ふわふわ君
7 初めて会った頃
ヴァレンタインの時の喧嘩、リトゥナは、いつ謝ろうと考えるまでもなく、ケルラに泣きつかれた。
「リーにゃん、ごめにゃ、ごめにゃ。」
「いいよ、もう怒ってないから。僕もご免ね。お父さんに、一杯お尻を叩かれちゃったよ。」
リトゥナはケルラのふわふわした頬の毛を撫でた。
「どーして?」
「僕、お父さんに鍛えられてるから…。」
「にゃ。」
リトゥナの言葉にケルラは笑った。元・偉い人は、村の成人男性を強制的に鍛えていて、ラークもその中にいる。いつも、文句を言いつつ、出掛けて行くお父さんが、ケルラには面白いのだった。
「何が可笑しいの?」
「リーにゃん。ぼく、だーいじょぶ。」
「それって、僕がまだ弱いからかな?」
「にゃ。」
「ま、それでいいや。ふわふわ君が僕のせいで大怪我したなんて、嫌だもんね。」
二人は微笑み合った。
リトゥナは50歳。ケルラは5歳。ついでに、リリミィが10歳で、ソーシャルは18歳。二人の年の差は、人間だったとしても結構離れている。それでも二人は仲がいい。
「今日は、天気がいいね。そう言えば、僕達が初めて会った日も、天気良かったね。なんか思い出しちゃったよ。」
「にゃ。」
二人の仲は、外に出されていたケルラに、リトゥナが声をかけてから、始まった。
引っ越してきた日、元・偉い人達が住む家を建てるのに、村の人達が協力してくれていた。今の所、子供は邪魔になるだけと感じたリトゥナは、父に声をかけた。
「僕、村の中を散歩してくるね!」
「おー、行って来い。おい、ソーシャル、邪魔だからお前も一緒についていけ。」
「なんでわたしが、あんな汚い所へ行かなきゃいけないの?絶対に嫌!!お兄様と違って、わたしは、下々と者と仲良くなんて出来ないわ。」
「ソーシャル!」
百合恵は娘を睨んだが、
「うちの姫様は、本当に気位が高くていらっしゃる。」
元・偉い人は口を歪ませて笑った。「リトゥナ、振られたな。」
「別にいいよ。僕は、この村の皆と友達になってくるね。」
リトゥナは微笑みながら、自分達を見ている子供達の所へ走っていった。
皆とすっかり仲良くなって、思い切り遊んだ。辺りが明るくなってきて、小さい子達から家へ帰って行く。自分もそろそろ帰ろうと思ったリトゥナの目に、ゆっくり動く尻尾が映った。
「あんな可愛い尻尾の子なんていたっけ?」
リトゥナは近くまで行ってみた。
「にゃ?おねーにゃん、だれ?」
毛が立ってふわふわしている猫の男の子が、おっきい目に不思議そうな色を浮かべて、訊いてきた。
『うわあ、可愛い!』
「僕は今日からこの村に住む、リトゥナだよ。あ、良く間違えられるけど、僕は男だから。」
「リーにゃん、男?」
男の子は大きな目を更に大きくして驚いている。その反応に慣れっこになってるリトゥナは、自分の呼ばれ方に微笑んだ。
「リーにゃんかあ。それ、いいね。君の名前は?」
「にゃん。」
男の子が体を擦りつけてきた。リトゥナは、ふわふわの毛を撫でて、その気持ち良さに目を細めた。ごろごろと喉を鳴らしている彼を撫でながら、もう一度訊いた。
「あのー、君の名前が知りたいんだけど。」
彼はリトゥナの指を舐めたり、体をこすり付けたりと忙しくて、それどころではないようだ。
そうこうしているうちに、帰って来ないリトゥナを心配して探しに来た、元・偉い人に捕まった。
「こら、リトゥナ。もうこんなに明るくなってきてるんだぞ。なんで帰って来ないんだ?夜飯はいらないのか?」
