シーネラルのお仕事

「じゃあ、シーネラルが鬼だから、皆を探すんだよ!」
 ぺテルが楽しそうに言った。「じゃあ、皆行こう!」
 ぺテルと武夫、武夫の母親の幽霊のザン、リトゥナ、トゥーリナの部下の子供達が、蜘蛛の子を散らすようにいなくなった。シーネラルは一人ぽつんと立っていた。彼は溜息をついた後、声を出して数を数え始めた。

 ここは、第一者トゥーリナの城。第二者ザンの部下になったシーネラルが、初めて彼女に命じられた仕事が、ぺテルの面倒を見ることだった。シーネラルは、今はザンの一の部下であるジオルクが、まだただの盗賊だった頃、彼の右腕として活躍していた。その時、行き倒れたザンの面倒を見たことがあった。彼女はそれを覚えていて、シーネラルが人の面倒を見るのが上手いと思ってしまったようだ。
 面倒を見る理由は、ぺテルは、ザンをかばって頭を矢で貫かれてから、彼女以外を敵とみなし容赦なく攻撃するロボットと化してしまっているから。そのロボットペテルは、理由は分からないが、武夫といると落ち着くので、武夫と長い間離れない限りは安心していられるのだが、念のためにシーネラルに監視して欲しいそうだ。

 20を数え終わり、シーネラルは、城の中を歩き出した。城は広いので範囲を限定してあった。しかし、面倒なことには変わりないので、彼はまた溜息をついた。
 城の中をうろついていると、傷だらけの兎の男と、第一者が歩いてくるのが見えた。第一者はまだ若く、性格的にも幼いところが目立つ男で、シーネラルとしては、第一者の名が泣くと思っている。しかし、彼はそんな風に思っていることはおくびにも見せずに接しているせいか、第一者自身は、伝説の男と呼ばれるシーネラルに敬意を表してくれていた。
 頭を下げて通り過ぎようとしたら、隣にいた兎が声を上げた。
「シーネラルさん!!」
 全く見覚えのない男、しかも霊体に名を呼ばれたので、シーネラルは吃驚した。彼は、伝説の男と呼ばれてはいるが、行為が有名なだけで、名前や姿は知られていない。だから、学校のお話でネスクリはシーネラルを知らなかったのだが、この兎は何故か彼を知っているらしい。しかし、この男はどうやって地上に留まっているのか…。
「…。」
 何も言えず黙っていると、兎は少しだけ悲しそうな顔で言う。
「僕を覚えていない?」
「悪いが…。」
 本当に覚えていなかったので、彼は首を振った。
「そうなの…。」
 男は残念そうに黙った。隣にいた第一者は、「誰かと間違えているんじゃねえか?」と呟いた。シーネラルもそう思った。凄まじい外見なのに、話し方は子供じみているこんな男に一度でも会っていたら、決して忘れないだろうから。
 が、兎は何かを思いついた顔で言った。
「あ、そうそう。…うーんと、シーネラルさんは正義の味方をやっていて、お父さんを悪い人と勘違いして、殺そうとしたんだ。その、お父さんが僕を奴隷商人に売る人だと思ったんだよね。」
 兎の説明は下手だったが、シーネラルはあっという間に思い出した。正義の味方なんて柄でないことをやろうとした瞬間に、思い切り間違えて、罪のない男を殺すところだったのだ…。嫌な記憶その3だ。1は王女に騙されたこと、2は髪の毛の噂を信じなかったせいで、障碍者になったことだ。2の記憶の結果、自分は伝説の男と呼ばれているわけだが、ちっとも有り難くない。
「思い出した…。お前、あの時の子兎か…。」
 草むらの影で、震えていた子兎。名前はラルスだ。思い出したとはいえ、目の前の男とは結びつかなかった。
「え、あんた、そんな正義の味方なんてやってたのか。」
 第一者の言葉に、彼は赤くなった。
「…まあ、その。そんな大仰なものではないっすよ。この兎と、一緒に居た男が似ていなかったので、そいつを悪い奴と勘違いして…。俺みたいな不幸な子供を増やしたくなくて…。」
 孤児院で虐待され、孤児院に出資している貴族が原因と思い込んだシーネラル。彼は、貴族ばかりを狙い殺したので、“貴族殺し”という通り名まで頂戴した。当時、子兎だったラルスと父親にも説明したが、彼はラルスにはそんな目に合って欲しくなかった。
「へー。」
 第一者は素直に感心しているようだったが、シーネラルには恥ずかしい記憶でしかないので、さらに赤くなった。

「でも…、良かった。シーネラルさんにまで会えるとは思わなかった。もう思い残すこともないや。」
 ラルスは霊体であることをどうにかして隠しているようだったが、シーネラルにはまる分かりだった。多分、年の功なんだろう。しかし、年若い第一者は気づいていないらしく、不満そうに文句を言いだした。
 第一者との会話を終えたラルスがこちらを向いた。
「今日、会えて本当に良かった。ねえ、女の人、好きになった?」
 ラルスの言葉に吃驚した。
「…まだ。…俺は、そんなことまで子供に言ったんだったか…。」
 当時の自分は何を考えていたのか、問い詰めたくなった。
「色々教えてくれたよ。…そっかあ。まだ駄目なんだあ…。」
 ラルスは微笑むと、「早く傷が治るといいね。」
「そうだな…。」
 シーネラルは軽く頷いた。

