中学生ザンの物語

5 私立中学

「もう折檻をされたくないのなら、良い子にするのだ。」

 タルートリーは、優しく言った。泣きやんだザンはアトルの方を見て言う。

「悪いことしたら、お母様がお仕置きしてくれない?」

「良い子にしようとは思わないのですか?」

「無理に決まってるよ。わたし、悪いことが大好きだもん。だからぁ、お父様じゃなくて、お母様がお尻叩いてよ。」

「しようのない子ですこと。」

 アトルは笑った。タルートリーも笑っていたが、ザンは真面目な顔をする。

「ねーねー、無理なの?お父様にぶたれるのやだよ。ほんと、すっごく痛かったんだから。」

 二人は笑ったまま聞いてくれない。ザンはため息をついた。

 

「筆記試験は大丈夫であろうが、面接が少し心配だ。…質問にきちんと答えて、もし、腹の立つことを言われても、暴力に訴えたり、悪い口をきいたりしないで、にこやかにせねばならぬぞ。」

「分かってるよ。悪い子だったら、凄くお尻叩くんでしょ?そんなのやだから、大人しくするよー。」

「それなら良いが。」

 朝食が済んだ後、タルートリーの出社時間までにまだ余裕があるため、三人で話をしていた。

「先程の話の続きであるが、わたしの折檻が嫌なら、アトルの言ったように良い子にするのだぞ。」

「お尻が鍛えられそうだよ。施設の先生はよっぽどのことをしないとぶたなかったけど、お父様達はすぐ手が出るもんね。いい子にするのは絶対に嫌だし、諦めるしかなさそうだね。」

「そんなことばかりを言いおって。」

「いいではありませんか。ザンは、お尻を叩いて欲しいようですわ。」

「違うよ!やだって言ってるじゃないか。お母様の意地悪。」

「お仕置きが嫌なら、いい子にしますと言える筈です。いい子が嫌だと言っているのは、お尻を叩いて欲しいからではないのですか?」

「アトル、そこまでにしておきなさい。…そろそろ行かねばならぬ時間になった。試験の結果が出たら、すぐにわたしに知らせるのだぞ。仕事中でもかまわぬから。」

 タルートリーは立ち上がりながら言った。アトルとザンも彼について行く。

「では、行ってくる。」

 彼は、妻と娘に行ってくるよのキスをして、車に乗って出て行った。

 

 車から降りたザンとアトルは大きな校舎の前に立った。

「ここが、受かればこれからあなたが通う桃川学院ですわ。私も幼稚園からこの学校に通いましたの。この学校は、幼稚園から大学までありまして、中学と高校は、女子部と男子部に分かれています。」

「すげーでかい学校だなー。ここが中学校?」

「そうですわ。…さあ、行きましょう。試験に遅れますわ。」

 

 しばらくすると、ザンが試験を行った教室から出てきた。アトルは立ち上がるとザンの側へ寄った。

「どうしましたの。トイレですか?」

「もう終わった。後は、面接だけだよ。」

「え?でもまだ1時間も経っていませんけど…。」

「このあたしが、中学レベルの問題ごときに1科目50分も使うわけないでしょ。」

 アトルは言うべき言葉が思い当たらなかった。

 

 面接が終わった後、ザンとアトルは担任になる教師に会っていた。

「初めまして。俺が、明日から君の担任になる水島春樹だ。」

「「初めまして。」」

 アトルまで一緒に答えたので、ザンが、

「先生はあたしに挨拶をしたんだよ。お母様まで答える必要ないでしょ。」

 と言い、笑った。アトルは真っ赤になった。

「つい、言ってしまいましたのよ。…先生、明日から、どうぞよろしくお願いします。この子は、反抗的ですし、言葉遣いも荒く、すぐ手と言うか、足が出るような子です。でも、根は良い子なんです。」

 アトルは心配だった。ザンは少しも気にしていない様子だが…。

「大丈夫ですよ。わたしは生徒指導をやっていて、生徒達に恐れられていますが、少し他と違うだけで、生徒を排除したりしませんから。もちろん、悪い子の尻は厳しく叩きますが。」

