シーネラルのお仕事

 感心したり、驚いたりで皆が黙っている中、ザンがトゥーリナへ言った。
「凄いには凄いけど、なんか地味だね。なんか、もっとすんごい必殺技を出すのかと思ったよ。」
「必殺技って、何だ。ちょっと馬鹿にされたくらいで殺してたら、きりがないぞ。」
 トゥーリナがザンを睨んだ。「それに、俺は第一者になって日が浅いんだ。第一王子になんかして、悪魔大王との関係を悪化させるわけにいかない。まだ外交すらしてねーのに。」
「必殺技って、別に殺すってわけじゃ…。うーん、決め技みたいなもんかな。」
 ザンが照れたように笑う。しかし、学校のお話の和也なら分かってくれそうな話題も、現時点で彼はまだ生まれていないので、誰も分かってくれないようだった…。

「体が軽いの…。悪魔が去ったせいなのか…。」
 タルートリーが呆然としたまま呟いた。
「あいつ、太っているようには見えなかったけど、そんなに重かったのかな。」
 ペテルが言うと、
「とりつく悪魔に重さなんてないぞ。心の問題だろ。」
 トゥーリナが答えた。
「そうなのであろう。あの悪魔にいつも責められ続け、わたしは疲れていたからの。」
「具体的にどんなことを言われていたのよ? 武夫ちゃんのことだけじゃなかったの?」
 ザンが不思議そうに訊くと、タルートリーが顔をしかめた。
「わたしの権力を使えば、沢山の者達を不幸に出来る。そんなことを言うておったの。」
「あんたさあ、ただの会社社長じゃん。そりゃ全国に子会社や孫会社があって、かなーり儲けてはいるだろうけど…。別に、議員先生でもねーじゃん。あいつ、勘違いしてない?」
「…。」
 ザンは馬鹿にしたように笑っているが、タルートリーは無言だった。別に詳しく教える必要もないと思っているようだった。
「ま、そんなことよりさ、あいつが消えてくれたんだし、あんたは武夫ちゃんを愛する気になった?」
 真面目な顔になったザンがタルートリーへ言うが、彼は何とも言えない顔になった。
「…それはそれ、だの。」
「なんでだよ! あたしが一所懸命に生んだのに。何であんたはそういう態度なのさ。あんたさ、いまだに武夫を堕胎していたら、あたしが今でも生きていたと思ってんの?」
「いや…。わたしも少しは知識を得た。堕胎は母体にかかる負担が相当なものだそうだの。」
「だったら、なんで…。」
 ザンの言葉に、タルートリーが武夫を見た。
「お前は知能指数が高く、天才と呼ばれる域にいた。わたしは…、少なくとも学校では出来た方だった。それなのに、武夫は…。」
「う。」
 武夫がタルートリーを見て、済まなそうな顔をした。何を言っているのか、理解できているんだなとシーネラルは思った。
 『普段なら、ぽかんとしているのに。…ああ、そうか。心を読んで、意図を理解しているのか。』
「いっそ、まるで似ておらねば、わたしは武夫を愛すことが出来、あの悪魔につけ込まれることもなかったであろう。しかし、わたしと武夫はよう似ておる。お前にはあまり似ておらぬが…いや、目元はお前似だの。髪もわたしはくせ毛だが、武夫はお前に似て、真っ直ぐだ。」
 タルートリーが息をつく。「顔の造作は一目で親子と分かるほど似ておるのに、どうして知能は…。それが口惜しかった。」
「そんなの!」
「お前が命を懸けて生んだのだぞ。それなのに、どうして、あのような出来損ないが生まれるのだ!? 命を懸けたのなら、最高とまでは言わぬが、せめて…、せめて普通の子供が生まれるべきではないか。」
「しょうが、ないじゃん…。どうして障碍児が生まれるのか、まだ解明されてないんだよ? それに、さっき言ったけど、万能じゃない愛と一緒なんだよ。そりゃ、創作の世界なら、短い命を散らしたあたしが生んだ子供は、素晴らしい子になったさ。でも、これが現実なんだよ。子供が欲しくて辛い不妊治療に耐える人もいれば、可愛い子供を玩具の様に扱って死なせてしまう人もいる。それが、現実。受け入れるしかない世界だよ。」
 ザンがタルートリーを睨む。「いい年した大人が、夢見てるなよ。あたしが命を懸けようが、普通に生もうが、ここにいる武夫はあたしとあんたの子供なの。悔しいなんて言うなっ。」
「…。」
「あんたはまだまだ何十年も生きるのに、もう18歳から年を取れないわたしの前で、武夫を馬鹿にするの? どうして、18年間しか生きられなかったわたしが、生きた証に残したこの子を、存在していなかった方がましみたいに言うの? あんたの言ってることは、あたしの存在も認めてなかったことになるよ。」
「そんなつもりは…。」
 タルートリーが狼狽する。「わたしは…わたしは…。」
「わたしの病気が死に至るものだって分かった時、この子がお腹にいることを感謝したよ。わたしはもうすぐ死ぬけど、生きた意味があったってことになると思えて。
 わたしは確かに知能指数は高かったけど、別に何の役にも立ててなかった。一匹狼で喧嘩ばっか強くなって、戦国時代に男として生まれてたら良かったのに、なんて考えてた。そんなあたしが、あんたと会えて、子供まで出来た。病気になっちゃったけど、あたしが生きてさえいれば、この子はちゃんと生まれてきてくれる。そう分かって、ほんと嬉しかった。やっと自分の生まれた意味が分かったんだよ。」
 ザンが武夫の頭を撫でようとしたが、通り抜けてしまった。武夫が酷く残念そうな顔になり、ザンの体に空しく手を伸ばした。「ああ、あの悪魔も魔法世界の生き物だもんね。あいつがいなくなったから、触れなくなっちゃった。」
「悪魔がいた時でも、わたしはお前に触れられなかったのに。」
「この子は特別製だから。妖怪の皆がいなくても、わたしと会話できる子だよ? 確かに知能は足りないけどさ、この子には凄い力があるんだ。そりゃ、この世界では生きにくい力だけどね。」
「そう…、か。」
 タルートリーが笑った。「では、やはり、お前が命を懸けた意味はあったというわけだ。その力がどんなものでも、この子は普通とは違うのだからの。」
「そう言われれば、そうかもしれないね。」
 ザンも笑った。

