ターランの夢が叶った世界

3 3人家族

「父さんっ、元気でなーっ。」

 頭を下げながら去っていく父にザンは大声で言った。少し涙が零れた。トゥーリナはザンを抱いて、そっと撫でた。ザンは暫く、トゥーリナに抱かれたまま泣いた。

 ターランは無言で二人を見ていた。これで二人きりの生活が終わる。しかし、夫婦の間には子供がいるものだ。もしかしたら、今まで以上に夫婦らしくなれるかもしれない。もう決まったことを悩むのは止めよう、ターランは決めた。

 

「ザンの服を買わなきゃね。」

「なんで?俺の服は全部持ってきたし、直す必要もないぞ。」

 ザンは持ってきた袋から何枚か服を取り出してターランに見せた。

「女の子の服がないよ。」

「ターラン、こいつはこのまま育てるぞ。女にしちまったら面白くない。」

「そんな下らない理由で、ザンの人生を決めるのかい?言っておくけど俺はザンを治すからね。」

「こいつは女の子らしくなりたいと考えていないぞ。お前、自分が何を言ってるのか分かってるのか?その表情、俺やお前の親父と一緒だぞ。」

「俺達は生まれつき。でもザンは違う。父親に刷り込まれただけだよ。」

 ターランは、トゥーリナを見る。「君、本当にこの子のことを考えているの?男尊女卑のこの世界で、男みたいな女の子が幸せに生きられると本気で思ってるの?ただ面白いってだけでザンの人生を破壊する気かい?」

「俺等の娘ってだけで差別されるぞ。女が第一者になったことだってある。強い女がいてもいい。むしろ、俺等の娘として生きるなら、強くないと辛くなると思う。」

「それはあるかも…。でも…。」

 ターランは顔をしかめる。その可能性は考えなかった。「でも、この子が年頃になった時、どうする?」

「じゃじゃ馬と暮らしたいって男もいるぞ。…まあ、そんなに大人になった後が心配なら、女としての躾もしたらいい。」

 トゥーリナは、ザンの頭をぽんぽん叩く。「大変だぞ、ザン。お前、男と女両方の躾をされるってさ。」

「…良く分からねえよ。でも、ターランが俺の心配をしてくれているのは分かったから、出来るだけ頑張ってみる。」

「俺は父親として厳しく君を躾るからね。将来、君に好きな男性が出来ても困らないように。」

 ターランは、ザンに宣言した。

 