「私はこの学院の卒業生ですから、この学校のお尻叩きの躾はよく知っていますわ。私もよくぶたれたものです。もし、この子が悪い子だったら、遠慮なく、お尻を叩いて下さいませ。」

 アトルは微笑んだが、ザンは顔をしかめた。

 

「そうか、受かったか。これで、一安心だの。」

 話しを聞いて、お昼を食べに帰ってきたタルートリーは大きく息をついた。

「大げさだねー。」

 ザンが笑う。タルートリーは、ザンを膝に乗せて抱いた。「ちょっと恥ずかしいけど、嬉しいな。」

「よくやった。」

「へへ。ありがと。…でも、お尻を叩く学校なんてあるんだねー。体罰問題にならないのが不思議だよ。」

「親は、そういう学校だと分かって入れるんですよ。文句なんて筋違いですわ。」

「ふーん。…親が入れる…、ね。」

 

 次の日の朝。今日のおねしょのお仕置きは、アトルからだった。交代にしたそうだ。

 ぱん、ぱん。アトルの手がお尻に当たる。アトルからだから、少しは楽だけど、やっぱり痛い…。ぱん、ぱん、ぱん。痛みに耐えきれず声を上げる前に、15回が終わった。

「施設でも、毎日おねしょをしていましたの?」

「一週間に2回くらいだったよ。きっと環境が変わったからだと思う。」

 ザンは、涙を拭きながら答えた。『ああ、お尻痛い…。』

 

 朝食が済んだ後、ザンは昨日、試験が終わってから買ってきた制服を着た。

「しかし、桃色の上着にオレンジ色のスカートが制服とは、派手過ぎじゃ。しかも、制服のくせにスカートがパンツ見えそうな短さって異常だよ。ま、あたしはミニスカートが好きだからいいけどさ。」

「私が通っていた頃もそうでしたのよ。あの頃は、恥ずかしくて嫌でしたわ。先生に抗議をしましたら、お尻を叩きやすくする為だって笑われました。おいたをしたら、スカートを捲くられて、叩かれますから。」

「スカートめくるのぉ?」

「パンツを下ろす先生もいましたわ。」

「やだー、そんなのー。」

 アトルは笑い出した。本気で嫌がっているザンが、とても素直で可愛く見えた。

 

 学校。春樹に連れられて教室に入る。タルートリーの言葉通りに明美がいた。

「静かに。今日から皆の仲間になる、ザン遅坂だ。仲良くするように。明美とはいとこ同士だな。ザン、自己紹介をしなさい。」

「なんで苗字じゃなくて、名前で呼ぶんですか?」

「親しみやすくていいだろう。それより、自己紹介だ。」

「はい…。(馴れ馴れしい。)わたしは、施設育ちです。今の両親には、会って3日しか経っていません。皆さんみたいに名家の出とかじゃないので、馬が合わないと思います。仲良くなろうとなど考えていませんので、そちらからも話しかけないで下さい。」

 ザンは言い放った。シーンとなった。春樹は笑いたいのをこらえて言った。

「変わった自己紹介だ。自己アピールとしてはなかなかユニークだが、感心しないな。」

「思ったことをそのまま言いました。」

「…分かった。いいだろう。お前の席は、…舞、手を挙げろ。…あの隣だ。」

 ザンは無言でそこへ向かった。その瞬間、春樹が怒鳴った。「教師に何か言われた時は、はいと返事をするのが、常識だろう!」

 ザンは、それを無視して、席についた。鞄の中身を机の中に入れ始める。春樹が怒って歩いてきた。彼はザンの隣まで来ると、彼女の腕を掴んで引っ張って立たせた。

「返事をしろっ!」

「五月蝿いな。」

「なんだとっ!何だ、その態度は!俺を馬鹿にする気かっ!!」

「でけえ声出してんじゃねえ。うるせえって言ってんのが聞こえないのかよ。態度がでけえのはどっちだ。人を名前で呼ぶな。馴れ馴れしいんだよ。」

 春樹はかっとなった。思わず、ザンの体を押さえつけ、剥き出しのお尻を、脅しにしか使っていなかった乗馬鞭で打ち据えていた。春樹は手を止めようとして、はっとする。ザンが凄い形相でこちらを睨みつけていた。春樹は手を止める気がなくなった。赤くなり始めたお尻へ、より一層強く鞭を振るい続けた。

