妖魔界

3 トゥーリナとターラン3

「ザハラン…。どこへ行くの?」

 ターランの問いかけを無視して、トゥーリナはお城を出て行ってしまった。 

「ふぅ。」

 ターランは、ため息をつきながらザハランの机に山積みになった書類の束を抱えあげた。ザンの部下になって数ヶ月が経っていた。

 ザハランは、相変わらず仕事をしない。何もしないでぶらぶらしているので、他の部下達の彼への評価は限りなく悪い。初めの頃、仕事はしなくても、ザンが部下達を鍛える時には真面目に参加していたのに、今はそれすらも出ていない。体を鍛えて強くなれば強くなる程、ザンとの差を思い知らされてしまうからだった。

 それに引き換えターランは、いつかザハランがやる気になってくれるだろうと信じ、その時に足手まといにならないようにと、真面目に体を鍛えていた。めきめきと力をつけ、きちんと仕事をこなしている彼の地位は、かなり高くなっていた。ターラン様と呼ばれる地位になるまでに、残すは後1人となっていた。

 

 会議室。ザン、二者ネスクリ、三者ジオルク、四者フェルの4人が席についている。番号で呼ばれるのは四者までで、その地位の者は、部下にも召し使いの女の子達にも、様付きで名を呼ばれる。つまり、ターランはフェルのすぐ下に来ているのだ。

「次はお前だな、フェル?」

 ザンは、少し意地の悪い顔でフェルに問い掛けた。

「ターランの事ですかあ?」

「当たり前だろ?あいつはこの頃かなり頑張っている。」

「僕はあんな生意気なガキになんか絶対負けませんよっ。」

 それを聞いてザンは、ははっと笑った。

「お前、それ、ネスクリの時も言っていたぞ。」

 フェルが頬をぷうっと膨らませる。しかし、事実なので何も言えない。ジオルクはその子供っぽい表情を見ていたが、やがて口を開く。

「ザン様。俺はずっとあなたに聞きたいことがありました。」

「それって、やっぱりあれでしょ!」

 フェルが口を挟む。

「ん?」

「僕もずっと気になっていたんです。ザン様、何で大人しくネスクリにお尻をぶたれてるんですか?…いっ。」

 フェルが顔を歪める。また馬鹿な発言をしたので、ジオルクにお尻を抓られたのである。

「貴女様は、堕天使の小僧…いえ、そのターランに、そいつも、あの役立たずのこうもり…ザハランでしたか、も、第一者になれると言ったそうですが、それは事実なのでしょうか?」

「あー、それか。確かに俺は、ターランにも、ザハランにもそう言った。真面目に体を鍛えてさえいれば、あいつ等は必ずそうなる。俺位の強さになると、相手の力が見えるようになるんだ。秘めている才能さえな。ただし、肉体の力しか分かんねーけどな。」

「俺達に、それはないと。」

「残念だけど、そうだ。ジオルク、おめーは、もうこれ以上は強くなれねえ。ネスクリ、フェル、お前達はまだ鍛える余地がある。でも、あいつ等には勝てねぇ。」

「…。」

 ネスクリは下らない冗談だと馬鹿にした顔をし、ジオルクはそうでないかと思っていたことを今はっきりと言ってもらったので、かえって安心出来たと言う顔をし、フェルは青ざめた。

「…最初の話に戻るが、ターランが、明後日、闘技場を使いたいと言ってきた。相手は当然、フェル、お前だ。」

 ザンの城では、部下が四者などの番号付きの高い地位へと出世するには、その地位にいる相手と戦って勝つのが条件である。それまでは、真面目に仕事をこなしていて、能力があれば出世できる。力の強い者が世を治める妖魔界ならではの出世方法だと言える。

 城の中にある闘技場は、練習試合にも使われる。部下達は、そこで強い者と手合わせをしてもらい、切磋琢磨している。正式な試合をするには、ザンの許可が要る。彼女の許しを得れば、彼女から、あるいは本人の口から、相手との試合が告げられる。実力が違いすぎる場合は、ザンの許可が得られない為、許されたのは、実力が近づいてきたのを意味する。

