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novel


30.「がんばれ!」  2
(GetBackers=蛮×銀次)






「あ?」
「蛮ちゃん?」


もしかして他人の空似でしょうか?と尋ねるようにそう呼ばれ、蛮が"お、おう"とこちらも困ったように戸惑いがちに返事を返す。
互いにリアクションがどうにも鈍いのは、なんと言っても到底子供好きとは程遠い蛮が、どう見ても幼稚園児の男の子の手を、しっかり自分の手と繋いでいたりするからで…。


「その子…。まさか、蛮ちゃん…」
「…あ?」


銀次がその手を凝視し、それからぱちぱちと目をしばたたかせ蛮を見、頭の中に浮かんた言葉をぽつりと口にした。





「蛮ちゃんの…。――――隠し子?」





どこぉっ!!

「いたぁっ!!」
「何ふざけたこと言ってやがんだ、このボケがぁあっ!! だいたいテメエがとっとと帰ってこねえから、俺様がんなことする羽目になるんじゃねえかよ! どこほっつき歩いてやがったんだ、このクソバカ方向音痴野郎が!!」
「ひ、ひどいっ! ていうか、ちょっ! んあああ痛い〜〜! 痛いよっ、蛮ちゃあぁん!!」
「うるせえっ」
思い切り殴られた頭を押さえる銀次に、蛮がヘッドロックをかまし、さらにそのこめかみを拳でぐりぐりやる。
道行く人の大注目を浴びつつ、痛い痛いと喚きながらも、どう見ても喜んでいるように見える銀次を、男の子はまん丸い目で見上げ、蛮の顔を見比べると、なんだか妙に嬉しそうな顔でにこっと笑った。











「ふうん、一人でお買い物にきたんだぁ、えらいねえ」
「うん! あ、これ牛乳」
「どれがいいの? このパックの?」
「んとね。もうちょっと大きいの!」
「じゃあ、こっち?」
「あ、それじゃなくて、もっとちっちゃいの」
「んじゃ、500のでいいのかなぁ。あ、ストローもらう?」
「ううん。ストローマグあるから、だいじょぶ」
「ふぅん。ストローマグ?って何?」
「あのね。こんなコップみたいので、こうやってふたがついてて、で、持つとこあって、ストローついてる」
「そーなんだ。へぇ、そんなのあるんだ。便利だねぇ」
「うんっ! あ、おにーちゃん。見てっ、これムシキングっ」
「うん? 何それ」
「知らないのー。ほらほらっ、これがさぁ」
「おおっ」


「………テメェら。おもちゃのついた菓子なんぞ、どうでもいいからよ! とっとと牛乳買えっつーんだよ!!」


店の中で仲良く買い物をしている二人に、外で煙草を吸って待っていた蛮が扉越しに怒鳴る。

「「はーい」」

きれいにハモった二人の返事を聞き、蛮が店のガラスに凭れ、肩を落として空を仰ぐ。
結局。事の次第をかいつまんで説明され(かいつまむほどの中身もないが)、納得した銀次が、"じゃあ"と一緒に男の子の買い物に付き添っていってくれたのだ。


やれやれ、やっと解放されたか。
まったく、ガキのお守りなんて冗談じゃねえ。
そもそも銀次のバカがいりゃあ、俺様は最初っから、こういうポジションで居られたものを。
ったく、迷子になんぞなってやがって。


心中で愚痴をこぼしながらも、すっかり友達のように馴染んでいる二人をちらりと見、蛮が煙を吐き出し、微かに口の端を持ち上げる。


それにしても、ま。
やっぱ子供の扱いは、銀次のが格段に上手え。
まあ。なんつっても、脳ミソの重さが同じぐれぇだもんよ。
そりゃ話も合うってえの。
アニキっつーより、ダチの感じだもんな。ありゃあ。


しかし。気にいらねえ。
なんであのガキ。
俺は"おじちゃん"で、銀次は最初っから"おにいちゃん"なんだっつーの!
こう見えても、タメだぞ。
しかも銀次はバカな分ガキに見えるだけで、俺様は充分年齢相応だってえの。
くそったれ。


「おまたせー!」
「おう遅ぇぞ。お前ら! たかだか牛乳買うのに、どんだけかかってんだよ!」
「ごめん、ごめん。蛮ちゃん」
「おら、行くぞ!」
「うん!」
二人がばたばたと店の扉を出てくるのを見、蛮が先に立って歩き出す。
その横に、小走りに追いついてきた小さな頭をくしゃっとしながら蛮が言った。
「さっさとしねぇと、ばーさんと妹が待ってんだろが…って、おい!」
「んん?」
「どったの、蛮ちゃん? あれ…っ」
いきなり立ち止まり、見る見る眉間に深皺をつくり剣呑となる蛮を、銀次が斜め後ろから覗き込む。
男の子に向かって発した蛮の声は、結構ドスが効いていた。

