シーネラルのお仕事

「へーえ。じゃあ、武夫ちゃんはもう人間界へ帰るのかしら?」
 食事の後、リトゥナの母・百合恵が、寂しそうに言った。「武夫ちゃんはいい子だから、リトゥナと仲良くして欲しかったのに。」
「えーっ、えおくん帰っちゃうの? つまんないよ。」
「う…。」
 武夫が困った顔をしているのを見て、シーネラルはどうなるんだろうと思った。ペテルは何処にいてもいいんだろうか? それとも、城にいないのはいいが、妖魔界から出るのは許されないんだろうか?
 『ザンに訊いてみる必要がありそうだ。』
 シーネラルは思った。

 次の日の第二者ザンの城。彼女の部屋へ、シーネラルは来ていた。
「人間界へ行くのは駄目だ。ペテルもお前も人間を食うだろ。それに何より…。」
 ザンがにやっと笑った。「お前は外見を人間風に出来るが、今のペテルには羽と触角を隠すことが出来ない。」
「そうですか…。」
 やっぱりなとシーネラルが思っていると、ザンは顔をしかめた。
「しかしよぉ、お前等勝手なことをしてくれたよなあ…。」
「え!?」
「父親がえおを愛するようになったら、えおは妖魔界にいたくねえだろ。でも、ペテルは、まだ手術が出来ねえ状態なんだ。今、えおに人間界へ帰られたら困るんだよ。」
 ザンの言いたいことは分かるが、それはえおにとって酷くないだろうか。「不満そうな顔だな? え? あの人間のガキに情がわいたのか?」
「…まだ貴女が第二者になる前に言いましたが、俺は孤児院出身者なんすよ。」
「覚えてる。だからこそ、タルートリーに孤児院の改革をさせたんじゃねえか。お前等、孤児院出身者は、あいつを尊敬しているだろ? 自分達の虐待の記憶は消えねえが、新たな犠牲者はいなくなったからな。」
「そうっす。…貴女が提案したんすか?」
 シーネラルは吃驚した。第一者が独自に実行した改革だと思っていた。
「ああ、そうだ。俺が孤児院について訊いた時、お前は母親に捨てられた記憶しか教えてくれなかったけどな。言いたくねえ位に、嫌な記憶を持たされる場所なんていらねえと思ったのさ。だから、タルートリーの女になった時、孤児院について詳しく調べてくれとあいつに言ったんだ。あいつはくそ真面目だから、実態知って仰天して、改革に乗り出したってわけだ。」
「知らなかった…。」
 シーネラルは呆然としていた。
 ジオルク率いる盗賊団にいた時、彼は行き倒れのザンの面倒を見た。それで、今、ペテルの面倒を見る羽目になっているのは前にも書いたが、その時、元気になったザンに色々訊かれたのだ。第一者を目指しているから、知りたいことが山ほどあると。当時は、行き倒れになるような女の子が第一者になるなんて馬鹿らしいと感じたし、興味本位に自分の記憶を探られたくないと思い、孤児院について詳しくは教えなかった。
「そりゃ、わざわざ宣言しないからな。ただでさえ、ただの女が第一者に口出ししすぎてると言われてたのによ。…で、要するにお前は、それが人間のガキだろうと、子供は親に愛されるべきだと言いたいわけか。」
「…え? …ええ。」
 急に話しが最初に戻ったので、一瞬何のことか分からなくなった。そう、武夫についてザンが酷いことを言ったので、そういう話しの展開になったのだった。
「そりゃ俺だって、えおは可哀想さ。でも、ペテルに使える男になって欲しいんだ。あいつ、性格に難はあるが、強いからな。優先順位はペテルの方が高い。」
「そんなに人材不足なんすか? …貴女は面食いだから…。」
 シーネラルは溜息をついた。「顔が良くて強いのなんて、そうそういないっすよ。」
 ザンが赤くなった。
「別に顔が最優先じゃねーよっ。そりゃ、同じくらいの強さで、顔が良かったらそっちの方がいいけどよ。別にそこまで…。大体、顔が一番なら、ジオルクは下っ端だ。」
「なんでそこでGが出てくるんすか。Gは立派な男でしょう。たぶん、貴女が引退するまで貴女の部下でい続けるっすよ、Gは。何でそこまで貴女に尽くすのか、俺には分かりませんが。Gには長年連れ添ったいい妻がいるっていうのに…。」
 シーネラルは大げさに首を振った。
「ジオルクは俺を女として見てねえぞ。ジオルクはちょっと女を見下すところがあるからな。俺を女と思っていたら、部下になんてなってねえ。きっとジオルクにとって、俺は尽くしがいがある上司なんだ。」
「貴女がどんな上司なのか、見極める暇がないので俺には分からないっす。それはともかく、Gは女を見下したりしないっすよ。女は守るもの。それが妖魔界の平均的な見方っす。履き違えた馬鹿と一緒にしないで欲しいっすね。」
 シーネラルが胸を張ると、ザンがちょっと笑った。
「ジオルクが俺の部下でいることに盲目なら、お前はジオルクに対して盲目だな。お前を馬鹿にしても無反応の癖によ。盗賊時代のジオルクは、そんなにいい奴だったのか?」
 シーネラルは赤くなる。確かにそうかもしれない…。
「出会った当初は変な奴と思ってたんすが、一緒に戦っているうちに、この人が第一者になったところを見てみたいと思ったんすよ。それに…髪の毛を切って、弱くなった俺が障碍者になった時、立ち直らせてくれたのはGです。Gがいなかったら、多分俺は自殺してたか、廃人になってた。」
「そりゃー、尊敬するな。成る程。あいつ、無骨な軍人って感じであんま喋らねえから、有能だけどなんか物足りないんだよな。あー、でも部下の面倒見はいいな、確かに。」
 ザンは笑った。「大分見直した。」
「そりゃ良かったっす。…で、えおを説得して妖魔界に居ればいいんすか?」
 シーネラルは本題に戻った。
「人間のタルートリーは昼間仕事で、どのみち、えおは一緒にいられねえだろ。朝と夜だけ人間界に居て、後は妖魔界へ帰ってこい。あ、人間界に居る時は外出するなよ?」
「…面倒っすね…。」
 界間移動は結構体力を使うので、シーネラルはげんなりした。
「これを使え。界間移動が楽になる機械だ。」
 ザンがリモコンのようなものを取り出した。
「…はあ。何でそんな便利な物が?」
「正確には妖力増幅装置なんだ。戦いには使えねえが、癒しの気を使う時や、界間移動は楽になる。」
「反動なんかはないんすか?」
 ちょっと心配になって、シーネラルは訊いてみた。
「そんな危ない物を渡すわけねえだろ。」
「分かりました。」

