前へ
戻る

私釈三国志 130 諸葛孔明

8 諸葛孔明
F「孔明について、陳寿は正史でこう述べている。少し長いが書き下して引用する」

 孔明は丞相となると、民衆を慈しんで進むべき道を示し、官職を整えては政策を実施し、誠心誠意公正な政治を行った。忠義を尽くし、利益を出した者は仇敵でも必ず賞し、法を犯し、職責を果たさぬ者は身内でも必ず罰した。罪人でも反省する者は重罪であっても許し、反省しない者は軽犯でも死刑にした。善行は小なりといえども必ず賞し、悪行は小なりといえども必ず罰した。あらゆる事柄に通じ、物事はその根源を把握し、建前と本音が一致するのか必ず調べ、嘘偽りは歯牙にもかけなかった。かくて蜀の人々は、みな彼を尊敬し愛した。
 刑罰・政治は厳格であったのに民から恨みの声がなかったのは、心配りが公平で、賞罰が明確だったからである。政治の極意を熟知した賢才であり、古の管中・蕭何ら名相たちと並び称されるべきであろう。しかし、毎年兵を動かしながら成功できなかったのは、臨機応変の軍略を得意としなかったからであろうか。

F「至極まっとうな評価だと云えよう」
Y「評価しすぎな感はあるがな」
A「やかましいわ」
F「では、他のひとたちからはどう思われていたのか、それを確認してみる。……といっても、劉備のように三国の群臣のみならず各地の群雄からまで何かと話題に上がる、という人物ではないので、意外と少ないが」
A「時期が時期だからねェ」
F「とりあえず、劉曄がこんなことを云っているのを以前見たな」

「劉備は人傑ではありますが、度量はあってもグズです。蜀を得てから日が浅く、人民もまだ服しておりません。漢中を攻略した勢いで、公(曹操)が蜀へと攻め入れば、そのまま押し潰せるでしょう。
 もし時間を与えては、政治に明るい孔明が民心を安定させ、三軍に冠たる関羽・張飛が要害を固めて、蜀を攻略することは不可能となりましょう。公の頭痛は治まりませんぞ」

F「実は、曹操時代から仕える軍師たちで、孔明についての言及は割と少ない」

「政治を先にし連中が仲たがいするのを待てば、討つのは難しくないでしょう。しかし、かの二国は要害にこもり、蜀は優れた才智をもつ劉備を諸葛亮が補佐し、呉には賢明な孫権と名将陸遜がおります。わたくし群臣を見渡しましたが、劉備・孫権に匹敵する者はおりません。ここは武をさておき、文を先にするがよろしいかと」
 賈詡(後漢末最高の謀略家。蜀呉いずれを討つべきか諮問されて)
「劉備は寛大で情が深く、度量が大きくひとをよく使いこなす。孔明は政治に熟達し、状況の変化を読み取っては政道・権道を使いこなす。関羽・張飛は勇猛で万夫不当。劉備の智略にこの三人がいるのに、どうして成功しないことがあろうか」
 傅幹(魏の文官。劉備の入蜀が失敗する、との意見に反対して)

F「魏で、軽視されていなくても劉備の腰巾着程度に思われていたのが判るな」
A「面白くないなぁ」
F「そう云うな。劉備のときに見た曹叡の『益州人民への降服勧告文書』の続きを見よう」

「だのに孔明は益州の民を残虐に扱ったので、高定ら(との関係)は瓦解し、彼らは孔明の仇敵となった。奴は貧乏生活が身についているのを立派だと誤解し、危険なことをするのを有能な証だと思っている。朕は即位してから民生の安定を求めてきたが、野郎のせいで台無しになりかけた。軍を出してきて辺境が動揺したが、ちょっと小突いたら壊滅しやがった。蜀の民よ、そんな奴は見捨てるがいい。孔明に脅迫されて下についているなら何もかも許す」

A「戦場に出てこい、曹叡!」
Y「実際に出るぞ、コイツは」
A「……むぅ」
F「戦場に出る、といえば面白い発言をしているのが曹植だ」

「亡き武帝(曹操)の代からの武将たちはおおよそ年老いて身罷ったと聞き及びます。私に寸毫ほどの価値があるとお思いなら、西でも東でもいいので戦場に出していただきたい。孫権や孔明を捕らえることはできなくとも、先頭切って敵陣に斬り込み、副将程度ならば討ち取りましょう」
 曹植(曹操の息子。魏の朝廷に自分を売り込んで)

