妖魔界

11 フェルの過去

 ザンのお城のおちゃらけ担当、狐のフェル。今回は彼がどうして今のようになったかのお話である。

 ここはフェルが住んでいた名も無き村。畑仕事を終えた少年たちが、深夜の裏山で体を鍛えていた。いつまでも帰ってこないフェルを連れ帰りに来た父エッセルは、フェルを掴まえて言った。

「いい加減にしろ。何度言ったら分かる。下らねえ夢は捨てて、村で生きていきゃいいんだ。」

「絶対に嫌だ!!僕は、お父さんの言いなりになんかならない!」

 フェルは、エッセルの命令で嫌々伸ばしている腰までの長髪を振り乱し、怒鳴る。「僕がどんな生き方をしようが、お父さんには関係ないっ。」

 妖魔界の普通の男の子なら、誰でも第一者になる夢を見る。広大な妖魔界を支配する絶対の権力と、誰にも負けない力と頭脳。第一者は、憧れの的だ。

 フェルや裏山で体を鍛えている男の子達もその夢を捨てずにいる。フェルを叱りつけるエッセルだって、他の男の子達の父親だって、皆そうだったのだ。大人になってその夢がただの夢だと悟るのだ。

 父に怒鳴ってしまった後は、いつもの通りだった。その場でお尻を出され、力一杯叩かれた。とても痛いけれど、恥ずかしくはない。他の少年達も、同じく連れ戻しに来た父親たちに捕まり、同じ目にあっていたから。

 フェルは、家に帰ってきてから、鞭で叩かれた。エッセルは、孤児院で虐待された記憶から、鞭を使うのを酷く嫌う。今の妖魔界は、お仕置きに鞭は当たり前なのに、エッセルだけは平手で叩くので、フェルは他の子供達から羨ましがられていた。

 フェルは、お尻を撫でながら布団に丸くなる。鞭が嫌いなエッセルは、鞭を使わなければならない状況になると、機嫌が悪くなる。奴当たりされるので、本当は余り父を怒らせたくない。でも、第一者になる夢は捨てきれない。たとえ父が恐ろしい話で、彼を含めた仲間達を脅そうとも。

 

「もっと、丁寧にやれ!」

 エッセルは、フェルを怒鳴りつけた。妖魔界の野菜の生育は、とても手間がかかる。だから、大きな畑で手広くなんて無理な話だ。村人は、人間の酪農家から見たら、猫の額ほどの狭い畑で、わずかな野菜を育てている。

「ごめんなさい。」

 フェルはそう言ったが、父の平手がお尻に飛んできた。抱え込まれて、何度も叩かれた。

「小せえガキじゃねえんだぞ。真面目にやれ。」

「はい。」

 フェルは屈み込むと、また、畑仕事に取りかかった。

 

「お前はいいよなあ。親父、鞭で叩かねえもんな。」

 深夜。盗賊になる為に体を鍛えている男の子達は、日が燦燦と照るまぶしい夜中に裏山に集まる。ある程度時間が経つと、父親達が遅い時間に遊んでいると、彼らを連れ戻しに来る。大抵の子は、その場で剥き出しのお尻を鞭打たれるが、同じ打たれてもフェルは平手なので、ちょっと妬まれている。

「手だって痛いよ。お父さんは力があるから。」

 フェルは言った。「なんたって、元盗賊なんだから。」

 それだけ言うと、フェルは訓練を始めた。

「何十人って殺してんだろうな。」

「いつもおっかねー話するしなー。」

「あれは止めて欲しい。」

「馬鹿だな、お前。あんな話怖がってたら、盗賊になんてなれねーぞ。」

「だってよー、いつも生々しい話するんだぞ。夢に見そうだ。」

 皆が話をしている側で、フェルは、黙々と訓練を続けていた。眩しくて少しくらくらするが、盗賊の活動は大抵皆が寝静まった夜だ。だから、皆こうやって夜中に訓練に来る。

「フェル、お前さあ、皆がお前の親父の話をしてんのに、少しは話しに加わろうとは思わねーのかよ?」

「暗い奴だよなー。」

 何を言われてもフェルは、黙って訓練を続けた。父親達が迎えにくるまでのわずかな時間が惜しいと思う。

 

