雨上がりの夜の街

 遅くなってしまった。駅から外に出ると辺りはすっかり暗くなっていた。今は一年で一番日の長い時期だけど、梅雨の季節ということもあり低く垂れこめた雲は時を早めている。先程まで降っていた雨は止んでいて、大きく呼吸をすると雨上がりの澄んだ空気が肺いっぱいに入ってくる。

 そんなこともあり、家までの道をゆっくりと歩く。雨に濡れた路面はその端の方や、舗装の窪みに雨水が溜まっていて自然に鏡になっている。その鏡にパチンコ屋のネオンサインや居酒屋の看板の光、信号機の赤や緑の発光ダイオードが反射して上からの光と交錯している。

 雨によって洗濯された空気は透明度を増したようで、いつもより周りの景色が明瞭に見える。多少美味しくなった空気を吸い込んで、赤から緑に変わる道路からの光に向かって一歩、一歩歩む。

 足の裏からは湿った路面の感触が伝わってくる。シャッ、シャッといった滑りのいい感触で、それがいくらか気持ちを自由にしてくれる。

 澄んで透明度を増した空気は店や住宅や信号機などから発せられる光をよりいっそう鮮やかして、路面の鏡はそれらを反射して僕をいつもとは別の空間に漂わせる。雨上がりの夜の街を歩くのは気持ちいい。


 実家で久しぶりに母と夕食を共にした。鍋にお湯をいっぱい張って、そこに椎茸やニンジン、レタス、もやし、豆腐などといっしょに豚肉を泳がせて食べた。母の食の細くなったことが時の流れを感じさせた。

 食べ終えた後、少し横になった。開いた窓から入ってくる湿気を含んだ風が妙に心地よくて少し眠った。「もう、遅いからそろそろ帰った方がいいよ」と母は僕を起こし、余った豚肉とさくらんぼを持たせた。

 駅までの道は寝起きのせいか体が重く、しとしと降る雨もあって長く感じられた。


 駅前の商店街を通り過ぎると辺りは住宅ばかりで、人影もほとんどなくなり静寂さに包まれる。湿った路面を踏みしめる自分の足音だけが、聞こえてくる。遠くに青信号が見え、それがぬれた路面に長い緑の帯を反射させている。あの信号を右折すれば、短い旅はもう終わる。

 家の前に来ると居間に明かりが灯っていた。買い物で遅くなると言っていた妻はもう帰宅しているようだ。明かりが点いていてくれてよかった。(2008.6.23)




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