「ザン様、僕、退席していいですか?」

 とても真面目な顔をしたフェルが言った。第一者や第二者になる夢は当に諦めていた。しかし、部下になって数ヶ月しか経っていないあの変態(!)に、もう追いつかれただなんて!『そんなことあるもんか。』

「ああ。好きにしろ。」

「有難う御座います。この頃、怠けていたから、訓練しなくっちゃ。」

 作り笑いを浮かべたフェルがふらっと会議室を出て行った。

「フェルがあんな顔をするとは…。再会した頃みたいだ…。」

 ジオルクは呟く。部下になったばかりの頃のフェルは、いつも何か思いつめたような顔をしていた。

「最初に話した時は馬鹿にしていたのに。ザン様が次はお前だなと言った時には…。」

 ネスクリも言う。彼にはフェルの心の変化が理解できなかった。

「俺がはっきり、ターラン達には、第一者になれる力を秘めていると言ったからな。フェルはもともとああ言う性格だ。明るいのは、俺が一部壊したから…。壊れた部分を人前に晒している方が、本来の性格より過ごしやすいと気付いたから、ああしているけど、元の性格がなくなった訳じゃない。まあ、明るい部分が本物になってしまったみたいだから、演じているのとは違うけど。」

「頭空っぽの馬鹿かと思っていましたが。」

「ネスクリ、お前はそういう所がまだガキだ。あいつはお前より遥かに年上だぞ。お前の知識を机上の空論にしたくなかったら、もっと人を観察しろ。お前はまだ4ケタを越したばかりだ。全てを知った大人になった気になるにはまだ早いぜ?」

「…はい。」

 ザンに子供扱いされたネスクリは、少し青ざめた。彼は、短期間で今の二者の地位についたという思いと、本来なら上司であるザンのお尻を叩いて言うことを聞かせているという思いがある。彼はすっかりいい気になっていたのだ。

 

 『もうどうでもいい。』ザハランは、束の間の快楽を味わっていた。ターランが彼の仕事までしてくれるので、給料は貰える。まあ、なかったとしてもターランから奪い取っていただろうが。そのお金で女性を買っていた。

 妖魔界にも売春婦はいる。男尊女卑の世の中なので、人から差別される事はない。売春宿と呼ばれる小さなホテルでそこの従業員のような形で働く。ホテルの中に入ったすぐの所に、女性達の顔写真と、ボタンを押すと見られる裸の立体映像がある。男性はそれを見て相手を選び、お金を払う。ここに来るのは、結婚前の若者と長旅をしている者だけだ。働く女性は、未亡人達。妖魔界は死と隣り合わせの世界。子供を抱え、夫に死なれた女性達は、食べていく為にこういった所で働く。なかには気が合い、結婚する人達も。

 後に百合恵へ惰性で生きていると言うザハランだが、まだ彼女が子供である今は、彼が惰性で生きていた。ちょっと鍛えれば、ザンなんか簡単に倒せる筈だった。それなのに、強くなれば強くなる程、ザンの巨大さが分かってくる。第一者達がどれほど雲の上の人だったかを思い知らされる。自分の傲慢さ。非力さ。『どんなに鍛えたって追いつく訳がない。あの言葉は誰にでも言っているのさ。』ザンが言ったあの言葉。その言葉に、上層の部下達の心がどれだけ乱されているかも知らずに。ザハラン、いや、トゥーリナは、ただ生きていた。

 

 ターランがフェルと戦う日の明後日が来た。

 控え室。フェル。『僕は今まで自分の力を信じてやってきた。ずっと。お父さんに逆らった時も。旅をしながら殺されそうになった時も。そりゃ、いつかは追い越されるだろう。限界が近いと理解した時から。でも、それは今じゃない。絶対に今じゃない!』フェルは、ターランを見る。『こいつには、決して負けない!!』

 闘技場の真中へ進む。観客席から歓声が上がる。観客は、部下達と召し使い達だ。フェルの名を連呼する声のなかに、僅かだがターランの名も聞こえてくる。高い位置の窓から、ザン、ネスクリ、ジオルク、そして妻のカタエル、長女と次女のケルフィーが見ている。カタエルは泣きそうだ。今回が始めてではない。いつも怖がって泣くのである。

