ターランの夢が叶った世界

4 子供の頃1

 本編をちょっと休んで二人が子供の頃のお話です。

「いてえっ、いてえよっ。」

 ばしっ、ばしっ。トゥーリナは思い切り暴れる。それなのに、父の平手は的確に彼のお尻に振り下ろされてくる。ばしっ、ばしっ。ギンライには通算20人の子供がいる。暴れる子供のお仕置きなんて慣れっこなのだった。「くそーっ、絶対に謝らないからなっ。」

「意地はってても尻が痛いだけだぞ。」

 ギンライは素っ気無く言った。トゥーリナのお尻は桃色から赤へと変わりつつあった。ばしっばしっばしっ。彼は叩くスピードを早めた。トゥーリナは必死に痛みを堪えていた。気を抜くと謝りそうになるけど、叩かれるような悪いことをしたつもりはない。絶対に耐えるつもりだ。

 

 それより暫く前。ギンライは、息子がうんと悪い子だと裸で外に放り出す。その日、数人の村の子とかなりの悪戯をしたトゥーリナは、真っ赤になるまでお尻を平手打ちされた後、鞭で打たれ、裸で外に放り投げられた。それで、家の側でなるべく人から見えないように隠れていた。酷く痛むお尻を撫でながら、涙を拭っている彼の所へ友達が駆けて来た。

「おいっ、トゥーリナっ。ちょっと来いよっ。」

「何だよ、来るな。」

「いいから来いって。」

「こんなかっこで何処へ行けって言うんだよ。」

 友達はやっとトゥーリナが裸だと気がついたようだ。頭を掻いているその子へ、トゥーリナは言った。「お前はお仕置きされなかったのか?」

「手でちょっと叩かれただけで、後は全部鞭だぜ。小便ちびった。」

「ケツは痛くねえのか?よく走る元気があるな。」

「だって、ターランが来てるんだ。」

「えっ!?」

 トゥーリナは吃驚して立ち上がった。

 

 村長の息子で堕天使のターラン。希少種でその姿を見られるだけで幸運だと言われる至高の種族・堕天使。村長の家だけ、村から少し離れた所に建っている。村長の家はとても豪華で村の家からすればお城のようだった。そう、こっちのターランの家族は、自分達だけに堕天使の羽根のお金を使っているのだ。

 友達は飾り布をつけていたので、それを借りて、腰から下を隠したトゥーリナは、他の子供達と一緒に、ターランを見た。

 まず純白が瞳に刺さった。暫く阿保みたいに口を開けていた。我に返ると、会話が聞こえてきた。

「さあ、もういいでしょう?」

「お願いですから、もう少しいさせて下さい。」

「しかし、坊ちゃま。」

「もう少しだけでいいです。」

 トゥーリナを含む子供達だけではなく、大人達もその美しい羽根に心を奪われていた。村長はターランを家から殆ど出さないので、皆ターランを見られる日を楽しみにしていた。

 いち早く我に返ったトゥーリナは、好奇心がむくむくと湧き上がってくるのを強く感じた。

「ターランと喋ってくる。」

「えっ!?」

 トゥーリナの思ってもみない言葉に、飾り布を貸してくれた友達が吃驚して声を上げる。トゥーリナは舞い上がると、ターランの元へ飛んでいく。友達が止めようとした時には、トゥーリナはすでにターランの側へ降り立っていた。

「何の用だっ!?」

 すぐ側に立っている養育係か護衛役かがトゥーリナを押しのけた。

「待って。」

 ターランは彼の脇を通り、よろけたトゥーリナの手を掴んだ。

「有難う。」

 トゥーリナはターランの顔を見た。「…お前の目、変だぞ。」

「坊ちゃまになんて失礼なことを言うんだっ。」

 気色ばむ男性を尻目に、ターランがくすくす笑う。

「そんなこと、初めて言われました。僕の目は変ですか?」

「瞳が小さくて、ちょっと気持ち悪ぃな。」

「そうですね。」

「なあ、普通に喋ろよ。お前と俺、同じ位だろ?俺、この間、7になったんだ。」

「僕は2ヶ月前に7歳になったの。」

 ターランは照れくさそうに言った。

「俺とお前の誕生日、近いのかもな。2ヶ月ってなんだか分かんねえけど。」

「うん。」

 ターランとトゥーリナが笑い合っていると、ギンライが物凄いスピードでやってきて、トゥーリナの首根っこを掴み上げた。

「トゥーリナッ!お前、ターラン坊ちゃまに何してやがるんだっ!?」

 ビシイッ。強烈な一発がトゥーリナのお尻に飛んできた。トゥーリナは余りの痛みに悲鳴すら上げられなかった。「坊ちゃま、うちの馬鹿息子が申し訳ありません。」

 ギンライは痛烈な一発で泣き喚いているトゥーリナを肩に担ぎ上げると、ターランの前を去って行った。

 そして、ただ楽しく話していただけなのに、理由も教えられずにトゥーリナは鞭の後が消えていない痛々しいお尻をまた散々鞭で打たれたのだった…。

 

 それから、彼はターランに会う度に冒頭のようにお仕置きされるようになった。そう、ターランに会った罰として叩かれているのだ。トゥーリナには理由が分からない。ターランとは急速に仲良くなったが、それが理由で村長に怒られた訳でもないし、ターランがトゥーリナの影響を受けて悪くなった訳でもない。それなのにお尻を叩かれるのだ。もう会わないと言うまで。ごめんなさいと言うまで。

 

