中学生ザンの物語

2 大邸宅

「くくく。あははは。施設一の問題児で、教師を病院送りにする子が…。ははは。」

 施設に別れをつげ、車に乗ろうとした時に、施設の先生が言った一言。それが、男を笑わせていた。夫があんまり笑っているので、妻が、

「そんなに笑ったら、可哀想ですわ。誰にでも弱点はあると思いますもの。…それより、私達この子に自己紹介をしていませんわ。」

 男性はそれを聞いてやっと笑うのをやめた。目許を拭うと、ザンに向き合った。

「そうだったの。そういえば、この子には名乗っていなかった。…わたしの名は、遅坂タルートリー、こっちは、妻のアトル遅坂だ。」

「私、ハーフですのよ。でも、タルートリー様は、純粋な日本人ですわ。」

「母上は漫画が好きで、わたしに漫画の主人公の名をつけたのだ。ただ、そのままだと著作権などに引っかかると困るので、少し変えたというわけだ。」

「はは…、面白い母親…。」

 ザンは、笑うしかなかった。

「でも、おねしょをするって本当ですの?あなた13歳でしょう?」

「悪かったね。二十歳まで、おねしょする奴だっているんだよ。わたしだって治せるものなら、さっさと治したいわよ。」

「おしめを作らないといけませんわね。…あ、タルートリー様、帰る前にお店でこの子の服を買わないと、着せる物がありませんわ。」

「そうだのぉ。…おい、洋服屋へ行きなさい。」

 

「まあ、可愛いですわー。あ、これも着てみて下さいな。いいですわね!可愛い子は何を着ても似合いますわ。」

「何十着買う気だよ…。もう疲れたよ。」

「わたしもだ…。アトル、わたしはあそこの椅子に座っておるぞ。」

「自分だけ逃げるとは卑怯なり!ずるいぞぉー。…ひっぱるなー。分かったよお。行くよぉ。行けばいいんでしょ。」

 アトルが普段見せたこともないような力で、ザンを引きずっていくのをタルートリーは呆れて見ていた。

 

「こんだけあれば、毎日着替えても1年は持つね。」

 ザンでなくても皮肉の一つも言いたくなるだけ買い物をした後、車はやっと家へ向かって走り始めた。車内では、ザンとタルートリーが疲れてのびていた。アトルだけが元気に微笑んで、おしめのデザインを考えていた。ザンに怯えていた気持ちなどとうに吹き飛んでいた。

「可愛い模様もつけませんとね。このひよこのアップリケなんてどうです?自分でも作ろうと思ってますのよ。」

「勝手にしてくれ…。」

 

 車が大邸宅の玄関へ入っていく。車が止まると、疲れはどこへやら、ザンが外へ飛び出した。

「うわあ、すげーでけー家だなぁ。こんな家見たのは初めてだよ!これから、ここに住むのか。嘘みてぇだ。」

 ぴょんぴょん飛び回って驚きを全身で表現している彼女を見ながら、タルートリーは、『ちょっと気が強くて、言葉が悪いだけで、そんなに悪い娘ではないのやも知れぬ。』と思い始めた。アトルもそう感じたようだ。

「凄く難しい子かと思いましたけど、そうでもないのかも知れませんね。」

「うむ。人付き合いが下手なだけかもな。そう厳しくする必要もなさそうだ。」

 夫が、ちょっとだけつまらなそうな顔をしたので、アトルが顔をしかめていると、

「今帰ってきたんですか?とっても元気な人なんですね。この人となら、仲良くなれそうです。叔父様、叔母様。」

 ザンと同じ年齢くらいの少女が二人へ声をかけた。少女の名は明美。タルートリーの兄の娘だ。

「おお、明美か。あの子は、お前と同じ年だから、うまくやっていけるであろう。」

 ザンがやってきた。明美を眺め回して、ふふんと鼻で笑った。

「なんかいかにもお金持ちのお嬢様って感じだね。ちょっとつついたら、すぐに泣きそうだよ。」

「お前は、そういう言い方しか出来ぬのか?明後日から、学友となる相手に。」

 ザンは、とんでもないことを聞かされたとタルートリーを睨み、腕を組む。

「こんなのがうじゃうじゃいるような学校へ通えと言うのか!腐っちまうよ。冗談じゃないね。」

「今一目見ただけで何が分かる。なんて酷いことを言うのだ。謝りなさい。」

 タルートリーは、ザンの腕を掴んで、側へ引き寄せた。「言わないと、酷いぞ!」

「あら、ごめんなさい。わたしったら、正直過ぎて、本当のことしか言えなくて。金持ちに生まれたってだけで、自分まで偉いと思っている人にへつらう腹黒さも持ち合わせていないものだから。」

「どうしてそう次から次へと悪口が涌き出てくるのだ?わたしは、謝れと言ったんだぞ。会ったばかりでと我慢していたが、そろそろ限界だ。そこらで止めておかないと、痛い目に合わせるぞ。」

 その言葉に帰ってきたものは、また蹴りだった。タルートリーの腕を振り解き、挑発的な目で睨むザン。タルートリーは、眩暈がするほどの怒りを覚えた。とうとう堪忍袋の緒が切れた。

 

「大丈夫ですの?」

 気がつくとアトルの心配そうな顔が見えた。何が起こったのか覚えていない。

「殴り合いをするなんて思いませんでしたわ。結構な怪我をしましたのよ。救急車を呼ぼうかと思いましたわ。良く見たら、それ程でもなかったので、安心しましたけれど。明美ちゃんが真っ青になっていました。」

 タルートリーは、体を起こした。自分の部屋である。体のあちこちが痛かった。鍛えていなかったら、学校の先生のように、病院へ行っていたのだろうか…。

「ザンも怪我しましたのよ。でも、あの子喜んでいますの。こんな強い人に会ったのは、初めてだって言っていましたわ。とても嬉しそうに言うんですのよ。もっと喧嘩したいって。タルートリー様、あの子は、あなたに心を開いたようですわ。」

「骨折り損のくたびれもうけにならんで良かった。…しかし、子供相手にあそこまで怒ってしまって…。大して覚えておらぬが…。ザンは大丈夫なのか?」

「喜んでいるくらいだから、大丈夫ですわ。…わたし、タルートリー様より先に、あの子のお尻をぶってしまいましたわ。手が痛くなりましたけど、あまりに酷いんですもの。」

「それはかまわぬが、反省したのか?」

「泣いてごめんなさいって言いましたわ。」

 

 天蓋付きの大きなベッド。鏡台。店で買った大きな縫いぐるみたち。少女趣味な部屋にザンはいた。怪我なんて大してしていない。アトルにぶたれたお尻以外は何ともない。パンツを下ろされて叩かれたお尻。痛かった。

「親父は面白い奴だけど、あの女はやだなあ。スリッパで、散々人のお尻を叩くんだから…。」

 タルートリーが気を失ってしまい、さすがにやばかったと思った時、アトルに体を引っ掴まれて、ミニスカートの上からお尻をぶたれた。タルートリーを運ぶのを手伝った後、アトルの部屋へ連れて行かれ、今度は、丸出しのお尻をぶたれた。痛くて泣き喚いたけど、許してもらえず、お尻にあざが出来てしまった。

「あんなおっかない女とこれからここで暮らさなきゃいけないのかぁ…。」

 ベッドの上でお尻を撫でながら、ザンは、これから始まるここでの生活を絶望視していた。

 

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