妖魔界

33 昔は良かった1

 トゥーリナは、仕事をしていた。第二者になって、ザンが押し付けてくる仕事を片付けるのに忙しい毎日。百合恵をまたほったらかしにしているのが嫌だったけど、仕事をしないわけにもいかないのだ。自分はそれを承知してしまったのだ。

 ターランが別の仕事をしに、外へ出て行って少し経った頃。

「ねえ、少しはわたし達を構って欲しいわ。」

 百合恵がリトゥナの手を引いて仕事部屋に入ってきた。「仕事ばっかりして。わたし達の事は、どうでもいいの?」

「そうじゃねえけど、仕事をやらないとザンがうるせえ。」

「じゃあ、ザン様に頼めばいいのね。」

「あのなあ、この城から、ザンの城まで結構あるんだぞ。行くつもりじゃないだろうな?」

「駄目なの?」

「良かったら、いちいち訊かねえよ。」

「そう、分かったわ。」

 百合恵はそれだけ言うと、リトゥナと出て行った。トゥーリナは忙しかったので、その会話をすぐに忘れてしまった。

 

 暫く後。電話が鳴った。トゥーリナが出ると、ザン、百合恵、リトゥナの立体映像が出た。

「百合恵っ、お前っ。」

「まあ、怒るな。可愛いじゃねえか。」

 可笑しそうに笑うザンの言葉に、トゥーリナは戸惑う。

「?」

「百合恵は俺に、お前の仕事を減らしてくれと頼みに来たんだ。」

「!」

 トゥーリナはすぐに先刻の会話を思い出した。

「仕事が一杯あるから、わたし達はほったらかしなんでしょ?」

「そうだけどよ、駄目だって言ったじゃないかっ!! よく盗賊に襲われなかったもんだぜ…。」

「お父さん、ごめんなさい…。」

 リトゥナが小さくなる。「お母さんはちょっと怖いって言ったんだけど、僕が守るからって言ったの…。」

「リトゥナ、お前…。」

 トゥーリナは、吃驚してリトゥナを見た。大人しくて闘争心のかけらもないリトゥナがそんな頼もしいことを言うなんて…。

「幸い誰も来なかったらしいがな。でも、本当に危険なんだって、少し叱っといたぜ。」

 ザンが言う。「第二者トゥーリナの妻と子供だ。利用価値がいくらでもあるからってな。殺される方がマシな目にあわされる可能性もあるしよ。」

「本当だぜ…。」

 トゥーリナがはああっと息を吐く。「今から迎えに行くけど、二人ともお仕置きだからな! 覚悟しろよ。」

「はい、お父さん。」

 リトゥナは素直に返事をしたけど、百合恵は不満げな顔をする。

「わたしは、貴方の為でもあると思って、ここに来たのに…。どうしてお仕置きなの?」

「危険だって言ったじゃないか! 今のザンの言葉を聞いていなかったのか?」

「誘拐なんて…。」

「人間と一緒の尺度で判断するなって、いつも言ってるだろ? 妖怪は魔の生き物なんだ。聖と邪が交じり合ってる人間と違って、躊躇わないんだからな。どんな悪い事だって、平気で出来る。人間の方が恐ろしい場合もあるが、誘拐程度なら、何でもないと考えるぞ。」

「そうだぜ、百合恵。第二者になりたい妖怪は、山程いるんだ。お前等を殺すって脅して、トゥーリナに自害させるなんて平気でやるぞ。」

 ザンが引き継いだ。「まあ、そんなせこい真似するような小物は、すぐに取って代わられるだろうが。」

 百合恵は何も言えなくなってしまった。そんな彼女の様子を見たトゥーリナは、

「ともかく、今から迎えに行くから、大人しくしてろ。」

 電話を切った。百合恵は、リトゥナを抱きしめた。リトゥナは、お父さんにどんなに叱られるんだろうと考えて、既に涙ぐんでいた。

「百合恵。」

「はい、ザン様。」

「少し無謀だったけど、お前の気持ちに免じて、トゥーリナに回す仕事を減らすからよ、まあ、そんなに落ち込むな。な?」

「有難う御座います…。」

 百合恵は深々と頭を下げた。

 

