34 昔は良かった2
「自分でやっといてなんだけど、痛々しいな……。」
全てのお仕置きが終え、トゥーリナはリトゥナのお尻をそっと撫でた。リトゥナが飛び上がった。「お、そんなに痛いか?」
「痛いー……。」
「そうか、そうか。じゃ、あっちでコーナータイムやってろ。」
「はい……じゃなくて、うん。」
「言い直す必要はないぞ。俺は、百合恵やターランみたいに締め付けるのは嫌いなんだ。」
「そんなに厳しくしていないわよ。」
「そうかぁ? 親に、はいと返事しろって言う時点で、厳しすぎると思うがな。うんでいいだろ、うんで。」
「わたしの親はうんて言ったら、びんただったの。」
「何で顔を叩くんだろうな……。失明や難聴になる危険があるのに……。」
「妖魔界みたいに決まってないからよ。」
「ふん。ケツは安全だろ。」
「わたしに言わないで。わたしが人間界の決まりを作ったんじゃないんだから。」
トゥーリナの言い方にむっとした百合恵は言い返した。リトゥナが慌てて、
「喧嘩しないで……。」
心配そうな顔で言った。
「してないぞ。リトゥナ、さっさとコーナータイムしろよ。」
「はい……あ、うん。」
「もう、はいでもいいから。」
トゥーリナは諦めた。
「ごめんなさい……。」
リトゥナはしょんぼりとする。
「もう2度とターランにはこいつを叱らせない。お前もだ。見ろ、この怯えよう。」
「まるで虐待していたみたいに言わないで。今までずっと放って置いたくせに、偉くなってから、躾に口出しし始めるなんて、勝手よ。」
「過去に戻ってやり直せないのに、後悔してることを責めるなよ! あの時は、自分のことしか考えられなかったんだ。それを反省して、これから頑張ろうって思ってるのに。今更あの時のことを言われたって、どうしようもねえだろ!」
「そんなに怒らないでよ。わたしはわたしなりに、一所懸命に躾たのに、今まで何もしてなかった人が偉そうに口出しするから、頭に来たんじゃない。」
「僕、もっと男らしくするように頑張るから、喧嘩しないで……。」
リトゥナが泣きだした。
「泣かないで……。あなたが悪いんじゃないわ。」
「そうだぞ。お前が泣く必要はない。それに、喧嘩じゃなくて、方針の違いを話し合ってるだけだ。」
トゥーリナはリトゥナを抱き寄せて続ける。「俺も百合恵も、お前が大事なんだ。だから、大切なお前の躾について、意見がぶつかる。」
「お父さんはお母さんが好き?」
「好きだぞ。だから、これから、百合恵のケツを叩くんじゃないか。」
「そうじゃなくて……。」
「嫌いな奴が何を言っても、無視するだけだ。好きだからこそ、自分の気持ちを知って欲しくなるのさ。だから、喧嘩みたくもなる。二人は別の生き物で、別の考えを持ってるからな。」
トゥーリナは微笑む。「さ、分かったら、今度こそ、コーナータイムしてくれ。」
「うん。」
リトゥナは、とうとう部屋の隅に立った。
「リトゥナを不安にさせるようなことを言うなよな。」
「先に始めたのはあなたでしょ。」
「……口の減らない女だな。」
トゥーリナがニッと笑う。
「それが良くて、人間と結婚したんでしょ?」
百合恵も微笑んだ。
「従うだけの妖魔界の女が嫌だったのは事実だが、別にいちいち口答えして欲しくて、お前を選んだわけじゃないぞ。」
「わたしの体が良かったのよね?」
「リトゥナに聞こえるぞ。……確かにそうだけどよ。……人間の女は違うよな。売春宿の女だって、ああはいかない。」
トゥーリナはニヤニヤした。奥床しい妖怪と違って、人間だった百合恵は性に関して色々知っているのだ。
「あなたって本当に……。妖魔界の男性じゃないみたい。」
「皆大人しすぎるんだよなー。もっと性は開放されるべきだ。」
「妊娠確率100パーセントじゃ無理よ。子供だらけになっちゃうわ。妖魔界には今のままが合ってるから、変わらないのよ。」
百合恵は言った。「でも、同性愛には寛容よね。人間界じゃああはいかないわ。」
