中学生ザンの物語

6 友達と…

 所変わって教室では。

「ねーねー、明美ちゃん。あのザンって子とお友達になったの?」

 ザンの隣になった舞が言った。ああいう子は初めて見た。友達になりたいと思った。

「なったわ。少し変なことも言うけど、いい子だと思うわ。」

 明美は舞の言外の気持ちを汲み言った。好奇心で言っているように見えなかった。

「止めときなさいよ、舞。あんなおかしな子と友達になんかなれるわけないでしょ。大体あの子はお金持ちの子とは友達になる気はないと言ったのよ。」

 舞と明美の間に、舞が親友だと思っている絵実が口を挟んできた。

「でもぉ、面白そうな子だよ。お友達になれたら、きっと楽しいよ。」

「甘ったれのあなたが、あんなきつい言い方するような子と楽しく過ごせると思ってんの。泣かされるのがおちよ。」

 絵実は冷たく言う。それを聞いて明美は、『絵実ちゃんだって、きつい言い方をしていると思うけど。』と思った。

「あの子とお友達になったら、絵実ちゃんは、わたしと友達を止めちゃうの?」

「そうじゃないわよ。どうしてそんなことを言うのよ。わたしは無理だと思うって言っているだけでしょ?あの子が嫌だとは一言も言っていないわ。」

「良かったあ。」

 舞は嬉しそうに微笑む。絵実はそれを呆れ顔で見つめた。

「あのね、ザンちゃんもお尻を叩かれるみたいよ。叔父様が、わたしに言ったの。“養子を取ろうと決めた。子供が出来たら、兄上みたいに尻を叩いて躾るつもりだ。”って。だから、ザンちゃんもわたしと絵実ちゃんみたいにお尻を叩かれるわ。」

 明美が言うと、舞は頬を膨らませる。

「明美ちゃん、それ嫌味?わたしだけが、仲間はずれだって言いたいんでしょ!…ずるいよぉ〜。わたしも皆みたいにパパやママから、お尻をぶたれて怒られたいよぉ。」

 舞は泣き出しそうな顔で言った。明美は慌てて、

「違うわ。そんなつもりで言ったんじゃないの。ごめんなさい、舞ちゃん。」

「明美、謝る必要ないわ。この子が変なんだから。だってそうでしょ?親からお尻を叩かれたいって思うなんて。わたしの友達にも、お尻を叩かれた経験のない子が、どんな感じなんて聞いたりするけど、それなら分かるのよ。けど、舞は小学生の頃から、先生にお尻を叩かれてきてるのよ。ただの変態じゃない。」

「酷いわ、絵実ちゃん。舞ちゃんは、ご両親に怒られないのは、ご両親が自分を愛してないからかもしれないって、怖がっているのを知っているじゃない。」

「だって、お尻を叩かれるののどこがいいのよ。ただ痛いだけじゃない。わたしはお母さんに叩かれても、愛情どころか、お母さんが、わたしを痛めつけて喜んでいるようにしか思えないわよ。」

「わたしはお父様に叩かれてもそうは思わないわ。叩かれる理由によっては悲しくなるけど、悪かったと反省するだけよ。…お母様は、お尻を叩きたくてしょうがないって気持ちが前面に出ているから、ちょっと嫌だけど。お母様の場合は、毎日お父様にお尻を叩かれるから、自分も怒りたいって思っているだけなのよね。」

 明美はため息をつく。千里が嬉しそうな顔で、「お尻を出しなさい。」という声を思い出した。

 「ほら、いいことなんかないじゃない。大体、親から愛されてない子が、欲しい物を何でも買って貰えたり、どんな我が侭も聞いてもらえたりするわけないわ。あんたはただ、仲間はずれが嫌なだけよ!」

 絵実はまたきつい口調で言った。舞は、そんな絵実に抱きついた。

「だってぇ…。どうしてそんな意地悪言うの?いつもみたいに優しくしてよぉ。」

 絵実の表情が優しくなったので、ほっとした舞は離れ、微笑んだ。

 

 屋上。ザンは寝転んだまま、流れる雲を見つめていた。気持ち良くて寝てしまいそうだ。チャイムが鳴った。

「休み時間終わりだねえ。」

 サボるつもりだから、気にならない。と、その時、ジャリッと小石を踏む音がした。

「こっちなら、誰もいないと思ったのになあ。独り言が好きな人がいる。」

 ザンは体を起こすと、振り向いた。高校生くらいの少年が立っていた。

「あたしは、別に独り言が好きだってわけじゃないよ。」

「あ、君だね。天才で、美少女で、性格がすんごく悪い転校生って。お父さんのクラスなんだよねー。」

「あんた、春樹の息子?似てないねえ。」

 少年の言葉は気にならないので、ザンは言った。美少女以外は、本当だから。

「実の息子じゃないからね。」

 少年は無表情になった。

「ね、あんたも施設出?」

「違うよ。…本当は、僕今から自殺するつもりでここに来たんだ。でも、君と話してたら、その気がなくなった。もっと話するかい?…あ、名乗るの忘れていたけど、僕は、暢久(のぶひさ)って言うんだ。」