「ねえ、あの悪魔って、もう二度とタルートリーにはとりつかない?」
 ザンがトゥーリナへ訊くと、彼は首を振った。
「それは分からないなー。俺はあいつを悪魔界へ帰しただけだし。」
「えー!? 何それ。じゃ、今すぐにでも戻ってくるかもしれないじゃん。」
「多分、もう二度とりつく気にはならない筈だ。」
 シーネラルが言うと、ザンは不思議そうな顔になった。
「どうして分かるの?」
「7年間もの間、とりつていたと第一者が言ったな。しかし、父親はえおへの虐待以外は抵抗し続けた。ということは、あいつもずっと力を使いっぱなしだったということだ。王子だから力も強いだろうが、大分疲れも出ている。」
「休めばいいじゃん。」
「そうじゃない。7年かけても、あの悪魔は目的をほとんど達成していない。疲れていると判断力も鈍る。」
 シーネラルはそこで黙った。ザンが顔をしかめた。
「武夫ちゃんだけじゃなくて、あんたまで、推理力が必要な言い方するの? …んーと、あー、分かった。7年かけても目的が達せられないなら、それは無駄な努力ってことだよね。場合によるけど、今回はまさに無駄。疲れていると無駄だって気づけないけど、自分のおうちに帰って休んだ後なら分かるってことね。そして理解したなら、もうタルートリーの前へは現れない。」
 シーネラルが頷いてやると、ザンが満足げに微笑んだ。「よしっ。正解だわ。」
「問題はすべて片付いたな。」
 トゥーリナが右手をひらひらさせて言った。界間移動の穴が開いた。「腹減ったから、俺は帰るぞ。リトゥナも来るか?」
「はい…うん。お父さん。」
 リトゥナは父親の側へ立った。
「じゃあ、俺等も帰ろうよ。お腹空いた。」
 ペテルがお腹を撫でながら言った。
「う…れも(訳=でも)。」
「ここじゃご飯は食べられないし、一旦戻ろう。…あ、そうだ。タルートリーも妖魔界へ来る? あんたがご飯を食べ終わるくらいなら待つけど。」
 シーネラル達はタルートリーが食事中に来たので、テーブルの上にはまだ食べ終わっていない料理が並んでいた。
「何故わたしが…?」
 タルートリーが当惑している。ペテルが口を開く。
「だって、第一者とリトゥナが帰ったら、あんたはザンが見えなくなるよ。まだお喋りしたいでしょ? 妖魔界へ行けば、あんたもザンに触れるし、俺達がご飯を食べている間、ザンは暇なんだから、好きなだけお喋りすればいいじゃん。」
「…。」
「決めるなら、さっさと決めてくれ。俺は早く飯が食いたい。」
 トゥーリナがじりじりした様子で言うと、ザンは呆れた顔をする。
「あんたは武夫ちゃんの血を吸ったでしょ。ちょっとくらい待ちなさいよ。」
「あれはあれ。飯はまた別だ。」
「んもう。」
「…分かった。行こうぞ。」
 タルートリーが頷いた。「わたしは普通の人間だが、体には何の影響もないのであろうな?」
「妖魔界は、東京の汚染された空気よりよっぽど綺麗だぞ。」
「ここ北海道だよ。」
「例えだ、例え。」
 トゥーリナはザンの突っ込みに反応した後、「じゃ、待っててやるから、さっさと飯食え。」
 手をひらひらさせて穴を閉じた。