「男同士だけな。戦乱の世にはそういう価値観も有り得る。」
「そう言えば、昔の日本がそうだったって聞いたわね……。」
「ま、無駄話はこれくらいにして、そろそろお前のケツ叩きをするか。」
百合恵はビクッとした。
「どうして大人になってからお尻を叩かれなきゃいけないのかしら? しかも夫からだなんて。妖魔界ってやっぱり変よ。」
トゥーリナは、彼女を自分の前に立たせると、スカートの中に手を入れて、パンツを下ろし、膝に寝かせながら言う。
「俺だって大人なのに、親父にケツ叩かれるんだぞ。」
「それは知ってるけど……。」
「妖魔界には、大人だからなんて言葉はないんだ。悪かったら問答無用でお仕置き。いい加減に諦めろ。」
「む〜、う〜。」
「唸るな。」
トゥーリナは百合恵のスカートを捲り上げた。妖怪に転生してから、百合恵のスタイルは抜群に良くなった。「やっぱり叩くなら、女のケツだよなー。いい眺めだ。」
トゥーリナは百合恵のお尻を軽く叩き、波打つ様子を見ていた。
「楽しまないでよ……。ほんと、リトゥナの時とは、まるで違うんだから。」
「当たり前だろ。子供の躾は重要だけど、妻の躾は半分お遊びだからな。」
「わたしはちっとも嬉しくないわ。」
「嬉しい方が問題だ。痛いんだからな。」
「それはそうだけど……。何か違わない?」
呟く百合恵を無視して、厳しい表情になったトゥーリナは言う。
「お前は自分とリトゥナの命を粗末にしたんだからな。リトゥナと違って簡単には許さないぞ。」
「分かってるわ。」
「妻に鞭は使わないって決まりが嫌になるほど、叩いてやるからなー。」
「何よ、それ。どういうこと?」
「鞭で叩けば尻が早く痛むだろ? リトゥナの尻みたいにな。でも、手だとそうはいかないから。」
「そんなに酷くするの……?」
百合恵は怖くなって震えだした。
「お前がどんなに軽はずみな行動を取ったのか、それがどんなに危なくて悪いことだったのか、たっぷり教えてやる。電話にお前とリトゥナが出た時、俺は肝が冷えたんだからな。」
音が弾けた。百合恵は悲鳴を上げた。「2度とあんな真似をしないように、ケツに叩きこんでやる。生きてるお前を見続ける為にな。」
バシィッ、バチンッ、ビシィッ。ちょっと前までの軽いやり取りは何だったのかと思えるくらいに、お仕置きは厳しい。
「痛いっ、痛いっ。あなたに殺されそうよっ。」
あまりの痛みに、百合恵はきゃあきゃあ悲鳴を上げた。
「ケツ叩いたくらいで死ぬか。」
トゥーリナは言い捨てた。本気で叩く訳にはいかないが、気持ちだけはそのつもりで、普段叩いているよりかなり強く百合恵のお尻に掌を叩きつけた。百合恵は喚いて暴れたが、構わなかった。妖魔界の恐ろしさを理解して欲しかったし、自分がどんなに彼女を大事に思っているかを知って欲しいからだ。
「痛いっ、トゥーリナ、痛いっ。」
「その痛みがそのまま俺の痛みだと思え。」
「何それ?」
「お前の姿を電話で見た時に、俺が受けた衝撃だ。」
「……。」
「何回言っても分からないらしいが、ここは本当に恐ろしい所なんだ。お前とリトゥナが無事にザンの城へ行けたのは、奇跡と言ってもいいくらいだ。」
トゥーリナは強く言った。「お前達に死なれたら、俺は生きていけないんだからな。」
振り下ろされる平手はとても痛かったが、百合恵はお尻よりも心が痛くなった。正直、今まで、妖怪の恐ろしい所すら見ていない彼女には、夫の言葉を実感として捉えられない。しかし、彼の気持ちだけは良く分かった。
「ごめんなさい……。もう決してあなたに心配かけるようなことをしないわ……。」
百合恵は、心から反省して謝れた。
「ああ。」
トゥーリナは答えた。しかし、お仕置きを止めてくれるつもりはないらしく、百合恵はお尻が痣だらけになるまで散々叩かれたのだった。
「いい色だ。」
ぺちんっ。百合恵のお尻をトゥーリナは軽く叩いた。叩かれすぎて立てない彼女は、リトゥナの隣に四つん這いになっていた。
「ひっ。」
