シーネラルのお仕事

 かくれんぼから、二日後。ラルスが死んでいたと分かったトゥーリナは、落ち込んでいた。そんな彼の前に、ラルスの育ての親だと言う男が現れた。
「初めまして、第一者トゥーリナ様。俺は、シースヴァスと言います。」
 彼は、生きていた頃のラルスは壊れていたから、天国に来られるのは数百年後だと告げた。
「数時間しか一緒に居なかったんだよねえ?どうしてあんなに落ち込めるのか、俺はとっても不思議なんだ。」
 ペテルは理解できないという顔をした。
 シースヴァスからの宣言で、第一者が浮上するのにさらに時間がかかりそうになってしまった。一応仕事はこなしているようだったが、幽霊のザンより、トゥーリナの方が生気がないという有様だ。
「うー…。」
 武夫が心配そうな顔で唸った。「トゥーちゃん、あうす?うさちゃん?…ちゅきなんらよ。たーせちゅな、いとなぁよ(訳=トゥーリナは、ラルス…兎が好きなんだよ。大切な人なの)。」
「ほんのちょっとしか一緒にいなかった人が、どうしてそんなに大切なのかなあ…?」
 ペテルがなおも言うと、今度はザンが答えた。
「あの落ち込みようはちょっと異常かもしれないけど、トゥーリナは、もう誰も生きていないか、生きてても名乗り出るつもりもないと思っていた兄弟が、出てきてくれて嬉しかったわけでしょ?やっと会えたたった一人の兄が、実は死んでました、しかも、次に会えるのは当分先のことです。なんて言われたら、あたしでもショック受けると思うなあ。だからね、一緒に過ごした時間よりも、どれだけの関係を築いたかが問題なわけ。」
「成る程ねー、ちょっと分かったよ。」
 ペテルが頷いた。
「…あんなに落ち込むんだったら、言ってやれば良かった。」
 それまで黙っていたシーネラルが呟いた。
「え、知っていたってこと?」
 ザンとペテルが驚いた顔をする。
「鬼ごっこだったかをしていた時、第一者とラルスに会った。第一者はまだ若いから、ラルスが霊体だと気付いていないようだった。でも俺は、教えなかった。二人がどんな関係なのか知らなかったし…、いやたとえ知っていたとしても、本人が隠したがっていることを言う必要はないと思ったからな。」
 ザンは「かくれんぼでしょ。」と呟いたが、武夫がシーネラルの腕に触れた。
「にわなくて、にーの。ちぃー、あってう(訳=言わなくていいの。シィーは合ってるよ)。」
「どうしてそう思う?」
「あうす、ぎんらちゃん、にわないでいうた。らかあ、いーの(訳=ラルスはギンライに言わないでと言った。だから、いいの)。」
「?」
 シーネラルは意味が分からなくて、顔をしかめた。ザンが驚く。
「えー?武夫ったら、いつそんな話を聞いたわけ?」
「俺には話が見えない。」「俺も分からないなあ。」
 シーネラルとペテルが言った。ザンが二人を見た。
「ラルスさんはギンライに、自分が死んでいるということをトゥーリナに教えないでと言ったのよ。だから、シーネラルがそれを気にしなくていいんだって。」
「そうか…。」「へー。」
 二人は納得した。ザンは武夫を見た。
「で、あんたは、いつギンライの所へ行ったのよ?」
「ちらない。えお、トゥーちゃん、ちんぱ。ぎんらちゃ、なでなでるる、おもーた(訳=知らない。僕は、トゥーリナが心配。ギンライが撫でてあげる(=慰める)と思った)。」
「あんたに時間について質問したのは間違いだったわ。分からないもんねぇ。…にしても、また推理が必要な台詞を…。えーと、つまり、トゥーリナが心配なあんたは、ギンライの所へ行って、慰めてあげてと言ったわけね?ギンライは、照れくさいのかなんなのか知らないけど、いっつもトゥーリナをからかうから。今回はそんなことをしないで、普通に慰めて欲しいと。で、その時、ギンライはラルスさんの話をしてくれたのね。」
「りゅー。」
「合っているみたいね。」
 ザンは満足そうに微笑んだ。「…トゥーリナに関してだけど、時間が解決するしかないんじゃないかしら。」
「そうだよね…。どうしようも出来ないよ。」
 ペテルが頷いた。

「訊こう訊こうと思って忘れていたが、お前達はどうしてザン様の城へ帰らないんだ?」
 トゥーリナについての話が一段落したので、シーネラルが言った。ペテルはザンの部下だから、トゥーリナの城にずっと住んでいるのはおかしいと彼は思っていた。
