見栄と保身

 午後三時を過ぎたくらいのときだった。五階フロアーの責任者である社員のC君が、三階にやってきた。彼は学生時代に三階でパートとして働いていた。卒業後、就職するため退社したが、就職先がみつからず、今度は社員として入社した。若手の男性社員はもともと少なく、また、退職や病気などで次々と競争相手が抜けていくという幸運が重なり、数年前にフロアーの責任者になり、いくいくは部長の声もある人物である。

 もともと三階で働いていたので、未だに昼食や休憩するときは、三階の休憩室を利用していたりするのだが、このときは違い、エレベーターを降りると真っ直ぐにパートのYさんのところに歩み寄っていった。Yさんは以前に、僕と言い争ったことのある五十代の女性のパートさんである。そして、しばらく何事かを話し合っていたが、急にC君が激高し、「俺の話を聞けよ」と怒鳴った。

 それによってフロアーにいる全員の関心が二人に集まり、僕も例外ではなかった。C君が怒鳴ったことにより、二人の言い争う声が大きくなり、自然と話しの状況がみえてきた。二人の言い争いの原因は仕事の流れに対する意見の相違によるらしかった。Yさんの行っている業務に対して僕は詳しくないので、ことの詳細まではわからなかったが、どうも作業の流れに何か不備があるらしく、それによるミスが発生するため、Yさんが上司の許可を、この場合の上司は三階の責任者のNさんだが、得て流れの一部を修正することになったらしい。

 午前中、五階の当事者である社員のTさんがたまたま三階に来たとき、Yさんがそのことを伝えたのだが、パートから指示を受けたTさんは面白くなかったらしく、そのことを上司であるC君に訴え、勝手に変更されたと思ったC君が三階に乗り込んできたというわけである。細かいところまではわからないが、C君の主張は「社員が決めたルールを勝手に変えるな」ということであり、それに対するYさんの言い分は「勝手に、変えていない。Nさんにいって許可をとっている」というものだった。

 しかし、C君がいきなり感情的になってしまったため、他に「パートだからといって、そんな言い方は許されない」という議論まで加わることになってしまった。確かにC君は、Yさんが反論しようとすると「黙れ!」「俺の話を聞け!」と大声で何回か怒鳴っていた。これは、明らかに不適切な発言で、パワーハラスメントにあたると思われる。C君自身も、その思いがあったのかもしれない。Yさんに、そのことを指摘されると、何とか黙らせようと、さらに激高した。

 言い争いは激しくなるばかりで、一人のパートさんが、もう一人のキーマンであるNさんを呼びに行った。Nさんとは、例のセクハラ社員である。しかし、Nさんは面倒臭いことに巻き込まれるのを恐れてか、なかなか現われなかった。日頃は尊大な態度をとっているNさんであるが、根は気が小さく、チキンなのである。しかし、Yさんの話を信じるとすれば、彼女のやり方にGOを出したのはNさんなのだから、彼には二人を仲裁する責任があるはずである。

 やがて、C君は携帯電話で呼ばれ、「とにかくパートさん同士で話して、勝手に会社の決めたルールを変えてもらっては困る。ルールを決めるのは、会社であって、パートではない。これからは、会社のルールに従ってもらう。ミスが起きやすいかどうかは、別の問題だ」といって五階に戻っていった。

 C君がいなくなってしばらくしてから、Nさんがのこのこやってきた。そして、Yさんに「俺は話を聞いただけで、あなたの言うことを認めたわけではない」といった。Yさんの話では、彼も納得したということになっていたが、掌を返したような対応である。「だって、先程はそれでいこうと言っていたじゃないですか?それに、今までのやり方で間違いがたくさんでているのですよ」というと、今度はNさんが「間違いなんて、そんなにでてないよ」と大声で決めつけるような言いかたをした。「でてますよ」とYさんが不満気にいうと、「たくさんなんて、出てない。これからも、今まで通り!」と言い残し、フロアーを出ていった。

 それにしても、レベルの低い会社だなと、僕は思わずにはいられなかった。本来なら、この種の問題は、社員のC君とNさんが話し合うべきものである。仕事の流れに何か問題があれば、実際に作業を行っているパートさんが真っ先に気づくということはある。問題があった場合、パートさんは直属の上司にそのことをいい、改善してもらうのが普通で、実際にYさんはそうしている。

 しかし、NさんはYさんには、さも理解したようなことをいいながら、もう一方の関係者の上司であるC君には何も伝えなかったため、このようなことが起きてしまったものと思われる。C君も、Yさんを怒鳴りつける前に、Nさんに事情を訊くくらいの配慮がなくてはならない。それを部下の訴えに感情的になってしまい、フロアー全員に見苦しい姿を晒すことになってしまった。Nさんも考えているのは、自分の保身だけで、Yさんをスケープゴートにしてしまった。見ていて情けなくなる光景だった。

 パート時代のC君は、もっと他人に対して気を使えたような気がする。会社員を続けると、自身のプライドが最優先になってしまったり、保身のために周りの人間を平気で犠牲にしたりするような小さな人間になってしまうのだろうか?(2015.6.27)




皆さんのご意見・ご感想をお待ちしています。joshua@xvb.biglobe.ne.jp

TOP INDEX BACK NEXT