中学生ザンの物語
3 和解
とんとん。ノックの音がして、扉が開いて、アトルが入ってきた。
「あ、おじさん、大丈夫だった?」
「大丈夫ですわ。…“おじさん”ではなくて、お父様とお呼びするんですよ。」
「お父様ぁー!何よそれ。馬鹿みたいじゃないの。」
アトルはザンのベッドに座り、ザンのお尻を1つ叩いた。
「いちいち逆らうんじゃありません。はいと返事をなさい。そうしないと、いつもお尻が痛いということになりますよ。悪い子はお尻を叩くのが一番ですもの。私もタルートリー様もそうでした。それと、あなたがこれから通う学校でもそうです。その学校には私も通いました。いい子に出来ないとあなたのお尻が大変ですよ。」
「わたしが言いなりになるなんて考えないことだね。いつまでも、大人しく叩かれると思ったら大間違いだからね。施設で叩かれたのも先生が好きだったからだし、さっきだってやり過ぎたと思ったから、あんたが叩くのを我慢したんだから。」
「先程の不安そうな言葉の方が本心に聞こえますわね。」
「立ち聞きなんて金持ちの奥様がすること!?なんて奴だよ。」
アトルはまたザンのお尻を叩いた。
「何を言いますの。失礼ですわ。ノックしようとしたら、聞こえただけですのよ。」
「どうだか。」
「まあ…。…分かりましたわ。あなたは、本心を聞かれたので、わざと悪く言うのですわ。強く見せているのに弱い部分があるなんて思われるのが耐えられないのでしょう。そんな考えは必要ありませんわ。人には、弱い部分も強い部分もあるのですから。素直にして悪いことなんてありませんわ。…確かに、世の中には悪い人もいますけど、あなたみたいにしていたら、いい人までがあなたに敵意を向けてしまいますわよ。そんなの寂しいですわ。」
「分かったようなこと言ってる。」
「確かに偉そうに言いましたけれど、あなたを見ていると言いたくなりますわ。」
アトルはザンの背中を撫でた。手をはねのけられると思ったが、以外にもザンは大人しい。「先程は、ひどく叩きすぎましたわ。痣が出来るほど叩くなんて、虐待と同じですわね。ごめんなさいね。タルートリー様がああなったので、ついかっとなりましたわ。」
「そっちの方が、人間らしいんじゃない。」
「…タルートリー様が、あなたが人との接し方が下手だと言いましたけど、下手なのはこちらかも知れませんね。まだお互いのことが良く分かったわけでもないし、あなたが私を慕っているわけでもないのに、怒られてもいらいらするだけですわよね?私が優しく言えば、あなたは普通に答えてくれますわ。まず私達は信頼関係を作らないといけないのに、怒ってばかりでしたわ。タルートリー様はあなたのおねしょを笑いましたし。」
「どうだろうね。」
アトルは微笑む。上手くいったみたいだ。
とんとん。また、ノックの音がした。扉が開き、タルートリーが入ってきた。
「あ、タルートリー様、もう大丈夫ですの?」
「わたしには大丈夫と言ってたのに。」
「程度が違いますわ。私の言ったのは、病院へ行かなくて良かったという意味ですもの。」
「大丈夫だ。そう痛まぬ。…お前達はとても仲良くなったようだの。」
「それについてですけど、私達のこの子への接し方は間違っていたと思いましたの。仲良くもなっていないのに、頭ごなしに決め付けたり、馬鹿にしたりしましたわ。誰だって怒って当然ですわ。」
「そうだのぉ…。確かにそうだった。…ザン、悪かったの。」
「もう、いいよ。…わたしも悪かったわ。その、あの、…。う、ええい、言っちまえ。…お父様…。」
真っ赤になって照れているザンをタルートリーは抱き締めた。「お父様…、なんて良い響きだ!」
「ス・スケベー。抱き上げないでよぉ。やん。やだぁ。ほっぺを押し付けないでー。」
アトルは、その光景を微笑みながら見ていた。『良かったですわ。仲良くなるまで、凄く時間がかかると思っていましたのに。』
「さっきも言ったが、明後日から、あの明美と同じ私立の中学に、お前は通うのだ。明日の編入試験に合格できればの。」
「連絡はしてありますの。ですから、今からすれば良いのは勉強ですわ。教科書があるでしょう。今から、復習をしましょうね。あまり覚えていませんが、一人でやるよりましですわ。」
「三人よれば、もんじゅの知恵と言う。何とかなるであろう。」
二人が積極的に言う。ザンは、嬉しかった。が。
「いいよ。教えてくれなくて。必要ないよ。…それより、その明美って子に謝りたいんだけど。」
「それも大切ですから、後で行きましょう。でも、今は勉強です。」
「そうだぞ。明日の試験に落ちるなんて、許さぬぞ。」
二人とも、怖い顔をして言った。ザンは顔をしかめた。
「必要ないってば。…う〜、いいや。言っちゃえ。あのね、あたし、天才なの。よく漫画とかにあるIQ200まではないけど、IQ180なの。今は。なんか、年齢とともに変化するとかで、もしかしたら、大人になったら普通になっちゃうかも知れないんだけど、とにかく、今は天才なの。だから、勉強の必要はないの。」
「すごいのぉー。…天は二物を与えぬと言うのはやはり嘘であったと言うわけだ。可愛くて、喧嘩が強くて、天才ときた。一つくらいわたしによこしなさい。」
「お・お父様、…ああ、恥ずかしいな、は、背が高くてハンサムだし、お金持ちで、喧嘩だって結構強かったじゃん。あたしより、1つ多いよ。」