F「それでもなお、曹植は起用されなかった」
Y「寸毫ほどの価値もないと思われていたワケか」
A「……ていうか、曹植と魏の宮廷の関係が、92回で見たのを反映しているように思えるのは気のせいですか?」
F「なぜ敬語か。……んー、いちおうコレも掲載しておくか」

「巧妙は巧妙だが、改良の余地がないわけではない。俺なら5倍の性能を持つものを作れるぞ」
 馬鈞(魏の技術者。孔明設計の連弩についての発言)

F「さて、呉の人士は孔明をどう評していたのかを見る。まず、孫権は意外なほどに孔明を高く評価している」

「諸葛丞相はその徳化と威声を遠隔の地にまで輝かせ、内にあっては主君を戴き佐け、外にあっては軍の指揮を執り、その信義は陰陽にも感応を及ぼし、誠実さは天地をも感動させるものだ」
 孫権(呉の皇帝。即位後の同盟締結文章で孔明を絶賛して)

F「多少のリップサービスがあるのは想定できるが、孫権が孔明を高く見ていたのは事実のようでな」
A「絶賛だモンなぁ……」
F「他にも、文官が孔明を高く評価している」

「孔明ははかりごとの本質に通じておられるので、必ずや陛下のお心遣いによる一時的な方便がやむを得ないのだと理解してくれるでしょう。加えて、蜀は呉の恩恵をこうむっておりますから、彼の心を察しますに呉を疑うことはありますまい」
 張温(呉の文官。蜀へ使者に出る前に)
「漢の天下が崩壊し、英雄たちはこぞって帝位を求めた。魏は中原を、蜀は益州を支配して時代の覇者となったが、その丞相たる司馬仲達と孔明を比べるとどうか。いずれも若き皇帝の補佐役として結果を出したが、孔明の方がまさっていよう。劉備は曹操に劣っていたが、それでも呉の援助がなくとも勝利を納めることがあったのだから、もし孔明が死なず毎年兵を出していたなら、勝負の行方は明らかだった」
 張儼(呉の文官。著書で)

Y「呉の連中からは高く評価されていたワケだな」
F「交流があったンだから、蜀の使者が孔明の偉大さを喧伝していたのは予想できる。加えて、孫権への配慮から孔明を高く評価する傾向があったンだろうな」
A「? 孫権への……? そりゃ、孫権は孔明と昔から交流があっただろうけど」
F「残念ながら周瑜から陸遜までの四人は、孔明について特筆すべき発言を残していない。彼らがどう思っていたのかは不明だが、高く評価しているのは他にもいる。そのひとりが仲達そのヒトだ」

「孔明は、天下の奇才であった」(撤退した蜀の陣を視察して)
「ワシは生きている相手になら勝てるが、死者を相手にするのは苦手でな」(『死せる孔明生ける仲達を走らす』との言葉に苦笑して)
 司馬仲達(魏の武将。晋の宣帝)

A「尊敬すべきライバルを高く評価していたワケか」
F「孔明と仲達がライバルなんて云ったら孔明が怒る気はするが、まぁそういうこと。では、肝心の蜀関係者のコメントを見ていこう」

「孔明っスか? アイツ、プライド高いっスからねー。将軍が出向かれるなら会えるだろうっスけど、連れてくるのは無理っスよぉ」
 徐庶(孔明の親友。劉備一家の初代軍師)

Y「懐かしいなぁ、このキャラ」

「兄ィは世の立て直しに協力されて、大業の樹立にかかわり、国家を支えておられますが、成功の端緒は見えてきています。その偉業は音楽で云うなら至高の調べ。古の名手でも敵わんでしょうな。オレも加わりたいですなぁ」
 馬良(白眉。孔明とは義兄弟のような関係にあった)
「アニキには敵わねェ! 二度と逆らわねェよ!」
 孟獲(南蛮の首領格。ただし、漢民族が異民族に心服するのは稀なので、たぶん漢人)

