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イタリアン・スタイルで行こう



 このコーナーは私の「イタリア体験」に関する個人的なお喋りが書き連ねられたエッセイであす。時には「日常的な何気ない事柄」、またあるときは短編的な「料理修業体験記」、さらには「食材」や「可笑しな人物との出逢いのエピソード」などであったりする、「楽しい話題」を中心に展開されていきます。今回は前回、第3回の”IL CHIASSO(イル・キアッソ/イタリア人の喧騒)、その1、「声の大きさ」”の続編「食事時のわがままさ」です。第一回には”プロローグ”として、一人の「凄い男」との出逢いについて、第2回では「働くマンメたち」というタイトルの、イタリア料理修業中に厳しい仕事ずくめの生活を共にしたママさんたちの活躍を取り上げ書かせて頂きましたので、興味がおありでしたらご覧になってみて下さい。



 第四話 ”IL CHIASSO(イル・キアッソ/イタリア人の喧騒)、その2、「わがままな人達」”


 世界で最も美しい食文化を誇ると有名なここイタリア。人々はそれなりの誇りを胸に抱き、語り、そして披露します。

 素材の味を重要視したシンプルな構成の食事を好み、その組合せや順序などに執拗なこだわりが存在する中、多くの外国人観光客の食事習慣をあざ笑うがごとくに罵倒するその”優越感”というのも満更造り話ではなく、正しい根拠に基付いていたりするものです。

 朝起き掛けの曖昧な舌に”塩味”の料理をあわせることはありませんし、ドイツ人のように、カプチーノと生ハムを一緒に食したりもしません。魚料理は極限にまでナチュラルな調理法で食し、ジャラートやセミフレッド以外のデザートは、例えフルーツでも決して冷やして食べません。お腹をいたわり”冷えた水”を避ける人々も多ければ、他人の”エスプレッソ・コーヒー”が冷めていくのを見て見逃すことの出来ぬ人たちです。

 ところで、一人の料理人としてあまりにも爆弾発言かもしれませんが、僕は”冷め切ったスパゲッティ”が大好きです。子供のころ、無理やり母親に頼んで「スパゲッティ・ミートソース」をサッカーの試合などの時の弁当に入れさせていたために出来た習慣なのでしょうが、未だに止めることが出来ず、時にはわざと冷ましたりさえもしまうほどです(スパゲッティであること、そしてトマト・ソースかラグー・ソースであることが条件ですが)。忙しい厨房生活の中では意外と好都合で、食事の時間を逃がして時によく”冷め切ったパスタ”を食べていたものですが、いつも回りの皆に”吐き気がする”とか散々言われていたことを覚えています。

 とにかく、”食べる”ことに異常なまでの執念を持って挑むイタリア人たちのそんなお喋りは、はたで聞いているとそれだけで”漫才”のように面白く、それに立ち向かう”仕事”として出会うと、あまりにも煩わしく思えてくるものです。

 具体的に説明してみましょう。まずはここにメニューがあると想定してください。アンティパスト、プリモ、セコンド共に、数種類の選択がしっかりとあり、”何味”なのか想像がつけられるように”トマト風味”などと細かい記入さえもしてあります。普通なら、メニューをしっかり眺めて、僕はコレ、君はアレと素直にその中から選択し”決める”ことが出来ると思うのですがいかがでしょう。ところがそんな簡単なことがどうしても、彼らには出来ないのです。先日一人でとあるリストランテで食事していたときに横のテーブルにいた”熟年カップル”の注文の仕方があまりに面白かったので、それを例に取ってみましょう。

 まず始めに、そこのリストランテは極普通のレベルのものであったことを付け加えておきます。決して、”ヌーベル・キュイジーヌ”的な洒落たリストランテではなく、”お腹を満たす”的な料理を提供している、値段的にも比較的手頃なリストランテでありました。季節的にも多忙で、すっかり転覆しかかり”クルクル”回っては我を失っているカメリエーレがその対応に応じます。

 カメリエーレ:「ブオンジョルノ、メニューはお決めになりましたか?」
 男性客:「あいにくまだでね。連れとよく見てから呼びますよ」
 カメリエーレ:「そうですか。では飲み物はどうしましょう?水は”ナトゥラーレ(ナチュラル”が宜しいですか、それとも”ガッサータ(炭酸入り)”ですか?」
 女性:「冷えてない”ナトゥラーレ”はあります?あまりお腹の調子が良くないのよ」
 カメリエーレ:「それは当然。ところでワインはどうしましょう?」
 男性:「何をお薦めしてくれます?やっぱりこの辺だったら”キャンティ”の赤ワインですかね?」
 カメリエーレ:「それならばどうぞワイン・リストをご覧ください。”キャンティ”もあるし”ブルネッロ”もありますよ。」

