歴史

・下関市長府は、下関市の中心部から北東へ約8km、下関市の東方
に位置する。東は周防灘に面し、北は王司地区、西は勝山地区
(新下関地区) 、南は本庁地区 (旧々市部) と隣接する。
・長府の地名は「長門国府」にちなむ。
また、関連する地名として豊浦 (とよら) という古名があり、
これを校名にする学校がある。(豊浦小学校、豊浦高等学校)
・仲哀天皇の時代に『穴門豊浦宮 (あなとのとゆらのみや) 』が
置かれたという伝説があり、忌宮神社 (長門国二宮) はその跡と
される。長門国 (穴門国) 設置にともなって国府および国分寺が
置かれたが、やがて国府としての機能が低下するにともない、
鳥居前町・宿場町として位置付くことになった。奈良時代には
鋳銭司が、鎌倉時代には長門探題が設置された。室町時代には長門
守護の厚東氏 (厚東義武) が、戦国時代には山口に拠点を置いた
守護大名・大内氏 (大内義長) が、それぞれ長府の地で滅亡した。
江戸時代に入ってからは、長州藩の支藩・長府藩設置により毛利家
が陣屋 を構え、その周辺に武家屋敷が広がることになった。
幕末には、高杉晋作が長州藩内の佐幕打倒を図り功山寺で決起した

 名所・旧跡

恩師 河村 清 先生の版画と、長府の写真

功山寺 仏殿は国宝に指定され、境内に長府博物館
  幕末には、高杉晋作、五郷潜居、回天義挙の舞台となった
乃木神社 乃木希典が少年時代を過ごした旧邸
  宝物館には直筆の書画をはじめ数々の遺品を展示
覚苑寺 長府毛利藩三代目藩主が建てたお寺で、日本最古
  の金属貨幣、「和同開珎」の鋳銭所の跡もある
長府博物館 功山寺に隣接し重要文化財「和同開珎」をはじめ郷土関係の
  資料を数多く保存、公開。
忌宮神社 仲哀、神功、応神天皇を祭っている神社、8月の(数方庭)」は面白い
下関市立美術館 狩野芳崖の作品を中心に、香月泰男、岸田劉生、竹久夢二
  などの名品を展示
長府庭園 長府毛利藩主の家老、西運長の屋敷跡で、3万平方メートルの敷地で
  四季おりおりの絶景が楽しめる。
日頼寺 仲哀天皇
笑山寺 毛利秀元の再建による、長府毛利藩の菩提寺
壇具川 地元の人が愛する、四季折々の植物が川辺に茂る美しい川
満珠島・干珠島 長府の沖合にある無人島で、忌野宮神社の飛地境内
その他 長府毛利邸、菅家長屋門(古江小路)、長府藩侍屋敷、櫛崎城跡







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