妖魔界

10 ジャディナー

 トゥーリナが第一者を止めたいと言ったショックで、ターランがお城を飛び出して行方不明になっていた間に、ザンは第一者になった頃のお話。

「書類が溜まってきたあっ。あの頃に戻るのは嫌だよおっ。ペテルさあんっ、何とかして下さいぃぃっ。」

「あーあ、フェル君が壊れちゃったあ。」

 ペテルはくすくす笑いながら、抱きついてきたフェルの体を撫でた。「でも、普段の方が可愛いのにぃ。」

「あの馬鹿こうもりがネスクリを葬るし、生意気な堕天使が城を飛び出したせいで、仕事がちっとも減らないよぉっ。」

 ターランは仕事の上では有能だ。彼がいたからトゥーリナは、ザンがやらない第一者の仕事と本来の第二者の仕事をこなせていた。トゥーリナ自身には、ターランに面倒な仕事をやらせているから少しは楽だ程度の認識しかなかったが。そのターランがいない。しかも、ザンのお尻を叩いて仕事をやらせていたネスクリも今はもういない。だからこそ、ザンはトゥーリナに仕事を押し付けていたのだ。その皺寄せがザンの城にきていた。

「僕、お城が荒んでいた頃も結構好きだったんだぁ。だから、今そうなっても平気。」

「僕は嫌だっ。今は愛するカタエルも、子供達もいるっ。ペテルさん、ザン様のお尻を叩いて叱れるでしょ?」

「僕はね、可愛いものが好きなの。可愛いものの為ならザン様をぶつけど、そうでない時は出来ないよん。それに、ザン様は僕を治してくれたんだ。それなのにぶつなんて出来ないなあ。君が家族を守る夫として、頑張ってみたら?」

 ペテルはフェルを撫でながら言った。「可愛い奥様を苛めるだけが夫の仕事なの?君にとって。」

「違いますけどぉ。…恐れ多くてザン様のお尻なんて叩けません。」

 フェルは諦めて、ジオルクを見た。「ジオルクさあん…。」

「気色の悪い声を出すな。俺だって、何とかしたいとは思ってるんだ。でもなあ、俺はザン様好みの顔じゃないから…。」

「それは言えてる。」

 ペテルが笑った。「ザン様、面食いだもんね。ネスクリだから、大人しくお尻を叩かれていたのかも。」

「じゃあっ、このままお城が昔のように荒れていくのを黙って見ていろって言うんですかっ!?」

「くすくす。フェル君ったら、あくまで人にやらせたいんだ。」

 ペテルに笑われ、フェルの怒りで赤くなっていた顔が青ざめる。

「だ・だって、貧乏暮らしも嫌だけど、ザン様が怒るのも怖いから、嫌なんですよぉ。」

「もう。可愛いなあ…。」

 ぎゅっとペテルに抱きしめられながら、フェルはジオルクと顔を見合わせた。どうせなら、脳の手術の時にこの変な考えも取り除いてくれれば良かったのにと思いながら。

「あ・あのぉ。」

 3人が声のした方を向く。ザンの部下が、番号付きの彼らの不気味なじゃれ合いに恐れをなしたような顔で立っていた。

「どうしたのぉ?…君の顔は覚えがないなあ。フェル君には劣るけど、なかなかいいかも。」

 長い年月牢に閉じ込められていて、すっかり力が落ちている筈なのに、吃驚するような早さでその可哀想な部下を抱きしめるペテル。フェルとジオルクはその可愛いものに対する執着心は、ある意味尊敬してもいいかもしれないと思い直した。

「はあ…。俺が部下になったのは、あなたが牢に入れられた時からだいぶ経ってましたから…。…そんなことより、部下になりたい男が来ていまして…。」

「?なんで僕達に言うの?ザン様に言えば?」

 ペテルは不思議そうな顔をする。

「僕達の誰かが面会してから、ザン様に言うってネスクリが決めたんです。ザン様の手間を省くからって。」

「ふーん。…彼、性格は可愛くなかったけど、亡くしてしまうには惜しい子だったね…。」

 ペテルは感慨深げに言った。

 

「で、俺に判断しろと。」

 ザンは面倒そうにフェルに言った。「今、俺は物凄く忙しいんだが。」

「知ってますぅ。けど、その人、ザン様に会う資格があると思えたので…。力はないですけど、でも、絶対会った方がいいです。」

「?」

 意味ありげな言葉に戸惑いながらも、ザンは、応接室に向かった。

 

