凡例:〔 〕内は引用者註
2010年7月16日国家戦略室は、6月29日に公表した「社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会」の『中間取りまとめ』に対する意見の募集(パブリックコメント)実施を発表しました。
この意見募集は、以下のようにその形式においても、内容においても、「広く国民の意見を募集」し「今後議論を深めていく」姿勢がまったく感じられない不当なものです。かつて住基ネットに反対し廃止法案を提案してきた民主党が、国民の理解を得る努力もしないまま性急に番号制度導入に突き進もうとしていることは、背信行為といわざるを得ません。
私たちは、国家戦略室に対しこのような意見募集に抗議し中止を求めるとともに、検討会に対して「社会保障・税共通番号制度」導入を再検討するよう求めるものです。
今回の意見の募集は、『中間取りまとめ』に示されている選択肢についての意見を募集するものであり「現行の社会保障行政・税行政一般に対する御意見・御要望や、個別事案に関する御意見を募集するものではございません。」と下線を引いて強調(註1)しています。そして意見提出の様式も示された選択肢を選び理由を書かせるのみで、自由意見欄すらありません。
このように共通番号制度導入の是非や、社会保障行政・税行政のあり方と番号制度についての意見を一切排除する、異様な意見募集となっています。
「番号」は行政目的達成のための「道具」であり、それによってどのように行政が改善するのかという内容と無関係に「選択」などできるものではありません。また導入中止に追い込まれた「グリーンカード制」や稼働後10年たっても国民の反発で行き詰まっている住基ネットをみても明らかなように、番号制度導入とプライバシー侵害についての意見を受け止めることなしに、国民の理解は得られません。
番号導入には『中間取りまとめ』の試算でもシステム導入経費だけで2000億円から3100億円以上、個人情報保護に2000億円から3000億円かかり、その他毎年の運用経費や医療等関連機関のシステム開発・導入費用も合せれば1兆円を超える大事業です。国民的議論を恐れ、ひたすら番号制度を導入しても破綻することは必至であり、無駄なIT公共事業になることは明らかです。
『中間取りまとめ』は文章化されたものではなく、7ページの図が示されているだけのそっけないものです。そこでは制度導入の目的も経過も必要性も書かれておらず、ただ「利用範囲」「制度設計」「国民の懸念への対応」についての選択肢が提示されているだけです。
選択肢Ⅰは、共通番号制度導入を前提にその利用範囲を4案示しています。番号の導入そのものを前提として何に使えばいいかと問う姿勢そのものが、はじめに番号ありきの本末転倒した問いかけであり、番号の導入自体が目的で利用目的はそのための口実ではないか、と疑わせるものです。
選択肢Ⅱは、使う番号として「基礎年金番号」、「住民票コード」、「(住民票コードと対応させた)新たな番号」の3案を示し、情報管理方式として「一元管理方式」「分散管理方式」の2案を示しています。しかし、はじめから「新たな番号」と「分散管理方式」に結論を誘導する内容となっており、選択肢の体をなしていません。
つまり、他の2つの番号については問題点だけを指摘する一方、「新たな番号」については指摘した問題点を避けられ投資コストも抑えられる、としています。また、一元管理方式は情報漏れが生じたときのプライバシー侵害の「被害が甚大」だが分散管理方式では被害は少ない、と説明しています。意見募集の結果によっては、政府は自ら「被害は甚大」と認める「一元管理方式」を導入するつもりがあるのでしょうか。しかも仮に「住民票コード」と「一元管理方式」の組合せを採用した場合は、住基ネット訴訟の最高裁判決(2008年3月6日)がプライバシー侵害の具体的危険を招くと示唆した「(住基ネットから)本人確認情報の提供が認められている行政事務において取り扱われる個人情報を一元的に管理すること」に抵触することは明らかで、違憲状態となり、このような選択肢そのものが成り立ちません。
選択肢Ⅲは、予想される懸念・リスクとして「国家管理」「不正行為」「目的外利用」をあげ、意見募集では「国民自らが情報活用をコントロール」「偽造なりすましなどの不正行為を防ぐ」「目的外利用を防ぐ」の3つを示し、望ましいものの複数回答を求めています。しかし不正行為や目的外利用を望む人がいるのでしょうか。このいずれも共通番号制度導入にあたって対策が必要であることはいうまでもなく、具体的にどのような個人情報保護措置をとるかの選択でなければ無意味です。
『中間取りまとめ』に対し政府内部からも「なぜ番号が必要なのかを国民に理解してもらうことが先決なのに、そこが分かりにくい」との意見が出されたとの報道(註2)があり、意見募集にあたっては「はじめに(註3)」として、背景、現状、制度導入の目的、個人情報保護の必要性、について書かれています。しかしこれは意見募集対象に含まれていない説明文でしかありません。自ら不完全であることを認める『中間取りまとめ』を対象とした意見募集はやり直すべきです。
しかも共通番号制度導入の目的についての政府の説明はまちまちであり、矛盾もしています。