 妖魔界。
「さー、飯、飯。」
 穴から飛び出したトゥーリナが、リトゥナの手をとって、さっさと食堂へ向かっていった。ペテルが武夫を肩の上へ乗せて、歩いていく。シーネラルは夫婦を見た。
 『やっぱり、第一者を思い起こさせるな…。』
 立派だった第一者タルートリー。シーネラルよりは若かったが、素晴らしい男だった。あの男がギンライに殺された時はショックで…。ギンライは最低の第一者だったし、トゥーリナは若すぎて威厳がないし…。
 『もっとまともな者に第一者になってもらいたい。その点はあながち、ダーク・デーモンとやらの言葉も間違っていないな…。』
「シーネラル、何やってんの。夫婦の語らいを邪魔しちゃ駄目だよ。」
 ペテルが戻ってきて、シーネラルの腕を引っ張った。「俺達は、夕ご飯を食べよ!」
「分かった。行くから引っ張るな。」
 シーネラルは腕をさすりながらペテルの後をついて行った。

 タルートリーは窓から下を見下ろした。赤く暗い空に、不気味な形の樹木。庭を異形の者達が歩いている。何かが体にまとわりついているような気がして、少し気味が悪い。
「ここが妖魔界…。気味の悪い世界だの。トゥーリナとかいう者は、空気は綺麗だと申しておったが、何やら見えぬ物が周りに漂っているようで…。」
「それは魔力だよ。妖気や霊気みたいな不思議なものが漂ってるの。今、この部屋にはわたしとあんたしかいないのに、わたしたちがこうしてお互いを認知できるのは、そのお陰よ。」
 ザンがにっこり笑った。「あのさ、妖怪にすれば、人間界も気味が悪いんじゃない?」
「そうやもしれぬの。しかし…、異文化交流も難しいというに、異世界の者達と仲良くするというのは…なかなか難しいの。」
「姿形が違うだけで、殆ど変わらないよ。考え方の違いは、それこそ外国人と喋ってるって思えばいいし。ああ、あと見た目で年齢が分からないのも困るけど、日本人と違って、年功序列みたいな考えはあんまりないから大丈夫よ。」
 ザンの言葉にタルートリーが目を見張る。
「あの者達は、皆同じような世代ではないのか? リトゥナだけは子供だが、後は皆若造であろう?」
「違うよ。あんたにとっての新顔のシーネラルは中年くらいだけど、あんたより年上かなあ。ペテルは20代後半か30代はじめくらいかな。今は脳の障害の関係で子供っぽいけど。トゥーリナは20代に入ったばっかりくらい。だから、若造と呼べるのは、立場は一番偉いトゥーリナだけよ。」
 ザンは続けた。「しかも、今言った年齢は人間に例えるとってだけで、トゥーリナ以外は千年以上生きてるわ。シーネラルなんて、三千年なんだって言うから…。気が遠くなりそうよね? だって、紀元前から生きてるって…。理解の外。」
 ザンは笑ったが、タルートリーは呆然となった。
「本当に物の怪だの…。あの者達は…。」
「確かに化け物だけど、気のいい人たちよ。武夫とあんたを救ってくれたんだし。」
「そう…だの。」
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