 『カタエルちゃんたら、また泣いてるよ。あとで、お仕置きしてあげなきゃ。可愛いお尻を真っ赤になるまで…。』フェルは微笑む。カタエルのお陰で、心が少し軽くなった。余裕もなければ、勝てる試合にも負けるだろう。『カタエルちゃん、有難う。うんとぶってあげるね。』

 控え室。ターラン。『トゥー。やっぱり君は来てくれなかった。でもね、俺は、いつも君のことだけを考えているよ。今日は君の為に戦う。君は何とも思っちゃくれないだろうけどね。俺は強くなるよ。ザンの言葉が本当かどうかは怪しいけれど、君は第一者になると、俺は信じている。俺は君の手足となって働く為に、強くなる。今の君の役には立てないけど、後で必ず君が喜んでくれるように。』フェルがこっちを見た。ターランはとても落ち着いていた。黙って見返すと、フェルの眉が上がり、ただならぬ闘志が湧き上がっているのが分かる。ターランは目を閉じ、乱れそうになる心を落ち着ける。

 闘技場の真中へ進む。向かい側から、フェルも進んできた。歓声が凄まじい。ターランは、自分の名を呼ぶ声を耳にして、驚いた。フェルの優しさは結婚後も変わっていないので、彼の人気は絶大だ。召し使い達だけでなく、全ての人達に愛されているフェル。一段上に上がる為の試合を申し込んだだけなのに、ターランはかなり嫌味を言われていた。それなのに、彼に期待する者もいたとは。ただの冷やかしかもしれないけれど、なんだか理解者がいるようでターランは嬉しくなった。

「えー、ターランさんは、初めての正式な試合なので、簡単にルールを説明させて頂きます。時間は無制限です。武器・薬などの使用は可能です。相手が気を失うまで、あるいは敗北を宣言するまで、あるいはドクターストップがかかるまでは、思う存分自分の好きなように戦って下さい。勿論、殺してはいけません。これはあくまで、出世の為の力比べです。カプセルで治せない、後に残るような障害を負わせてもいけません。…では、……始めっ!」

 ぴーんと糸を張り詰めたような緊張が闘技場を包む。ターランとフェルは、すぐには動かない。お互いに出方を伺っている。観客席から、ごくりと唾を飲む音がする。

 

「この試合は長引きそうですね。」

 ネスクリが言う。「お互いに背負う物がありますから、いつものお気楽な雰囲気がこの戦いではないです。」

「ああ。フェルには心の余裕があまりない。俺の言った言葉のせいで。ターランには勝つという自信はないが、明確な目的がある。お互いの心にある物が、俺にはどちらにとっても不利に働くように感じる。」

「そうですか?俺にはフェルの奴が不利にしか見えないんですが。」

 ジオルクが言う。彼はフェルが可愛い。出来れば彼に勝って欲しいと思っている。

「あいつ等の実力が拮抗しているなら、そうだ。でも、ターランはまだそこまで強くはない。あいつが危機感を持たなければ、フェルが勝つだろう。何と言ってもフェルとは経験が違う。」

 ザンは、じっと2人を見つめる。「カタエルには悪いが、この試合はとても面白そうだ。」

 ザンの言葉にカタエルがびくっとした。彼女は涙を堪えて、同様にザンの言葉に怯えている上の娘を優しく抱いた。幼いケルフィーは、交わされた会話が難しくて、意味を読み取れないので、にこにこしながらお父さんの勝利を確信していた。

「カタエル、もし、フェルが負けた場合、お前の力を借りなきゃならなくなると思う。覚悟をしておけ。」

 ザンがカタエルの背を優しく撫でながら言う。「あいつが負けたら、精神のバランスが悪くなりそうな気がするんだ。フェルを支える柱になってくれ。」

「フェルが負ける筈ありませんわ、ザン様。フェルはとても強いです。あの堕天使さんは、自分のことは考えていませんもの。人の為だけに心を向けている人が最後に踏ん張れるとは思いません。あのこうもりさんが来れば別ですけど…。」

「そうだな、もし気力だけの戦いになった時は、こうもりの存在が物を言いそうだ。」

 

