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イタリアン・スタイルで行こう



 このコーナーは私の「イタリア体験」に関する個人的なお喋りが書き連ねられたエッセイです。時には「日常的な何気ない事柄」、またあるときは短編的な「料理修業体験記」、さらには「食材」や「可笑しな人物との出逢いのエピソード」などであったりする、「楽しい話題」を中心に展開されていきます。前回の第2回では「働くマンメたち」というタイトルの、イタリア料理修業中に厳しい仕事ずくめの生活を共にしたママさんたちの活躍を取り上げ、第一回には”プロローグ”として、一人の「凄い男」との出逢いについて書かせて頂きましたので、興味がおありでしたらご覧になってみて下さい。



 第三話 ”IL CHIASSO(イル・キアッソ/イタリア人の喧騒)、その1、「声の大きさ」”


 「"IL CHIASSO(イル・キアッソ)"」とは、騒々しいけど何だか楽しくなってしまうイタリア人特有の”やかましいお喋り”を意味します。」

 我がサイトのトップ・ページ下の字幕に流れる文の引用であり、サイトのタイトルにもなっている言葉です。

 5年以上に及ぶ「イタリア体験」を重ねた僕にとって、このテーマはあまりに奥深いもので、吹き出す笑いが止まらなかった思い出が何遍もあるかと思えば、負けじと声を張り上げて「怒り」の様を表した記憶も数多くあったりします。

 要するに、その全てを書き連ねてしまうと、それこそ一冊の本になってしまうほど数々の珍道中を語る羽目になってしまいますので、今回はテーマを「声の大きさ」に絞って、話を進めてみたいと思います。

 さて、まず始めに僕はいつも独りで食事をします。「取材の仕事」のためでもあるし、「シェフ」の仕事も兼ねて忙しいので、「友達と食事」をする時間があったら、「その友達に料理を作る」という展開になってしまう場合が多いために、結局はいつも独りで食事をしている訳です。

 大抵の場合、「お友達」や「それ以上の親しい間柄の人達」との愉しい晩餐の際に、他のテーブルやその他のざわめきに聞き耳を立てる人は少ないと思いますが、当然、独りの場合、状況はかなり違ってきます。「全てのテーブルに置かれた花瓶の角度の違い」が気になって仕方がない日もありますし、時には厨房内での食器の掠り音で、その盛況(混乱)ぶりを感じてしまったりします。

 先日、とある友人が経営する”ミシェラン一つ星”のリストランテに食事に行きました。その小さくも素敵に整えられた店内を処狭しと多い尽くすテーブルたちは様々な国籍のお客に埋め尽くされ、観光シーズン独特の目覚しい”活気”に彩られた”生涯忘れられぬ一時”を満喫すべくあつまった人々が、各々の想いを胸に抱いては、一種の”光悦感”を醸し出していたその夜、とあるイタリア人カップルのテーブルがサン・フェリーチェ・ワイナリーの”ビゴレッロ”というワインの95を注文しました。

 この日用意された、11のテーブルを覆い尽くす30人近くのお客の中で、完璧にイタリア語を理解出来ていたテーブルは、僕と、そのカップル、そして”ミシェラン”の審査員であった(あとに判明する)独り客の3テーブル。後は、見事なまでに自分たちの世界に浸っているドイツ人カップルやイタリア転居後僅かのスイスの富豪、そして、頑固なまでに”自国語”にこだわる為に、”イタリア語を理解しているか解読不可能”なフランス人たちであったでしょうか。

 ホールを務める店主がそのテーブルの”ワイン選択”に一種の褒め言葉を与えると共に、”ヴィゴレッロ‘95”の栓を抜きます。わざわざ年代もの”アンティーク”の栓抜きを使用した”デモンストレーション”的なサービスが行われ、”味”を嗅いだ店主の「これは素晴らしい」とのお言葉のに彩られるテイスティングの後、本来のお約束である”注文客の試飲過程”を省いたかたちで、ワインが提供されました。どうやら、比較的常連客のようで、「毎回」の出来事であるそうです。

 さて、5分ほどの時が過ぎ去った後、注文客の男性が店主を呼びつけました。聞けば、「このワインは”Sa di Tappo(コルクの悪化により、ワインの質が落ちたものを差す)”であると言い、ワインの交換を求めるものでありました。

 店主はお客の手前、”自分の判断が曖昧で逢った理由が「先日ひいた風邪」によるもの」とごまかしと言葉を入れながらも、”そんなはずがない」との自信に、慌てふためいた感に煽られていました。

 代わりのボトルを抜いた店主が、注文客の「試飲」の元、”OK”のサインを得るや否や、5メートル離れた厨房へと消えていった店主が放った言葉が、卓上の蝋燭の火をも揺らさんばかりの勢いで木霊しました。


