意志が強くしっかりとしている。向ヶ丘を遠く離れ、見知らぬ仙台に来ても、自治の光りは、我が行く手を明るく照らして導いてくれる。理想と仰ぐ泉嶽で、降り積もった雪に迷うことがあっても、自治の光を頼りに、泉嶽の頂上、すなわち理想を究めたいと思う。 「毅然たる哉柏葉兒 産聲高し橄欖下 山河變りて影なくも 傳統の光麗かに」 「毅然」は、意志が強く物事に動ぜず、しっかりしているさま。「産聲高し橄欖下」は、橄欖の木の下で生まれた。向ヶ丘を思想揺籃の地として育った、すなわち三年を向ヶ丘で過ごしたの意。「橄欖」は、一高の文の象徴。「山河變りて影なくも」は、仙台の山川には、故郷・向ヶ丘の面影はない。見知らぬ、馴れぬ土地を形容。「傳統の光」は、自治の伝統。自治の教え。「麗かに」は、自治の光は、春の陽射しのように明るく輝いているさま。 「『 「理想に聳ゆ泉嶽 白雲深く迷ふとも 友の足跡導とし 彼の頂を極めずや」 「泉嶽」は、仙台市泉区の北西部に位置する船形連峰内にある標高1175mの山。七北田川の源流で豊富な湧水が名前の由来。ダムが作られ仙台平野を潤す水源となっている。「友の足跡」は、先人の教え。一高の伝統精神。前の句にある「傳統の光」である。「彼の頂」は、泉嶽の頂。理想をいう。 |
夫れ安逸は許されず 人銀鞍に綾衣 腥風慘然襲う時 至誠の |
3番歌詞 | 贅沢に耽って、遊び呆けることなどは許されない。一旦、国に緩急あれば、護国を建学精神とする一高生は、真心を尽くして重い使命を果たさなくてはならない。この重い使命を果たすために、一大決心をして、本郷から駒場に向ヶ丘を移して、極めて堅固な城を築いたのだ。新向陵の建設に、旧向陵・本郷で長年培ってきた一高の伝統を忘れないでほしい。 「夫れ安逸は許されず 人銀鞍に綾衣」 「安逸」は、何の目標も持たず毎日を遊び暮らすこと。「人銀鞍に綾衣」は、贅沢な暮らしを形容。 「銀鞍白馬華を衒ひ 翠袖玉釵美をつくし」(明治34年「春爛漫の」4番) 「腥風慘然襲う時 至誠の使命重くして」 「腥風」は、生臭い風、殺伐な風。「至誠の使命」は、一高の建学精神である護国の使命。 「秋霜踏みて曉天に 盤石の城築きたり」 「秋霜踏みて」とは、一大決心をして本郷から駒場に移転したこと。「秋霜」は、冷たくきびしいことの喩に使われる。「曉天」は、夜明けの空。「曉天に秋霜踏みて」の意である。「盤石の城」は、極めて堅固な城。鉄筋コンクリート3階建ての南・中・北の三寮をいう。 「今太陽を仰ぐとき 昨夜の月を忘れめや」 「太陽」は駒場。これから栄え行く向ヶ丘。「昨夜の月」は本郷。一高の伝統。光りが弱く、廃れて行く運命にある。「忘れめや」は、本郷の向ヶ丘も忘れないでほしい。暗夜に踏み迷った時は、月明かり、すなわち一高の伝統が頼りになるの意である。 |
駒場原頭今日 |
4番歌詞 | 駒場では、今日、紀念祭を祝っている。北行く雁が紀念祭に楽しく集う友の様子を伝えてくれる。新しく草木が芽吹き、すっかり春景色となった故郷向ヶ丘は46回目の紀念祭を迎えた。今頃は、南の空に祭の篝火が赤々と燃えていると思うと、異郷にある遊子の旅情は滾り立つ。唐紅に燃える護國旗の旗の下で、幾久しく自治が栄えるように誓おう。 「駒場原頭今日紀念祭 雁傳ふ和楽の音」 「雁」は冬鳥。春、繁殖のため北のシベリア方面に帰る。 「淡靑春に霞して 歸雁の聲のしげきとき」(大正7年「淡靑春に」1番) 「故郷に樂しき 祝ありと 傳ふる雁音 北に過ぎぬ」(大正9年「漁火消えゆき」4番) 「第四節の『雁伝ふ和樂の音』も、いかにも東京に(を)離れた東北大らしい。この節、母校に対する作詞者の毅然たる愛情に頰笑まれる。」(井上司朗大先輩「一高寮歌私観」) 「新しく草萌え初めし 春や故郷は四十六」 「新しく」は、駒場に移っての意を込める。「故郷」は、向ヶ丘。昭和10年9月14日、本郷から移転の日に、駒場の地を本郷と同じく「向陵」(向ヶ丘」)と命名した。 「南の空は篝火に燃えて 旅の心ぞたぎりゆく」 「南の空」は、懐かしい故郷の空。「旅の心」は、遊子の旅情。故郷・向ヶ丘を離れ、仙台の地で故郷を懐かしむ旅情。 「あゝ紅の旗の下 千載の自治誓はんか」 「紅の旗」は、一高の校旗・護國旗。燃えるような唐紅の色をしている。一高生の燃える心を喩える。「千載」は、千年。長い年月。 「たぎる血汐の火と燃えて 染むる護國の旗の色 から紅を見ずや君」(明治40年「仇浪騒ぐ」4番) |