「こんなに赤くなっちゃって。」

 次の日の昼間。フェルは、母ルティーと一緒にお風呂に入っていた。ルティーはフェルの赤く張れ上がっているお尻をそっと撫でた。

「…僕、どうしても第一者になりたいんだ。」

「わたしは、あなたに人を殺すような人になって欲しくないわ。エッセルの言うように、村で平和に生きていく方がずっと楽しいと思うの。」

 ルティーは、フェルの背中を流しながら言う。毎日の様にエッセルにお尻を叩かれているフェル。ルティーは、夫と息子に心穏やかに過ごして欲しかった。

「僕は人殺しになりたいんじゃないよ。ただ、偉い人になって、もっと妖魔界を良くしたいんだ。盗賊に怯えながら過ごさなくてすむようにしたいんだよ。」

「村には、エッセルも神父様もいるわ。少なくてもここにいる限りは、悪い盗賊を恐れる必要はないのよ。」

「僕は、妖魔界全ての人にそう思って欲しいんだよ!」

 

 夜。夫婦の寝室。ルティーとエッセルが、フェルについて話していた。

「フェルには、何を言っても無駄よ。今日説得してみようとしたんだけど…。」

「あいつには第一者になれる程の力量はねえ。どんなに鍛えても、無駄なんだ。」

「フェルはそれを理解しようとしないじゃない。何とかしてよ、エッセル。嫌よ、わたし。あの子が知らないうちに家を出て行くのは。」

「今のあいつは、野宿すら出来ねえぞ。」

 妖魔界で野宿が出来ると言ったら、尊敬される。妖魔界で旅をするには、武術に長けている必要がある。盗賊達に殺されてしまうからだ。

「フェルは、もっと簡単に考えているわ。あなたが盗賊達をあっさり殺しちゃうから。」

「…。」

 エッセルは、ルティーの言葉に考え込んだ。

 

 次の日の夜中。エッセルは、家を抜け出していつもの訓練をしている男の子達の所にいた。フェルのお尻を散々ぶった後、エッセルは、男の子達へ言った。

「お前等、今自分がどれほどの力があるのか分かっているか?…野宿が出来る自信がある奴は?…そうか。自信家ばかりだな。」

 エッセルはため息をつく。皆おんなじだな、と。かつての自分もそうだった。ジオルク率いる盗賊団へ入れてもらった頃、無茶な戦い方ばかりをしていた。自分に絶対の自信があったから。その自信が崩れるまでにたいして時間はかからなかったけど。

 エッセルは、素早く手を動かした。そして言った。

「今の動きが見えた奴は?」

 誰も返事をしない。「フェル、お前は?」

「…。」

「今俺は、凄くゆっくり手を動かした。こんな動きも分からないなら、野宿なんて、到底無理だ。」

「本当に手を動かしたの?」

「フェル、お前親父を馬鹿にする気か。…何だ?お前等も信じていないのか?仕方ねえな。明日神父様や分かる奴の前でやってやる。」

 

 数ヶ月後。フェルは、父に声をかけた。

「お父さん。ずっと前僕達に、凄く早く動いて見せてくれたよね。あの時僕達は、誰も見えなかった…。」

「そんな事したな、そう言えば。…それがどうした?」

「もう一回やって見せて。今度は分かるから。」

 エッセルは振り返って、息子の顔を見つめた。

 

「余計な事すんじゃなかった。変な自信をつけさせちまった。」

「どうしたの?」

「やべーよ。フェルの奴、もう、野宿できるだけの力をつけやがった。」

 エッセルの言葉に、ルティーは青くなった。

「そんな…。じゃあ、フェルが出て行っちゃうの…?」

「そんな事絶対にさせねえ!大丈夫だ。あいつには、まだ何も言ってねえから、分からねえ筈だ。」

 エッセル達が寝室で話している言葉をフェルは無言で聞いていた。

 

 数日後のお風呂に入る時間。フェルは、母に後ろから抱きつきながら言った。

「お母さん、今日も一緒にお風呂に入ってくれる?」

 フェルの言葉にルティーは、うなずいた。

「フェルったら、甘えんぼさんね。」

 ルティーは、微笑むとフェルの体を抱き締めた。フェルはまだ70歳だった。人間で言えば、13・4歳くらいだろう。子供というには大きいが、大人にはまだ早い微妙な年齢だ。『こんなに幼いんだもの。心配する事ないわよね。』

 お風呂へ入ると、ルティーはフェルの背中を擦り始めた。

「ねえ、フェル。あなたはこの頃、とてもいい子にしているわ。やっと平和になってくれて、わたし、とっても嬉しいのよ。」

「お母さん、今度は、僕がお母さんの背中を洗ってあげるよ。」

「有り難う。」

 フェルは母の背中を擦り始める。ルティーは気持ち良くて目を閉じた。途中、一瞬だけフェルの手が止まったが、ルティーは気にしなかった。

 