「おい、ガキ! なーんでまた、手繋いでやがる?」

「だって、さっきも繋いでたもん」
「帰りは、ガキはガキ同士、コイツと繋ぎゃいいだろうがよ!」
「でもボク、おじちゃんがいい!」
「…あぁ?」
「おじちゃんのお手々、すきだもーん。おっきくて、あったかいしv」

蛮が、その言葉に大きく瞠目する。
蛮の右手と自分の左を繋いで、相変わらず物怖じせずそう言ってのける男の子に、返す言葉が出ない。
この右手は…などと、そんな説明をしたところで、答えはさして変わらない気がする。
そういう人種なんだろう。この子供といい、銀次といい。
それにしても、なぜこうもこういうタイプの人間は、ヒトの心の隙をついて、クリティカルヒットな言葉を撃ち込んでくるのか。
思うと同時に、心配そうな、それでいて見守るような銀次の視線を背中に感じ、蛮がチッと口中で舌打つ。

銀次とガキにゃ、かなうまい――ってか?


「…ったく、しゃあねえな」
「わぁいv」

ぶっきらぼうに言って、繋いだ手をそのままにして、蛮が歩き出す。
それをほっとしたように見、銀次がぱたぱたと小走りになって、男の子を挟んで蛮の隣に並ぶ。
そのいかにも不機嫌そうな顔に、銀次がくすっと笑んだ。

「ふーん」
「何だよ」
「そーなんだ。蛮ちゃんって、意外に子煩悩なんだ」
「あ゛!? んだ、そりゃあ」
「いいなあ。俺もちっちゃくなって、蛮ちゃんに手繋いでもらいたいなぁ〜」
「何言ってんだ、バーカ。何が嬉しくて、ヤロウと手繋がなきゃなんねぇんだよ!」
「だーから、ちっちゃくなってって言ってるでしょ?」
「テメエがそのまんまちっちゃくなったら、脳ミソまでさらにちっちゃくなって、赤ん坊以下になっちまうぞ」
「あ、何それ、ヒドイなぁ」
「まんまじゃねえかよ」
「むっ。何だよ蛮ちゃんてば。俺一人で、一時間もお弁当買うのにさまよってたのにさー。その間にちっちゃいお友達とすっかり仲良くなっちゃって」
「はあ? なーに言ってんだか。…つーか、お前よ。まさか、ガキにヤキモチか?」
「へっ!? ち、ちがうよ! そんなんじゃないよ、もう!」
「へ〜え」

男の子の頭上で小声で交わされる二人の会話に、大きな瞳が興味津々にそれを見上げる。
そして、ふと。余っている右手を銀次の前ににゅっと差し出した。

「あ、ねえ。お兄ちゃんも手繋いで! コッチのお手々」

いきなり目の前にきた小さな手と、にっこりした屈託のない幼い笑顔に驚きつつも、銀次もまたそれに同様の笑みを返して、男の子の手をぎゅっと握り込む。

「うん、いいよv」
「ねえねえ、ぶらんこやって! ぶらーんって」
「あ、アレね! おっけー。んじゃ蛮ちゃん、いくよー。いっちにの、さーん」
「は? おい」
「引っ張り上げんの、こうやって、ほらっ」
…あぁ。俺がガキの頃、妬んで拗ねてたヤツな、と自嘲を交えて理解し、蛮が銀次とタイミングを合わせて腕を引っ張り上げると、小さな身体がぴょーんと高く跳ね上がる。
「うわあーいv」
ぶらーん。
「もっかい、もっかい!」
「はいはい。いっちにの、さーん」
「うわあ〜〜v」
すれ違う人々に、ぎょっとしたような目で見られ、蛮が少々頭を抱えたい気分になるが、どうせ言っても聞きゃしねえだろうコイツらはーと、半ば諦めたように胸の内で思う。
「あははv なんかこうやってるとさ。俺ら"仲良し家族"ってカンジだねー、蛮ちゃん!」
「はあ!? 何、気色悪い事言ってやがんだ、アホが! 寝言は寝て言えっつーの!」
「だってさぁ。いたっ! もう〜っ、すぐ殴るんだからー」

ぼかりと殴られた頭を押さえ、唇を尖らせる銀次を大きな瞳で見上げ、男の子がふふっと楽しげに笑う。


「お兄ちゃんとおじちゃんってさ。すっごい仲良しだよね!」


「…えっ?」
「らぶらぶ?」
「ら…!」
「って、何言いやがんだ、このませガキ!! 銀次、テメエも赤くなってやがんじゃねえっ! つか、ガキ! いつまでも調子こいて、"おじちゃん"なんぞ呼んでやがんな! お兄様と呼べ、お兄様と!!」