 こっぴどく平手でぶたれて、赤く腫れ上がったトゥーリナのお尻。でもトゥーリナはまだギンライに何も謝っていなかった。トゥーリナが父の膝の上で泣いていると、かちゃと無気味な音がした。

「鞭で叩くのかよ…?」

 それは腰のホルダーから鞭を外す音だ。「俺は何も悪くないっ。なんで叩くんだよっ。」

 ギンライは無言のまま鞭でトゥーリナのお尻を撫でた。トゥーリナはびくびくしながらも、口を手で押さえた。ぴたぴたと軽く叩かれた。それでもトゥーリナは頑張った。

「強情を張っても、痛いだけだと教えているのにな。」

 それだけ言うと、鞭でトゥーリナのお尻を責め始めた。村長には関わらない方がいいのだ。酷薄な男だ。村民は誰も彼と挨拶すら交わさない。それはターランが生まれる前からだったが、ターランを村民達に見せないようにする態度がより村人たちを怒らせ、今では村長の名前すら話題に上らない。

「何にも教えてくれないで叩かれたって、俺は何回でもターランと会うからなっ!」

 酷い痛みに耐えながら、トゥーリナは父に叫んだ。

「分かった。じゃあ、教えてやる。あの男は…村長はな、俺達村人が必死に作った野菜の売り上げの殆どを懐に入れちまうんだ。自分だけが贅沢三昧して、ターランだって隠してやがる。堕天使で美しい息子を汚い村人には見せたくないってわけさ。お前の友達のあの羽は高く売れるんだ。その金でさらに屋敷をでかくして、自分達だけが楽しく遊び暮らしてるんだ。」

 ギンライはトゥーリナのお尻を一つ打った。息子が痛みにもがくのを見た後、続けた。「そんな奴と誰が関わりたいと思うんだ?ターランだって、内心お前を馬鹿にしてるに決まってる。あんな貴族様みたいな服を着て、教会ではなく、家庭教師とやらに勉強を教えてもらってるんだぞ。そんな奴が村人の子供と楽しく遊ぶと思うか?」

「…。」

「分かったろ?もうあいつとは会うな。今までみたいに皆と遊べばいい。」

 ギンライは優しい口調に戻ると、トゥーリナのお尻を撫でた。「もういいぞ。」

「うん。」

 返事をすると、トゥーリナは外へ出た。

 

 ごろん。草むらに横たわる。裸で出される時もいつもここに寝ている。トゥーリナは、星がきらめく空を眺めた。

 ターランはお高く止まってない。もしそんな奴だったら、とっくに友達なんかやめてた。厳しいお父さんを怖がる、皆と何も変わらない奴だ。確かにいい服を着てる。お坊ちゃまと呼ばれるのに相応しい性格だろう。でも、決して嫌な奴じゃないっ。

 トゥーリナは立ち上がった。ターランと会っても怒られずにすむようにするには…。

 

 トゥーリナはターランの部屋の前を飛んでいた。3階に部屋がある。いつもなら、すぐに出てきてくれるのに、今日は、いつまで飛んでいてもターランが出て来ない。変だと思って、窓に張りついてみた。ターランが父親にお尻を打たれているのが見えた。鞭を使う時や何か事情がない限りは、普通、お仕置きは膝の上で行われる。しかし、ターランは膝の上で打たれた経験がないそうだ。うんと小さい時はともかく、記憶にある中では…。

 ばしんっ、ばしんっ。平手がお尻に当たっても、ターランは無言だった。泣くのは許されるが、声を立てると鞭で打たれるので、必死で声を押し殺しているからだ。

 ターランのお仕置きされている所を見るのは初めてではないが、いつもその背筋が寒くなるような恐ろしいお仕置きは、見ている自分が泣きたくなる。他の子なら、時には笑ってしまう。うんと怒られている時でさえ、暖かい雰囲気がある。でも、ターランの父にはそんな雰囲気はない。怒っていない時でも、威圧感を感じる。

「何の用だっ!」

 怖くて目が離せないでいたトゥーリナに、鋭い声が飛んだ。彼は吃驚して飛び上がった。そして、慌てて猛スピードで逃げた。

「ごめんなさいぃぃーっ。」

 追っかけられているのかどうか分からないまま、トゥーリナは必死で飛んだ。

 

「はあっ、はあっ。」

「どうしたんだ、トゥーリナ?真っ青だぞ。」

 舞い降りてきた途端、屈み込んだトゥーリナの周りに、子供達が集まり、友達の一人が声をかけてきた。トゥーリナは子供達のリーダーで皆に慕われている。

「ターランの親父に怒鳴られたから、逃げてきた。」

「何やったんだあ?」

「ちょっと話があったんだけど、ターランが叩かれている最中で、つい見ていたら…。」

「僕のお父さんにお話があったの?」

「あ、ターランっ!」

 子供達がぼーっとターランを見る。大人達もその純白と桃色の美しい羽根に心を奪われている。

「お父さんが、トゥーリナを連れて来なさいって言ったから、来たの。」

「もう尻は大丈夫なのか?」

 ターランは真っ赤になってお尻を押さえた。

「まだとても痛いよ。でも、お父さんに命令されたから…。言う通りにしないと凄く叱られるから…。」

「俺だって父さんの命令は聞くさ。」

 トゥーリナはターランを見た。「ごめんな、見たりして。」

「いいよ、別に。…ねえ、トゥーリナ、来てくれる?」

「ああ。」

 トゥーリナはターランと歩いて行く。さっき父に叩かれたばかりなのに、叩かれたらどうしようと思いながら…。

 

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