 次の日。畑仕事が一段落した後。煙草に火をつけようとしたエッセルの前に、フェルが立った。

「お父さん。今まで悪い子でごめんなさい。僕、凄く悪かったって反省したんだ。お父さんの言う事を聞かないで馬鹿な夢ばかり見てた。」

 フェルは、エッセルに抱きついた。エッセルは、ほっとして、息子を抱き締めた。

「いいさ、男なら誰だってそんな憧れを抱くもんさ。でも、諦めてくれて、正直ほっとしている。」

 フェルの体が少し震えた。エッセルは、フェルが自分に叱られるのを恐れているのだと思った。

 

 その夜。エッセルとルティーは、安心して床についた。

 

 次の日の朝。ルティーは、フェルを起こしに、フェルの部屋の戸を開けた。

「おはよう、フェル。」

 その頃、エッセルは、下の子供達へ服を着せていた。エッセルには、フェルの他に娘と息子が一人ずついる。

「ほら、少し大人しくしろ。」

 エッセルは、裸で走り出そうとする息子を押さえつけた。そうしている側で娘がこの服は嫌だと泣いて暴れる。お尻を叩いてやりたいのを堪えながら、娘をなだめる。と、その時。

「嫌あああーっ!!!」

 愛妻の絶叫に、エッセルは立ち上がると、光の早さでルティーの元へ駆けつけた。

「どうした、ルティー!」

 フェルの部屋に飛びこんだエッセルは、ルティーが無事なのでほっとした。

「…。」

 ルティーは、エッセルにしがみつく。何か言いたいらしいのだが、言葉にならない。エッセルがルティーを落ち着かせる為に、ぎゅっと抱いて背中を撫でた。少し落ち着いたルティーは、床を指差した。ルティーの差す先には、1枚の紙切れが落ちていた。

「?……!!!」

 エッセルは紙切れを拾った。それには、フェルの別れの言葉が書かれていた。エッセルの膝から、力が抜けた。

 

 数十年後。フェルは、真新しい城の前に立っていた。フェルの周りには、ごつい男達がざわめいている。この城で、今日から第二者ザンが部下の面接を行うのだ。

「何としても受からなきゃ。」

 フェルは呟いた。家を飛び出して、何十年も経っていた。子供だったフェルは、既に大人の仲間入りをしていた。ここにいたるまでに色んな事があった。何度も死にかけた。しかし、家に帰りたいとは思わなかった。

「おめえみたいなこまけえガキが、ザン様の部下になれると思ってんのか?」

 耳ざとい男がフェルの髪の毛を掴んだ。「この長髪!ドレスでも着てた方がお似合いだぜ!」

 フェルは、物も言わず山のような男を刺し殺そうとした。が、ナイフを持った手をぱんっと叩かれた。

「二人とも止めろ。」

 フェルの手を叩いたのは、男の格好をした少女だった。「くだらねえ争いをするな。」

「女の子が男の戦いを邪魔するんじゃない!」 

「ただのガキの喧嘩が男の戦い?笑わせてくれるぜ。」

 少女が言った。フェルがかっとして怒鳴ろうとすると、周りにいた男達がこちらの様子に気付き、騒ぎ出す。

「ザン様……!!」「ザン様だ…。」

 その声にフェルは、目を見開く。

「ええっ!!こ・この人が…!?」

 

「おめえらは、今日から俺の部下だ!」

 山のような男達の前で、第二者ザンは、大きな声で言った。「俺の部下になったからには、俺がびしびし鍛えてやるから安心しろ!おめえらは、限界まで強くなれる。」

 ザンは面食いである。選別された逞しい男達の中に、明らかに顔だけで選ばれたと思われる美青年達がちらほら見える。フェルは多分後者だった。ついでにあの男もいた。

 

 ザンの話が終わり、割り当てられた部屋へ向かうフェルに、あの男が声をかけてきた。

「お前は、力は大してねえし、顔は半端だし、何で選ばれたんだろうな。」

 無視して歩こうとするフェルの髪を男が掴む。「ちょっと待て。」

 かちんと来たフェルは、男に、父から教えられた爆発する植物の種を投げた。ぼんっ。種は男にぶつかり弾けた。

「うわっ、何しやがんだ。…ん?この技は、もしかして…?」

 男は、今度はフェルの肩に手をかけた。「危ねえな、ナイフを振り回すな。…お前、エッセルの息子か?」

 怒りのままにナイフを振り回していたフェルは、父の名をきいて、手を止めた。

 