「…。…あんたさあ、いまあっさり“自殺するつもり”って言ったよね。何か死にたい理由あんの?」

 ザンの言葉に暢久は笑った。「何が可笑しいんだよ。馬鹿にするなら、俺は戻るぞ。」

「“俺”は、よかったなあ。…僕さ、苛められてるんだ。いつも殴られたり、蹴られたりするし、前なんか、素っ裸にされて、制服も何もかも窓から捨てられたんだよ。学校ではそうだし、うちではお父さんが理由もないのに、裸のお尻を鞭で叩くんだ。お前は楽しむな、って訳分からないことを言ってさ。楽しいことなんて何もないのに。」

「今は楽しくないの?」

「君と話すのは楽しい。君の反応が面白いよ。女の子って皆、君みたいかい?」

「あたしはあたし。あたし以外の何物でもありゃしない。だから、他の奴があたしみたいかなんてどうでもいいと思うけど。あんたがあたしと話すのが楽しいなら、他の女の話なんかするなよ。」

「ごめん。そうだね。…ね、君、僕の彼女にならない?君といると楽しいってどんなことだったか、思い出せそうなんだ。」

 暢久の言葉に、吃驚したザンは横にいる彼の顔を見た。

 

 時間を戻して、職員室。ザンのお尻を血の滲むまで打ってしまった、春樹。他の教師に、気分が悪いのかと訊かれるくらい血の気の失せた顔で、ここに戻ってきた。

 『暴力事件やり過ぎの教師クビ裁判沙汰損害賠償体罰教師非難の目消え失せる地位クビクビクビ…。』

 頭の中がめちゃくちゃになっていた。次の時間に授業があってもとても出られなかっただろう。

 

 教室。明美はチャイムが鳴ってもザンが戻ってこないので、心配していた。『あんなにお尻をぶたれたのに、授業に出なかったら、お仕置き部屋に連れていかれちゃうんじゃないかしら…。』

 お仕置き部屋。ここの生徒達なら大抵恐れる場所。教室などで、道具を使う場合のお仕置き道具は、幼稚園児と小学生は平手。中学生は、30cmの竹の物差し。高校生は、穴が開けてあるしゃもじ。大学生は穴が開けてある卓球のラケットと決められている。しかし、お仕置き部屋では鞭が使われる。鞭なんて、聞くだけでも怖そうなちっとも身近でない道具が使われる場所。

 『ザンちゃーん。早く戻ってきた方がいいわよ…。』明美はザンの為に祈りたくなった。

 

 再び、屋上。ザンはどう反応しようかめまぐるしく考えた末に、言った。

「いいよ。ただ、あたしは嫉妬深いからね。浮気したら、四肢を叩き折っちゃうよ。」

「君の反応は予想できないね。自分から言っといてなんだけど、僕の彼女になるには条件があるんだ。それがいいと思えるなら、もう一回いいと言ってくれるかい?」

「うん。」

「1つ目は、僕の言うことは必ず聞くこと。2つ目は、女の子らしい言葉遣いをすること。3つ目は、最初の2つを含めて、悪いことをしたら、パンツを下ろして、僕の膝に寝ること。自己申告してもいいよ。」

「お尻出した後、なにすんの?」

「お尻を出した後、君がされることって1つしかないよ。…こほん、まあ、あるにはあるけど、僕は高校生だし、君は中学生だから、まだ早いよ。」

「お尻ぶつのー?」

「嫌なら、彼女にならなきゃいいじゃないか。ま、僕は飛び降りるだけで済む。」

 もちろん君のせいじゃないのは、さっき言ったよねと言った暢久を見ながら、ザンは悩んだ。『いい気はしないが、こいつが死ぬのは別に構わない。しかし…。うーん…。…でも、この人の彼女になろうってさっき決めたよね。…お尻ぶたれるのは嫌だけれど、こいつのストレス解消のためだ、仕方ない。』

「いいよ。条件は全部のむよ。…お尻をぶつ時はなるべく手加減してね。付きあおっ。」

「じゃ、今から僕達は恋人同士だね、ザン。」

「うんっ。…普通はこういう風にして、恋人になるのかなあ…?」

「良くわかんないけど…。ま、いいじゃないか。…じゃ、僕はここに用がなくなったから、戻るよ。いつまでもサボってると帰ってから怖いし。」

 暢久はザンの頭を撫でると立ちあがって、歩いて行った。

「頭撫でるか普通…。」

 ザンはまた寝転びながら思った。

 