小脇に抱えられて、お尻をぱんっぱんっと叩かれる。痛くて涙が出て来た。ごめんなさいを言わなきゃと思いつつ、一発がとても痛くて声にならない。
「…痛いっ、いたっ。…ごめんなさーい。ご飯、食べるー。」
リトゥナがやっとのことで言うと、下ろしてもらえた。
「ったくぅ。飯食ったら、たっぷり、ケツ叩いてやるからな。」
元・偉い人は息を吐き出した。「家は出来たし、皆がお前を待っていたんだぞ。」
「はい…。」
「うんと言えって言ってるだろ。…ところで、あの子の家は何処だ?」
元・偉い人は、結局名前を教えてくれなかった、男の子を見ている。
「わかんない。あの子、皆と遊んでいた時も、一人でいたみたいだし…。」
「んー…。おい、坊主。」
元・偉い人は男の子の側に座る。「家は何処だ?もう遅いから、俺が連れってってやる。」
「にゃ。いい。」
「何がいいだ。遅くなったら怒られるのは、当たり前だろ。ケツ叩きぐらい我慢しろ。ほら、家は?」
男の子は下を向いていた。元・偉い人は両手を腰に当てると、男の子を睨んだ。「ほー、そんなにケツ叩かれたいんだな?」
「お・お父さん、この子まだこんなに小さいんだよ?そんなに怒ったら、怖くて何も言えないよ。」
「それもそうか。」
元・偉い人はリトゥナの言葉に納得した。それから、男の子から何とか家を聞き出して、連れて行って…。
「余計なことをするな!」
男の子のお父さんに思い切り怒鳴られた。元・偉い人は、眉を吊り上げると、彼を家の中に押し込んで、戸をバタンと閉めた…。
これから何が起こるか察したリトゥナは、男の子を連れて自分の家へ帰った。背後でお父さんが何か怒鳴っている声が聞こえた気がしたけど、気にしないことにして。
少しして帰ってきたお父さんは、男の子の名前を教えてくれた。でも、その頃にはもう、リトゥナとソーシャルは、彼に「ふわふわ君」と名付けていた。気位の高い筈のソーシャルも、ケルラの魅力には勝てなかったのだ…。
次の日、ケルラのお父さん、ラークの顔が少し張れているような気もしたけど、リトゥナは見なかったことにした。
「で、あの後、僕、お父さんに一杯お尻を叩かれちゃって、コーナータイムされたよ。」
「にゃあ…。こーなー?」
ケルラは小首をかしげた。
「ふわふわ君は、まだコーナーの経験が無いんだね。」
「にゃ?」
遅く帰ってきたお仕置きを受けた後、リトゥナは新しい家に、真っ赤に染まったお尻を見せる羽目になった。
「ちゃんと立ってろよ。動いたら二発な。」
「いっつも一回なのに…。」
「心配させるような悪い子は、厳しくされるんだ。」
「ごめんなさい。」
「俺はもう怒ってないけど、お前には反省の時間が必要だろ。」
「…うん。」
くすん。リトゥナは壁を見つめた。泣き止むまで抱っこしてもらっていたので、涙はもう出てこない。けれど、恥ずかしい…。新しい家の最初の夜は、笑って過ごしたかったのに…。
二回もぶたれるのは嫌なので、何とか我慢して立って、疲れたと思う頃、許された。
「こーなー怖い。みー、みー。」
コーナータイムの話しが怖かったのか、ケルラがぎゅうっと抱きついてきた。
「大丈夫だよ。ふわふわ君はもっと大きくなってからだと思うな。」
リトゥナは微笑んだ。
「リトゥナくーん、ケルラくーん。遊ぼうよー。」
リリミィが二人を呼んでいる。ケルラの尻尾がピンと立つ。
「にゃ。ミーにゃん!!」
ケルラがリトゥナを振り返り、「いこ!」
「うんっ。」
リトゥナとケルラは駆け出した。
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