中学生ザンの物語

7 暢久から

「ちょっと冷たくしただけであろう?どうして、そんなに取り乱すのだ…?」

「捨てられた時の記憶はないよ。でも、不安になる。」

 タルートリーは、はっとした。「怖いんだよね。捨てられるのが。最初お父様達に会った時の、わたしの態度を覚えているでしょ?あの時、わたしよりも小さな子を引き取って欲しかったから、ああしたつもりだったけど、本心は違うかもね。」

 タルートリーは、ザンをぎゅっと抱き締めた。

「本気にした?やった、女優の試験も合格だねっ。」

「今の言葉は嘘だったと言うのか?」

「あったり前じゃん。本気にしたのぉ?やだ、お父様ったら。」

 あはははは…。大口を開けて笑うザンをタルートリーは見つめた。怒りは湧いてこなかった。それどころか、つい本心を言ってしまったザンが誤魔化しているようにしか見えなかった。

 

 ザンが学校に向かった後。タルートリーは、アトルにザンのことを話していた。

「わたしは、あの子が捨てられていたという事実を、軽く考えていたような気がする。」

「気を使いすぎると、ギクシャクしてしまうと思います。でも、冷たい態度はやめた方がいいでしょうね。」

「うむ。」

 

 ザンはまた屋上にいた。前に屋上に上った罰は、春樹が許してくれていた。それから、当たり前のように、毎日屋上に上ってサボっていた。5教科以外の体育などには出ていた。頭には関係ない授業なら、受ける意味があるからだ。

 ただ寝転ぶのも退屈なので、タルートリーの部屋から、外国語で書かれた難しそうな、そして、彼が読んでいなさそうな本を選んで持ってきていた。学校を抜け出して、図書館に行く場合もある。ザンが読みたいと思う本は、大抵、貸し出し禁止なので、図書館で読んでいた。

 もちろんザンがサボっているのを、春樹を含めた先生方やタルートリー達も問題視していたが、ザンにとって中1レベルの授業が無駄なのも分かっていた為、彼女は放置されている。

 ザンは本を読みながら授業時間を過ごし、休み時間には明美達の所へ行って話したりする。舞とも仲良くなっていた。ただ絵実とはそりが合わないのか、すぐ言い争いになってしまう。

 今日は、昼休みに暢久の所へ行こうと思っていた。本当は、高等部へも男子部へも行くのは禁じられていたが、ザンの前には、常識も規則もないのだ。

 

 待望の昼休みが来た。給食の後なので、水飲み場でうがいをしておいた。暢久はあんまり清潔ではないのだが、女の子が不潔なのはという思いが自分にある。女らしくと言われれば、反発するが。

 高等部の男子部の中を歩く。男の子ばかりなので、新鮮な感じがする。前の学校は公立なので、当然共学だった。女の子だらけなのは気を使わなくていいが、つまらなかった。

 ザンが当たり前の顔をして歩いているのを男の子達が不思議そうに見ていた。女の子というだけでも珍しいのに、ザンの髪の毛の色は目立つ。しかも、本人は否定しているが、ザンは可愛い。美人タイプではないが、口を開かない限りは、その可愛さ故に目を引く。開けば言葉遣いで目立つ…かも知れない。

 視線が刺さるのをまるで気にせずに、しかし、教師には見つからないように気をつけながら、暢久の教室を目指し、歩いていく。廊下が混んできた。歩きにくいが、目立たないのがいい。ザンは構わず歩いた。

 暢久の教室を覗きこんで、彼を呼ぶ。席までは訊いていないので、分からなかった。

「ノブー、ザンちゃんが会いに来たよぉ。」

 本当はいつものように話したいが、暢久にお尻を叩かれるので、気を使う。「いないのー?」

「ノブって、水島か?あいつなら、いつもの三人組に連れていかれたけど…。4階の踊り場に。」

 1人の少年が言った。「それより、俺と付き合わない?退屈させないし、それに…。」

 もちろん無視された。

 

 『忘れかけてたけど、あいつ確か、苛められているから、自殺すると言ってた筈。だとしたら…。』飛ぶように走る。その速さに、さっきとは別の意味で注目されたが、また、気にならなかった。

 教えられた場所についた。予期していた光景が、眼前に広がる。暢久が殴られていた。つかつかと近づくと、一人がザンに気づいた。

「中等部の女子が何の用かな?お兄さん達は、今忙しいんだけど。」

「あたしねえ、正義の味方なの!困っている人を見ていると、ほうっておけないのよ。」

 ザンは可愛く微笑みながら、言った。「おにーさんたちは、いけない子みたいだから、お仕置きしなきゃ。」

「中1の時ってこんなに幼かったかあ?あのね、君に付き合っていられる程、俺達は暇じゃないんだ。」

「あたしも貴重なお昼休みを、…こんなくだらねぇことでつぶしてる暇はねえ。俺は苛めが大嫌いなんだよ。だから、てめぇら死にな。」

 にこにこ笑っていたザンが、急に恐ろしい表情を作った。その変化に、何を言い出すのかと笑い飛ばしかけた少年が、吹っ飛んで壁にぶつかる。何が起きたか分からない顔をしている一人がまた、壁に叩きつけられた。やばいと逃げ出しかけた最後の一人も襟を掴まれて、同じ目にあった。