 しばらくして授業終了を告げるチャイムが鳴った。ザンは、立ちあがって、埃を払うと、職員室へ向かう。

 職員室のドアをノックして、失礼しますと中へ入る。ドアに張ってあった座席順の紙で、春樹の席は分かっているので、見回すことなく春樹の席へ向かった。

 席に座ってぶつぶつと呟く怪しい春樹にザンは声をかけた。

「先生。さっきは、ごめんなさい。」

 春樹が振り返ってこっちを見た。

「さっきのは、一応あたしが悪かったんだし、謝ります。でも、あんなにあたしのお尻を殴ったんだから、治ったら、覚悟してくださいねー。あたし、喧嘩好きだから、3倍返しにしますから。骨ばきばき折っちゃいますよ。」

 最上の微笑みを浮かべながら、恐ろしい事を言うザン。しかし、春樹の肩から、力が抜けた。

「てっきり、明日から、職探しに行かなければ、と思っていた。」

「先生、それは気が弱すぎます。」

「そうだな。」

 春樹の顔に笑みが戻った。

 

 学校が終わり、家へ帰ってきた。

「ただいまあ。あーあ、今日酷い目にあっちゃったよぉ。」

 ザンが出迎えに来たアトルに抱きつくと、アトルはザンを抱き締めた。

「先生から、電話を頂いています。お部屋へ行きましょう。お尻を見てみますから。」

 アトルとザンは部屋へ行き、ザンは制服を脱いでから、パンツを下げてお尻を出した。

「まあ!」

 アトルはそれきり言えなかった。

 

「そうか…。尻が余計酷くなったか…。尻が治るまで、しばらく風呂は止めなさい。」

「えーっ!?汚いじゃないかー。」

「風呂の湯が脳天までしみても構わぬのなら、入ればいい。わたしがお前に殴られた時は、そうだった。あの時は我慢したが、とてもしみたぞ。」

「それはやだ。」

 ザンは諦めた。

 

 数日後。ベッドから起きあがったザンは、急いでおしめをはずした。濡れていた。お尻は、もうお仕置きに耐えられる状態まで、回復していた。前はアトルからのお仕置きだったから、今日はタルートリーからになってしまう。

 とんとん。ザンががっくりと肩を落としていると、戸を叩く音がした。『あの叩き方は、お父様だよぉっ。ああーん。嫌だよぉ。』

 ザンの答えに、タルートリーが入ってくる。一目見て、理解したタルートリーは、ソファに座ると、膝を叩いた。

「さ、来るのだ。久しぶりの仕置きだが、もう尻は完全に治ったのだから、手加減なしで、20回だぞ。」

「やだよお。」

「すぐに来ぬと尻を叩く回数を25回にして、力を入れて叩く。」

 ザンは慌てて、タルートリーの側に飛ぶ。タルートリーは、側に立ったザンの体を抱え上げ、膝の上にうつぶせに寝かせると、パジャマの裾を捲り上げて裸のお尻を出した。タルートリーはザンの体を左手で押さえつけると、平手を振り上げた。

 ザンは歯を食いしばって、2回までは無言で堪えた。が、3回目はもう駄目だった。前に受けた時は、お尻に痣があった為に手加減をしてくれたが、今回は手加減なしなのだ。

 ばしっばしっ。タルートリーの大きな手が、白い部分を狙って振り下ろされる。

「あーん。痛いよーっ。もう許してー。」

「まだ8回しか叩いておらぬ。」

 ばしっばしっばしっ。すでにお尻全体が桃色に染まっている。タルートリーは、1秒に一回のペースで叩いた。

「いたあい。痛いよおっ。」

 すごい痛さだ。これで力を入れて叩かれたら、どんな痛さなのか。ザンは泣き喚いていた。

「後5回であるが、お前は一度もごめんなさいを言わなかったから、力を入れる。」

「ごめんなさい!ごめんなさい!お願い、力を入れるのは止めてぇっ!」

「今から言っても、もう遅い。…言われてから謝る精神が許せぬの。力いっぱいに訂正する。」

「嫌あっ!!」

 ばしいっばしいっばしいっばしいっばしいっ。音が響き渡る。ザンのお尻は真っ赤になってしまった。

 声を張り上げて泣くザンをタルートリーは膝から下ろす。彼は頭に来ていたので、そのまま立ち去ろうとしたが、ザンはタルートリーにすがる。

「ごめんなさあい。わたしが悪かったから。許せないなら、何度でもお尻を叩いて。お願いだから、嫌いにならないで。」

 ザンの言葉にタルートリーの怒りは吹っ飛ぶ。胸を突かれた。彼は娘を抱き上げて、ぎゅっと抱き締めた。

「済まぬ。大人げなかったの。」

「もうお父様もお母様もわたしの親なの。嫌われちゃうのは嫌だよ。」

「分かった。悪かった。」

 『こんなに弱かったか?』タルートリーは戸惑いを覚えながら、ザンの頬にキスをした。

 

目次へ戻る

5話へ7話へ