妖魔界

29 髪のお話シリーズ1

 1 トゥーリナ達

 久しぶりに暇なある日。トゥーリナはのんびりしていた。いつもデスクワークばかりで体をあまり動かせないので、ついさっきまで、ターランといい汗を流し、さっぱりした所だ。

「トゥーリナって、爪も髪も長すぎだわ。」

 腰まである長い髪を乾かしていたトゥーリナに、百合恵は言ったのだった。

「後ろからいきなりなんだ?」

「切ったらと言ってるのよ。」

「うるせえな。これは意味があってやってるんだ。口出しするな。」

「どんな意味があるのよ?男の癖にこんな長いのなんて…。」

「あのねえ!お前がいた日本と違って妖魔界では、長髪の男は普通なんだよ。」

 ターランが黙っていられなくなって口を挟んだ。「それに!長髪にすると強くなるんだよ!」

「なんで髪の毛の長いのが影響するんですか?」

 百合恵はターランを見た。ターランは不機嫌な顔で彼女を睨みつけている。

「お前もここに住んで長いんだから、気は分かるよね?」

「…ええ。超能力みたいな力ですよね?」

「長い髪はそれに力を与えるんだ。はっきり説明しろと言われても、俺も聞きかじっただけだから詳しくは分からない。」

「それじゃあ…。」

「ただし、こんな逸話がある。巨人の身長くらいある長髪の男が盗賊団にいた。そいつは、切るのが面倒で伸ばしていたけど、維持するのも面倒になってきて、ある日、ばっさりリトゥナ位までの短さにした。」

 ターランはリトゥナの髪に触れながら言った。「そいつはその盗賊団では1・2を争う実力の持ち主だった。それなのに、切った次の日の戦で、いつもなららくらく倒せる筈の敵に負けた。」

「そ・そんなに影響するんですか?」

「そうだよ!何も知らないくせに、自分の考えを押し付けるなよ!」

「何も知らないからこその言葉だろ?あんまり責めるな。」

「分かったよ。でも、トゥーは甘いよ。百合恵に言いたい放題させて…。」

「止めさせる前にお前が邪魔したんじゃないか。」

「…ごめん。」

「ま、いいさ。百合恵もお前の説明で理解したんだから。」

 ターランの頬が嬉しそうに染まった。トゥーリナはそんな彼に気づかれないようにため息をつくと、百合恵を見た。「と、言うわけで、ケツ叩いてやるから、こっちへ来い。」

「なんでそうなるの?」

「前に言ったろ?俺がお前の言う通りにするんじゃなくて、お前が俺の言う事を聞くんだ。」

「覚えてるけど…。」

「お前は俺に命令した。」

「命令まではしていないわ。」

「そうだな。でも、お前はまだ自分の立場を分かってない。ちゃんと教えてやるから、こっちへ来いと言ってるんだ。」

「すぐぶつんだから…。」

 百合恵は諦めない。お尻を叩かれるのが嫌だから。

「愛してるからさ。」

「そんな愛情表現はいらないわよー。」

 ふぅ。トゥーリナは、またため息をつくと、百合恵を抱き寄せ、膝にうつ伏せにした。スカートを捲り上げる。彼女が抵抗して、お尻を押さえた。彼はその手の甲を一つ叩いた。諦めた彼女が手を引っ込めた。

「いい加減に、自分から動いた方が楽だって覚えとけ。」

「そんなの!お尻を叩かれたいみたいじゃない。」

「そうだったら、そうしろと言うと思うか?」

「…言わないと思うけど…。や、痛い!」

 トゥーリナは暴れる百合恵を押さえながら、パンツの上からお尻を叩き出す。

「下着は下ろさないのかい?」

「そんなに悪くないからいい。」

「君って本当に甘いね。」

「五月蝿く言ったって、百合恵が従わなくなるだけさ。」

「僕には中途半端に思えるけど、君の妻は君のやり方で躾る方がいいんだろうねえ…。」

 ターランは、はーっと息を吐いた。『俺が死ぬほど望んでいるものをお前は楽々と手に入れて、しかも嫌がるなんて、さ。泣かされてしまえ。』心で百合恵に毒づいた。

 

「ほら、コーナータイム。」

 トゥーリナは百合恵を膝から下ろして立たせると、背中を軽く押した。

「あー、痛い…。」

「痛くなきゃ意味ないじゃないか。」

「そうだけど…。」

 百合恵は文句があったけれど、言うのは止めておいた。言った所でまた叩かれるんだし…。

 

 コーナーが終わった後、百合恵はふと思い出した。

「そう言えば、髪は聞いたけど、爪は教えてくれてないわよ。」

「爪も一緒さ。戦うために伸ばしてる。」

「かえって邪魔に思えるけど…。」

「そんなことないぞ。立派な武器だ。」

「そう。つまり何も変わらないのね…。」

「いつか引退したら、髪も爪も切るさ。」

「あら、そんな気があるの?」

「俺の変わりが出たらな。それまでは無理だぞ。」

「そう言えばあなたって、今の仕事を止めたかったのよね。どうして続けているの?」

「もう止めたいけど、誰かさんとザンが止めるなって五月蝿いんだ。」

 トゥーリナがターランを見ながら言った。

「そうなの。」

 百合恵もターランを見た。

「何だよ。原因は俺だけじゃないんだからね!」

 ターランは不機嫌な声を出した。

 

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