「お前があの時の赤ん坊か!あの頃はまだ狐の姿だったもんなー。」

 男の名前は、ジオルク。エッセルが孤児院から解放された後、入れてもらった盗賊団の頭。その後、力をつけたエッセルに頭の地位を譲り、エッセルと共に力をつける事のみを目的とした盗賊団を続けた。

 盗賊には2種類ある。城などを襲うその名の通りの集団と、力をつけて名をあげる事を目的とする集団。ジオルクの盗賊団は、後者だった。

 エッセルは、ルティーと知り合った後、盗賊団を解散した。そして、妻になったルティーとフェルを連れて、今の村で暮らし始めたのだった。

「エッセルはお前達の為に、盗賊団を辞めた。俺は冗談じゃないって、怒ったさ。でもなあ、エッセルの心は変わらなかった。それから、俺達も気が抜けちまって、解散して、ばらばらになったんだ。」

「お父さんの事を怒っています?」

「いや、俺はあいつを今のお前くらいの時から見てやっていたが、いい奴さ。そうじゃなきゃよく尻を叩いてやったガキを自分達の頭になんてしなかった。あいつに会って、積もる話でもしたいな。落ち着いたら、行ってみるか。」

 家を飛び出してきたと言えないフェルは、曖昧な笑みを浮かべた。

 

「おめー、暗いな!少しはべらべら喋ってみろ!」

 ザンはフェルの肩をばあんと叩いた。ザンの部下は1ヵ月も経たないうちに、半数以下に減っていた。訓練の厳しさと、貧しすぎる生活のせいだった。ザンの仕事嫌いが酷過ぎて、まともにお金が入ってこず、お城では食事が出来なくなった。給料も出ないので、外で食料を調達しなければならなかった。電気もつかず、お風呂も無理。お城には、寝る所しかないという有様になってしまった。

「ザン様、あの…、もう少し楽に暮らせないものでしょうか…?」

「何言ってる。立派な部屋があるじゃねえか。贅沢言うな。これだから、お坊ちゃまは困るんだ。」

「僕は村育ちで、家を出た後、何十年も野宿をしてきました。お坊ちゃまじゃありません。…僕が言っているのは、ご飯も食べられない、お風呂も入られないと言った今のお城の生活についてです。」

「口を開いたと思ったら、御託を並べやがって。そんなくそ真面目な生き方じゃ、息が詰まっちまうぞ。少しは気楽に生きてみろ!俺のようにな。あははははははは。」

 フェルの言葉の意味が分からないのか、意図的に無視したのか、ザンは豪快な笑い声を上げて、そのまま行ってしまった。

「ふぅ。」

 フェルは、ため息をついた。「王女様みたいに綺麗な人なのに…。」

 

 ある日、フェルは、ザンに処理してもらう書類の束を持って、彼女の部屋の扉を叩いた。

「失礼しまーす。書類を持ってきましたからー。」

 片手で書類を持って、片手で扉を開く。書類は、天井すれすれの高さまであったが、重くはない。

「あのぉ、ザン様います?」

 足の踏み場もないほどの書類の山を書き分けて、ザンを探す。しかし、いない。フェルは深いため息をついた。またジオルクに叱られてしまう。

 フェルは、ザンの秘書をやらされていた。村育ちで大した教育も受けていないのに、秘書なんて土台無理な話なのだが、この城でまともに働いているのは、召し使いの女の子達と、ジオルクとフェルくらいのものなので、仕方ない。

 本来はザンがやらねばならぬ仕事をジオルクが片付けて、どうしてもザンでなければならない仕事だけをフェルがザンにやってもらうのだが、拝み倒すフェルを尻目にザンは遊びに行ってしまうのだった。

「あーあ、またお尻を叩かれちゃうよ…。」

 フェルは、泣きたくなってきた。秘書とは名ばかりの監視役が上手く出来ないと、ジオルクにお尻を叩かれてしまう。エッセルのお尻を叩いて育ててやったというジオルクは、フェルのお尻も遠慮なく叩くのだった。

