シーネラルのお仕事

3 M/m

「えお、あちょうたぁね(訳=僕は遊びたい)。」
 皆でお喋りばかりしているのがつまらなくなったらしく、武夫が言った。彼は立ち上がると、扉の方へ向かって歩き出した。ペテルも立ち上がると、武夫を追いかけた。
「待って、俺も行くよ。」
「にこ、にこ(訳=行こう、行こう)。」
 このメンバーでは、基本的に武夫のことが最優先される。それで、皆は外へ遊びに出かけた。

 妖魔界は一年中温暖な気候である。昨日は土砂降りの雨だったが、今日は爽やかに晴れていた。外で遊ぶ子供たちも多くいて、リトゥナの姿を見かけた。離れた所では、百合恵を含めた奥様たちが井戸端会議の真っ最中。何処かで誰かが殺されたり、命を懸けて戦っていたりするなんて信じられない平和さだ。城の塀の中にいる限り、ここは日本と変わらないのだ。
 武夫はリトゥナを見つけたので、そちらの方へ、よたよたと歩き出した。本人は普通に歩いているつもりなのだろうが。シーネラルの目には、がりがりに痩せている武夫は、病人のように見えた。一緒に過ごし始めて一ヶ月近くになるが、この子供はこの城で十分に食べさせてもらっている。あの第一者は、居候だなんだとけち臭いことを言わないのだ。
 『不可解な子供だ。』
そう思う。暇を持て余したシーネラルが思考の海に沈んでいるうちに、武夫とペテルとザンは、はしゃぎながら遊び始めていた。シーネラルはその声で我に返る。『俺はここに居る必要があるんだろうか……。』またいつもの気持ちに戻りながら、シーネラルは皆をぼんやりと眺めていた。
 いつもなら、そのまま何事もなく時間が過ぎていき、夕食の時間を迎える。
 しかし。
 仕事を終えた第一者の部下達が、子供達の前に姿を見せた。父親の元へ走っていく子もいれば、手を振るだけの子もいる。父親の側へ行った子供達が甘えるのを武夫はじっと見つめた。遊びの輪から外れ、武夫は親子たちを食い入るように眺めている。母親とペテルは気づいていない。気になったシーネラルは、彼の側へ歩いていった。
「どうした?」
 武夫はビクッとし、シーネラルを振り返ると、不自然に見えるほど目を大きく開けて彼を見た。両手はズボンを掴み、硬直した。その反応は、シーネラルの古い記憶を掘り起こした。孤児院時代に見慣れたもの。それは、虐待されている子供の反応だった。シーネラルは声をかけただけだった。肩や頭を軽く叩く為に手を上げることすらしなかった。それなのに、どうして……。
 疑問に思っている間に、武夫の硬直がとけた。目は普通の大きさに戻り、表情が出た。
「ちぃー。びっく、ちた(訳=シーネラル。吃驚したよ)。りゅ。」
 いつもの笑顔は、少し前の反応など嘘に思えるくらい無邪気だった。どうして、何もしていないのに被虐待児の反応をしたのか、それ以前に、何故、可愛がられ愛されている筈の武夫が、そんな反応を示すのか。疑問が沸いてきたが、とりあえず、一番最初の疑問を解決することにした。
「父親が羨ましいのか?」
「うー?」
 武夫が思い切り顔をしかめた。まるで意味が分からなかったらしい。シーネラルは訊きなおした。
「父親たちを、じっと見ていたのは、どうしてだ?」
「えおも、おとーちゃま、あーたー(訳=僕もお父様に会いたい)。」
「……お父様?」
 武夫はザンを“お母ちゃん”と呼んでいる。「母親はちゃんなのに、父親は様……。どうして違う?」
「ちららい(訳=知らない)。」
「そもそも、お前の父親は生きていたのか?」
 妖魔界でずっと過ごしているので、なんとなく、父親も死んでいるのだと思っていた。武夫は、障碍がある上に天涯孤独の身の上なり、心配した母親のザンが、妖怪のザンに頼んで妖魔界にいるのだとも思っていた。同じ顔と名前なので、幽霊のザンと妖怪のザンは、生前から仲がいいと聞いていた。だから頼ったのだと。
「にきてーよ。にほーのおうち、にる(訳=生きてるよ。日本の家にいる)。」
 父親が人間界にいるのに、妖魔界に住んでいるとは。被虐待児のような反応を示すし、この子供は分からないことばかりだ。シーネラルはそう思った。……いや、本当は答えが出ていたのに、気づきたくなかったのだ。幼い頃に母親に捨てられ、孤児院で辛酸を舐めた彼は、それでも、血の繋がりのある親子に、幻想を抱いていたのだ。自分の親以外の親は、必ず子供を愛すると。
「えお、おとーちゃまのとこ、にきたあ。ちぃー、るれてって(訳=お父様の所へ行きたい。シーネラル、連れて行って)。」
「どうして、俺に言うんだ? ペテルか、第一者に言えばいいだろう。」
 シーネラルの言葉に、武夫は暗い顔した。
「らめ、いう。ちぃーも、らめ(訳=駄目って言われる。シーネラルも駄目なの)?」
「俺は連れて行ってやってもいい。だが、お前に甘いあの二人が、お前を父親の元へ連れて行かない理由が気になる。」
「う……。」
 武夫は俯いた。シーネラルは、自分の言葉が難しくて、武夫には理解できなかったのかと思ったが、様子を見るとそうではないようだ。それで簡単に言い直す必要があるのか考えていると、ザンとペテルがやってきた。
「遊ばないで何してんのさ?」「今とっても面白いとこなんだよ! 行こうよ、えお。」
「えおが、父親に会いたいから人間界へ連れて行けと言った。しかし俺は、お前達か、第一者に連れて行ってもらえばいいと答えた。すると、えおは……。」
 シーネラルの言葉をザンが遮った。
「あのさあ、その台本かなんかを読んでいるような言い方は何? 何か隠したくて、嘘でもついてるの?」
「……元からの喋り方だ。気にするな。」
「そういえば、シーネラルって長年一人で旅していたんだっけ? それで、人間らしい喋り方を忘れたのかなあ……。」
「……そうかもしれないし、違うかもしれない。」
 シーネラルにはどうでもいいことだった。「それで、続きは聞くか?」
「話の展開がヤバいから、聞かなくていいや。ペテル、即効で武夫の気をそらすよう、努力せよ!」
「了解!」
 ザンとペテルは、「おとうちゃま……。」と呟いている武夫を子供達の所へ連行して行った。
「……。」
 武夫の父親の話は、何故かは知らないがタブーのようだなとシーネラルは思った。そこで気づけば良かったのだ。そうすれば、あんな不快な思いをしなくて済んだのに。