「せめてリボンぐらい認めてよ!」

「分かった、分かった。リボン1つだけだぞ!少年の服でリボンだらけなんて変だからな。」

 トゥーリナが言うと、ターランは嬉々としてザンの角に真っ赤なリボンを結んだ。

「鏡を見てごらん、可愛いよ。」

「なんか変な感じだな…。」

「そんなことないよ、可愛いって。君、顔がいいから、大人になったらさぞかし美人になるだろうね。」

「そっかな。」

 ザンは照れながら鏡の自分を眺めた。

「ザン、手袋しな。」

 トゥーリナがザンに赤い手袋を放った。

「「何の為に?」」

 ターランとザンが異口同音にトゥーリナに訊く。

「たこが出来ないように。」

「たこって…。!…トゥー、君、ザンを鍛える気かい?」

「元々鍛えてるんだ。これ以上やっても同じだろ。」

「なんで分かった?」

 ザンは吃驚して言った。

「普通のガキと筋肉が違うんだ。ターランも分かってるぞ。…それにな、娘を息子として育てる奴が鍛えない筈ねえだろ?」

「そっか。お前等強いんだったな。…手袋、有り難く貰っとく。…いてっ。」

 ザンは、ターランにお尻を1つ叩かれた。彼を見上げると厳しい顔をしている。

「有難う御座います、でしょ。」

「御座いますはいいだろ。親子だぞ。」

「そうだね。」

「トゥーリナ、リボンと手袋、有難う。…いってえなあ…、ほんとに厳しくすんだな…。」

 ザンはお尻を撫でながら言った。一発だけなのに、結構痛い。

「そう言ったよ。甘やかさないからそのつもりで。」

 ターランは言った。

「はい。」

「なあ、ターランが親父なら、俺がお袋か?」

「今の所はそんな感じだね。…でもさ、臨機応変でいいんじゃない?二人で叱るのだけはしないように気をつけてさ。」

「そうだな。」

「…あの、さ。1つだけ訊きたいんだけど。」

 ザンは遠慮がちに言う。

「なんだい?」

「ターランの目、ちょっと気持悪い。なんでそんな風になってんだ?」

「へ?」

 トゥーリナが変な顔をした。ターランはちょっと笑うとザンを見た。

「俺、三白眼なんだ。」

「「何だ、それ?」」

 今度はトゥーリナとザンの言葉が重なった。

「普通は、横の2箇所だけが白いでしょ?でも、俺は上が開いてる。下が開いてる人もいるけどね。3箇所が白いから、三と白と目で、三白眼。」

「あ、そうなのか。へー。」

 トゥーリナはしきりに感心する。

「じゃ、慣れるしかないのか。」

「そういやすっかり忘れてたけど、俺がターランに初めて会った時、“お前の目、変だぞ”って言ったよな。」

「そうだったね。」

 二人は思い出し笑いをする。ザンは楽しそうな二人を見て、言う。

「それ、いつだ?」

「俺達は幼馴染なんだ。ガキの頃は友達で、そのうち恋人になって、今は夫婦さ。」

 トゥーリナが言った。ザンは「そっか。」と呟いてから、訊く。

「なあ、どうやって夫と妻を決めたんだ?」

「決めるも何も、元から。俺は本来女がする仕事が得意でね。だから、君も躾られる。」

「ターラン、女になりたいのか?」

「違うよ。ただ、お母さんが一人でも生きていけるようにって教えてくれたんだ。躾ってそういうものだからね。」

「ふーん。」

「お母さんって偉大なんだよ。お母さんの仕事が出来ないと生きていけないから。」

「そっか。じゃ、俺、女の仕事もちゃんと覚えるぞ。」

 ザンはにこっと笑った。

「ターラン、すげえな。ちゃんと躾してるじゃねえか。」

 感心したトゥーリナは言った。

「そういうつもりで喋ったんじゃないけど、そうなるのかな。」

「俺もなんか教えたくなってきたぞ。ザン、来い。お前の実力を見てやる。」

「おうっ。」

 ザンとトゥーリナは家を飛び出した。ターランは苦笑しながら、『親子じゃなくて兄弟みたい…。トゥーったら、弟が出来てはしゃぐ子供と一緒…。』と思った。トゥーリナの新たな一面を見つけられて嬉しかったので、ザンが子供になるのを嫌がっていた気持ちが消えた。ターランは、二人を見る為に外に行く。

 

「やるじゃねえか。お前の親父に息子がいないのが惜しいな。」

 トゥーリナは言った。子供と舐めてかかったら、大間違いの動きだった。「女って男と違わないのか?」

「わかんねーよっ、そんなの。でも、誉めてくれてありがとっ。」

 ザンは答える。トゥーリナは、父とは桁違いの強さなのだろう。何となくだけど分かる。ぞくぞくした。『俺はまだ強くなれる。』

「疲れるまで続けるぞ。実戦は最高の修行だからな。」

 ザンにとってはかなりきつい攻撃をしながら、トゥーリナは言う。ザンの父親の気持ちが少し分かる。顔も体も女の子なのに、心は…。才能があってもやる気のない者、やる気があっても才能のない者いるけれど、ザンはどちらもあるようだ。女の子なのが惜しいと思う。

 ターランは離れて見ていた。二人の気に寄せられて盗賊が来るかもしれない。ターランは楽しそうに戦っている二人を見ながら、自分の小ささを感じた。自分はトゥーリナと結婚して常識から外れているのに、女の子が強くなれるという事実は認めたくないなんて…。トゥーリナと違ってターランは自分の両親と、トゥーリナの両親の心が分かった気がした。慣れ親しんだ生き方を外れるのがどんなに大変なのかと…。

「僕、お父さんにとっては、本当に悪い子だったんだね…。違うかな。理解できない生き物だったのかな…。」

 ターランは、ふと両親に会いたくなった。

 

「ご飯を作るのを手伝ってね。君は女の子の仕事も覚えるんだから。」

 ターランはザンに言った。疲れているだろうにザンは素直についてきた。自分には逆らわない方がいいと感じたのかもしれない。そう思ってくれた方がいい。父親とはそういうものだ。