 
「あの客は、何にも分かっていない。毎度のこととは言え、我慢がならないよ。彼は、”Sa di Tappo”を示すことで紳士ぶる多くの”かっこつけ野郎”以外の何者でもないさ。」


 僕は思わず、口にしかけていたデリケートなアンティパストを吹き出しててしまいそうになり、かの”ミシェラン”の審査員も背筋を延ばしていました。当然、話題の張本人である彼も、毎度変わるらしい”美しき連れ”の手前、すっかり居場所を無くしてしまったようです。

 厨房での騒ぎは続きます。まず、ソムリエである若者が試飲をして、「コレは正しい」との意見を述べたかと思えば、”店内最高の味利き”であるという、セカンド・シェフがそれを引き継いで


 
「このワインはこういうワインだから、”Sa di Tappo”であるなど言語道断だ」


 と、調理中であったソースがすっかり焦げ付いているのも気に止めぬ有様で激高しています。(後で試飲した僕の意見でも、”Sa di Tappo”ではありませんでした。)

 とにかく、”ミシェラン”審査員が聞き耳を立て(と言っても耳を済まさなくても、否応に聞こえてきますが)、張本人の彼は”女性”の手前カッコがつかず、言葉少なになってしまいました。”わざと聞こえるように離している”と勘ぐられるかもしれませんが、それは違います。そもそもイタリア人にひそひそ話すということは不可能なのです。僕は「友達心」から、厨房に駆け込んで注意しようかとも思いましたが、既に手遅れですよね。

 この店が来期も”ミシェラン”にて”一つ星”をキープしてくれることを期待しましょう。さもないと、”現場に居合わせたもの”として、責任すらも感じてしまいそうですので。

                  ーーー   

 さて、僕自信も、同じような間違いを先日犯しました。時は今夏のとある7月の初旬、「イタリア航空業界の重要人物」を招いて行われた夕食会の料理を担当した日の出来事であったのですが、この日、それなりに「厄介」な味利きが集まる事を想定していた僕は、誰に食べさせても無難な定番、つまり、僕の料理の基本的な構成においても”最高に近い”ものを用意しました。”ミスト・ディ・マーレ・クレーマ・ディ・オルト(魚介類のミスト、各種野菜のソース)”や”スパゲッティ・アル・ラグー・ディ・ペッシェ(スパゲッティ、魚仕立てのラグ―・ソース)”などなど、仕上げには定番”フィレット・アル・ブルネッロ”(牛フィレのブルネッロ・ディ・モンタルチーノ・ソース)をも提供しました。

 一皿ごとに受ける”申し分ない褒め言葉”の後、最終料理提供後に、”Capo Tavolo(その日最も重要なお客で、フィレンツエ空港のオーナー)"がカメリエ―ラ(給士係)に伝えた、「これほどまでに素晴らしい夕食は、過去に片手で数えられるほどしか味わっていない」との褒め言葉に対し、ついつい、性格上の問題から、

 「”過去にどうこうではなく、”初めて”と言って欲しいね」

 との言葉を漏らしたら、それを聞いた我らがダミ声の”絶対に口から先に生まれたに決まっているお喋り女性”カメリエーラ、その言葉を繰り返します。


 「過去にどうこうではなく、”初めて”と言って欲しいね」 だって!!!


 ただでさえ馬鹿でかい声の持ち主なのに、”驚き!”のニュアンスが加わったその一言は、客席と厨房にひとつの小部屋が設けてあるとは言え、ここまで大きな声なら絶対に聞こえています。まだ彼女は続けます。


 
「”これほどまでに素晴らしい夕食は、過去に片手で数えられるほどしか味わっていない”じゃ物足りないってわけ?”過去にどうこうではなく、”初めて”と言って欲しいね”だって、まったくなんて自信家よ、貴方」


 最低レベルの癖に”仕事を知っていると勘違いしている自信家の彼女は、毎度僕に厳しく指導されることが腹高しいに加え、自分以外の人間については、零れ落ちたたった一粒のおコメすらも見逃さんばかりの”あら捜し”する性格をしているために、なんとも煩わしい存在なのですが、こうまでも”無頓着”だと怒ることすらも馬鹿馬鹿しく思えてきます。

 デザート提供後、客席に呼ばれ(行きたくなかったのですが仕方なく)、拍手喝采のさなかに”Capo Tavolo”が放った一言とは、どんなものであったと思いますか?


 
「イヤー、こんなに美味しい食事は我が人生”初めて”の出来事だよ。」


 でした。やっぱり聞こえていましたね・・・・・やれやれ。



                                      2001年7月29日     土居 昇用

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