「初めましてっ、ザン様。」

 椅子の上に、小人が立っていた。15センチくらいだろうか。妖精の子供と同じ位の小ささだった。

「…。」

 何故フェルが会った方がいいと言ったのかは分かった。しかし…。「何しに来た。」

「もちろん、貴女様の部下になるためですっ。部下にして下さいっ。」

「……あのなあ、…お前のような小人に、部下がつとまるわけないだろっ。どうやって戦うんだよ?…ひぇぇぇっ!!!」

 ぱたぱたぱた。小さな羽音。可愛い桃色の3匹の鳥がザンの前に現れた。「ざ・ザズバードっ!!」

 ザンは、椅子の後ろに飛びこんだ。それを見た小人は、彼女を安心させようと、急いで言った。

「大丈夫ですよ、ザン様。この子達は、わたしの言葉を聞いてくれますから。」

「なんでザズバードが、ここにいるんだっ!?」

「小人とこの子達は、友達なんです。」

「…。」

「戦えるでしょう?わたしでも。」

 にこっ。「わたし、ジャディナーと言います。部下にして下さい、ザン様。」

 ザズバード。全ての妖怪を餌にするという見た目の可愛さからは想像もつかない狂暴な鳥の名。群れで行動し、十数秒で骨だけにされてしまう。パフィの実と呼ばれるニンニクみたいな実が苦手で、旅人は大抵これを身につけておく。そうすればザズバードは近寄れないからだ。

「だ・駄目だ。パフィの実をつけられたら、何の意味もないんだ。」

 ザンは、椅子の後ろに隠れたまま言った。

「お願いですっ。わたし、貴女様の部下になるために、何十年もかかってこのお城に来たんです。」

「…お前等小人ならかかるだろうなー…。」

「お願いですからっ。」

「どうしてもなりたいって言うのなら、俺を倒してみろ。転ばせるだけでもいい。出来たら、部下にしてやろう。」

 ザンは立ちあがると、厳しい顔で言った。ザズバード達が彼女の側を回ったが、今度は少しも動かなかった。

「わ・分かりました。」

 ジャディナーは、ごくっと唾を飲み込んだ。「お前達、こっちへ来るんだ。」

 鳥達がジャディナーの側に止まる。ジャディナーは、服の中から何かを出すと、鳥達に与えた。そして、一羽一羽頭を優しく撫ぜると、ザンには意味の分からない言葉を囁いた。すると、鳥達は、窓から外へ飛んで行った。

「わたし一人じゃないと、認めてもらえませんよね?」

「その為の試験だからな。」

 ザンは言った。内心ホッとしていた。ジャディナーがうなずき、…消えた。「?!」

 彼女に捉えられない動きなどある筈がないのに…。『何処だ…?』瞳で姿を心で気配を忙しく探す。彼女は、小人について何も知らなかった。ザズバードを操る以外にはどんなことが出来るのだろう…?それが不安だ。普通サイズの妖怪なら、そうそう見知らぬ技などない。しかし、小人と戦うなんて初めてだし…。いや、命の取り合いはしないけど。

 不意にジャディナーが現れた。ザンの顔のすぐ前に。急で、あまりにも近くだった。吃驚した。思わずのけぞり、足を応接室のテーブルに取られ、彼女は引っくり返った。

「……!!」

「転ばせるだけでいいんでしたよね…?」

 ジャディナーは不安そうに言った。

「…ああ。」

「じゃ、試験は合格ですねっ。やったあっ。」

 ジャディナーは飛び跳ねた。

「何であんなに早く動けるんだ?この俺が見えないなんて…。」

「小さいから身が軽いんですよ。」

「にしても…。すげーなー。」

「そんなあ…。」

 ジャディナーは照れて赤くなった。ザンはそんな彼をじっと見つめていたが、

「俺は、自分より強い男と結婚するって決めてた。なあ、結婚してくれ。」

「えええっ!!??け・けっ・けっ…結婚ですかっ、わたしとザン様がぁ?!」

「いいよなっ。」

 微笑むザンがとても綺麗だった。ジャディナーはごくりと唾を飲み込んだ。一目で分かる王族の証。それは美しさである。ザンが王女であると皆が知っている。なんせ彼女は美少女なのだ。荒っぽい男言葉も行動も服装もそれを隠しきれない。しかも第一者の…ザン様と…?ジャディナーは固まってしまった。