「あ、ばーちゃんだ!」
どうにか学校の近くまで戻ったところで、男の子の顔がぱあっと輝いた。
正門の前で、小さな女の子をおんぶしている、まだ若い"おばあさん"がこちらを見、ほっとしたような顔になる。
「キミのこと心配して、見に来てくれたんだね」
「うん! あ、そうだ。あこ泣いてたんだ。急がなきゃ」
「おう、早く持ってってやれや」
「うん!」

「じゃあ、ボク行くねー。ありがとっ、おじちゃん!」
にこっと目一杯の笑顔になって、男の子が蛮を見上げる。
それを目を細めて見下ろし、蛮の手が小さな頭に置かれ、やわらかな髪をくしゃくしゃっと撫でた。
男の子がくすぐったそうに首をひっこめ、嬉しそうに声をたてて笑う。
そして、"じゃあ"と、まだ蛮とは繋いだままだった手が、そっと名残惜しそうに離された。

「おじちゃんのお手々、何かおとーさんみたいで嬉しかった! じゃあね!」
「え…」
「おにいちゃんも、ありがとっ」
「うん! あこちゃんとおばあちゃんによろしくね!」
「うんっ」
答えて、ばいばい!と手を振りながら、男の子が駆けていく。
離れていくその背を見つめ、一瞬憂いたような表情を見せた蛮が、隣りの銀次の視線に気づくと、すぐさまハッと我に返り、そして叫んだ。

「こら、テメエ! お父さんたぁ何だっ! お兄様と呼べっつってんだろうが、このクソガキー!」










祖母と妹とともに遠ざかっていく小さな背中に、蛮がそれを見送りつつ、胸の奥でこっそり小さく、"がんばれ"と呟く。

どうしても頑張れねえ時にまで、無理に頑張るこたぁねえが。
それでも、テメエも男なら。
やれるとこまでは、とにかくぎりぎりまでは、とことん自分で頑張り抜け。
それで、きっと強くなれる。
きっと。






"父親"か――。




その言葉に。
纏わりつく、忌まわしいトラウマ。



忘れたい過去。
いっそ親の顔など知らない方が、ずっと幸福だったろう。
そう思っていた。思ってきた。




だが、それでも。
それでも、いつか。







――赦せる日も、来るんだろうか…?






「あーぁ! 親恨んで世を拗ねてたガキん頃の俺が、なんかアホみてぇに思えるじゃねえか、クソ!」
「んー? 何それ、何のこと」
「何でもねぇよ!」
「って言っても…。気になるじゃん! ねえ、教えてよー」
「べーつに」
「あぁっ、内緒にしてるなんて、ズルイっ」
「別に何も内緒にしてねえ! つか、ズルイたぁ何だ」
「だってさー。もう蛮ちゃん! そーゆートコ、つめたいっ」
「ぁあ? しつけぇぞ、銀次!」
「だって、蛮ちゃんたらさ!」
「おら行くぞー。いつまでもちんたらしてる場合じゃねえんだよ。今晩、依頼人と会う場所確認しとかなきゃなんねえし… あ?」

ぎゅっ。
そんな音がしそうなほど、いきなり手を強く握られ、足早に歩き出しかけていた蛮の歩が思わず止まる。

「何…やってんだ? テメエ」
「だって。蛮ちゃんの手、寂しそうだったから」
「あ?」
「あの子の手離しちゃった途端。なんだか手持ち無沙汰って感じで、さびしそうだったから。蛮ちゃんの右手。…だから、ぎゅってしたくなって」
「は?」
「小さい可愛い手じゃないけどさ。今は、俺の手で我慢して?」

大きな瞳の琥珀が、蛮を映す。
蛮に、決して嘘を言わない瞳。
同時に、蛮の些細な嘘も見抜く怖い瞳。

「…バーカ」

一言呟くように言って、繋がれていない左手でその頭をくしゃっと撫でる。

「なんて顔、してんだよ」
「だって…。蛮ちゃん」

心配そうに見つめてくる瞳に、思わず抱きしめたい衝動に駆られるが、はたと周囲の視線に気づき、蛮がやっと我に返った。

「つうか! なんでこんな往来のど真ん中で、ヤロウ同士で手繋いでなきゃなんねえんだよ! 離せ、コラ!」
「んああっ、何すんの、蛮ちゃあん! 俺、離さないよっ」
「銀次っ、テメエ! この馬鹿力っ」
「やーだ、離さないもん!」
「あぁクソ、離しやがれっ! 暑苦しいっ!!」
「わーん蛮ちゃん、ひどいっ」









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