妖魔界

19 娘ディザナとアトル

「お母さーん。お願いだから。ね、いいでしょ?」

 ディザナは、母ザンに嘆願する。ディザナは母のように強くなりたかった。

「駄目だ。俺が鍛えるのは、部下だけだと何度も言ってるだろ。これ以上我が侭を言うなら、尻叩きだぞ。前に言ったよな?また駄々こねたら、尻が真っ赤になるまで叩くって。」

 ザンは冷たく言い放つ。が、内心は可哀相だと思っていた。他の子供なら、母親からのお仕置きは受けないのに、ディザナは違うのだから。優しいお母さんがいない。言葉だけでも充分怖いお父さんと、お尻を叩くお母さん。仕方が無いが、不憫だと思う。

「どうしても駄目?お母さんだって娘が部下になったら役に立つと思わない?女の子がいた方がいい事だってあると思うの。相手の人だって女の子だったら油断するかも…。」

 ディザナが明るく言いかけるのをザンが大声で遮った。

 「その考えが甘いっ。戦に女も子供もねえんだぞ!…女だから余計に酷い目にあわされたりする事だってある。経験しそうになった俺が言うんだから、間違いない。特にお前みたいな可愛い娘なんか見たら、男どもが…。」

 言いかけて慌ててやめる。娘はまだ子供だ。変な事は言えない。

「と・とにかくだ。駄目と言ったら駄目だ。分かったら、部屋へ戻ってアトルと遊んでいろ。」

「いやっ。お母さんの意地悪っ。けちっ。ばかっ。大っ嫌い!!」

 ザンはこれを聞くと物も言わずディザナの腕を掴み、彼女を引き寄せた。廊下を歩いている所を呼びとめられたので、座る場所が無い。ザンは片膝をつくと、娘を抱え込み、ドレスの裾を捲り上げ、パンツを足首まで引き下ろした。

「我が侭と悪口の罰で、真っ赤になるまで叩くからな。数は決めない。」

 それだけ言うと、すでに泣き始めている娘のお尻に手を振り下ろし始めた。「我が侭を言うなと言ったろ。戦うって言う事は、命のやり取りをするって事なんだぞ。いつも、死と隣り合わせだ。ほんの少し気を抜いただけで、冷たくなって死ぬんだぞ。どんなに強くなってもだ。」

 ザンは言いながら、お尻を叩く。泣きじゃくりながら、ごめんなさいを言っている娘を叩くのは辛かった。本当なら、父親の役目なのに。何度も何度も叩いて、やっとディザナのお尻が真っ赤になった。火のついたように泣きながら、それでもまだ、

「強くなりたいだけなの…。怖いから、喧嘩なんかしなくていい…。」

 と言っているディザナをザンはもう叱れなかった。父親なら、分かるまで叩くんだろうけど…。

「…分かった…。そんなに言うなら、ちょっとだけだぞ…。ただ、ジャディナーに言うなよ?俺もお前も鞭食らうからな。」

 可哀相でつい言ってしまった。

 

 タンクトップに半ズボンのディザナは、お尻の痛みも忘れ、飛び跳ねていた。楽しいものではないけれど、お母さんのように強くなる為だから、我慢できる。嬉しさではちきれそうだった。

「喜んでいる場合じゃねえだろ。言っとくけど、俺も攻撃するからな。甘えるなよ。」

 ザンは構えながら、厳しく言った。

 

「いい汗かいたな。お前、なかなか見所あるぞ。もしかしたら、本当に第一者になれるかもしれないぞ。」

「えっ?本当!やったあ。嬉しい。」

 ディザナは嬉しくて大きな声を出す。凄く嬉しい。と、その時。

「それは喜ばしい事だな、ディザナ。女の子がそんなに顔を腫らしているっていうのに。ザン様も誇らしいでしょう?息子が生まれなくても、後継ぎの心配がなくなって。」

 背後から、ジャディナーの妙に優しい声がした。ザンとディザナの汗で上気して赤くなった顔から、見る見る血の気が引いていく。

「ジャディナー…。」

「お父さん…。」

 二人はそれしか言えなかった。

 