「なーに、情けねえ声を出してんだよ?そんな情けねえ男なんて、誰が好きになってくれるんだ?」

「ザン様!」

 フェルの顔が輝く。これでお尻を叩かれなくて済む。この書類の山を少しでも減らしてもらわなきゃ!「良かったです。ここにある書類をですね…。」

「そんなのやりたくねーよ。」

「やってもらわないと、今月は、召し使い達の食費も出ないんですけど…。」

 部下達には厳しくて怖いザンだったが、女の子達にはとても優しい。こう言えば、いや、実際そうなのだが、少しは書類を片付けてくれるだろう。

「そうなのか?それは可哀相だ。仕方ねえなー。」

 ザンは嫌々ながら、1枚の書類を読み始めた。が、10秒も経たないうちに、投げ出してしまう。「あー、面どくせーっ。…いいっ、飯は俺がそこらから、狩ってくればいいだろ。」

「駄目です!絶対にやってもらいます!」

 フェルの言葉にむっとしたザンだったが、ふと、意地悪な笑みを浮かべて、フェルを見据えた。

「おい、フェル。どうやって、俺がやりたくねえ書類をやらせるつもりだ?ジオルクみたいに俺を殴ってみるか?」

 フェルが真っ青になる。しばらく前に、ザンのやる気のなさに腹を立てたジオルクが、ザンの頬を軽くだったが叩いたのだ。お尻ではなく頬を叩いたという事は、ジオルクがザンを男扱いした証拠なのだが、腹を立てたザンは、彼をめちゃくちゃに殴りつけて、全治数ヶ月の重傷を負わせた。

「そ・それは…。…そんな意地悪言わないでやって下さいよ!大体ザン様は、第二者としての自覚があるんですか?真面目に働く気がないんだったら、権力争いの座から退いて、村でも守っていたらいいじゃないですか!僕のお父さんはそうしています。」

 ザンはしばらく黙っていた。フェルがザンを酷く怒らせたのではと不安になった頃、ようやくザンが口を開いた。

「なかなかいい事を言うじゃないか。感心したぜ。こっちへこいよ。」

「は・はい。」

 フェルは戸惑いを覚えながら、ザンの側へ行く。と、腕を引っ張られ、ザンの膝へ横たえられてしまった。

「まーだ、3ケタ (年のこと)になったばかりのガキが、偉そうに意見してくれるじゃねえか。2度とそんな口がきけないようにしてやるっ。」

「僕は本当の事を言っただけです。おかしいですよっ。女の人がお尻を叩くなんてっ。」

「俺はその妖魔界の常識ってやつも無くしてえんだよっ。」

「だからってー、…あーっ、ごめんなさいーっ。」

 フェルは、恥を捨てて叫んだが、ザンは構わずフェルのお尻を出して、叩き出した。

 

 現在。

「ねえねえ、カタエルちゃあん。また、僕と楽しいお遊びしようねぇ。」

 フェルは、泣きじゃくる可愛い妻を肩へ担ぎ上げながら、言った。「カタエルちゃんと遊ぶのが僕は一番好きなんだよね。」

「ごめんなさい、フェル。お願いだから…。」

 カタエルは震えながら夫に言う。

「何泣いてるの?僕はカタエルちゃんと遊びたいだけなのに。」

「ああ、フェル…。」

 カタエルは、それ以上何も言えなかった。

 

 ザンにお尻を叩かれた後、フェルの中の何かが壊れた。怖い父親の監視から逃れた後も切らなかった長髪をばっさり切り落とし、村に帰ってきた今でも伸ばさないのは、変化の一つだ。

 ザンの城が落ち着いてから、初めて里帰りしたフェルを見たエッセルとルティーは、話し方も考え方も以前とはまるで違うフェルに、戸惑いを覚えたと言う。

 

「今日は、スカートを膝まで上げて、裏山まで歩く遊びをしようね。」

「そんなの嫌っ。恥ずかしくて死んじゃうわ。」

「あれえ、カタエルちゃん。そんないけない事言ってもいいの?」

「お尻をぶたれる方がいい。」

「じゃあ、真っ赤なお尻になったカタエルちゃんを皆に見てもらおうね。」

「嫌あっ。お願いだから、そんな意地悪を言わないで。出来る事なら、必ず従うから。」

「カタエルちゃんは、我が侭だなあ。可愛いよ。」

 フェルは、妻を抱き締めた。フェルは、前の自分も今の自分も大好きだ。ザンは、尊敬する上司。今現在のフェルは、人生に不足なしといい気持ちでいる。いつも思いつめていたあの頃と違って。

 

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