「ザン様の城に戻ったら、俺は牢屋に居なくちゃいけないから。つまんないんだ。」
「……? えおと居れば、お前は正常なんだから、牢に居なくてもいいだろう?」
 シーネラルの問いに、ザンが答えた。
「あのね、シーネラル。自分が、戦う力がない一般人だったらと想像して。」
「……した。それで?」
「ペテルは一人の時は怖い奴。自分等なんか、指一本くらいで簡単に殺せそうなのね。しかも、人間を食べる。武夫は見た目には、ただの栄養失調の子供にしか見えない。しかも人間。そんなか弱い人間のさらに弱そうな子と一緒にいるだけで、この怖い人が無害になりますとか言われて、信じられる?」
 シーネラルは黙っていた。彼が答えないので、ザンは続ける。「信じたとしても、いつ、この子供には飽きたとか、旨そうだとか言って、あっさり殺したり、むしゃむしゃ食べ始めたら? そうなってしまったら、また元の怖い奴に戻って、弱い自分達は、なすすべもなく殺されるわけだよね。」
「……良く分かった。そうだな。今のペテルしか知らない俺には、何てことないと思えたが……。確かに、いつ暴れだすか分からない奴が城をうろついていたらおそろしいし、牢にいてくれと思うのも無理はない。」
 シーネラルが頷いた。「こいつと一緒にいるとそういう想像は出来ないが……。しかし、こいつをよく知らない奴に、それを分かれと言うのも……。」
「そういうわけ。あとさ、そもそもこの城に来たのは、武夫と仲良くなったペテルが、第一者を見せてあげると言ったからなんだよね。」
「ほう。」
 シーネラルは二人を見た。それに気づいた武夫が口を開く。
「ちょう。えらーひと、みたなった。トゥーちゃん、こわかっらね。にま、いーひとらよ(訳=そう。(ペテルにそう言われて)偉い人が見たくなったよ。(でも、会ってみたら)トゥーリナは怖い人だったね。今は、いい人だけど)。」
 ザンは武夫の頭を撫でた。武夫がにっこりする。
「そうなんだよねー。会いに行ったのはいいけど、忙しかったらしくてさ。用もないのに会いに来るな!! って怒鳴られてさー。すんげー、感じ悪かった。武夫ちゃんは泣いちゃうし。」
 ザンがにやっと笑うと、武夫がむくれた。「……トゥーリナがまだ弱かった頃、ペテルに殺されかけたことがあって、それでペテルが嫌いだったって、後で教えてくれてさ。それで、冷たかったんだって分かったんだけどね。」
「俺は覚えていないんだ。第一者とターランが教えてくれたけど、その時の俺は、ザン様が会いに来てくれなくて寂しいのと、死んだんじゃないかって心配して、牢屋を抜け出したんだって。で、俺が牢を抜け出したからって警報が鳴ってたんだけど、第一者はろくに注意もしないで歩いていて、俺に会ったんだ。俺にはザン様以外は全て敵に見えるから、第一者を殺そうとしてしまったんだってさ。」
 ペテルが苦笑する。「で、ターランが俺を止めに来ていなかったら、今頃、第一者はとうに墓の中。百合恵達に恨まれてたね。」
「自分を殺そうとしたことのある奴が、忙しい自分に用もないのに会いに来たら、そりゃ不快になるな。」
 シーネラルは頷きながら言った。「それで……。」
「帰ろうと思ったんだけど、トゥーリナが武夫を見て、お前旨そうだから、血を吸わせろとか言い出して。あたしは絶対に駄目って言ったんだけど、武夫が、いいよって言っちゃってさ。」
「のもちろ(訳=面白そうだったから)。」
 武夫が言った。機嫌を直してにこにこしている。武夫は何か悲しいことなどがない限り、常に笑っているので、シーネラルは一種の才能だと思っている。笑っていることがではなくて、その笑いを見ていると、大抵の人が一緒に笑いたくなることが、である。普通の人が笑っていると、場合によっては馬鹿にされてると感じることもあるのに、武夫に関してはそういうことがないのだ。
「人間界には吸血鬼なんていないからね。トゥーリナは吸血蝙蝠だけど、どっちにしても同じでしょ。……とにかく、トゥーリナは武夫の血が気に入っちゃったの。さっき言った理由で、お姉様のお城にいるのは面白くないし、トゥーリナが武夫を気に入っちゃったから、わたし達はこの城に住んでるのよ。」
「そうか……。」
 シーネラルは、ではやはり、ザン様の城に戻るには、ペテルがもっと良くなるしかないのか……と思った。
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