 とんとん。ザンが窓を見ると、トゥーリナが浮いていた。

「横着しねーで、ちゃんと門から入って来いよな。」

 ザンはぶつぶつ言いながら窓を開けると、トゥーリナが入って来た。彼女は彼を蹴った。

「窓から入ったくらいで、蹴るなよ。」

「行儀が悪いからだ。」

 ザンはため息をついた後、「そんなことはどうでもいい。それより、わざわざやって来た百合恵に免じて、今の仕事を2から4にしてやる。」

 トゥーリナが吃驚した顔を彼女に向けた。

「ぎりぎりで2だって言ってただろ? その為にターランは、睡眠時間を削ってまで飛び回ってるのに…。」

「それも考慮してなんだ。ターランが倒れたら、誰があの複雑な仕事を片付けられる? それ考えたら、妥協もするさ。」

「デスクワークでは倒れないだろ…。でも、まあ、少し楽になるな。」

「それとあの件は5な。」

「そりゃどーも。ターランに寝ろって言える。」

 トゥーリナはザンに皮肉な笑みを浮かべた後、百合恵達を振り返った。「じゃ、帰るぞ。」

「はい…。」

「リトゥナ、何泣いてるんだ?」

「お父さんに一杯叱られるから。」

 トゥーリナは、リトゥナの側へ行き、ひょいっと彼を抱き上げた。「今、お仕置きなの?」

「男らしい言葉を百合恵に言ったのに、今は泣き虫に戻るのか?」

「ごめんなさい…。」

「俺はお前に教えた筈だぞ? おすは泣いちゃいけないって。」

「はい、お父さん…。」

「俺は頭に来てるけど、嬉しくもあるんだ。お前の口から男らしい言葉が出たからな。偉いぞ、リトゥナ。」

 リトゥナは泣き笑いの表情になった。トゥーリナはリトゥナの頬にキスすると、百合恵をひょいっと肩に担いだ。

「リトゥナは抱っこで、わたしは荷物扱いなの?」

「お前は悪いだけだからな。」

 トゥーリナはそっけなく言った。「母親のくせにリトゥナをそそのかすし…止めもしないし…。お前の尻は真っ赤にしてやるからな。」

「…。」

 百合恵は黙り込んだ。

 

 城に着いた。トゥーリナは、百合恵とリトゥナをしょったまま、自室へ向かった。部屋へ着くと、リトゥナを下ろして、部屋の戸を開けた。リトゥナの背を軽く押しながら、部屋へ入る。

「わたしも下ろしてよー。」

「お前は逃げるから駄目だ。」

 トゥーリナは言いながら、百合恵のお尻を強く何度も叩く。

「痛いわ、止めて。」

「逃げないと約束するなら、止めてやる。」

「逃げないわよー…。」

 トゥーリナは手を止めると、百合恵を下ろして、ソファに座った。

「お前達のやった事は許しがたいが、仕事の期限が延びた事には感謝する。」

「4とか5って何?」

「日本語で言えば、3日後の期限が1週間後に伸びたようなもんだ。」

「そう。…ねえ、ターランさんは大丈夫なの?」

「もう少ししたら帰ってくるから、休ませるさ。」

「ザン様って鬼なのね…。」

「今更、確認しなくても、あいつは鬼だぞ。」

「そういう意味じゃなくて…。」

「俺もお前と同じ意味で言ってる。あの女は種族としてじゃなく、性格も鬼だ。」

「わたしには優しいけど…。」

「同性にはな。でも男には鬼だぞ。自分は女でもこんなに出来るんだから、男はもっと出来て当然と思ってる。」

「…。」

「戦闘はともかく、仕事に性別は関係ないと思うけどな…。」

 トゥーリナはため息をつくと、「さ、まずはリトゥナからだぞ。」

 いきなり名前を呼ばれて、リトゥナはビクッとした。

「はい、お父さん…。」

 リトゥナは恐る恐るお父さんの側へ行った。お仕置きする事にすっかり慣れたトゥーリナは、手際よくリトゥナのズボンとパンツを下ろすと、彼を膝へうつ伏せにした。尻尾を左手で押さえると、リトゥナへ言う。