「ジオルク。おめぇは俺の部下だよな?な?じゃあ、おめぇは俺の、第一者であり、上司である俺の尻なんか叩けないよな?そうだろ?」

 ザンは部下のジオルクへ言った。無駄な抵抗なのだが、つい言いたくなる。

 なんとか部下を説得しようと試みている妻へ、ジャディナーは厳しく言った。

「ジオルクさんを困らせてどうするんですか!悪いことをして、罰から逃れようとするだけでも充分重い罪なのに、権力をかさにしてさらに罪を重ねる気ですか。」

「だってよぉ、ディザナがあんまり可哀相になってきちまって…。仕方なかったんだ…。」

「辛いのは分かります。でも貴女は他の母親よりずっと精神的にも強い筈です。耐えられないことは無いと思います。それにそれと、罰から逃れようとして、力を振りかざすのは関係ありません。」

「そうだけど…。でも…。」

「観念して、お尻を出して、ジオルクさんの膝に乗って下さい。いい加減にしないと、鞭で打ってもらいますよ。」

「分かった。乗るから、鞭は勘弁してくれ。」

 ザンは慌てて言うと、ズボンとパンツを膝まで下ろして、ジオルクの膝にうつぶせになった。

「ジオルクさん、わたしがいいと言うまで叩いてください。」

「分かりました。」

「数はー?」

「素直にお尻を出さなかったので、言いません。」

「そんなあ…。」

 文句を言いかけたザンを無視するとジャディナーは言った。

「始めて下さい。いつもより強くお願いします。」

 ジオルクは、まだ文句を言いたそうなザンのお尻を叩き始めた。彼は、ザンの最初の部下であり、エッセルが盗賊をやっていた時、彼の部下だった。エッセルがフェルを連れたルティーと結婚する為に盗賊を解散した後、第二者になったばかりのザンの部下募集の広告を見つけ、この城へやってきた。その部下の面接には大きくなったフェルもいた。

 ジャディナーがザンと結婚した時から、彼の代わりにザンのお尻を叩いてきた。複雑な気持ちにさせられるが、ジャディナーが、「ザン様もあなたのお仕置きなら、文句は言わないはずです。」と言い、実際にザンの態度が変わる事が無かったので、そのまま続けている。

「ジャディナー、ごめんなさーい。」

 ザンは泣き始めた。ザンのお尻が桃色から赤へと変わってきていた。

 

「もう少ししたら、ディザナちゃんもお尻を叩かれるんですの?」

 ザンの奴当たり奴隷のアトルが言った。ザンは鬼なのでその性質として気が荒く、すぐ部下に手を出すので、それでは部下がいなくなると買ってきた奴隷がアトルだった。奴当たりをするためなので、男の子を買うつもりだったのだが、アトルが可愛かったので、ディザナの友達になるかとも思い、彼女にしてしまった。

 ジャディナーは、友達を殴られるなんてディザナが可哀想だと言ったのだが、返してしまうと余計可哀相だとザンが言い返して、結局そのままここにいる。

「うん…。どうしていけないのかなあ…。男の子はいいよね。何しても怒られないもん。」

「その変わり、強くなって女の子を守れって鍛えられますわよ。大人しくしているのが好きな子でも。」

「そっかあ。そうだよね。どっちでも、皆と違う子は辛いんだよね。…それより、お母さんに殴られたとこ、まだ痛い?」

「たいした傷ではありませんわ。今日ディザナちゃんも殴られたんでしたわね。どうでしたの?」

「わたしのはそんなに強くないよ。強くなるための喧嘩で殴られたんだから。アトルちゃんと違うもの…。」

 落ち込んできて、ディザナは俯いた。アトルが慰めようと、自分の手に彼女の手を重ねた。

「ご主人様は優しいから好きですわ。下心なしに愛してくださったのは、ご主人様が初めてですの。私、嬉しいんですのよ。言葉を教えて頂いたし、こんなに綺麗な服も着せてもらえます。それと、私が大人になったら、奴隷の印を消してくださると約束してくれました。ディザナちゃんともお友達になれましたわ。ご主人様に殴られるのは、奴隷としてのお仕事ですから気になりませんの。ディザナちゃん、私は今までこんなに幸せになったことは無いのです。間違ってもご主人様を恨まないで下さいね。」

「アトルちゃんがお母さんに感謝しているのは分かってるよ。ただね、時々、アトルちゃんも女の子だし、わたしより2つしか年上じゃないのに、奴隷だったり、お母さんに、何にもしていないのに、殴られたりしなきゃいけないのが嫌になっちゃうだけなの。」

「それがお仕事ですし、わたしが奴隷なのは生まれた時に捨てられていて、孤児院へ行く変わりに売られたからです。わたしは何にも気にしていないのですから、ディザナちゃんは心を痛めなくてもいいのですわ。」