A「……ムカつくなぁ、このキャラ」

「丞相、お前さんには曹丕に十倍する才がある。必ず、漢の天下を成し遂げてくれよう。もし劉禅が補佐するに値するようなら、助けてやってもらいたい。だが、補佐するに値しなかったその時は、お前さん自らが帝位に就け。俺への遠慮は無用だ」
 劉備(蜀のヘッド。死に臨んで)

F「これについて言及する必要はないと思う」

「丞相は傑出した英才で、予兆の現れないうちから物事を深く見抜かれ、若き陛下を支えられて漢朝の中興に尽くされています。猜疑心を抱くことのないお方で、功績をとりあげ過失は見逃されます。将軍(雍闓)が心を入れ替えられたなら、必ず重用されるでしょう」
 呂凱(蜀の文官。南方で挙兵した雍闓に書を送って)

Y「やはり、多少のリップサービス込みだろうな」
F「と、思うよ。で……」

「明公(孔明)は私を我が子のように扱われ、私は明公を父と思っておりました。ですが、犯した罪を思えば平素のかかわりなどお気にされませぬよう。死んで冥土に堕ちても心残りはありません」
 馬謖(馬良の弟。演義では孔明の一番弟子)
「嗚呼、わしは蛮民となってしまう……」
 廖立(蜀の文官。素行不良から追放されていたが、孔明の死を聞いて)

F「孔明の死を聞いた李厳も『これでもう、復帰の道は閉ざされた……』と嘆いて死んだとある。孔明に罰された者でさえ、その処罰を恨んではいなかったことを示すエピソードだな」
A「惜しいひとを亡くしました」
F「いちおう、生前にこんなことを云った者もいる」

「行政には役割があり、上下それを犯してはなりません。互いの職分を犯さねば枕を高くして眠れますのに、丞相おひとりで何もかもされては身体は疲れ心は果て、結局何ひとつ仕上げられませんぞ。政治を行うにあたって自ら出納簿までお調べになられ、いちにち中汗を流されるのは、あまりに労働過重でありましょう」
 楊顒(蜀の文官。楊儀の一族)

F「忠告に従っていれば、過労死を先延ばしできたかもしれない」
Y「ヒトの話は聞くモンだな」
A「……むぅ」
F「で、いちおうの主君たる劉禅の、孔明に関する発言をまとめて見る」

「丞相は度量大きく、意思は強固で忠誠と武勇を兼ね備え、身を捨てて国家に尽くす人物である。先帝は彼に天下を託され、朕の身を案じてくださった」(北伐に臨む将兵への布告文で)
「街亭の敗北は馬謖のせいだったが、君は自分を責めて位を引き下げた。だが、君の威光は凶暴な敵を圧倒し、その功績は明らかだ。天下は激動し元凶はさらし首になっていないが、君が大任ある国家の柱石であることに変わりはない。長い間官位を低くおとしめているのは功績を輝かせることにはならないのだから、辞退するンじゃないゾ」(階位を落としていた孔明を丞相に復帰させて)
「君は文武の才を兼ね備え、叡知と誠実さを有し、先帝の遺言を受けて陳を助けてくれた。絶えた家・衰えた国(後漢王朝)を復興し、その志は動乱を鎮めることにあった。軍を整備し出征しない年はなかったが、優れた武勲は明るく輝き、その威光は世界の果てにまで浸透した。功績がまさに樹立しようとした折に病にかかって身罷ったが、陳の心臓は心悲しさに張り裂けそうである。君の名と功績を後世に留めるため、諡号を送る。霊魂というものがあるのなら喜んでくれ。嗚呼、悲しいかな、悲しいかな」(孔明の死に際して)
 劉禅(劉備の息子。蜀の皇帝)

F「これに関連して……えーっと、この辺か」

「孔明は英明高邁。魏を討つ策を献じ、呉と蜀を連盟させ、蜀を後漢の正統継承者に位置づける算段を果たした。劉備の遺命を受けて宰相となり、武備・文治を整えて徳による教化を徹底し、人々を導いて風俗を美化したところ、賢者も愚者も競いあってその一身を忘れて奉公した。領内を落ちつかせ四方の国境を安定させると、魏へと攻め入り威光を輝かせ、ついに魏を消耗させたが、討ち滅ぼすことができなかったのは残念である」
 楊戯(蜀の文官。季漢輔臣賛より)
「亡き丞相の徳義は遠近に手本とされ、勲功は末代まで続き、王室が破滅しなかったのはこのヒトのおかげではありませんか! それなのに霊廟も立てないのでは、過去を追憶するやり方に反します!」
 蜀の文官(孔明の霊廟を成都に立てたいと劉禅に上奏して)