「そうかの。そう言ってもらえると嬉しい。」
「あら、タルートリー様ばかりずるいですわ。私にも何か言って下さいまし。」
「え、お母様は、美人でしょ。なんか気品って言うのがあって、お上品だよ。」
アトルは嬉しくて、ザンの頭を撫でた。
「あら、有り難う。」
「どうして、お父様は照れるのに、お母様は何ともないのだ?」
「え〜、そ・そんなこと言われても。」
三人で笑い出した。まさか、こんなに早くこうなるとは思わなかったが、三人ともほっとしていた。
「あらぁ、どうしたのぉ。トリー(タルートリー)もアトルちゃんも。…あ、この子があなた達の子になった子なのぉ。可愛いわぁ。ねぇねぇ、この子とうちの武夫ちゃんを取り替えない?」
隣の小さな家が、明美達が暮らす家だった。そこから、なんだか子供のような表情をした明美に似た女性が出てきた。明美の母、千里だ。
「兄上が許さないでしょう。大事な後継ぎですから。…それより、この子が、あ、この子はザンといいます。さっき明美に酷い言葉を投げつけてしまって、謝りたいと言っています。それで会いにきたのですがいますか?」
タルートリーが問い掛けていると、家の中から何かを叩く音が聞こえてきた。皆はそれが何の音だか分かった。ザンが口を開く。
「お尻を叩いてる音だ。痛そうな音だなぁ。」
「明美ちゃんと武夫ちゃんが、武志さんを怒らせちゃったのよ。ザンちゃん。」
「では、今日は会えませんね。また明日来ることにします。」
「なんで?お仕置きが終わってから、会えばいいじゃない。あがって待ってるといいわ。」
「しかし…。嫌でしょう、明美が。」
「あら、トリーったら、お姉様に逆らうの。わたしに逆らうのは、武志さんに逆らうってことで…。」
「分かりました。上がらせて頂きます。…二人とも、行くぞ。」
タルートリーは、ため息をつきつつ、二人に言った。
「お茶を入れる間、待っててねぇ。」
千里が微笑みながら出て行くと、タルートリーが、大きく息をついた。
「姉上は兄上より苦手だ。無邪気な顔をして嫌味ばかり言う。」
「そうですね。それに、ザンを欲しいと言った表情が真面目だったのが嫌ですわ。」
「そーお?面白そうな人じゃない。馬鹿っぽくて。」
「これ、そう言ういい方は止めなさい。ここで、尻を出されて叩かれたいのか。」
「すぐ怒るぅ。…わー、分かった。謝るからぶたないでっ。…ごめんなさい。」
タルートリーがソファに戻ったので、ザンは胸をなでおろす。1日に3回もお尻をぶたれるのは、ご免だ。さっき、アトルにぶたれたお尻は、まだひどく痛むのだ。痣になるまでぶたれたのだから仕方ないが。
「はーい。お茶と明美ちゃんと、ついでに武志さんと武夫ちゃんよ。お菓子もあるの。」
千里が子供達と夫を連れて入ってきた。黒い長髪が似合う明美と、坊ちゃん刈りの小学三年生くらいの武夫。二人とも、泣き顔だ。それと、夫の武志。きつい顔立ちに性格が出ている。
『この人が、お父さんの兄貴?顔の部品は似てなくもないけど、なんて顔つきだろ。あたし、憎たらしい顔するの少し控えよ。やだよ、あんな顔になっちゃうの。』ザンは本気でそう思う。
「何の用だ、タルートリー。その子供についてなら、言葉は一つだ。うちの子供達に近づけるな。同じ学校に行かせるのはお前の勝手だが、近づかないように言え。」
タルートリーは、ザンを抱き締めて押さえていた。そうしないと、今にも飛びかかりそうだった。
「お兄様。ザンは良い子ですよ。ちょっと口が悪いですけれど、根は良い子なんです。…明美ちゃん、ザンね、さっきあなたに酷いことを言ってしまったのを謝りたいって。」
「何も聞く必要はない。明美、武夫、部屋へ行って勉強しろ。時間の無駄だ。」
「てめぇいい加減にしろよ。俺が施設出だから、口を利くのも汚らわしいってか?こっちだって頼まれたって、てめぇみてえな野郎のガキとお付き合いしたいとは思わねぇ。」
「この粗大ゴミを外に捨ててこい。耳が腐る。…明美、武夫、聞こえなかったのか。早く行け。」
父に睨まれて、二人は慌てて応接室を出て、2階の自分の部屋へ行った。
「兄上、ひどすぎます。ザンが怒るのも無理はないですよ。」
「お前まで、わたしに逆らうのか。この汚いゴミに毒されたのか。」
ザンが怒鳴る。皆がザンの顔を見た。ザンは外国語らしき言葉で怒鳴ったのだ。皆のあっけにとられた顔を見ながら、言いたいことをすべて言ったザンは、どさっとソファに座った。
「あー、すっきりした。」
「なんて下品な。…しかし、何故イタリア語なんて分かるんだ?」
「なんて言ったのか分かったの?違う国の言葉にすれば良かった。」
「(わたしには、さっぱり分からぬ。)兄上、ザンは天才なんです。」
「そうか…。…明美達に外国語を教えると言う条件付なら、会わせてやってもいいぞ。」
「そう、お父様は上昇志向だから、外国語はとても役に立つと思ってらっしゃるわ。」
「英語だけ出来りゃとりあえずいいと思うけど。…それより、さっきは悪かったね。あんたは何の関係もなかったのに意地悪言って。あんたは、泣き虫でもなさそうだし、漫画とかに出てくる意地悪お嬢様でもなさそうだ。」
「ええ、特に意地悪ってわけでもないと思うわ。仲良くしてね、ザンちゃん。」
「うん。仲良くしよう、明美ちゃん。」
二人は微笑み合った。その様子を武夫が覗き見していた…。