「百合恵と違って、お前は、妖魔界の危険を身に染みて分かってるよな?」

「はい…。ごめんなさい…。」

 リトゥナはその言葉に、お仕置きが厳しくなりそうだと感じて、目をぎゅっと閉じ、体を固くした。

「30回に、鞭が5回な。手はいつもより痛くするぞ。」

「…はい。」

「鞭なんて酷いわ。」

「しつこいぞ、百合恵。これは子供用だから、痣にもならねーって言ってるだろ。なんなら、お前の尻で試すか?」

「嫌よ…。」

「そうか? 自分で試すのが、一番分かると思うけどな。ま、いい。」

 トゥーリナはそう言った後、今度はリトゥナへ、「行くぞ、リトゥナ。ちゃんと反省しろよ。」

「はい。」

「ターランと百合恵の影響を受け過ぎだぞ。うんでいい。」

「うん。」

「素直でよろしい。」

 トゥーリナはちょっとリトゥナの頭を撫でると、お仕置きを開始した。ばしっ、ばしっ、ばしっ…。最初は我慢していたリトゥナだったけど、すぐに足をばたばたしながら、泣き出した。

「痛いー、痛いー、ごめんなさあい。」

「ならいい子にしてくれよ。俺だって好きでやってるんじゃないんだから。」

 トゥーリナはため息をつきつつ、暴れるリトゥナを押さえつけながら、お尻に手を振り下ろす。ばしっ、ばしっ。お尻全体が赤くなるように叩いていく。

「わたしの時は嬉しそうなのに…。」

「お前は別だ。いちいち、ちゃちゃいれるな。」

 トゥーリナは百合恵を睨む。「…よし、後5回だな。数を数えろ。」

「1。痛いっ。…凄く痛い…。」

「仕上げは痛くしろって本に書いてたからな。ほら、2は?」

 躾本バージョンのマニュアル人間、いや妖怪トゥーリナは言った。

「2!」

 ばしいっ。「痛いよぉっ。お父さん、ごめんなさい…。」

 ばちんっ。

「さ、3。」

 ばちんっ。

「4!」

「よし、これで終わりだな。最後のは一番痛いからな。」

「うん…。」

 リトゥナは必死に返事をする。そして、言葉通りのきついのが飛んできた。バシィッ。

「5っ!!」

 リトゥナは叫んだ。お尻がとても痛くて、もう許して欲しいと思った。でも、マニュアルお父さんは、無情にも言い放つ。

「よし、次は鞭だな。」

 トゥーリナは腰の鞭を外した。リトゥナが身を竦める。「親父にやられた経験から言うと、力を入れても痛みは変わらないな。」

「僕も知ってるけど、自然に入っちゃうの。」

「ま、そうだよな。それも経験済みだ。」

 ひゅん、ひゅん。トゥーリナは鞭を振り回すと、「さ、後5回だから、我慢しろよ。」

「う・うん…。」

 リトゥナは、目をぎゅっと瞑った。

「今度は数を数えなくていいからな。」

 それを聞いて、リトゥナはほっとした。とても数を数える余裕なんてなかったから…。「じゃ、行くぞ。」

 ひゅんっと空を切る音がして、お尻に鞭が当たった。余りの痛みにリトゥナは反り返った。声すら出せない。

「ちょっと強かったか…?」

 お尻に浮き出て来た跡を見て、トゥーリナは顔をしかめた。「もうちょっと弱くするか。」

 こんな痛みを後4回も我慢出来ないと思ったリトゥナは少しだけ安堵した。そして、また鞭が飛んできた。後3回。リトゥナは歯を食いしばった。

 

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