将来の不安

 同じ職場で働いているWさんの希望は45歳までに正社員になりたいということだ。彼は今年で42歳であるから、あと3年以内ということになる。今の職場は斜陽産業ということもあり、正社員を積極的に採用していくという考えはないようで、Wさんはその辺を見極めて転職も考えているのだけど、もうしばらく様子をみるという。

 もし、Wさんが僕と同じ頃に働き始めていたら、たぶん彼は正社員になれていたように思う。当時はたまたま正社員がひとり退職することになり、それで僕が正社員候補として採用になったのだけど、肝心の僕にはその意思はなかった。仕事量も現在の3倍くらいはあったと思う。それが今では時給さえ上がらなくなってしまったのだから、時期が悪かったのだ。

 とりあえずのWさんの目標は手取りで月18万円を超えることだ。彼の時給は900円なので、控除される分を考えると月220時間以上働かなければならない。そんなわけでWさんは現在週6日出勤していて、パートという身分ながら労働時間は正社員よりも多い。正社員よりも労働時間の長いパートタイマーというのもおかしな話だが、さすがに総務部に目をつけられてしまったようだ。

 今週の金・土曜日と珍しくWさんは会社を休んだ。週6日でずっと働きづめだったから、何処かで休養を取りたいと思っていたようで、仕事も暇になってきたゴールデンウィーク明けを選んだのである。ところが金曜日の夕方、Wさんの勤務時間が長いから減らすようにしてほしいと総務の方から同じフロアーの社員に連絡があったそうだ。社員の人も今までのWさんの頑張りを知っているだけに、困った表情をしていた。

 今週に入って「勤務時間を減らすように」という抽象的なものから、「ひと月180時間以内に収めるように」と具体的な指示になった。180時間というのは、契約社員のひと月の契約時間だそうだ。パートで、それを超えるのはまずいということだが、今までそんな話聞いたことはなく、経費を削減したい会社側の後付けの理由だろう。「終りの始まりですかね?」とWさんは苦笑していた。

 時給制の労働者にとって労働時間の制限はやる気を失わせるものである。時間の制限などなくても、ひと月の労働時間は自ずと決まってしまうものであるが、それをあえて考えずに、今月はどのくらい行くだろうかと楽しみにしたりする。その上限が予め決められてしまうということは、スタートする前にゴールが見えてしまうようなものだ。

 そういった気持ちの問題以前に暮らしが成り立たなくなるといった現実的な問題もある。労働時間が180時間に制限されてしまった場合、時給900円だとひと月の総支給額は180×900=162000円となる。ここから社会保険や税金などを引くと手取りでおよそ130000円弱になってしまう。ひとり暮らしでこの金額はきついように思う。

 Wさんは以前に書いた‘身を粉にする人’である。彼が‘身を粉’にしていたのは、正社員になりたかったからだ。同じ部署の社員から一年間頑張れば、悪いようにはしないと言われ、時給が発生しない早い時刻から会社に出勤して働いていた。それが一年経って社員登用ではなく、労働時間の削減になってしまうとは皮肉なものである。

 もし、ほんとに正社員になりたいのなら今の仕事は辞め、多少なりとも将来性のある業種に転職した方がいいと思うけど、年齢的に難しいと彼は感じているようだ。この問題は彼だけでなく、僕にとっても切実なものだ。

 将来の不安…、このままパートを続けていて先行きどうなるのだろうという不安だ。しかし、僕は意外と楽観的に考えている。いきなり10年の歳月が経つわけでない。現実には一日一日の積み重ねによって日々は過ぎていく。今から将来のことを心配しても、ただ不安になるだけであまり意味のないことのように思える。

 以前、ここで書いたUさんと同じような考え方に僕もなっていた。先のことなど思わず、今を大切にすることが結局は将来についても最良の選択をしていることになるのではないだろうかと…。(2008.6.8)




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