中学生ザンの物語

1 養護施設

 一台の高級車が、養護施設の前へ止まった。運転手が下りて扉を開ける。中から、二十代後半くらいの女性と、三十代前半くらいの男性が降りてきた。

「ここが孤児院ですのね。なんだか予想と違いますわ。もっとさびれていて…。」

「今は孤児院とは言わぬ。養護施設と言うのだ。それから、昨日読んでいた本は忘れなさい。あの本は、外国、しかも昔のものだぞ。今の日本には当てはまらぬ。」

「そうですの…。では、子供達が苛められているって訳でもありませんのね。」

 妻の言葉に夫はうなずく。そして彼は先に立って歩き出した。

 

 部屋の中で子供達が遊んでいる。その中に一人、目を引く女の子がいる。黒い頭の中に目立つ金髪。青い目。前にいる小さい男の子達を相手に何かやさしそうに話し掛けている。

「あの子、良くありません?他の子達にとてもやさしそうですし、きっといい子に違いありませんわ。」

「可愛い子だの。確かによさそうだ。あの子ならすぐにでも懐いてくれそうだ。」

 二人はうなずき合う。部屋の外で、窓越しに見ている為、何を話しているかは分からなかったが。職員に、あの金髪の子をと言う。職員は、ちょっと慌てたような顔をしたが、分かりましたと言い、応接室へ案内してくれた。二人は職員の様子が気にはなったが、ためらわずについて行った。

 二人が行った後、その女の子が、男の子達に、

「人がやさしくしてるからって、でかい態度とってんじゃない!いい加減にしないと、お尻ひん剥いて引っぱたくよ!…それでも、逆らうって奴ぁ、手挙げてごらん。」

 と怒っていたが、二人とも気付かなかった…。

 

「ザン、この方たちに挨拶をなさい。」

「冗談じゃないよ。何であたしがそんな偉そうな連中に、挨拶なんぞしなきゃいけないの。」

「何でって、あなたを養女に迎えて下さるからよ。そんな言い方はないでしょう。どうしていつもそうなの。」

 金髪碧眼の少女ザンは、施設の先生に叱られても、ちっとも堪えていない。むしろ、戦闘意欲を高められたと腕を組んだ。挑戦的な眼差しで、夫婦を睨み付けている。口元には笑み。『ふん、どうせ、こんな子ならいらないって言うに決まっているわ。大体何で、あたしなのよ。他に親がほしくて泣いてる子なら一杯いるってのに。あたしが外人だから?女の方があたしみたいに生粋か、ハーフみたいだから?』

「そんな憎たらしい顔をしてたら、誰もあなたなんかいらないって思っちゃうわよ。愛想良くして。」

「嫌だね。だってわたし、こんなお高くとまっているような連中に、貰ってもらいたいとは思わないもの。」

 ザンがそう言うと、父になろうとしている男が笑い出した。少し後ろに立っている妻は、目を見開く。

「成る程。こんな性格では、あの職員の慌て振りも理解できようというもの。…躾しがいがありそうだ。」

「誰があんたの子になってやるって言ったんだよ?さっきから、嫌だって言ってんのが聞こえないわけ?耳あるの耳。」

「残念ながら、ある。だが、都合良く出来ていて、必要な事柄しか聞こえない。だから、お前の抵抗の声も聞こえない。…すごく気に入りました。有難くこの子を引き取りたいと思います。養子縁組に必要な手続きなどを教えて下さい。」

 彼はそう言うと、顔を真っ赤にしているザンを無視して職員と話をはじめた。妻は、取り残されたような表情をしている。彼女は、窓越しに見た少女が、こんな恐ろしい性格だと分かって、戸惑っていた。夫は喜んでいるが、自分は、こんな子供とうまくやっていけるのだろうか?

 ザンは、必要な手続きをしている男性の顔に、いきなり蹴りを入れた。…つもりだったが、男性が腕を挙げて顔を庇った。彼と施設の先生が、こちらを向く。

「ザン!!いい加減にしなさい!…今日で最後になるからと思って我慢していたけれど、駄目だわ。やっぱり、あなたはこうされないと分からないのね!」

 そう言うと、彼女は、慌てて逃げ出そうとしたザンの手を掴んで引っ張り、彼女の体を小脇に抱えた。ミニスカートを捲くり、パンツを膝まで下ろして、お尻を叩き出した。

「何でぶつのー。あの男が、あたしを無視するのが悪いんだよ?痛いっ。だって、悪いのは、あっちだってー。痛い痛い。うー。…分かった。分かりました。わたしが悪いんで御座います!認めるから、許してぇー。」

 最初は、絶対謝るかと思っていたザンだが、やっぱり駄目だった。いつもみたいに、泣き喚いて謝っている。『あーん。やっぱり謝っちゃったぁ。悔しいけど、謝らないと許してくんないし。』そう思う自分に腹が立つ。でも仕方ない。意地を張ったって、痛いのはどうしようもない。それに、絶対に認めたくないとは思いつつも、自分が悪いのは分かっていた。『ああ、悔しい…。』

 

「では、これで失礼します。少し吃驚しましたけど、やっぱり、子供には、ああした方がいいのでしょうね。」

「いえ…。この子だけですよ。ああするのは。他の子は、言葉だけでも分かるんです。…体罰は、とも思いましたが、そうしないと手がつけられなくて。子供たちには優しくて、特に男の子達には慕われているんです。でも、大人には容赦しなくて、さっきみたいに、すぐに手や足を出すんです。」

「体も鍛えてあるんでしょうね。女の子の蹴りにしては、痛かったですよ。」

「そう言うと差別だって、怒るんです。ああ、忘れるところでした。この子はこういう性格ですから、手をあげてしまうこともあると思います。そんな時、決して頬を叩かないで下さい。ザンは、男性に頬を叩かれると、逆上するんです。“女性の顔を叩く男は人間じゃない”と。前に一度、学校の先生を病院送りにしてしまって…。」

 夫は、面白い話し話しを聞いたという顔をしたが、妻は青ざめた。『やっぱり、絶対に無理ですわ。今から、お断りすることは出来ないのでしょうか。』

「とても私には、無理ですわ。もっと優しい子では、いけませんか?…という顔をしておるようだが、わたしは大変気に入った。文句はないな?」

「分かりましたわ。私は、あなた様の決めたことに素直に従います。」

 夫は、妻の答えに満足げに微笑む。そして、『もしかして、わたしもこんな風に躾をされちゃうわけ?冗談じゃない、絶対にこんな時代錯誤な女にされてたまるか。』と思っているザンを引き寄せ、施設の先生に別れの挨拶をした。

 

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