「うちに母さんがいなかったから、俺、少しは出来るぞ。何すればいいんだ?」

 あまり難しくないのにしようと思い、ターランは簡単だけど、退屈な作業をやらせようと決めた。説明しようとするとザンは知ってると言った。

「じゃ、頼むよ。」

 ターランは台所に向かう。ザンの嫌いな物は訊かなかった。好き嫌いがあったらなくそうと決めていた。鬼の食べられない物だけを入れなければいい。そこまで考えたターランは、これじゃお母さんだよと苦笑した。主婦の所為か考えが母親に近いのかもしれない。『俺は厳しい父親になれるのかな…。』

 トゥーリナは皿を並べた後、仕事部屋へ行った。次に種植えをするまで数日あるが、準備は山程あった。

 暫くは皆が無言で自分の仕事に没頭した。トゥーリナが仕事道具を作る音と、鍋がぐつぐついう音だけが家に響いていた。その音をぐううといびきが邪魔をした。ターランが振り返るとザンがテーブルに突っ伏して寝ていた。

 

「もう起こした方がいいかな?」

「そうだな…。飯を食わせないと、変な時間に目が覚めるかもしれないぞ。」

「子供って疲れていたら朝まで寝るかな?」

「俺達が寝た頃に目が冷めるならまだいいが、最中ならまずいだろ?」

「…そうだね。」

 ターランは少し照れながら、答えた。二人の食事は済んでいた。旅の疲れ、知らない人達と暮らすことになった緊張、トゥーリナが鍛えた、理由はいくらでも思いついたので、ザンを起こさなかった。

 ターランはトゥーリナが仕事道具を作っていると思っていたが、本当はザンのベッドだった。家具は殆どが手作りだ。トゥーリナが作った家具にターランが可愛い飾りをつけていて、男二人の家とは思えない雰囲気だ。前にターランが壊してしまった椅子もトゥーリナが直した。食事が済んだ今、ターランはザンのマスコットを作ったり、ザンのタオルなどに刺繍をしたりと忙しい。トゥーリナの方はザンの椅子の出来具合を確かめていた。

「それ、今すぐ必要じゃないだろ。椅子が完成したから、ザンを起こしてこいよ。飯を温め直しておくから。」

 ターランは仕事を止めて、ザンを起こしに寝室へ行った。

 

 出来たてほやほやのベッドからは、気持ちの休まる木の香りがしている。ザンの寝顔は幼いただの子供だ。ターランは、彼女を軽くゆすりながら声をかける。

「ご飯が出来てるよ。起きな。」

「んー…。ふああああ…。」

 ザンが起き上がる。ぽやんとした顔で辺りを見回している。ここが何処なのか分からないようだ。

「寝ぼけてるのかい?」

「あ、トゥ…ター…ラン、…おはよう。」

「夕飯の支度の最中に寝ちゃったんだ。ご飯が出来てるから、食べようね。」

「そっか、俺、寝ちまったのか。」

 ザンはまだ少しぼんやりしていたが、はっとした。「ごめんなさい、ちゃんとお手伝いが出来なかった。」

「そんなことで怒ったりしないから、気にしないで。」

 厳しく言い過ぎたかなあと思いながら、ターランは小さくなっているザンをベッドから下ろした。お尻を軽く叩いて、「君が起きてくるのを待ってる間に、ご飯が冷めちゃったんだ。トゥーが温め直してくれてるから、行こうね。」

「うん。」

 ターランはザンの手を引いて、居間に戻った。

 

「うめえ、すげえうめえよっ。ターランほんとは女だろ?…てっ。」

 ザンはターランにぴしゃっと手の甲を叩かれた。

「食べながら喋っちゃ駄目だよ。…言っておくけどねえ、それ、俺達が君に言いたいことなんだけど。」

 ザンはもぐもぐと口を動かしていたが、やっと飲み込むとターランを見た。

「何の話しだ?」

「だって、君は女の子なのに、強いじゃない。そこらへんの男の子よりずっとだよ。」

「そうだよなー。俺はお前が男に見えるぞ。女にしておくのがもったいない。」

 トゥーリナの言葉にザンは頬を膨らませた。

「何だよ、それ?女が強くなっちゃいけないのかよ?」

「それ、君にそっくり返すね。…つまり、男が料理を作れたって変じゃないし、女が強くなってもいいんだってことさ。」

「むー。」

「むくれるなよ。大体、料理なんて、旅してりゃ自然に身につくぞ。ターランには負けるが、俺だって作れる。」

「じゃ今度、トゥーリナが飯を作ってくれよ。」

「いいぞ。たまに悲惨な物になるけどなー。」

「…ならいいや。」

 ザンの青い顔を見て、ターランとトゥーリナが笑う。つられたザンも笑い出し、笑い声が響いた。

 