 ワイン・リストとメニューを眺めながら、ゆうに10分は相談をしていたと思います。”カップル”は再び、カメリエーレを呼びつけました。

 男性:「ところでこの”クロスティーニ・ミスティ(トスカーナ風カナッペのミックス)”は何があるですか?」
 少なくとも、僕が見た限り、「鶏の肝臓、ポルチーニ茸、ナスのマリネ」としっかりと記入してありました。
 カメリエーレ:「ちょっと、メニュー見させて宜しいですか?」 カメリエーレも覚えていなかったりします。不思議ですね。とても毎日メニューが変わるレベルには思えないし、メニュー自体に長年の間に設けたシミすらあります。
 カメリエーレ:「鶏の肝臓、ポルチーニ茸に、ナスのマリネですね。美味しいですよ。シェフのお薦めです。」それならば何故暗記していないのでしょうか?
 男性:「だけど、今夏だからね。ポルチーニ茸は”冷凍”でしょう?季節じゃないからね」
 カメリエーレ:「いや、多分特別にしいれた新鮮なものですよ。シェフに聞いてきますね」幾らなんでも、それ位は聞かなくても分かるはずなのに・・・。彼が厨房から帰って来ました。
 カメリエーレ:「新鮮なものでだそうすよ。昨日届いたばかりだそうです。」
 男性:「でも私はそんなにポルチーニ茸が好きでなくてね。」
 女性:「ところで、この”スミイカのイカのサラダ”はどんな味付けですの?」
 カメリエーレ:「そうですね。多分ピーマン風味ですよ。」 
 男性:「スミイカにピーマンとは聞いたこともないね。美味しいのかい?」
 カメリエーレ:「当然ですよ。我々の自信作ですからね。」
 女性:「スミイカは新鮮なのかしら?旬はいつだったっけ、貴方?」 ちなみに旬は5月ですが、ここは海から100キロ離れた山奥です。
 男性:「さあ。ところでこの”鴨のテリーヌ”っていうのは食欲をそそるね。」
 カメリエーレ:「美味しいですよ。なんてたってジガモですからね。」 ちなみにジガモは別の名前を持ち、シェフがハンターでもなければ見つけられないものです。当然この値段からも怪しいし、経験上からいってもウソでしょう。
 女性:「ちなみにソースは何ですの?きっと、あの有名な料理にちなんで”オレンジ”かしら?」 ”鴨のオレンジ・ソースは確かに有名な料理ですが、”テリーヌ”と”オレンジ”は難しい。ちょっと飛躍しすぎな意見ですね。
 カメリエーレ:「エーッとですね・・・・」

 このように一通りのメニューの詳細を尋ねたあとに彼らが注文したものは、笑ってしまうくらいに定番の「サラメ類のミックス」に「クロスティーニ・ミスティ」の”ポルチーニ茸抜き”でした。

 同様の経緯を踏まえた後に選ばれたプリモ・ピアットは、やはり定番中の定番である「トルテッリ・アル・スーゴ(リコッタ・チーズのトルテッリとトマト・ソース)」、そして「ジャガイモのニョッキのバター・ソース」でした。ちなみに「ニョッキ」はメニューのなかでは「バジリコ・ペースト」と書いてありましたし、アンティパストの選択段階に見た「バターは身体に悪い」と熱演していた女性の姿は幻ではないはず。

 セコンドも同様、豚肉に、鴨肉、兎にイノシシなどなど、様々な選択がありながらも、男性が選んだのは定番「ビステッカ・アッラ・フィオレンティーナ」で、女性のそれはやはりメニュー外の「鶏胸肉のグリル」。付けあわせにも当然こだわりが見られ、白いんげん豆のサルビア抜きと、ほうれん草のソテー、ニンニク抜き。このレベルのリストランテでは大抵纏めて調理しているので、「・・抜き」というのは非常に困難なはず・・・。

 さて、待ちに待った”ワイン”の注文です。”ブルネッロ”はどこのワイナリーを知っているだとか、”キャンティ”はクラッシコでなきゃね”、”ビステッカにはやはり”などと様々な議論のあとに下された決断は、
 女性:「暑いから、ハウス・ワインの白が飲みたいわ。でも”フリッザンテ(炭酸ガス入り)にしてね。それと当然冷えてなきゃダメよ。フリッザンテはぬるいと美味しくないから・・・・。」


 この日の客席の様子はほとんどが外国人観光客。遅めに入店してきた彼らカップルに占領されてしまったカメリエーレが背負うものは、何十人もの客に食べ終えられ、ひたすら下げられるのを待っているお皿の数々と冷たい視線。ただ、カメリエーレに限らずにイタリアで見られる従業員というのは、”接客している”という言い訳に安心するところがあるために、彼に罪意識は欠片もないようです。