 1年後。武夫が幸せになったからなのか、ペテルもいい影響を受け、とうとうペテルが手術を受けられる日が来た。
「ちゃよなあ(訳=さよなら)。」
 武夫の頬を涙が転がった。
「どうしたの? この手術で、俺は死んだりしないよ。」
「う…れも…。…ちょうね。はやー、よーなって(訳=そうだね。早く良くなってね)。」
「うんっ。」
 ペテルはにっこりと微笑んでいた。
 治ったペテルは、以前とは違うということを武夫には、なんとなくだが分かっていた。だからペテルにお別れをしたのだ。

 ペテルが手術室へ入ったので、シーネラルは武夫を人間界へ連れて行った。
「ちぃー、またあそいきて(訳=シーネラル、また遊びに来て)。」
 泣きながら武夫は言った。シーネラルは彼に手を伸ばし、優しく抱いた。
「ああ、分かった。俺は時々お前に会いに行こう。」
「あいがと(訳=有難う)。」
 武夫はにっこりと微笑んだ。

 退院したペテルは武夫の予想が当たり、彼とは遊ばなくなった。
「僕、可愛い子は大好きだけど、あの人間の子って、別に可愛くないんだよね。変な話し方してるしさ。あの時の僕、なんか自分のことを俺とか言ったりして、ちょっと変だった。」
 それを聞いたシーネラルは、俺だけはあの子を忘れないでやろうと思った。しかし、トゥーリナのリトゥナも時々は遊びに行くので、武夫の悲しみは少なくてすんだ。

 シーネラルの仕事も終わったので、ここで話しを終えようと思う。


終わり
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