 ザンは声一つ立てなかった。泣きもしない。それが春樹の怒りを強くした。鞭を振り上げる。

「先生!酷すぎます!」

 明美の声で我に返る。ザンのお尻は酷く赤くなっていて、所々血が滲み始めていた。これ以上叩いたら、血が流れ始めるだろう。春樹は呆然とした。怒りにかられたとはいえ、なんてことをしてしまったんだろう。目の前が真っ暗になった。

 手から鞭が落ちて、小さな音を立てた。

 

「うっ、いたーい、痛い。もういいっ。薬なんかいらないーっ。ううっ。し・しみるぅ〜。」

 明美に連れてきてもらった保健室で、ザンは喚いていた。

「大丈夫?ザンちゃん。…水島先生、ひど過ぎる。女の子のお尻をこんなにぶつなんて…。」

 明美は泣いていた。

「あんたが泣いてどうすんだよ。痛いのはわたしだって。」

「だって、だって…。水島先生、今まであの鞭を使ったことなんてなかったのよ。ザンちゃんに使うなんて酷い…。」

「わたしだから使ったわけじゃないよ。わたしがあんな口をきいたから、かっとなったんだ。意図的にじゃなくて、感情的に叩いたんだ。ま、不可抗力って奴だね。」

「達観してるわね…。ザンちゃんがそう思っているなら、いいけど…。」

 薬を塗り終えた保健の先生が、

「こんなに鞭でぶたれるなんて、よっぽどの悪口だったんでしょうね。」

「あの水島とかいう奴、馴れ馴れしいし、威張るから、腹が立ったんだよ。」

「下の名前を呼ぶのは、わたしはいいと思うけど。水島先生は皆と仲良くなりたいと思っているのよ。先生と生徒という縦の関係じゃなくて、友達みたいに横でつながりたいと考えているわ。」

「…。」

 保健の先生の言葉にザンは無言だった。

「ザンちゃん。水島先生は、怖いけど、いい先生よ。わたしは好きだわ。」

 明美は言った。「お尻を叩く時に下着を下ろさないと、もっといい先生よ。」

 それを聞いてザンは、明るい声で笑った。明美も笑った。

 

 保健室から出てきたザンは教室へ戻らずに、階段を上っていた。屋上に出られるらしいと思える扉があった。ノブを回したが、開かない。

「これの出番だねー。」

 ザンは頭に手をやる。ピン止めを引き抜き、鍵穴に入れた。扉はすぐ開いた。「泥棒の試験はらくらく合格。さすが天才は違うね。」

 ザンはふざけて言ってみた。笑いながら、扉を開ける。外に出ながら、ピン止めを髪につける。

「おおー、広い。やっぱ屋上はいいね。風で髪の毛がめちゃめちゃになるのが特にいいよ。」

 ザンは床に寝転んだ。授業はサボるつもりだ。出たとしても分かりきったことを長々と聞かされるだけなのだから。日本には飛び級がないのが嫌だよねとザンは思う。

 お尻が酷く痛む。鞭で叩かれたのはもちろん初体験だ。泣かなかったのは、お仕置きだと感じなかったから。喧嘩の時は、殴られるとかえって闘争心がわき、痛みはバネになる。春樹に叩かれた時もそう。だから泣かないで、春樹を睨んでいた。ただ、押さえつけられていた姿勢から逃げるほどの怒りがわかなかった。ザンの強さは怒りに比例するので、そんなに怒っていないと、大した力が出ない。

 空を眺めた。いい天気で、青空が広がっていた。春樹にはお尻が治ったら仕返しをしてやろうと思った。

「しかし、よくぶたれるよね。お母様にぶたれた痣が治らないうちに、今度は鞭ときたもんだ。あたしの可哀相なお尻は帰ったら、またお父様達に痛めつけられちゃうんだろうな。お尻が逃げないといいけど。気付いたら、無かったりして。」

 気持ちいいなあ。ザンは目を閉じた。

 

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