 それだけで、すでに恐怖と苦痛で青ざめている少年達に飛び掛ると、ザンは3人を殴り始める。

「…もう、止めたら?暴行罪で、大変な罪になっちゃうかも。」

 黙って見ているといつまでも続きそうなので、暢久は声をかけた。

「当事者が他人みたいな口をきくな!」

 彼の間延びした声に、ザンが怒鳴った。「誰の為に怒っていると思ってんだ。」

「約束の一つに確か、女の子らしい言葉遣いをって言ったような…。」

「分かったわよぉ…。」

 ザンはため息をつく。そして、少年達を血も凍りそうな顔で睨みつけ、「今度ノブを苛めたら…!」

「さ、お仕置きしてあげるから、一緒に屋上へ行こう。」

 暢久はどうでもいいような顔で、ザンの腕を引いた。

 

 屋上へ来た。暢久は地面に座ると、ザンにスカートを脱いで自分の膝に乗るように言った。彼はスカートを捲くるより、脱ぐ方が好きらしい。ザンはスカートを取ると地面に置き、暢久の上に四つんばいになった。暢久が、ザンのパンツを下ろすと、彼女は彼の膝の上に横になった。

 ぱあん、ぱあん、ぱあん。暢久は、1打1打をゆっくりと打つ。自分が許せるまで、と思っているので、数は言わない。自分が父に理不尽な理由でお尻をぶたれる時も、父は数を言わない。

 ザンはじっと痛みに耐えながら、苛めていた少年達にだけに悪い口のきき方をしていたら、暢久は自分をぶたなかっただろうかと考えていた。タルートリーもアトルも、ひどいお尻だからぶたないと言っていた時にだって平気でお尻をぶった暢久だから、多分叩かれたんだろうなと思った。ただ、暢久のお尻叩きは、大して痛くないのが救いだ。

「ザン、ごめんなさいを言ったら、そろそろ止めてあげるよ。」

 ぱん、ぱん。手が痛くなってきたのか、叩き方が弱くなった。20回以上お尻を打たれて、さすがに痛みが強くなっていた。ザンは謝ろうと決めた。

「ごめんなさい。もう、あんな言葉は使わないから、許して。」

 はあん、ぱあん。叩き方が強くなった。「痛いよー、謝ったのに、どうして?」

「謝り方がなっていないよ。前に、お尻をぶって教えてあげたよね?君は頭がいいのに、忘れたなんて言わせないよ。わざと悪い子になるなら、100叩きしようか?そうしたら、素直になれる。」

 暢久は言いながら、強く叩き始める。

「あーん、痛いよぉ。わざとじゃないわ。痛い、ちゃんと謝るから、許して。痛い、痛いってばあ。100叩きなんて嫌よ。あん、ごめんなさあい。」

「どうやって謝るんだっけ?」

「ごめんなさい、もう2度とあんな言葉遣いはしません。わたしが悪かったです。」

「やれば出来るね。でも、やらなかった。休み時間がなくなるから、今はこれで止めるけど、学校が終わったら僕のうちへおいで。ちゃんと謝らなかった罰に40回叩いてあげるから。分かったら、はいって言うんだ。そしたら、叩くのを止めるよ。」

「は・はい…。」

 暢久は叩くのを止めた。ザンのパンツをあげてやると、スカートを身につけさせた。彼女を膝に乗せて、抱き締めた。

「痛かったねぇ。よしよし。ちゃんと謝れば、そんなに叩かれなくても済んだんだ。分かるね?」

「はい。」

 ザンは返事をする。怒られている時の返事は「はい」と言えと言われていた。塵も積もれば山となるの諺通りに、一発一発は大して痛くないのに、沢山叩かれて、お尻がひりひり痛んだ。彼をなめるのも程々にしようと思う。

「いい子だね。それと、助けてくれて有り難う。」

 暢久は微笑みながら、ザンの頭を撫でていたが、ふと気付いたように言う。「何で、君はそんなに強いの?」

「喧嘩が好きだから…。って答えじゃ、駄目?」

「好きになった理由は?」

「殴られて、恐怖の表情を浮かべている人の顔が気持ちいいから。」

「わーあ、残酷だねえ。」

「うんっ。(お前の反応は、それでいいのかー?)」

 ザンはにっこり笑いながら、今の言葉を聞いて笑っているお前の頭は変だよと思った。ふざけてそんな発言をする自分も自分だけど。

 

「高等部に入り込んで、高2の男子3人を叩きのめしただって!?」

 春樹はザンに怒鳴った。殴られた3人が保健室に行って発覚したのだった。

 お昼休みが終わり、高等部から戻って来た所を春樹に捕まえられ、職員室まで引きずられた。

「高等部に入ったお仕置き受けますー。」

「確かにその罰でも叩かなきゃならんが、それよりも、怪我させた方が重罪だぞ。」

「なんでですか?あのボケどもはあたしの大事なノブを殴っていたんですよ?苛めです。当然のお仕置きでしょうが。それとも先生、あなたの義理の息子は苛められて苦しめばいいとでも?」

