長寿地域における食の伝統を崩した大きな原因とは

贅沢なご馳走に憧れる肉体的・本能的欲望

コラムNo.49

世界の長寿地域における食生活の調査研究を通して明らかになったことは、人間に健康長寿をもたらす“正しい食”とは、植物性食品中心の質素な食事であるということです。これは人類にとって貴重な発見であり、食に関する真理(自然法則)と言えます。

長寿研究では、さらにもう1つ重要な事実が明らかにされました。それは世界的な長寿地域であっても欧米の文化が浸透して食生活が欧米化すると、短期間(数年~十年)のうちに病気が多発するようになり、短命化が始まるということです。人々に健康長寿をもたらしてきた「正しい食の伝統」は、食の欧米化によって簡単に失われてしまうのです。こうして長寿地域は、次々と姿を消すことになりました。

では、なぜ長寿地域の人々は欧米の食生活を受け入れることになったのでしょうか。もし人々が欧米食に魅力を感じなかったなら、質素な食生活を続け、健康長寿を保っていたはずです。なぜ人々は、それまでの伝統的な食生活を捨て去るほどの魅力を欧米食に感じてしまったのでしょうか。

18世紀にヨーロッパで産業革命が起こり、従来の農業中心の産業から工業中心の産業に変化していきました。ヨーロッパにおける産業革命以後、地球上のあらゆる国家が産業革命を目指し、工業化を進めてきました。産業革命を成功させて先進工業国になると、貧困国家は経済的に豊かな国家に生まれ変わり、国民の暮らしも豊かで便利になります。その結果、それまで一部の人間だけに許されてきた贅沢な生活に、多くの国民の手が届くようになります。上流階級の人間や金持ちにしか味わえなかった贅沢な暮らしが、一般大衆にとっても可能になるのです。工業化にともなう物質的・経済的な豊かさは人々に、上流階級の仲間入りをしたような幸福感と満足感をもたらしました。そしてその影響は必然的に、人々の食生活にも及ぶことになりました。

それまで質素な食事にしかありつけなかった貧しい人々(農民や労働者)にとって、上流階級の人間や金持ちの贅沢な食事は憧れであり、同時にねたみの対象となっていました。しかし、経済発展にともなって一般大衆も、そうした贅沢な食事を楽しむことができるようになったのです。経済的に恵まれた一部の人だけが楽しんでいた豪華な食事に手が届くようになったとき、人々は大いに喜び、満足したことは言うまでもありません。

人間は誰もが、幸福になりたいと願っています。そして多くの人々は、“幸福とは物質的な豊かさの中にある”と考えています。経済的に豊かになれば、好きなモノ・贅沢なモノを手に入れ、ゆとりのある快適な生活を送ることができるようになると思っています。人々は、それを幸福な人生と考えるのです。これまで一部の人間だけに許されてきた美味しい食事・贅沢な食事ができるようになった人々は、幸福感・満足感を味わうことになりました。

美味しい食事・贅沢な食事は、大半の人間にとって幸福の重要な条件です。貧しい村々では、お正月やお盆や村を挙げての祭りや結婚式といった特別な時(ハレの日)のみ、ご馳走を食べることが許されました。普段は食べることができない豪華な食事を楽しむことができました。そしてハレの日が終わると、いつもの質素な食事に戻りました。一般の人々にとって、贅沢な食事を毎日食べられる金持ちは、羨ましい憧れの存在でした。人々にとってご馳走を毎日食べられるようになることは、幸福が拡大することを意味していたのです。

工業化の成功にともなう経済発展によって、一部の人間だけが摂っていた贅沢な食事が、一般市民の間にも少しずつ広まるようになっていきました。人々が憧れ続けてきた金持ちの贅沢な食事とは、具体的には肉・油・砂糖・香辛料を用いた食事のことです。人々はそうした贅沢な食事を、欧米の先進国の裕福な人間の食生活と重ね合わせました。現在、私たちが言う“欧米食”とは、かつて上流階級の人間や金持ちだけが楽しむことができた美味しくて贅沢な食事のことなのです。

20世紀、アメリカは2度の世界大戦を経て、世界で最も裕福な国家となりました。物質文明が開化し、アメリカ人は地球上でいちばん贅沢な生活を享受することができるようになりました。そして地球上のすべての国がアメリカを理想とし、アメリカに倣った国家を目指すようになりました。世界中の若者がアメリカ人のライフスタイルと食生活に憧れ、それを真似しようとしました。アメリカはまさに20世紀における物質文明と経済発展の象徴であり、幸福な国家のモデルだったのです。

アメリカの影響力が拡大する中で、欧米の食文化が一気に地球上に広まることになりました。バターやジャムをたっぷり塗ったパンと、肉・乳製品・卵などの動物性食品や油をどっさり使った料理と、砂糖と牛乳でつくったデザートという“欧米食”が世界中を席巻することになったのです。肉や乳製品・油・砂糖は、“味覚の快楽”をもたらします。貧しい人々にとってそれは味覚を刺激する美味しい料理であり、これまで口にすることができなかったご馳走だったのです。そして世界中の人々が“欧米食”に飛びつくことになりました。

しかし、その先進的な食事(?)が、深刻な病気を引き起こすことになってしまいました。味覚を刺激する美味しい食事と健康は、相反するものです。経済発展とともに欧米食が普及すると、それまでは見られなかった病気が急激に発生するようになりました。欧米食の地球規模での広がりとともに、地方の貧しい村々で維持されてきた長寿食(正しい食)の伝統は失われ、短期間に成人病(生活習慣病)が蔓延することになってしまったのです。

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