「…。」

 ザンは気付かない。嬉々として彼を掴み、肩に乗せると城内放送で、俺は小人のジャディナーと結婚すると高らかに言ったのだった…。

 

「おめでとう御座います。ザン様。」「ザン様あっ、幸せになって下さいねっ。」

 満面の笑みを浮かべているザンと、茫然自失状態のジャディナーが、沢山の人達に囲まれていた。

「おおっ。皆有難うなっ。俺もやっと夫持ちになったぜ。いやあ、これからどんな生活が待っているかと思うと嬉しくて嬉しくて…。」

「そんな幸せそうな顔は初めて見ましたあっ。ザン様ってば、寂しかったんだ…。タルートリーさんが死んでから…。」

「ペテル…、ああ、俺はあいつを愛してたからな。もっとも気付いた時には、あいつはもう…。」

「えっ、愛してたから、あの人の女だったんでしょ?」

「…いや。あいつは結構強引だったからな。言うなりになっちまってた。俺はそれを友情だと思ってた。でも、ギンライの側に転がってたあいつの遺体を見た時に、恋だったって気付いたんだ…。」

 ザンは微笑む。「タルートリーが俺の心から消える事はないだろう。でも、今はジャディナーと新たな幸せを築くんだ。あいつとの間とは違う物を。俺は今度は失う事のない幸せを生きるんだ。…だから、お前の可愛い物には、もうなれねーぞ?」

「やだなあ、もう。分かってますよぉ。あんな非常識なことは2度としませんって。」

「そうか…くくっ。あの時のお前の尻は凄かったもんなあ…。」

 ペテルは少し顔をしかめ、フェルはそんな事もあったっけという顔をした。

 

「本当にわたしと結婚を…?」

「ああ。俺ら、仲良くやっていけるさ。」

「でも、お互いに何も知りませんよ?」

「これから知ればいいさ。一杯話そうぜ。俺らは、長い間一人だったんだから…。」

「そうですね。…わたしは結婚しようという気がまるでなかったんで、ずっと一人だったんです。」

 二人の年齢は結婚するには遅い方だ。

 

 トゥーリナのお城。結婚したのを彼に告げるのに、ザンはここに訪れた。

「お前を貰おうなんてキチガイがこの妖魔界にいたとは。」

「てめえはそういうことしか言えねえのかよっ?…大体ターランは何処へ行ったんだっ。お前が馬鹿をやるから…。」

「あいつが勝手に怒って飛び出したんだぞ。俺のせいにすんな。」

「仕事が減らんだろ。何とかしろっ。」

「ギンライの二者はどうなんだよ?」

「あいつだけじゃ足りねえんだよ。強いのなら一杯いるんだけどなあ…。頭はなあ…。」

「妖魔界の決まりがおかしいと思わねえか?力が強いのが第一者だもんな。」

「いや、第一者は、力だけでなく知識もそろってるからこそ、憧れの対象であって…。」

 ザンが言うと、トゥーリナは疑問が沸いてきて言った。

「じゃあなんで俺等、第一者と第二者なんだよ?」

「いやそれは…俺等は力だけの馬鹿なのか…?」

「…。」

 冷や汗が流れた。二人は黙りこくった。

「あの。」

「「わあっ。」」

 二人は飛びあがった。

「そういや、ジャディナーがいたんだ。」

「はあ。いました。さっきからずっと。…冗談はともかく、お二人とも勉強が足りないんですよ。それと、他人が何とかしてくれるという依存心、甘えがあるのが駄目です。お二人とも頭はいいんです。根気とやる気があればすぐ頭の方も第一者になれますよっ。」

「きついなー…。お前の旦那。」

「だろ?ちっちぇえから尻は叩かれねえけど、それを補って余りあるだけ怖いんだ。これで大きかったらと思うと…。俺は、小人で良かったと心から思うんだ。」

「もう!そんなことばかり言ってるから、お仕事が片付かないんですっ。部下の皆が、ネスクリさんって方が死んだのは大きな過ちだったって、陰口を叩いているのを知っているでしょう?貴女は、男性に馬鹿にされるのが嫌いなんでしょう。だったら、お尻を叩かれなくても、トゥーリナさんやターランさんって方に頼らなくても、きちんとした仕事したいとは思わないんですか?」

