30.「がんばれ!」 3 (GetBackers=蛮×銀次) |
「ねえ、蛮ちゃーん。お天気いいし、車の中より外で食べない? お弁当」 「外で食えるような場所が、この近辺にゃねえだろうが」 「でもさあ。せっかくの秋晴れなのに。なんか、もったいないよ?」 「どこで食べようが、別に味なんぞ変わりゃしねえよ」 「そりゃそうだけど。うーん」 言いながら、銀次の視線が横に移動し、スバルの窓から外を眺める。 「あ! だったらさ」 閃いた!というような銀次の明るい顔に、嫌な予感を覚えつつ蛮が尋ねた。 「なんだよ」 「運動会に混じっちゃうとか! 俺さぁ運動会って、テレビとかでしか見たことないんだよねー」 いかにも"わくわく"という顔で言われ、蛮が"やっぱ、そう来やがったか"とばかりに、はぁ〜と大きな溜息をつく。 「アホか。小学校の運動会に、部外者がのこのこ入ってったって、不審者と間違えられて摘み出されるのがオチだっての」 「え、そうなの。そういうもんなの」 「おうよ。なんたって、学校が狙われるような物騒な事件が最近多発してっからよ。学校側もピリピリしてやがんだろ」 「そっかー。残念」 「おら、いいから。とっとと食っちまえ」 「うん」 心底残念そうな銀次を横目に、蛮がコンビニの袋から取り出した弁当を受け取りながら訊く。 「だいたいテメエ。弁当買いに、いったいどこのコンビニまで行ってたんだよ」 「え? 蛮ちゃんに教えてもらった、さっきのコンビニのとこまでちゃんと行ったよ?」 「じゃあ何で、そんだけの事に一時間もかかるよ?」 「だってさ。コンビニの看板見えて、あぁよかった。ちゃんと見つかったーと思って空見上げたらさ。なんかすごいきれいな青い色でさー。高くって! それ見ながらぼーっと歩いてたら、いつのまにか行き過ぎちゃってて」 「やっぱりか。そんな事だろうと思ったぜ」 「あ、でもそれだけじゃないよ? 途中で行き過ぎた事に気がついて引き返そうと思ったら、バス停どこですか?っておばーちゃんに聞かれてさ。俺もこの辺初めてだからわかんないし、一緒に探してあげるよってやってたら、さらに遅くなっちゃって」 「そういう時ゃよー、誰かわかるヤツ掴まえて、任せてくりゃあいいんだよ」 「だーってさ。せっかく俺に聞いてくれたのに」 「ったく、お人好しめ」 言いつつも、決してそういう所を悪くないと思っているらしく、蛮がやさしい目で銀次の髪をくしゃっとやる。 さっきの男の子と同じように、嬉しそうにくすぐったそうに首を引っ込めながら、銀次がやや上目使いになって蛮に返した。 「蛮ちゃんこそ」 「あ?」 「めずらしいなぁと思って」 「何だよ」 「自称"コドモ嫌い"。じゃなかったの?」 「うるせえ。しゃあねえだろが。テメーはいねぇし。道路渡れと教えた俺の目の前で、車にはねられでもしたら、まったく後味悪ぃだろうがよ」 「うん」 「それに」 「ん?」 「…なんか、ほっとけなくてよ」 「…うん」 蛮の言葉に銀次が伏し目がちになり、静かに運転席に身を傾けてき、蛮の首元にそっと甘えるように顔を埋めた。 「ん? どうしたよ?」 「何でもないケド」 「ガキ相手に嫉妬か?」 「やだなぁ。違うよ」 「だったら何だよ。こら、弁当落とすぞ」 蛮の言葉を聞きながら、銀次が両の腕をその背に回し、抱きつくというよりは抱きしめるように、ぎゅっと腕に力を込める。 「なんかさ、蛮ちゃんが」 「あ?」 「少し、つらそうに見えたから」 「…銀次」 「だから、ちょっとこうさせてて」 「ったく、テメエは…」 「ん?」 「何でもお見通し、ってか?」 「うん? よくワカんないけど」 「あぁ、そうかよ」 直感ってやつか。 蛮が思う。 それでも、そんな微かな傷みでさえ、こうして気づいてくれる銀次が、殊更大事で、限界なく愛おしい。 「おい」 「ん?」 蛮の指先に顎の先をくすぐられ、少々驚いて顔を上げれば、やさしげな紫紺がそっと近づいてくる。 「ば、蛮ちゃん。こんなトコで」 「キスぐれえでビビるなよ。今は、誰も通ってやしねぇ」 「…もう」 そっとやさしくふれてくる唇に、銀次が微笑んで睫を下ろす。 啄むように一度軽く口づけて、それから、しっとりと深く甘く合わせる。 銀次が、いつものようにうっとりとそれに翻弄されかけた時。 ふいに、運転席の窓をたたく小さな音が耳に入ってきた。 コンコン! 「ん?」 「あ?」 「あのねえ、おじちゃん! おばーちゃんが、もうすぐお昼の時間だから、一緒におべんとたべませんかってー!」 「うわああっ」 「テメエ、いつの間に!」 慌てて離れる蛮と銀次に、窓にべったりと顔を張り付かせ、さっきの男の子はにへら〜vと、さも嬉しそうに笑って言った。 「今、ちゅーしてた! おじちゃんとおにいちゃん、今、ちゅーしてたでしょ!!」 