ふわふわ君

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  8 お父さんって大変?  

「こら−、お前等っ!!」
 元・偉い人の怒鳴り声で、子供達は飛び上がった。「危ないから、ここで遊んじゃ駄目だって、言ってあったろっ!」
 小さくなっている子供達の側に近寄りながら、彼はお説教を始めた。

「ったくぅ、トゥーリナに散々嫌味を言われたぞ。ケル。」
「にゃ。お父にゃん、ごめにゃさい。」
 ケルラは舌をぺろっと出した。
 彼が言い出したことだった。あそこは楽しそうだから行きたいと、渋るリトゥナを説得してたら、皆が行きたいと騒ぎ出した。「お尻を叩かれちゃうよ?」と言っていたリトゥナも、最後には折れた。
「誰も怪我しなかったから、良かったけど…。ケル、もう、危ない真似すんなよ。」
「はい。…。」
 ちょっとの間。『お説教は終わり?お尻ぺんぺんかな…。』ドキドキしているケルラ。が、ラークは何もせずに夕飯の支度を始めてしまった。『ぺんぺんなし?』ケルラは吃驚した。
 あの時、お説教が済んだ後、あの場で全員、元・偉い人に裸のお尻をうんとぶたれたのに…。

「まず、リトゥナ、お前からだ。一番大きなお前が、皆を止めなくてどうするんだ。厳しく行くから覚悟しろよ。」
「はい、お父さん…。」
 リトゥナが青ざめながら答える。ズボンとパンツを下ろされ、体を掴まれて、切り株に座っているお父さんの膝にうつ伏せにされた。切り株は低いので、いつもはつかない手が地面に届いた。
「あ・あの、リトゥナ君は、最後まで駄目って言っていました。」
 女の子が怯えながらも必死に言った。「でもわたし達が、行こう行こうって、我が侭を言ったんです。リトゥナ君は、危険だから付いて来てくれたんです。」
「そうか…。リトゥナ、どうしてちゃんと言わないんだ?」
「僕…お父さんに言われたように、一番年上だから、ちゃんと止めれば良かったって思ったから…。厳しくされて当たり前って思ったから…。」
「その心がけはいいな。でも、それなら、大人を呼べば良かったんだ。」
「あ、そうか…。」
「でも、俺が来た時、お前は楽しそうに遊んでいたな。監視役をちゃんとしていなかったんだから、やっぱり厳しくするぞ。」 
「はい。」
 尻尾を掴まれて、お尻に平手が飛んできた…。リトゥナのお尻が真っ赤になった後、トゥーリナは子供達の顔を見回す。
「次は…。」
「にゃ。」
「よし、じゃケルラ、来い。」
「みっ!!」
 怯えていて声が出てしまっただけなのに、呼ばれてしまったケルラは吃驚する。
「何だ、お前、名乗り出たんじゃないのか?」
「そういえば、ケルラ君が行こうって言い出したんだよね…。」
 男の子の呟きに、元・偉い人は、ケルラとその子を摘み上げた。
「次は言い出しっぺのケルラと、お仕置きを伸ばしたくて告げ口をした、お前な。悪い子には厳しいからな。」
 二人は、真っ青になった。そうして皆が順番にお仕置きされた。とっても痛くて、皆ワーワー泣いた。でも、皆は帰ったら、自分のお父さんにもお仕置きされるって泣いてたのに…。リーにゃんなんか、いい子だったのに、帰ったら鞭だぞって言われて青くなっていた。あの怖いコーナーもされるのかもしれない…。

 それなのに、自分はお父さんからのお仕置きはなしで、ケルラは嬉しかった。その時は、後で、うんと怖い思いをするなんて知らなかったから…。

 夜更け。ケルラの寝顔を見ながら、ラークは息を吐いた。可愛い寝顔。起こさないようにそっと撫でる。
「ラーク、あなたは、お父さんになったのよね?本当にケルラを愛してるんだったら、心を決めなきゃ。」
 クリュケの声が聞こえた気がした。勿論、そんなことは有り得ないけど。
「分かってる、クリュケ。明日、行く。」
 呟いて、ラークはタンスの前に立った。旅支度をする為に。