「…他の先生方がいる前で、そんなでかい声で言うな。あいつを虐待していると皆にばれたら、教師なんかやっていられなくなる。」

 ザンはこれを聞いて、物も言わずに春樹を殴った。乗馬鞭でぶたれた、前からの恨みもある。他の先生が騒ぎ出したが、ザンは春樹を殴るのを止めなかった。

 

 学校に呼ばれたアトルは、何を言えばいいのか思いつかなかった。春樹の怪我は、タルートリーの時の様にそう酷くはなかったが、だからといって教師を殴ったなんて…。

「何とお詫びしていいのか…。」

「謝る必要なんかないね。そいつは前にあたしのお尻を散々殴ってくれたんだからね。」

「だから殴ったって言うのですか?あなただって悪かったんでしょう?先生は、授業を受けようとしないあなたを庇って頑張って下さっていたんですよ。あなたは、屋上で思いのままに過ごせた恩を忘れて…。」

 アトルの泣き顔を見ていると心が痛む。本当の理由を言いたかった。春樹が、自分の身だけを心配したあの言葉にかっときたのだと。でも言えない。春樹の言葉が本当なら、春樹は教師をやっていけなくなる。それだけならどうでもいいが、そうするとお金がかかるこの学校に通っている暢久までもが、いなくなってしまう可能性があった。だから言えない。

「いえ、ザンの言っていることも事実です。俺が悪かったんですよ。でも、もう許してくれるよな?」

 ザンが少年達に凄んだような恐ろしい顔になる。自分が悪かったと思っているとは感じられないような顔と馴れ馴れしい言い方。

「ザン、あなたなんて顔をしているんですか!先生がこうして言って下さってるのに!いい加減にしないと、酷くお尻を叩きますわよ!!」

 アトルを怒らせたくなかったが、春樹の言葉には腹が立つ。ノブの為にも。「どうして分からないんですの…。…仕方ありませんわね。厳しくお尻を叩かれないと分からないと言うのなら…。」

 ザンは、アトルに体を横抱きにされて、スカートの上から、お尻をびしびし叩かれた。とても怒っているので、制服の固いスカートの上からなのに、かなり痛かった。『あーあ、何でこうなっちゃうんだろ…。』

 痛みを堪えていると、アトルが叩く手を止めた。終わったのかな?と思っていると、スカートを捲くられた。謝らなかったので、まだぶつ気らしい。『もしかして、これで駄目ならパンツも下ろすのかな…。春樹の野郎と保健の先生が見てるのにーっ!?…うっ。痛いっ。』

 ばしんばしん。アトルがお尻叩きを再開した。制服のプリーツスカートは固くて盾になってくれたが、薄いパンツでは裸と対して変わらない。とても痛い。うめき声を立てそうになったが、じっと堪えた。

「どうして謝りませんの?悪いとは思わないんですか?いい子になって下さいまし…。」

 ぱん、ぱん…。アトルの声がまた泣き声になっていく。叩き方が弱くなる。ザンはその声で泣きたくなった。とても春樹に対する怒りだけでは太刀打ちできない。アトルをこれ以上泣かせたくなかった。

「分かったわ…。お母様ごめんなさい、意地を張ったりして…。わたしが悪かったわ。」

 悔しい悔しい。悪いのは春樹なのに。どうして自分が謝らなければならないのか。

「やっと分かってくれたんですのね。さあ、先生に謝りなさいな。私も一緒に謝りますから。」

 アトルがほっとしたように言う。背中を軽く押されて、春樹の側に立つ。悔しい気持ちは消えないが、アトルの悲しい顔は見たくない。

「先生、殴ったりしてごめんなさい。」

 唇が震えた。胸がかっと燃え上がる。激しい怒りを表情に出さないようにするのに苦労する。アトルも一緒に頭を下げ、詫びる。

 体を起こしながら、アトルの言葉を聞く。『こいつに謝る必要なんかない!』ザンは、アトルの後ろに下がり、春樹を睨みつける。春樹は、ザンの悪魔も逃げ出しそうな恐ろしい顔に気付き、背筋がぞっとした。眼力だけでも殺されそうだった。

 アトルが不審に思って振り向くと、ザンは涙を滲ませて、深く反省しているように見えた。『タルートリー様と一緒に厳しくお尻を叩かないといけませんわね。人に手をあげるのは悪いことだと分からせないと…。言葉より先に手が出るなんて、大変ですわ。』

 アトルはザンの側へ行くと、ぎゅっと娘を抱き締めた。頭を撫でながら、

「お仕置きはこれで終わりではありませんよ。タルートリー様が帰ってきたら、厳しく叱って、うんとお尻をぶって下さる様に言いますわ。暴力なんて、最低ですからね。」

「はい…。」

 無実の罪で叱られているような嫌な気分になりながらも、春樹を殴ったのは事実なので、素直にお仕置きを受けようと思うザンだった。

 

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