妖魔界

30 髪のお話シリーズ2

 2 エッセル達

 ここはジオルク盗賊団の野営地。ジオルク団長は新入りエッセルに手を焼いていた。孤児院を出たばかりの彼から、頼むから入れてくれと五月蝿く付きまとわれたので、彼は仕方なく入団を許可したのだが…。最近めきめきと力をつけたエッセルは、戦闘が楽しくて仕方ないらしい。危険を顧みず、乱戦している所へ突っ込んで行き、皆の邪魔になる。新入りの仕事をサボっては、勝手に盗賊の仕事をして上手く出来ずにトラブルを引き込む。と、迷惑をかけてばかりなのだ。最初は叱ったり、いつもよりきつい訓練を罰として与えていたジオルクだが、エッセルはちっともこたえない。

「ガキにはお仕置きが一番。」

 そう結論付けて、団員名エス、エッセルのお尻を叩くと決めたジオルクだった。

 

「嫌だったら、嫌だあ!俺はガキじゃないっ。」

 エッセルはジオルクへ叫ぶと、全速力で駆け出した。

「逃げるな、エス!待てっ。」

 ジオルクは慌てて追いかける。そんな二人の様子を団員達が笑いながら見ている。

 で、今追っかけているのもお仕置きするためである。最初は、それくらいで許してやるなんてという目で見ていた団員達も、エッセルにはこれが一番だと気づくと、面白がるようになった。

「G、エスは川の方に逃げて行ったぞ。」

 エッセルを見失ってきょろきょろしている彼に、団員の一人が声をかけた。

「悪いな。」

 一言呟くと、Gことジオルク団長は、後を追っかけ出した。

 バチンッ、バチンッ!やっとエッセルを捕まえたジオルクは、彼を地面に押さえつけてお尻を丸出しにすると、力いっぱい叩き出した。

「いてえっ、いてえっ。」

「エス、逃げたから鞭も使うからな!…ったく、いつもいつも皆に迷惑をかけやがって。」

「だって、あのヤマは俺一人でもこなせる…いてえよっ!」

「調子に乗るなっていつも言ってるじゃないかっ。」

 話しを何も聞いてもらえないまま、お尻が傷だらけになるまでぶたれてしまったエッセルだった…。

 

「くそー…いてえなあ…。」

 エッセルは深いため息をついた。「ガキ扱いしてケツ叩くなんて…。」

「自分の仕事もまともにこなせない奴が、対等に扱ってもらえる訳ないだろ?」

「シィー…。でも、あんな雑用やってたって強くなれないじゃないか。俺は強くなって孤児院を…。」

 団員名シィー、シーネラルがエッセルの前に現れた。ジオルクの右腕の猫…と言っても、ふさふさの群青色の尻尾以外に、彼が猫であるのを示すものはない。3メートルはあるオレンジがかった金の長髪を引きずっている。

「孤児院を破壊されたら、子供達はどこへ行く?親切な奴が拾って育ててくれるのか?貴族がお前に何をしたか、忘れたんじゃないだろ?」

「ううっ…。でも…。」

「俺も孤児院育ちさ。だから、エスの気持ちは良く分かる。」

「なら…。」

「もっと大人にならないと分からないのかもな。俺も悟るまではかなりかかった。」

 彼は軽く息を吐いた。「でも、孤児院がなくなったら、子供は奴隷商人にさらわれてもっと辛い目に合うしかないって覚えておけ。お前がここに立っていられるのも孤児院のお陰なんだ。忘れるな。自分がどれだけ幸運な存在なのかを。」

「…。」

「奴隷商人に拾われていたら、お前は奴隷の印を体に刻まれて、今もどこがで重労働を強いられているか、とっくにくたばってるんだぞ。奴隷の扱いは最低だからな。」

「…。」

「エスが孤児院を破壊して回ったら、全ての子供達がそうなるんだからな!」

 シィーは、呆然と立ち尽くしているエッセルを残して去ろうとした。

「なあ…、シィーは…俺みたいな気持ちにならなかったのか?」

「言ったじゃないか、悟るまで時間がかかったって。お前みたいに思ってたさ。エスとの違いは、院長達を腐らせる貴族の出資が憎くて、貴族を殺して回ったところだな。」

 彼は息をつき、続けた。「あとな、俺は特別といわれる孤児院を知っていた。」

「俺も聞いたことがある。でも、嘘だと思ってた。」

「本当さ。そして、妖魔界の殆どの連中が、特別な孤児院を普通の孤児院だと思っているのさ。」

「そんな馬鹿な…。」

「町に行った時に聞いてみろ。」

 シーネラルはそう言うと、本当に去って行った。

 