 ラルス達と別れた後、シーネラルは、またペテル達を探し始めた。鬼ごっことやらをしなければならないのだ。 ペテルは武夫といることにより、症状が改善されてきている。もっと良くなったら、脳の手術が出来るようになるそうだ。そうなったら、シーネラルはお役御免だ。しかし、それがいつになるのかは全く分からない。
 『いつまでこうしていなきゃならないんだろうな…。』
 シーネラルは、3度目の溜息をついた。とりあえず、人間である武夫が死ぬ前にそうなって欲しいもんだと彼は思った。何千年も生きる妖怪と違って、人間はすぐに死んでしまうのだから、…ゆっくりしている暇はないのだ…。

 リトゥナと彼の父親の部下の子供達を見つけた。後は、ペテルと武夫とその母親の幽霊ザンだけだ。シーネラルは、物陰を探したり、廊下をうろうろしていた。事情を知っている第一者の部下やメイド達から、大変ですねと声をかけられた。有り難いのか、見て見ぬ振りをしていてくれた方がいいのか、シーネラルは分からなかった。
 後は何処を探していないんだろうと考えていたら、幽霊のザンが視界の端に映った。彼女は成仏というか、天国に行っていないので、幽霊と呼ばれている。人間は、妖魔界と違って、天国に行ってしまうと、お盆以外には地上に下りてこられないので、息子の武夫が心配な彼女は天国に行かないのだ。人間は一部を除き、幽霊を見たり会話したり出来ないので、そうなるのだろう。霊体と違って、彼女には触れない筈なのだが、妖魔界は魔力などの不思議な力が強いせいなのか、触ることが出来る。
「それをやったら、子供には見つけられない。」
 シーネラルが言うと、ザンが出てきた。
「あんただからやったんだよ。子供達が鬼だったら、普通に隠れてるよ。」
 ザンは、物陰に隠れるのではなく、姿そのものを消していた。ラルスが霊体であると気づいたように、シーネラルにはかすかに見ることが出来た。「あーあ、もう見つかったのかあ。つまんないの。」
 ザンはシーネラルの後をついてきた。
「お前がここに居るってことは、ペテルとえおもここら辺なんだな。」
 幽霊のザンは、息子の武夫に取り付いているから地上に居られるので、息子からそれ程離れることが出来ないのだ。彼女は18歳の時に武夫を生んですぐに死んだが、大抵は13歳の姿をしている。その頃が人生で一番充実していたからだそうだ。
 ちなみに、武夫は自分を僕や俺ではなく、「えお」と呼ぶので、元日本人の百合恵と母親のザン以外は彼をえおと呼ぶ。妖魔界の人達には、武夫と言い辛いのである。日本人だった頃の母親に育てられたリトゥナも武夫と呼ぶことが出来るが、「えおって呼ぶ方が可愛い。」と言って、彼もえおと呼んでいる。
「あたしが答えるわけないじゃん。」
「聞いたわけじゃない。」
「あっそ。」
 いよいよ普通に探すのが面倒になったので、シーネラルは目を閉じて、武夫の気配を探った。
「あ、ずるしてる。」
 ザンは楽しそうだ。シーネラルの周りをふわふわ飛びながら、「いーけないんだ、ずるい、ずるい。」
 歌っている。シーネラルは無視して、気配を探り続けた。と、探索している手を小さな手が払った。武夫だ。数メートル先の部屋の中にある箪笥の陰にいるペテルと武夫の気配を感じた。
「いた。」
「駄目じゃん、武夫ったら。」
 ザンが苦笑した。シーネラルが歩いていくと、鮮やかなアゲハ蝶の羽を持つペテルと見た目にはただの成長不良の子供でしかない武夫が出てきた。
「えおは我慢が足りないね。」
 ペテルが爽やかな笑みを浮かべた。
「らって、くちゅぐったぁんらもん(訳=だって、くすぐったかったんだもん)。」
 武夫が不満そうに口を尖らせた。気配を探ろうとするシーネラルの妖気が、武夫にはくすぐられているように感じたらしい。それで、はねのけてしまったのだ。その行為の結果、シーネラルには二人の場所が分かったというわけだ。
 学校のお話で、武夫はテレパス(人の心を読める能力の持ち主)だと和也に説明されていたが、彼の力はそれだけではない。人間界に居る時はそれくらいなのだが、妖魔界に来ると、彼も影響を受けて、様々な力が使えるのだ。
「そうだね。しょうがないよね。」
 ペテルは慰めるように武夫の頭を撫でると、「次の鬼は誰なの?」
「名前を知らない。オレンジ色の髪の毛で、白い鳥の羽と竜の羽がある女の子だった。」
「あー、シルリルちゃんか。じゃ、皆の居る所に戻って、続きをしようか。」
 シーネラルは、俺は止めていいかと言いたくなったが、これは仕事なんだと自分に言い聞かせ、無言で三人の後をついていった。
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