A「どれくらい孔明が慕われていたのか、判る発言だな」
F「一方で、こんな意見もあった」

「野郎は強力な軍を率い虎狼のようなたくらみを抱いておりました。孔明が死んだのは、陛下の一族にとって喜ぶべき事態であります」
 李邈(蜀の文官。孔明の死後、劉禅が哀惜しているのを見て)

F「劉禅は、この野郎を獄に下して処刑した」
A「あたりまえです!」
F「張昭が孫権に孔明を推挙したのを、裴松之が否定したのは前に見た。それの続きがある」

「孫権が孔明の力量を存分に発揮するなら、孔明が孫権に仕えるとでも云いたいのか! 関羽は曹操に仕えた折に、その武勇を存分発揮したと云っていいだろうが、それでも信義を守って劉備に背くことはなかった。こんなことを云っている奴は、孔明が関羽に劣っていると云いたいのか!」

Y「相変わらず、この男は感情的だな」
F「実は、陳寿はともかく正史の注では、孔明に意外と手厳しい評価が目立つンだ」

「法正が劉備に重用されていたからと云って、その権限を弱められないのはいかがなものか。刑罰が法ではなく主君の寵愛で左右されるのは、国家存亡の根源である。孔明の言葉は、結果として正しい政治から外れている」
 孫盛(正史の注釈者。法正に口出しできないとした件について)
「孔明が天下を盗れなかったのも当然ではないか。西方の片隅に蟄居する蜀に有能な人材は少ないのに、その傑物を殺害し、凡庸な者を起用しては、よせばいいのに厳罰を下す。これでは大事を成し遂げることなどできまい」
 習鑿歯(正史の注釈者。馬謖の処刑について)

A「……うーん」
F「気持ちと理屈は判る、というところだろう。そんな中で、孔明に陳寿よりも高い評価を出しているのが、我らが熱血注釈者・裴松之そのヒトだ。孔明について、裴松之の評はここに行きつく」

「本心は言葉に現れ、志の存るところは最初から決まっているものだ。孔明が中原を闊歩し龍の輝きのような才能を発揮したなら、士人たちで抑えられる人物であろうか。魏に仕官して能力を発揮したなら、陳羣や司馬仲達が対抗できる相手ではなく、他の者たちでは問題にもならない。功業は成就できず理想を遂行できず、宇宙より大きな志を持ちながら、それでも魏に仕えなかったのは、権力が魏に移行し漢王朝がまさに滅びんとするにあたって、皇族の英傑を補佐して王朝をたてなおすのが自分の責務としたためである。いたずらに辺境にいるのをよしとしたわけではないのだ」
 裴松之(正史のメイン注釈者)

A「意外なまでの絶賛なんですけど」
F「いつか云ったと思うけど、正史も孔明には同情的で、高く評価しているンだよ。見落としやすいけど、過大な評価ではないと思う」
Y「……返事はしないぞ」
ヤスの妻「うふふ」
A「うふふ」
Y「笑うな!」
F「では、長々となった『私釈三国志』130回『諸葛孔明』、その最後を締め括るのは、余人ならぬ瑾兄ちゃんの孔明評を以てしたい。偉大なる故・横山光輝氏の名作からの引用だ」

「あぁ、偉い弟だ。呉の臣として私の立場は苦しいが、兄としては嬉しく思う」

F「……こんな弟がほしかった」
A「真顔で溜め息ついて非道いこと云うなっ!」
F(ちらっ)
ヤスの妻(こくん)
F「すぅ……はぁ(深呼吸)。ところで……」
A「今まで来ないと思っていたら、ここで来たー!?」
Y「よし、来い」
F「続きは次回の講釈で」
2人『…………………………待てやオラっ!?』

津島屋幸運堂は【真・恋姫†無双】を応援しています。
【真・恋姫†無双】応援中!
130回あとがき
進む
戻る