 イタリアの小さな食品店での買い物を経験された方はお分かりと思いますが、これは一種の悪い癖ですね。例えば「ガンベロ・ロッソ」で働いていた3年間に大変悩まされたお肉屋さんの話をご紹介しましょう。当時、僕はずっと従業員の「マカナイ」を作っていました。基本的に余り物やお客さん用ではない端きれの肉を調理していましたが、どうしても足りない時は目の前の肉屋さんに走っていたのです。ところが当然僕には仕事が山ほどあって、特にランチの営業前はそれはそれは時間の惜しまれる頃合であることを付け加えておきます。さて、門を開けると既に5人の列が出来ています。”5人が多いか少ないか?”ここの店では他の店の”15人”に均しいです。まず、異常にお喋りで且つ”肉はその場で処理したいから前もって準備しない”主義の亭主は、お客が”ひき肉”を注文する度に肉を轢き始める人です。そして、お客さんにも多少問題があり、山ほどの注文を抱えている時は前もって電話して予約しておくだとかしないもので、実際その場に来てから”アレ”と言い、その処理が終わった時に”コレも”そして挙句の果てに”その肉を轢いて”とか言い出したりします。当然、後ろに並んでいる他のイタリア人もイライラしてはいるのですが、”ちょっと急いでよ”と急き立てるのはこの国ではあまり美しくなく、じっと自分の番が来るのをこらえて待っています。そして、自分の番が回ってきた時には”自分が待っていた時の腹いせ”のごとくに長々と注文を始めるのです。そして、亭主も”長い列”を気にせずにしたい講釈や自説は決してためておかないので、それはそれは大変なことになります。不思議なもので、一秒でも惜しいくらい急いでいる時にそんな状況に出会うと、何故か”きっと、次のおじさんは一切れの肉だけで注文を済ますだろう”といつも無駄な期待をしてしまうものです。当然その期待はあっさりと裏切られるのですが、”もはや10分も待った、今更帰ってしまうとこの”10分”が無駄になる。次の人こそきっと・・・”との意地と期待からも待ち続け、結果として大切な30分を失ってしまうのです。幸い僕は失敗から学ぶ人なので、次からは下の人間に行かすだとか、前もって時間のある午後にキープしておくように心掛けていましたが、忙しい毎日のこと、たまに計算が狂っては”シマッタ”と嘆きながら列に並んだものです。

 さて、話を元に戻しましょう。要するに”イタリア人”という人たちは、”今日の料理はアレとコレとソレ”と決められているものにどうしても従うことが出来ない人なのです。”ペンネじゃなくてスパゲッティ”だとか、既に仕込んである7種のフルーツのマチェドニアがあるときに平気で”リンゴとメロンは抜きで”とか、それはそれは好き勝手なことを言い始めます。ですから、アラカルトで注文するイタリア人6人以上が店の門をくぐる時はその時点で、厨房は戦争覚悟。カメリエーレも脇を締めてのオーダー取りへと挑むのです。余計な話ですが、よく厨房とカメリエーレが喧嘩をするのも、コレが原因である場合が多く、”ある種の無茶な注文”には”NO”と言はなくてはいけないところを”YES”といって帰ってくるもので、”お前いつからシェフになったんだ”などと始まってしまい、僕も年がら年中喧嘩を繰り返しています。

 団体として、又は個人としても僕は度々、出張料理や企画パーティーなどを請け負いますが、今まで一度も予定の人数が性格に揃ったためしはありませんし、最低一人の”・・・が嫌い、もしくは食べられない人”に悩まされなかったこともありません。海沿いのバリバリの魚料理の店に来て”魚が食べられない”とぬかす客もいれば、”ポルチーニ茸”の企画パーティーで、”ポルチーニ茸が嫌いな人”に出会っていまうこともありました。僕ならば、あまりにも個人的な問題だ、と押し隠す物事なのですが、やはりそれは日本人的考え方。この国では”意味を持たぬ気使い”なのでしょうね。

 ところで、今日僕はいつものごとく一人で食事に行きました。街道沿いにある何の変哲もないトラットリアで、あたりは長距離トラックの運転手などが多かったように覚えています。店主に今日のメニューを口頭で言われました。とてもお腹が空いていたにも係わらず、どうしても渡されたプリモ・ピアット選択が気に入らず、こう聞いてしまいました。
 「スパゲッティ・アル・アッラビアータは出来ます?」
 メニューになくても出来ない訳がありません。簡単ですからその場でも調理出来るでしょう。ただ、余計な仕事になることは充分予想つきます。5秒経ってから「いいですよ」との返事が返ってきました。さてお次はセコンド・ピアット。告げられた選択には、重たそうな煮込みに、昨日も食べた豚肉のグリル、そして赤身肉のくどそうなソースものが多く、どうしてもシンプルで昨日と違う料理が食べたかったもので、再び我が意見を通してしまいました。
 「何か”豚肉”以外の白身肉のグリルは出来ますかね?」
 幸い、鶏肉を持ち合わせていたようです。

 どうですか?皆さんから見て、僕もイタリアに染まってしまったでしょうか?




                                      2001年8月27日     土居 昇用

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