 本来は出世の為の明るい試合の筈が、なんだか命を賭けるとても重い戦いのような雰囲気になっている。

 ターランは、調合した劇薬を相手に振り掛けて戦うのを得意としている。ただ、種族によって効く毒が違うので、様々な種類の薬が要る。しかし、強い相手と戦う時に、悠長に薬を選んでいられない。それをザンに指摘され、肉弾戦も覚えるべきだと言われた。確かに、今まではとても強い相手の場合、トゥーリナが戦ってくれていた。ターランは、弱い相手としか戦った経験がなかったのだ。

 フェルは微笑んでいた。絶対に負けたくはないが、変に力んで実力を出せなくなるのは嫌だった。どんな強い相手でも、そしてどんなに弱い相手でも、楽しくて堪らないという笑みを浮かべながら戦うのが、ザンにお尻を叩かれてちょっとおかしくなってからの自分のやり方だった。これで結構相手はひるむ。よっぽどの馬鹿かとても賢ければ別だけど。『なるようになるさ。明らかに結果が分かっている訳じゃないんだから、悩んでも無駄だよね。』

 フェルの放つ爆発する植物が弾け、煙が上がる。とうとう動き出した。ターランが駆ける。2人がぶつかり合う。

 

 ザハランは、人気の余りない廊下を自分の部屋へ向かって歩いていた。腰まで伸ばし、背中の真中当たりで結わえている長髪が揺れる。静かすぎて、髪が羽に当たる音までが聞こえる。

「妙に静かだな…。なんかあったのか…?」

 ターランは、彼に今日は自分の出世試合があると告げていたのだけど、彼はちっとも覚えていなかった。ザハランは、ほんの少しの間だけ立ち止まっていたが、考えるのも面倒になると、また歩き始めた。

 

 「はーっ、はーっ、はーっ。」

 「ううっ…。」

 荒い息を吐くフェル。床に倒れて、うめくターラン。息をつめて見守る観客達。ターランの様子を伺う医者達。「あ…、うっ。」

 苦痛に顔を歪めながら、ターランが立ち上がる。ふらふら揺れながら立っているターランは、同じ所にとどまっていられない。それを見たフェルの顔が歪む。余力が残っていないのは、彼も同じなのだ。

「僕はまだまだやれるぞっ、堕天使っ。」

「俺は…負ける訳にはいかないんだ…。トゥーの為に…。」

 ターランは何とかフェルを殴ろうとする。しかし、よろけてしまい、フェルが避けるまでもなかった。

「もう諦めなよ。君はもう立っているのもやっとじゃない。」

 フェルの言葉にターランが笑った。「何が可笑しいんだよっ。」

「お前だって…、俺に種を投げる…力がない…くせに。」

 ターランは喋るのも辛そうだ。

「爆発する種は、妖力を使うからね。確かに少し厳しいよ。…でも、僕はまだこんなに大丈夫だよ。でも、君は無理だ。」

「負けを認める…程には、疲れていない…。俺は…まだ気を失わない。お前が…ただ立っていたって、この試合は終わらないよ…。」

「そうだね。」

 フェルの顔から笑みが消える。「変な同情心を持つのは止めるよ。僕、君みたいな変態は理解できないんだ。」

「俺は…誰が何を言おうと気にしないよ。認めてもらう必要なんかないから…。」

「一途だね。でも、君が僕と戦っている理由の、肝心の彼がここにいないのに、君が頑張る必要はあるの?僕はないと思うな。君は自分の理想を彼に押し付けているだけだよ。今の彼は、君の思い描いている姿にはなる気がないって。今の君は大切な自分の人生を浪費しているんだよ。君は、君の為に生きるべきだ。」

「俺は同じことを二度言うつもりはない。俺の生き方は俺が決める。言葉で俺を惑わそうとするのは止めた方がいい。無駄だから。」

 フェルが長々と話している間に、体力を回復してきたターランは、淀みなく答えられた。

「分かったよ。無駄話はこれで止めようか。君は、その間に休んでしまうみたいだから。」

 フェルは構えた。ターランも。緊張が高まり始める…。

 

 ベッドに横になっていたザハランは、ターランが今何をしているか思い出した。彼が何になろうがどうでもいいが、暇つぶしに見に行くのもいいかも知れない。ザハランは起き上がると、闘技場へ向かって歩き出した。

 

 ターランは、今にも気を失いそうになっていた。疲れているフェルの攻撃には、鋭さがない。しかし、確実にターランの体力を奪っていく。ターランの攻撃は殆ど当たらない。ターランの負けが濃厚になってきている。

 しかし、その時。

「なーんだ、お前、俺に偉そうに言ってた割には、やっぱり弱いままじゃないか。」

 ターランは、耳を疑った。『トゥーの声…?』何回かに一回は攻撃をかわしながら、ターランはトゥーリナの姿を探した。いた!