「ね、トゥーリナ、どうしよう。」

 夕食後。ザンが、ターラン製のマスコットに歓声を上げたりと一人で楽しんでいるのを横目に、ターランがトゥーリナに囁く。

「何が。」

「お風呂。」

「あ。」

 トゥーリナは頭をぼりぼり掻く。「うーん…。あー、まあ、ガキだから気にしねえって。…それに、気になるだろ?」

「…うん。」

 ターランは、こそこそしている二人を不思議そうに見ているザンに視線を向けた。子供だからなのか男の子として育てられたからなのか、足を大きく開いて座っている。

「お袋はさりげなく隠してたからなあ…。」

「お母さんも…。」

「まだガキだけど、女の裸を見るいいチャンスだぜ。俺等が急に女を愛するようになれば別だけどな。」

「性的虐待になんないかな?」

「お前、何するつもりなんだ?」

 トゥーリナはターランを疑わしそうに見た。「一緒に風呂に入るだけだぞ。」

「そ・そんな変な意味で言ってないよっ。」

「そうかー?」

「…。」

 ターランは真っ赤になった。

 

「結構でかい風呂だな。」

 ザンがはしゃいで大きな声を出す。にこにこ笑っているザンの後ろから、タオルを腰に巻いたターランとトゥーリナが入ってくる。ザンは不思議そうにそれを見た。「お前等、何でそんなのしてんだ?」

「えっ、いや、その…。」

「手に持ってりゃいいじゃねえか。邪魔だろ?」

「まー、そうなんだが…。」

「なら、何で?」

 ターランはもじもじしていたが、トゥーリナはえいっとタオルを取った。「ターランはなんでとらねえんだ?…あ。」

「な・何っ?」

「お前やっぱり女なんだろ?」

「違うよっ。」

 ターランもタオルを取った。

「何だ、やっぱり男なんだ。」

「お前って言わないのっ。」

 ターランはザンを膝に横たえて、お尻を叩き始めた。ぱあんっ、ぱあんっ。そんなに強く叩いていないのだけど、お風呂なので響き渡る。ザンは、痛みに暴れる。

「こらっ、ターラン、止めろっ。」

 トゥーリナは、ターランを止めて、ザンを抱き上げた。「自意識過剰なんだよ。」

 照れ隠しに叩かれたなんて思っていないザンは、涙を浮かべながら、ターランに謝る。

「ごめんなさい、もう言わない…。」

「う・うん…。」

「ザン、謝らなくていいぞ。ただの八つ当たりなんだから。」

「えっ、何の?」

「俺等さあ、お袋以外の女の裸なんて見たことねえんだよ。ターランは、照れて、お前に指摘されたのが恥ずかしかったのさ。」

「…ふーん。…なあ、ガキの俺に裸を見られるのが恥ずかしいのか?」

 ザンは疑問符だらけの顔になる。

「気にすんな。後でターランをきっちり仕置きしておくから。」

「うーん。」

「えーっ、お仕置きするのぉ?」

「当然だろ。」

 トゥーリナは厳しく言った後、ターランの耳にそっと小さな声で、「…ところでよ、はっきり見えたぞ。」

「えっ。」

「暴れたから。」

「そ・そうなんだ…。」

「なー、お前等さっきからこそこそしてなんなんだよ?」

 ザンが不満そうに言う。

「お子ちゃまが聞いちゃいけない話題。」

 ターランは澄まして言った。「俺達夫婦だから、大人の会話もするんだ。」

「ふーん。」

「八つ当たりしてごめんね。」

「ま、いいさ。ターランだって、親になったばかりなんだし。」

「…偉いね、君。」

 ターランは言った。『どっちが大人なんだろ。』ターランは自分が子供に思えてきた。

 

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