虚無と虚構と

 ライブドアに強制捜査が入り、マネーライフ社買収に関する風説の流布と偽計取引の容疑により堀江社長が逮捕された。直接的に取り上げたことはないが、ここでも今までに2回堀江氏に関することを書いている。

 1回目は近鉄とオリックス合併に伴なうプロ野球参入問題の時で、ライブドアという会社は知っていたが、このとき始めて堀江社長という名前を知った。古いプロ野球の体質を改革していってもらいたい存在として僕は堀江氏に期待をしていた。

 2回目はライブドアによるニッポン放送株の買占めの時で、このときは堀江氏を否定的に書いた。彼の語ることの内容のなさに、これではニッポン放送の社員はたまらないと思ったからで、実際にこのことはただ単なる入口に過ぎなかった。彼の本当の目的はもっと先にあったわけだが、それすら何処まで本気なのかというほどの見識しか持っていなかったように思う。

 さらに、堀江氏はホリエモンという所有の競走馬を高知競馬に転入させ、同競馬組合と業務提携し、高知競馬、笠松競馬の馬券のインターネット販売なども視野に入れ、地方競馬界への参入を始める。そして、昨年秋の衆議院選挙の広島6区から立候補と政界とも関り、小型ジェット機の購入、さらには宇宙旅行事業にまで手を広げようとしていた。ここまで見ていくと、正に彼は時代の寵児であり、乗りに乗っていたように見える。

 その時代の寵児が逮捕された。マスコミはいっせいに、その態度を反転させて堀江氏を叩き出した。いつも通りである。上り調子の者には多少問題があっても何も言わず、落ち目になったとたん非難を始める。まるで、どれだけ大声で悪口を言えるかを競っているかのようである。

 ‘虚業’‘虚構’という言葉が飛び交っている。しかし、それらは以前からわかっていたことではないのか。ライブドアという会社の実態というものを、かなりの人が砂上の楼閣のように感じていたのではないだろうか。そして、そのことを一番痛切に感じていたのは、堀江氏自身だったような気がする。

 彼の目標はライブドアを時価総額世界一の会社にするというものだった。時価総額世界一、それは一見素晴らしく魅力的なことのように見えるが、よくよく深く考えてみると虚しい目標である。子供が期末テストの点数で学校で一番になるというのとあまり変わらない。その目標には、そこに至る過程も、そこから続く未来も感じることができない。そして、さらにその虚しい目標のため、不正が行なわれていたとなると、あまりに無残だ。

 しかし、そういった大それた目標でも立てないと、恐らく彼はもたなかったのだろうと思う。テレビでのインタビューで「もう飽きてしまった」と語っているように、虚無感を覚えていたらしい。それを振りきるため、忘れるために、全力で走り続けていたように思う。プロ野球に新規参入を目指したのも、地方競馬に進出したのも、フジテレビとの戦いも、衆議院選挙に立候補したもの、そして宇宙旅行事業に乗り出したのも、決して前向きなものではなく、虚無からの逃避に見える。

 堀江氏は自らの仕事の虚構であることを、感じていたのではないか。そこから、何か実態のあるものを掴みたくて仕方なかったのかもしれない。しかし、上のどれを見ても、何処まで本気でやろうとしていたのかは疑問である。特にそのことを感じたのはニッポン放送株の買占めから、フジテレビを支配しようとしていた過程で、彼はほとんど明確なビジョンを示せずに‘ただやった’いうという感じしか与え得なかった。幹部との会話で「恐喝で金を巻き上げたようなものだ」と語っていたという話しも伝わっている。結局、全ては考え抜かれた戦略に沿って行なわれたというより、迷走に近い状態になっていたのではないだろうか?

 「お金で買えないものはない」とか「女はお金についてくる」といった彼の言葉も、「お金で買えるものは大したものではない」「お金についてくる女はロクなものではない」という裏返しのように思えてくる。本気になるものを見つけ得なかった人間の悲劇なのだろうか。しかし、これは彼だけの問題ではなく、僕を含めた多くの人間に共通するものなのではないだろうか。

 堀江氏が最後に着手したのは、宇宙旅行事業だった。彼の実家の部屋がテレビに映し出されたとき、そこに天体望遠鏡があった。子供のとき、父親から贈られたプレゼントだという。彼は、それで毎晩のように星空を眺めていたそうだ。そして今、東京拘置所の中で子供のときの愛読書だった百科辞典を熱心に読んでいるという。(2006.2.15)


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