百合恵がうめいた。「もう許してよ……。」
「ケツの状態を確認してるだけだ。これくらいの痣なら、4日で治るな。1日休んで、次の日だな。」
「……え?」
百合恵は恐ろしい言葉を聞いた気がした。
「1回で許すと思ったのか? 俺はそんなに甘くない。後5回はお仕置きしてやる。」
「あ・後4回も、こんな恐ろしいお仕置きをするっていうの?」
「お前は命を粗末にする傾向があるからな。」
「もうしないわ! あなただって分かってくれたじゃない。それなのにそんな酷いことを言うなんて、……良人(よしと)の方がずっとマシだったわ。」
「あんな暴力男と一緒にするな! お前、体中痣だらけだったろ。俺はケツ叩くだけだぞ。記憶が薄れて、あいつがいい男に思えるだけだ。」
トゥーリナは憤慨した。「あいつは手前勝手な理由でお前を殴っていたが、俺はお前を思って仕置きしてるんだぞ? それでもあいつがいいって言うのか?」
「……言い過ぎたわ。そんなに怒らないで……。それに良人はもう死んだんでしょ。居ない人に嫉妬する必要はないわ。わたしはあの人を思い出しもしないのに、あなたはまだ囚われているの?」
それを聞くと、トゥーリナは百合恵を抱きしめた。
「お前はあいつを名前で呼ぶが、俺の名前は呼ばない。」
「………わたし、あの人の妻だった時、あの人の名前は呼ばなかったわ。」
「それに始めにお前と、やったのは……。」
「トゥーリナ! 子供の前よ! それに、あなたの頭の中ってそれしかないの?」
「俺は男なんだ。」
「妖怪じゃ有り得ないわね……。……ちょっと、のしかからないで。リトゥナの前で何をする気なのよ。それに、お尻が痛くて、そんな気分になれないわ。」
「リトゥナだって、いずれ知るさ。……なあ、リトゥナ?」
「え? え?」
お父さん達がなんだかHな雰囲気なので、目を瞑っていたリトゥナは、いきなり問い掛けられて、戸惑った。
「性教育としては、最悪だと思うけど……。大切なリトゥナに、こんな滅茶苦茶な教育をする気なの?」
「はい、はい。諦めました。」
トゥーリナは、百合恵を四つん這いの姿勢に戻す。「あ、そうだ。リトゥナも明後日、もう一回、お仕置きだぞ。」
「…うん。」
「鞭無しで40回な。その代わり、いつもと同じ強さだ。お前はそれで全部終わりだ。」
「分かった。」
「後、お前はもういいぞ。部屋で大人しくしていろ。今日一日は部屋から出るのは許さない。便所以外で外に出たら、思いっきり叩くぞ。」
「は・はい。」
「1回だけな。」
トゥーリナは、リトゥナの怯えようを見て、付け足した。彼は、息子のパンツとズボンを上げると、軽く彼のお尻を叩く。ぎゅっと抱きしめた後、「さ、部屋へ行け。」
もう一度軽く叩くと、リトゥナを部屋から出した。
「あ、そうだ。もし、ターランに会ったら、余裕が出来たから、寝ろって言っといてくれ。」
「うん、お父さん。」
リトゥナは、お尻を撫でながら、部屋を出た。
「うー、痛かったよう……。」
リトゥナが泣きながら歩いていると……。
「何? またお仕置きされたの?」
「あっ、ターランさん! そうなの。一杯お仕置きされちゃった。」
リトゥナはどうしてなのかを説明しようとした。しかし、ターランがあまりにも疲れている様子なので、お父さんに言われたことだけ伝える。「あのね、お父さんが、お仕事に余裕が出来たから、ターランさんへ寝ろって言えって言ってたよ。」
「どうして急にそんな余裕が出来たのさ。」
ターランが信じていないようなので、リトゥナはやっぱり説明することにした。
「あのね、ターランさん……。」
リトゥナはなるべく簡単になるように頑張って説明した。ターランは疲れのせいか、時々目をつぶって聞いていた。いつもなら怒られる言い間違いも今回は黙ってくれていた。リトゥナが話し終わると、ターランは口を開いた。
「……そう、分かった。じゃ、俺は疲れてるから、寝させてもらうよ。」
ターランが歩いていくのを見送った後、リトゥナも自分の部屋へ向かった。