 次の日。武夫の父親に会いたい思いは最高潮になったらしく、ザンやペテルがどんなに気をそらそうとしても無駄になった。第一者はいまだ生ける屍状態で頼りにならないし、二人はとても困っていた。
「ちぃーっ、るれてってっ!!」
 武夫が金切り声を出した。「おとうちゃまのろこ、にくーーっ!!」
 普段は大人しい武夫が大声を出して暴れているので、シーネラルは目を見開いたまま、硬直していた。
「えお、僕の背中に乗って、空を飛ぶって言うのはどう?」「あ、それいいかも? 久しぶりだから楽しいよ。お母ちゃんも行きたいなあ……。」
 ペテルとザンが冷や汗を流しながら言うが、武夫は二人の方を振り返りもしなかった。
「ちぃーっ!!」
「一体、えおはどうしたって言うんだ?」
 シーネラルは言ったが、ザンとペテルは彼を無視して、武夫に話しかけている。
「ちぃー……。」
 叫びすぎて武夫の声がかれてきた。
「そんなに言うなら、連れて行こう。」
 武夫と父親が会ってはいけない理由を教えてもらえないし、武夫が哀れになってきたのでシーネラルは、界間移動の呪文を唱えた。これで扉を開けば、人間界と妖魔界の移動が可能になる。
「ちぃー……、あいがと(訳=有難う)。」
 武夫の手がシーネラルの足に触れた。武夫の家の映像が見えた。これで、学校のお話で、トゥーリナが和也を日本へ連れて行った時のように、全く違う場所に出てしまうことはない。
「駄目っ!」
 ペテルに突き飛ばされた。呪文が終わった後だったので、シーネラルの側に、黒い穴が開いていた。シーネラルは無言で起き上がると、ペテルを睨んだ。
「きちんとした理由を言え。」
「それは……。」
 ペテルが言いかけると、武夫が叫んだ。
「るるちゃいっ! りゃま、るるなっ(訳=五月蝿いっ、邪魔するなっ)!!」
 ペテルは吹っ飛び、壁に激突した。シーネラルは仰天した。武夫がそんなに強い霊力を持っているとは思わなかったのだ。それに、いつも友達として懐いているペテルに、そんなことをするとは思わなかったし、さらに、彼がペテルを見たときの表情が、シーネラルを驚かせた。いつも幼い表情なのに、それは、憎悪だったのだ。

 霊力とは、人間の気のことで、妖怪の妖力のようなものである。強い人は幽霊が見えるし、超能力のように不思議なことも出来る。武夫が人の心を読めるのは、霊力のお陰だ。

「なんてことをするんだ。」
 シーネラルは呟いた。ペテルはかなり強いので、たいしたダメージを受けていないようだった。痛たたた……と言いながらも、楽々と立ち上がった。しかし、シーネラルは武夫を許せなかった。「強い力を持っている者は、力の使い方を誤ってはいけない。相手が、ペテルじゃなくて子供だったらどうするんだ。」
 ビクッとした武夫を抱え込むと、シーネラルは彼のお尻を叩いた。
「ごめんちゃーいっ。」
 武夫は泣き出したが、シーネラルはきちんと躾すべきだと思い、お仕置きを続けた。
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