「うるせえっ、このクソガキ、声がでけえ! つか、おじちゃん言うなっつってんだろーがよー!!」 「ていうか、じ、じ、じ、じゃあ、お言葉に甘えちゃおかなー。ねっ蛮ちゃん、行こう! おべんと食べに行こうっ!」 「――はあ!?」 "俺は行かねぇぞ、行くんならテメエ一人で行け!!"とわめいたにも関わらず、これ以上何か言われたらたまらないと、銀次が男の子の手を引いて、ずんずん学校に入って行ってしまうものだから。 そのまま、一人で行かせるわけにもいかず。 だからって、なんでこうなる? おい、美堂蛮。いい加減にしろって。 こりゃどう見ても、不釣り合いってもんだろう。 第一裏家業の俺らが、このあまりに健全で健康的な場に引っぱり出されていること事態、世の道理に反しているというか。 有り得ねえ事だってえの。 こら、いい加減気づけよ、銀次! ガキどもと、弁当のおかず交換をしてる場合じゃねえって! ったく。 それでも、いい加減にしやがれと振り切ってしまえない理由は――。 シートの端に坐らされ、黙々と箸を運んでいた蛮のところへ、男の子がこそっと近づいてき、その耳もとで内緒話のようにこそっと言う。 「ねえー」 「あ? 何だ?」 「あのおにいちゃんってさー。おじちゃんの"いいヒト"なの?」 「――あ゛ぁ゛?」 ――これがあるからで。 まったく、エラいヤツに弱みを握られちまった。 つーか。このガキ。 "いいヒト"の意味、わかってんじゃねえかよ―! それにしてもまぁ。 いったいぜんたい、どうなってんだ? なんだって俺は、同じようなタイプのヤツにばっか、見事に引っ掛かるんだ。 しかも年齢の上限も下限も関係なく。 「あ、おじちゃん! ボク、お昼いちばんから、幼稚園のかけっこに出るからっ!」 「へえ、そりゃ頑張らねーとな」 「うんっ」 答えて、シートの端から足を出して、しっかり靴を履き直す男の子に、通りがかった先生らしき若い女性が声をかけていく。 「銀ちゃーん。次、走るわよー」 「ええっ。俺?」 驚く銀次をよそに、靴を履いた男の子がすっくと勇ましく立ち上がる。 「はーい、せんせー! んじゃ、行ってくるねっ」 「お、おう」 ばたばた走っていく背中を見つめ、銀次が呆然としたように蛮に言う。 「って、今、先生。"銀ちゃん"?って言ったよね?」 「…だな」 「あ。そういや、名前まだ聞いてなかったよね」 今更聞くのも何だけど…と、そう銀次が困ったように言うなり、おばあさんの膝の上にいた小さな女の子が、銀次の膝に乗り上げてき、その顔を見上げて元気よく言った。 「ギンガ!」 「え? あこちゃん。なーに」 「ギンちゃ。ギンガっ」 「へ? 銀河? あぁ、アイツの名前か?」 「ウン!」 「すごい。銀河くんっていうんだー」 「…そりゃまた。なんとも、壮大な名前だな」 "次は、幼稚園年長組のかけっこでーす。1コース、やまのぎんがくーん!" 名前を聞くなり、身を折り曲げ、くくっと吹き出す蛮に、なぜだか銀次が頬を赤らめてそれを睨む。 「何、蛮ちゃん! 何笑ってんの、もう!」 「いや、何でもねえ」 「ほら、ギンガくん走るから! 笑ってないでさ、もうっ」 「あぁ。がんばれよ、銀河!」 「うんっ」 「がんばって、銀河くんー! ほら、あこちゃんもおばーちゃんも応援ー!」 「ギンちゃ、ばんばっちぇー」 よーいどん!のピストルの音と同時に、舞い上がる砂埃と。歓声と。 隣を見れば、金色の髪をさらにきらきらさせて、明るく笑っている銀次の顔がある。 何とも、平和な午後。 今まで歩いてきた過去とは、まったく不釣り合いの。 まぁでも。 悪かねぇのかもしれねえ。 こういうのも。たまにゃ、よ。 埃っぽい風の中で食った弁当は。 まぁ…。 別に、不味いというほどでもなかったしな。 「やったぁ、一等賞ー!」 拍手と歓声の中、一際でかい声が銀次が叫んだ。 やれやれ。まあ。 入れ込んじまってよ。 それをほくそ笑んで見つめ、それから、一等のメダルをもらって誇らしげに笑んで駆け戻ってくる"銀河"を見、蛮もまた誇らしげに笑みを返した。 そして。 ふと思う。 あんな父親でも少しは俺に、ごく微かでも、こんな似たような感情を抱いたことがあったんだろうか…? なんてな。 ありっこねえ。 あの親父に限ってよ――。 まあ。それでもいい。 今は、銀次がいる。 こんな風に、過去や未来の予定をも狂わせて、闇の中で冥い目をしていた自分を光の中に引きずり出してくれる。 そんな力強い存在が、今は傍らに常に在るから。 そんな自分に呆れるというよりは、いっそ愉快な気分で、土埃の舞うシートの上にごろりと横になり見上げた空は。 目を覆わんばかりに眩しく、そして清々しいほど高く、どこまでも青かった――。 END 1 > 2 > 3 |