 数日後。

「絶対に止めた方がいいに決まってる!」「いやー、迷信だって。」「俺の事だからどうでもいいだろう。」「試して見る価値あるかもよ。」「駄目だ、駄目だ!」

 団員達が騒いでいるので、ジオルクは何事だと思いつつ、エッセルのお尻に手を振り下ろした。

「真面目にやったのに…。」

「一所懸命にやるのと、後先考えないのは全然違う!」

 エッセルはまた命を粗末にするような行動をして、ジオルクからのお仕置きを受けているのであった。

「俺が死んだって、Gには関係ないよな…。」

 ジオルクは吃驚して、エッセルのお尻を叩く手を止めた。

「何?急にどうしたんだ。」

「なんか俺、どうでもよくなってきた…。孤児院をなくすことだけ考えてきたのに…。」

 ジオルクはやっと意味が分かった。

「シィーに叱られたことか?」

「うん。」

「どうせなら、第一者を目指せばいい。そうすれば、孤児院を変えられる。どうだ、それなら生きる目的になるだろ?」

「それいいな!そうしよう。」

 『単純だな…。』ジオルクは呆れた。

「…じゃ、続けるぞ。」

「…うー、分かった…。」

 ジオルクがお仕置きを続けようすると…。

「団長!シィーを止めてくれ!」

「どうした?」

「奴が髪を切るって…。」

「そりゃ、大変だ。」

 ジオルクはエッセルを膝から捨てると、騒いでいた団員達の所へ走って行く。

「シィー、あんなに長い髪、切っちまうのか…。」

 エッセルはひりひりするお尻を撫でながら、ぼんやりした。「…ん?でもなんでそれくらいで皆慌てるんだ?」

 彼は不思議に思って、皆の所へ走った。

 

「どうして皆で慌てるんだ?たかが髪じゃないか。」

 シーネラルは、おおごとになってきたので、戸惑いながら団員達の顔を見た。「いい加減邪魔だから、さっぱりしようと思っただけなのに。」

 そこへジオルクがやってきて、彼に声をかけた。

「髪切ると妖力が落ちるって噂じゃないか。シィーはかなりの長さだ。がくっと落ち込んだらどうするんだ?」

「団長、そんなの噂や迷信の類っすよ。俺は切りますからね。」

「シィーが実験台になればいい。」

 面白がるのZIの言葉に頭にきた団員が、彼を睨んだ。

「人事だと思って…。じゃお前が切れよ。」

「俺は別に不自由してない。お前が切れ。」

「喧嘩するな。」

 ジオルクは言った。「それに、ZIは切る所がない。」

「皆!」

 エッセルが大声をあげながら走ってきたので、何事かと皆が彼に注目した。だが、彼の口から出た言葉は…。「何で切っちゃ駄目なのか、教えてくれ!」

「…何だ、敵襲かと思ったぜ。」

「エス、人騒がせだぞ。俺がケツ叩いてやるか?」

 団員達に笑われて、エッセルは真っ赤になった。

「お前らが勝手に勘違いしただけだろう?エスは悪くない。からかうなよ。」

 シーネラルがからかった団員をたしなめる。それから、エッセルを見た。「エス、お前は迷信なんか気にしないよな?」

「俺、何の話だか、分からない。」

 エッセルにはちんぷんかんぷんだ。

「髪を切ると弱くなるから、切るなって皆が言うんだ。」

「えっ!そうなのか?シィー、止めとけよ。ジオルク団長の右腕なんだろ。」

「そうだ、シィー、止めろ。」

「俺の力は、髪なんか関係ない!」

 シーネラルが叫ぶと、皆がシーンと押し黙った。「俺はたゆまぬ訓練で今の力を得たんだ。髪のお陰じゃないっ。」

「何も髪の力だけでお前が強いんだとは言っていない。でもな…。」

「G、はっきり言って、これは俺個人の問題です。今まで切るのが面倒で伸ばしていたけれど、少しは愛着もあるけれど、邪魔な長さなんすよ。」

 シィーの爪が鈍く光り始めた。「それに、妖力は鍛えられません。生まれてから死ぬまで一定の強さです。髪は影響しません。」

 言い終わると、彼は、爪で髪の毛をばっさりと切り落とした。賛成派も反対派も皆が押し黙ったまま、彼が髪を袋に入れるのを見ていた。妖魔界では、髪の毛を売れるのだ。

「満足か?」

「勿論っすよ。頭がとても軽くなって、首筋がスースーして、慣れるのに時間がかかりそうですが。」

 