 星の光が降り注ぐ朝。畑仕事を手伝っているリトゥナの耳にケルラの鳴き声が聞こえてきた。
「にゃん、にゃん♪りーにゃん、おはよにゃ。」
「ふわふわ君、お早う。…あれ、靴を履いてる。何処かへ行くの?」
「にゃ。町。」
「何しに行くの?」
「鞭屋さん。」
 ニコニコしながら答えるケルラ。
「…え?」
 リトゥナは固まった。「鞭屋さんに行くの…?」
「お〜、そうか。ラークの奴、やっと行く気になったんだな。」
 元・偉い人が会話に入り込んできた。「父親としては当然の義務だからな。あいつも、これですっかり本当の父親になるのか。良かった。」
「お父にゃん、ちゃんとお父にゃん。」
 ケルラが膨れた。「まえと、ちがう。」
「そうだな。」
 元・偉い人はにやっと笑った。「所でケルラ、お前、鞭屋へ行く意味が分かってないだろ。」
「にゃ?」
「分かってたら、ニコニコしてないもんね…。」
 リトゥナが同情したような顔になる。
「うにゃ。」
 困っているケルラを見て、元・偉い人とリトゥナは、やっぱりという顔をした。
「あのね、ふわふわ君。鞭屋さんって、鞭を売ってる所なんだよ。ラークさん、ふわふわ君の鞭を買い行くの。」
 リトゥナの説明を聞いて、ケルラの大きな目がさらに大きくなった。
「にゃ…。」
「ふわふわ君、ちゃんと分かってると思うけど、お父さんって、皆、鞭を腰にぶら下げてるでしょ?大人の男の人は、お父さんになったら、皆そうするの。」
「だから、俺がラークも父親になったって言ったんだぞ。鞭を買うってのは、父親になった男の責任なんだ。可愛がるだけが親じゃないからな。」
「ここって本当に変な所よね…。」
 怖がって泣き出してしまったケルラ。それを見て、元・日本人の百合恵が呟く。「赤ちゃんみたいな子にまで鞭を使うし、奥さんがお尻を叩かれるのが当たり前だし…。」
 そこへ、ラークが走ってきた。ひょいっとケルラを抱き上げる。
「ケル!居なくなったと思ったら、ここへ来てたのか…って、どうした?誰に泣かされた?」
「みゃー…。お父にゃん…。」
「結果的に泣かせたのは、俺とリトゥナだけど、元の原因は、お前だ。」
「はあ?」
 元・偉い人の言葉の意味が分からなくて、ラークはぽかんとした。
「どうしてちゃんと鞭屋へ行くって、ケルラに教えてやらないんだ?」
「…?あんたが知ってるなら、ケルラは分かってるってことだろ。説明したんだから。」
「いや、そうじゃなくて、お前を叩く為の鞭を買いに行くって、ケルラが分かるように言ったのか?」
「う…。」
 ラークの額から、冷や汗がたらりと垂れた。
「何だ、わざとか?」
「だって、言っちまったら、ケルが怖がって、行かないって言うと思って…。あんた等、余計なことをしてくれたな…。」
「馬鹿、それはお前の都合だろ。ケルラの為にちゃんと説明しろよ。親の都合より、子供の気持ちを優先しろ。…お前、あんなに井戸端会議に参加してるのに、そんなことも分からないのか?」
「…。」
 不満そうなラークに、元・偉い人は続ける。
「ケルラは、お父さんと出かけられると、何も分からないで浮かれてる。朝は畑仕事で構ってくれないお父さんが、今日はずっと一緒にいてくれるから、楽しいわけだな。ところが、だ。鞭屋に着いた途端、訳も分からずに鞭選びで試し打ちされる…。その時のケルラがどんな思いを味わうか…。」
「あ…。」
「分かったか?お前のしようとしたことが。」
 元・偉い人に睨まれ、ラークは目を伏せた。それからケルラを見た。
「俺は、親父と同じことを…。ケルの気持ちを無視して、自分の事だけを考えて…。…親父の行動が少し分かった気がする…。」
 ラークはケルラをぎゅっと抱きしめた。「ごめんな、ケル。俺は、俺のことを少しも考えてくれなかった親父を恨んでたのに、トゥーリナに怒られなきゃ、自分のしたことにも気付けなかったなんて…。ごめん…。」
「にゃ。いいよ。」
 「ごめん、ごめんな。ケル…。」
 ラークは、ケルラに何度もキスをした。
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