「うっ。」

「いいですか?今の貴女では、所詮女は何にも出来ないんだと思われても、仕方ないんですよっ。妖魔界の男女差別は柔らかいですけど、根が深いんです。それを覆そうと思う良い頭があるんだから、今の情けない姿のまま力だけでは、妖魔界の男達があなたを尊敬する筈ないって、分かるでしょうっ。」

「はい…。」

「だったら、そこで他人事みたいに笑っているトゥーリナさん共々、きちんと勉強して下さいっ。」

 ジャディナーはしょんぼりしているザンから、自分に矛先が向けられて驚いているトゥーリナをじろっと睨む。「…トゥーリナさんっ、妖魔界には学者さんやらお医者さんやら頭のいい人達だって沢山いるんですよっ。そういう頭のいい人達は口では従っても、心では見下すってこともあるんですからね。そんな態度を許していたら、妖魔界はあなた達の思う通りにはならなくなってくるんですよ。」

「…まあ、そうだけど…。」

「第二者を続けていく気がないからどうでもいいと思うんですね?でもあなたの奥様は元人間でしょう?しかも日本人。日本は教育水準が高いです。この意味が分かりますか?高学歴の女性が、無学に近い男に大人しく従うと思えますか?それとも学力なんか吹き飛ばす尊敬されるだけの何かを貴方は持っていますか?既に現時点での奥様の態度は?あからさまに示さなくても、言葉や態度の端々に軽蔑や侮辱が現れることは?」

「…今、百合恵が俺を尊敬してるとは思えないし、そういう態度はあります…。」

 ジャディナーの厳しい責めに、トゥーリナは思わず丁寧に答えてしまった。

「なら、二人で勉強すべきだと思いませんか?貴方が奥様に見下されたままでも、従ってもらえないままでもいいと思っているなら別ですけど…。」

「嫌です…。」

「なら、勉強の必要性は貴方も認めましたね?」

「はい…。」

 トゥーリナは、何故ザンがジャディナーを恐れているのかはっきりと分かった…。ザンが結婚を後悔していないのは何故なのか分からなかったけど…。

 

「ふ・ふーん…。」

 帰ってきたターランは、トゥーリナがザンと二人で勉強しているのを不思議に思い、理由を問いただしたのだが…。

「すっげー怖いんだ。ちょっとでも逆らったり、言う通りにしないと、滅茶苦茶に責められるし…。ケツ叩かれる方がましだぜ。正論だし、頭がいいからちっとも反撃出来ねえ…。」

「そうなんだ…。」

「でも、俺だってこのまま馬鹿にされたままじゃ悔しいし、この所、勉強が面白くなってきたんだ。元々嫌いで教会に行かなかったわけじゃねえし…。」

「頑張ってね。」

「ああ。」

 ターランはくすりと笑った。今のトゥーリナは、自分の為を思って叱ってくれるなら喜ぶらしい。そんな可愛いトゥーもいいかなと思えた。

「仕事も楽になるしね。」

「あ?」

「なんでもないよ。」

 鍛えた相手を教えろと五月蝿かったザンが静かになってホッとしていた。今は二人の為に上手く仕事の配分を考えてあげようと思うターランだった。

 