 数日後。

「噂は本当だったんだな、シィー。髪を切ると弱くなるってのは、迷信じゃなかった…。」

「俺は、愚かだったと思っています…。でも、これで誰も髪の毛を馬鹿にしなくなると思いますよ…。」

「そうだな。」

 他の盗賊団との戦いになった。いつもなら、簡単に倒せるような雑魚相手にシィーは大怪我をしてしまった。彼は右足の先を失い、左手が使えなくなった。ジオルク団長の右腕は、もういなかった。

 

 こうして、彼のお話は、妖魔界の人達に伝えられていった。髪を切ると弱くなると…。ただ、話によって彼の髪の長さは、腰から巨人の背までいろいろな長さに脚色されたが。

 

 4 シーネラル、その後。

 ここは、第二者ザンのお城の番号つき部下の仕事部屋。フェルが不満そうな顔でジオルクに愚痴をもらしていた。

「絶対にあの馬鹿がザン様に勝ったなんて、思えないっ。」

「まだ言ってるのか?」

 ぶうぶう言うフェルに、ジオルクはうんざりしながら答えた。

「だって、だって。あの怠け者のこうもりが…。」

「確かに仕事は“全く”していなかったが、訓練はしていただろう。」

「訓練だってしていなかったです。」

「最初はな。」

「むぅー。」

 フェルは、トゥーリナが第一者になったのが納得出来なくて、今更ながら不満たらたら。そこへ、

「ジオルク様、リーロ様が呼んでます。」

 元ギンライの、今はザンの二者リーロの秘書が部屋に入ってきた。

「あっ、秘書だ。」

「フェル様、何度も言いますが、僕の名前は秘書ではなくて…。」

「だって、秘書って何なのか分からないし…。あの生意気な堕天使は教えてくれなかったし…。」

 ザンがトゥーリナに、ギンライの二者を寄越せと言った後、やって来たリーロは、自分に秘書をつけて欲しいと言った。でも、頭のいいジャディナーすらも、それがどんなものなのか分からなかった。それで、電話でターランに訊くと、

「何で俺が貴女達に教えなきゃいけないんですか?」

 文句を言われただけで、教えてもらえなかった。

「知らないなら、俺に訊いて下さいよ。」

 皆が悩んでいると、リーロ本人が説明してくれた。説明は的確だったのだけれど、教えられた側の知識不足で、結局誰も正確な意味は分からなかった。それで彼は、皆から秘書と呼ばれる羽目になった。

「秘書の意味が分からないのと、僕の名前を覚えてくれないのは関係ないと思うんですが…。」

「でもさぁ、秘書なんだから、秘書でいいじゃない。」

 フェルが秘書をからかっていると、ジオルクが言った。

「そんなことより、リーロは何で俺を呼んでる?」

「あ、それがですね、今日やって来た部下希望の人が、何でもジオルク様の知り合いとかで、会いたいそうです…。」

「俺の知り合い…?」

「シーネラルという名前だそうです。」

 ジオルクはそれを聞くと、秘書を突き飛ばして、応接室に飛ぶように走って行ってしまった。

「???」

 年の功でいつもは冷静なジオルクの過激な反応に吃驚している秘書を横目で見ながら、フェルはふとその名前を思い出した。

「え、もしかして伝説の…?」

 

 リーロがそのシーネラルと話していると、応接室の扉が乱暴に開けられた。

「あ、G!」

「シィー!」

「お久しぶりっすね。ジオルク団長。」

 そう言って立ち上がって微笑んでいるのは、シーネラルだった。

「どうしたんだ、シィー。お前、ブッケラ家に婿入りしたんじゃ…?」

「あー、そう言えば、エスの奴が団を解散する時、俺は、そんなことを言いましたっけ。」

 シーネラルは頭を掻きながら、「王族の娘が孤児と結婚してくれると思った方が馬鹿で…。」

「ふられたのか?」

「…はあ、まあ。…それから、傷心の旅に出て、ついでに妖魔界を全て見てやろうと思って、放浪してたんすよ。」

「そうか。」

「それから、TVでザンが第二者になったのを知り、Gが部下となったのを風の噂に聞いて、会おうかと思って…。」

「随分かかったな。」

「妖魔界一周している最中だったもんで。」

「また…髪を伸ばしたんだな。」

「ええ。ただし、面倒にならないようにこの長さですけどね。」

 シーネラルの髪は、脹脛(ふくらはぎ)ほどの長さだった。

 

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