佐藤特許事務所  東京都世田谷区


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第2回「金融の話(オプション理論)」

1− 基本的な概念(公平さ、裁定機会)

AとBがコインを使ってゲームをする。表がでたら、AはBから100円を受け取り、裏が出たら100円を払う。 このゲームは誰が考えても公平である。Aは200円受取り、100円払うとしたら、誰が考えても公平ではない。
もし、表がでる確率が1/3、裏が出る確率が2/3のコインを使うとしたら、逆に、後者が公平になる。 こう判断するのは、参加者は期待値を計算しているからである。(暗黙にでも)
Aからみた期待値を計算すると、
100円×1/2+(−100円)×1/2 =  0 円  公平
200円×1/2+(−100円)×1/2 = 50 円  Aが有利
200円×1/3+(−100円)×2/3 =  0 円  公平

それでは、「不公平なゲームは、ありえないゲームか?」というと決してそうではない。 例えば、表がでたら、100万円受け取る、裏がでたら100円払う。 但し、表が出る確率は1/100万とする。 Aの期待値は約−99円となり、不利ではあるけれど、Aのなり手は大勢いるだろう。 Bは有利なのだから、資金力がありさえすればやはりなり手は大勢いる。 現に、宝くじはこれに近いけれど十分繁盛している。 このことから、期待値は絶対的な目安ではないことが分かる。ゲームに参加する人の好みや立場に依存する。 例えば、リスクという言葉がある。変動の大きさをいい、分散値で数量化することが多い。 企業が資金運用で、ゲームに参加するのであれば、資金計画が立て易いように、リスク回避が重要な目的になろう。 つまり、分散値を小さくしようとする。 好みや立場を「効用」として数量化し、これの最大化を図るという理論があるらしいが、 金融の現場でどれくらい役に立つのかは分からない。

次に、裁定機会について説明しよう。
「裁定機会がある」とは、一見偶然(不確実性)に左右されるようでも、実は必勝法があるということである。 例えば、表がでても裏がでてもAは100円受け取るというゲームなら、ゲームに参加することがAの必勝法である。 また、表がでたらAは100円受取り、裏がでても、Bには払わないというゲームもBが儲かる可能性は全くないから、 「裁定機会がある」といって良いだろう。 これらは、くだらない例ではあるけれど、複数のゲームがあり、それらをうまく組み合わせることによって、 必勝法を見つけられる場合がある。 こうなると、くだらないどころか、逆に見事に思えてくる。 不公平は認めても裁定機会は認めないというのが金融工学の大前提である。 ブラック・ショールズも、この前提から見事な理論を展開している。
裁定機会を認めない という前提はごく自然である。 何故なら、皆がその必勝法を使おうとし、結局ゲームは成立しなくなるのだから。 必勝法を知らない参加者もいるのだから、ゲームは成立すると考える人もいるかも知れない。 現実の世界ではそれが普通であるけれど、金融工学では、情報は全て平等に開示されていることを前提とする。 最初は開示されていなくても、やがて皆の知るところとなり、そういう取り引きは消滅するか、まともな取り引きに変容していく。 いわば、そういう安定的な状態が、金融工学の研究の対象となっているわけである。 情報の不平等開示をイカサマというが、イカサマの計量的研究というのは聞いたことがない。(面白そうな気はするが)
ところで、裁定機会の分かり易い例は(確率事象とは関係ないが)、一物二価 であろう。 安い値段で買って、高い値段で売れば確実に儲かる。 実は、ゲームのような確率事象の裁定機会も、後述するように結局は一物二価に帰着する。
然らば、金融ビジネスの世界の、裁定取り引きとは何か?先物と直物の価格差を狙った取り引きであるが、 これは理論的にも実態としても、確実に儲かるビジネスではない。 もともと現実世界で、裁定取り引き確実に儲かる取り引きの意味で使っているわけではない。 (当たり前の話)金融工学の方で単に、そのように定義したにすぎない。
ともあれ、無裁定という条件は甚だシンプルで心地よい。 効用を持ち出すと、とたんに意味不明になってしまう。 ところで、期待値は絶対的な目安ではないと前に述べたが、 それでは期待値という概念は重要ではないかというと決してそうではない。 確率論に、期待値を使った公平さを体系化したマルチンゲールという理論がある。 マルチンゲールは金融工学では、山のようにでてくるから、やはり、期待値は重要な概念なのである。