 数千年後。天国。ザンはジャディナーの膝の上に横になっていた。

「ねえ、ザン様。」

「…な・なんだ?」

 これからお尻をぶたれると身構えていたのに…。ザンは戸惑った。

「わたしはずっと思っていたんです。」

「何を?」

「ジオルクさんではなくて、自分の手でザン様のお尻を叩いて、貴女をいい子にする日がいつか来ればいいと。」

「…。」

「天国とはわたし達が思っているより、深い意味を持つ言葉かもしれません。死してなおわたしは幸せなのですよ。」

「俺の尻を叩けるから?」

 ザンはジャディナーの膝の上で体を動かす。ぺち。既に剥き出しに去れているお尻を軽くはたかれ、彼女は大人しくなった。

「違いますよ。叩く行為自体は好きではありません。人に頼らず、貴女を、偉大な貴女様をわたしが良く出来るのが幸せなんですよ。貴女がわたしの物だと思えるから…。」

「馬鹿だなあ…。昔から俺は、お前の物なのに。お前が俺の物であるように、さ。」

「そうですね…。」

 ジャディナーは微笑んだ。「さあ、お仕置きを始めましょうか。…本当に、貴女は、子供じみた行為もするんですから…。」

「だっ・だって…。叩かれるのはやっぱり嫌だし…。」

「叩かれたくないからと嘘をつくと、さらに叩かれるって、そろそろ覚えた方がいいですよ?」

「分かってるんだ…でも…いてっ。」

 お尻に平手が飛んできて、ザンは声をあげた。

「その“でも”の気持ちがなくなるように、今日は鞭も使いましょうね。」

「ひっ、いたっ。そ・そんなの…いてっ、嫌だあ…いっ、いっ、ひっ。そんな強く…いてえっ。いてえってばっ。」

 ぱしいっ、ぱしいっ。お尻の左右を交互に打たれる。でも同じ所ばかりだ。しかも強い。「同じとこは止めてくれよ…いてっ、いたいっ。」

「うんと痛くないとまた繰り返すでしょう?それに厳密には同じ所を連打しているとは言えないですよ?…同じ所とはこういうことを言うんです。」

 ぴしゃっ、ぱしいっ。右のお尻ばかりを打たれ、ザンは悲鳴を上げた。ばしいっ、ばしいっ。

「分かったから、許してくれよっ。いっ、痛いっ。」

「駄目ですよ。今日は、うんと厳しくお尻を叩くと決めているんですから。霊体は体がないので、どれだけ厳しくしても傷が少し出来るくらいで、すぐ消えてしまいます。疲れも知らないのでいつまでも叩けます。」

「いでっ、いたっ。そ・そんなあっ。ひでえよっ。…あうっ。」

「貴女の態度で決めますからね。いつまでも反省しないようだと、鞭までのお仕置きが多くなりますよ。いい子なら、鞭も少なくします。」

「いい子ったって、どうやって…いっ。くっ。どうすりゃ…いてっ、いてっ。教えてくれよっ、ああっ、反省してるからっ。」

「わたしはそんなに親切じゃないですよ。本当に反省しているなら、ちゃんと分かる筈です。あんまり分からないようなら、もっと強く叩きますし、どんどん強くします。」

「ジャディナーなんか悪魔だっ、人殺しだっ。」

「いいでしょう。ザン様も厳しいお尻叩きをお望みなんですね。たっぷりとどうぞ。」

「うー。」

「意地悪なんか言ってませんからね。喋っているとお仕置きに集中できないんで、これからは黙ります。」

 ばしっ、ばしっ。ジャディナーはザンのお尻を叩き続ける。ばしっ、ばしいっ、ばしいっ。肉体がなくてもお尻は赤く染まり、熱ももってくる。しかし、所詮偽り。放っておくとすぐに冷めてしまう。だからずっと叩く方がいい。そうすれば冷める間もなく痛み、張れてくる。痛みは肉体では感じきれない強さまでも感じるようになる。

 

「もう許してくれよぉ…なあ、ジャディナー。」

「そんな顔されたら、決心が鈍りそうです。」

「じゃあ。」

「今悪い子の顔になったので、鞭打ちの決心が強固になりました。」

「なんだよ、それ。」

 ザンは膨れた。

「早く叩かないと平手のお仕置きの痛みと腫れが治ってしまうので、叩きますね。」

「どうしてそう厳しいんだよ。」

「貴女にいい子になって欲しいからですよ。厳しくしないと、私自身を強くしないと、貴女様に飲み込まれてしまうので。」

「何言ってんだ?俺に分かるように言ってくれ。」

 ジャディナーは、鞭を振るい始めた。ばちーんっ。「なんで怒るんだよっ。」

「怒ったからではありません。叩かないと冷めるので。」

 ジャディナーは鞭を振るいながら言った。「貴女はとても偉大なんですよ。そんなあなたを躾るなんて大それたことをしようと思ったら、強くならなきゃいけないんです。ですから、自然と厳しくなります。それに貴女には、偉くして欲しいんです。まあ、わたしの前でなら、可愛い顔も見せて欲しいですけれど…。」

「余計わかんねえ…。ひいいっ。」

「いいんですよ、分からなくても。要は普通の夫が言うように、あなたにはわたし好みになって欲しいってことですから。」

「…あう。…ううっ。…分かったよ…。」

「続けますね。」

 ジャディナーは鞭打ちを続けた。ザンが叫ぶ。可哀想だと思う。しかし、罰を逃れるのに嘘をつくなんて子供っぽい所は直さなければとも思う。尊敬するザンの子供っぽさが可愛くもあり、切なくもあり。複雑な思いを抱えたまま、ジャディナーは、お仕置きを続けた。

 

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