「トゥー!来てくれたんだねっ。」

「暇つぶしにだけどな…。」

「有難うっ!!僕、頑張るからねっ!」

「そんなにぼこぼこにされてんのにか?」

「君がいれば百人力なんだ。」

 自分に何度も殴られながらザハランと会話をしているターランに、フェルが腹を立てた。

「君は誰と戦っているんだよっ。こっちを見ろよっ!…あいつが来たくらいで僕が負ける訳がないじゃないかっ。」

「そんなことはないっ。勝つのは俺だっ。俺はトゥーの為に強くなるんだっ。」

 ふらふらだったターランの拳の動きが急に良くなる。勝利を確信していてほんのわずかだけ油断したフェルの顔の真中に攻撃が決まる。

「まぐれ当たりだよっ、こんなのっ。」

 フェルの動きも良くなる。激しい殴り合いが始まる。両者一歩も引かない。観客達も興奮してきて、音が渦巻く。

「ターラン、お前、強くなったんだな…。」

 皆が大声を出している中、簡単にかき消されてしまいそうなザハランの呟きがターランの耳に届く。「そんなら、さっさと勝っちまえよ。」

 トゥーリナが応援してくれた!僕の為に。ターランは、体に力が溢れてくる気がした。フェルの顔には色濃い疲労。いつもははねまくっているくせっ毛が、汗でべったりと顔に張りついている。『勝てる!』ターランの心は燃えた。

 そして。

 

「2人とも、お疲れ様っ。今日から、四者になったターランだ。…フェル、残念だったな。とてもいい試合だった。俺はすげぇ興奮したぞ。なんだか今すぐにでも、つええ奴と戦いたい気分だ。」

 喜色満面のザンは、何もない所へ攻撃を繰り出し始めた。ネスクリが咳払いをする。ザンは我に返った。

「フェル、辛いと思うが、ターランへ仕事を引き継いでくれ。四者の仕事を細かく教えるように。」

 ネスクリが事務的に言う。彼にとっては、誰が四者でも構わないのだ。自分が二者でいられることには変わりないのだから。

「別に辛くないよ。最後の彼の攻撃は、彼の純粋な気持ちだから。トゥー、愛してるよーっ、て。ね、ターラン?」

 フェルはにこにこ笑った。「あとで僕にこっそり教えてね。なぜ、あのこうもりがトゥーなのか。」

「本名に、トゥーがつくんです。ちゃんとした名前は、彼が嫌がるので教えられません。」

 ターランは冷たく答えた。彼は、試合の時はフェルを見下す言葉遣いをしていたが、それは気を使っていられないからで、本来は、年上にはちゃんとですます調で話すのである。

「えーっ、そんな言い方したら、本名が物凄く気になっちゃうよ。」

「気にして眠れない夜でも過ごして下さい。その方が、奥さんも貴方に苛められずに済んでほっとするんじゃないですか?」

「こいつ、可愛くないっ。ネスクリが二人いるみたいだよっ。」

「いやあ、でも安心したぜ。お前、こいつに負けたら、精神崩壊でもするんじゃねーかと思ったけど、何ともなくて良かった。」

「えー、僕ザン様にそんな心配させちゃったんですかあ?僕ったら、悪い子っ。」

「俺はちょっと残念だったけどな。まあ、良かった、良かった。」

 ジオルクが言うと、ザンとフェルが笑い声を立てる。その姿を冷めた馬鹿にした横目で見ながら、ターランは、『トゥー、僕は君の夢を手助けする為に頑張るからねっ。』と、ほくそ笑むのであった。

 

目次へ戻る

2話へ4話へ