「うん…。わたし、お母さんに文句を言ったら、アトルちゃんがいなくなっちゃうかもしれないから、言わない様にしてるの。…お父さんがすぐ言うんだよね。“ディザナに悪影響を与えるから、…”」

「“…アトルは奴隷商人に返した方がいい。”お父さんは間違った事を言っていないぞ、ディザナ。」

 また背後で声がして、ディザナは飛びあがった。アトルは戸の方を向いて座っていたので、ジャディナーが、ザンの部下アゲハ蝶のぺテルと一緒に入ってきたのが見えていた。

「びっくりしたあ。…お父さん、どうしてノックしてくれなかったの?」

「ノックしたぞ。お前が夢中で話していたから、聞こえなかっただけだ。」

「わたしは聞こえましたわ、ディザナちゃん。」

 アトルが言うと、ジャディナーは彼女を睨み、

「アトル、これからディザナのお仕置きをするから、部屋から出ていくんだ。」

 冷たく言い放つ。彼は、アトルを認めていないので、冷たくしている。しかし、奴隷のアトルを差別をしているわけではない。

「分かりましたわ、ジャディナー様。」

 アトルはそう言うと部屋を出た。彼女だけでなく、他の人達からもジャディナー様と呼ばれていたが、ディザナは、そう呼ばれて、偉ぶった態度を取り出したら困るとジャディナーが言ったので、ちゃん付けで呼ばれていた。ただ、ディザナ様と呼ぶ人がいない訳ではない。

 ぺテルはディザナのパンツを下ろして、ソファに座り、ディザナを膝にうつぶせに寝かせた。彼はディザナのドレスの裾を捲くり、ザンに叩かれた赤みがまだとれていないお尻に手を乗せ、ジャディナーに聞いた。

「いくつ叩くんですか?ジャディナー様。」

「25回にします。いつもと同じ力でお願いします。」

「分かりました。ディザナちゃん、頑張ってね。」

「…はい。」

 他に答えようが無くて、ディザナは返事をした。ぺテルは微笑むと、手を振り上げた。

 ぱちん、ぱちん。ザンが叩かれたよりはかなり小さな音だが、ディザナは母と違ってすぐに泣き出した。

「ごめんなさい。痛い。もう、強くなりたいと言ったりしません。痛い。」

「ザン様も本当はお前に、女の子らしくして欲しいと思っているよ。ただ、子供が自分のようになりたいと言ってくれるのが嬉しくて、ついお前を鍛えようとしたりするんだ。お前も覚えているだろう?エケレナが部下になりたいと言ってきた時に、お母さんが酷く反対したのを。結局どんな目にあってもいいと言ってただ一人の女性の部下になってしまったけど。」

「はい…。今度から、お父さんの言うとおりにするわ。ああっ。痛いっ。」

「お尻が痛いから、そう言うのかい?」

「違う…。いけない事だから…。痛い…。」

「そうだね。それでいい。…ペテルさん、仕上げの5回はいつもより強くお願いします。」

「はい、ジャディナー様。」

 ぴしゃっぴしゃっ。少し強い音が5回響き、ディザナのお仕置きが終わった。

 

 ジャディナーとペテルが出ていくのを見計らってから、アトルは廊下の角から出てきて、ディザナの部屋へ入る。

「痛かった?大丈夫?」

「大丈夫だよ…。凄く痛かったけど。お母さんに叩かれたお尻がまだ痛かったから、余計辛かったわ。」

 アトルはベッドにうつぶせに寝ているディザナの背中を撫でた。

「ご主人様が、女の人と男の人が同じ高さになれるように頑張っていますけれど、そうなったら、ディザナちゃんは体を鍛えても、女の子らしくないと叱られなくなると思います?」

「わかんないけど、そうなるまでには、凄く時間がかかるってお母さんが言っていたよ。学校は全ての子供が勉強出来る様になるために作るけど、本当は女の子や男の子が同じ所に立つための教育をするんだって。でも、上手くいったとしても、わたし達が大人になるまでくらいの時間がかかっちゃうよ、きっと。お母さんは仕事をやるのが嫌いだもん。」

「そうですわね。ではやはり、ディザナちゃんは、女の子らしくするしかないようですわ。」

「お母さんに、仕事をすっごく頑張ってって言おうよ。」

 ディザナがふざけて言うと、アトルは笑い出した。ディザナも笑う。彼女は、お母さんみたいになれないのは少し寂しかったけれど、このままでも充分幸せなのは確かだった。

 

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