この「はじめに」では、格差拡大への不安や少子高齢化により正確な所得等の把握による再配分の必要に迫られていることなどを述べ、行政機関ごとにバラバラに番号をつけて個人情報を管理していることが"名寄せ"を困難にし所得情報の活用に制約が生じているが、共通番号制度の活用により真に手を差し伸べるべき人に対する社会保障の充実や負担・分担の公正性の実現につながり、さらに利用範囲拡大により社会保障サービス情報の入手や行政の電子化につながり国民の利便性が向上すると説明しています。
しかし格差対策として想定されている「給付付き税額控除」のために正確な所得把握が必要で番号制度が不可欠、ということについては、政府の税制改正大綱でさえ事業所得や海外資産などの把握には限界があり「番号制度も万能薬ではないという認識も必要」と指摘しています。『中間取りまとめ』では番号制度により「給付付き税額控除」が可能になるとしていますが、2010年6月22日公表された政府税制調査会専門家委員会『議論の中間的な整理』では、「給付付き税額控除」について導入目的の整理や社会保障制度による給付の方が個別具体のニーズに効率的にきめ細かく対応できること、執行可能性の考慮、などの意見があったことが紹介されています。番号を云々する以前に、どのように格差対策を進めていくのかをまず示すべきです。
そもそも共通番号制度によって"名寄せ"をし社会保障の給付と税などの負担の関係の公正性を実現する、ということは、財界などから社会保障給付の抑制・削減を目的に主張されてきた構想(社会保障個人会計)であり、「真に手を差し伸べるべき人」を厳しく選別して格差をさらに拡大することに使われる危険性もあります。
また『中間取りまとめ』では、社会保障にも番号を利用すると、年金手帳・医療保険証・介護保険証の一枚化や医療介護情報サービスの利用が可能になるなどが述べられていますが、これらは「社会保障カードの在り方に関する検討会」で関係団体からそのメリットや実現可能性について多くの疑問が出されており、それらの検証もせずにメリットとして記載していることは不誠実です。
なお社会保障番号・カードの検討は安倍政権時代に年金記録漏れ問題対策を理由にはじまりましたが、今回の『中間取りまとめ』では年金記録問題についてはまったく述べられていません。それにもかかわらず2010年6月22日公表された(註4)新年金制度に関する検討会『中間まとめ』では「新たな年金制度を構築するためには・・・社会保障と税に関わる番号制度の導入が不可欠」(6ページ)と、なぜ不可欠なのかの説明もなく唐突に述べられています。年金記録問題にふれていないことは『中間取りまとめ』の粗雑さを示しています。
検討の拙速さをもっとも示しているのが、プライバシー保護対策です。この『中間取りまとめ』 は関係省庁だけで構成する5回の検討会でまとめられました。そのうち2回行われたヒアリングも、導入推進を求める有識者から意見を聞いただけで、関係する諸分野・諸団体には一切意見を求めず、プライバシー保護の専門家も参加していません。
住基ネット実施の際も、社会保障番号・カード導入検討の際も、数年間をかけて検討し、関係団体やプライバシー問題の専門家の意見を聴き、さまざまな指摘を受けて案が修正されてきた経過があります。これらと比べても、かつて計画されたことのない官・民共用の大規模な国民総背番号制度を導入しようとしているにもかかわらず、プライバシー保護対策を詰めないまま提案する人権感覚のなさには驚くほかありません。
その結果まとめられた『中間取りまとめ』では、予想される懸念・リスクについて考えられる対応策の「例」しか示されていません。その内容も住基カードの偽造・不正取得が横行(註5)しているにもかかわらず「ICカードを導入して確実な本人確認ができる仕組みとする(既存の安定した仕組みとして住基カード活用も可能)」と述べたり、「自己情報のアクセス記録を確認する仕組み」「セキュリティ設計の強化」「法令による目的外利用の規制」など、「第三者機関を政府外に設置」以外は住基ネットでもすでに行われている対策が示されているだけです。このような対策が行われても、住基ネットに対して国民が国家管理の強化や情報漏洩に不安を抱き、利用が広がっていない現実の検証もされていません。
5回の検討会で、唯一個人情報保護に関係する検討は、第3回に原口総務大臣から提案された「番号に関する原口5原則」(註6)です。従来の「行政による管理のための番号制度」から「個人が自らの情報セキュリティを保障するための番号」にどのように変えるかについて検討した原則として報告されています。しかし、この「5原則」による番号の具体的仕組みは明らかではなく、これによりなぜ「中央政府が国民を管理する」のではない番号になるのか不明です。私たちは2010年6月2日に総務大臣に対して具体的にどのような番号制度にするのか質問書を提出しましたが、未だに回答も説明もされていません。このような状態で意見募集を行うのは、国民に理解してもらう姿勢がないと思わざるをえません。
2010年8月12日
やぶれっ!住基ネット市民行動
(連絡先)〔省略〕
2010年7月16日付け国家戦略室「『社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会 中間取りまとめ』に対する意見の募集について」(pdf、136キロバイト、全5ページ)の2ページ。
2010年6月29日付け読売新聞「所得把握へ『共通番号制度』、検討会が3案提示」
2010年7月16日付け国家戦略室「『社会保障・税に関わる番号制度に関する検討会 中間取りまとめ』に対する意見の募集について」(pdf、136キロバイト、全5ページ)の1ページないし2ページ。
新年金制度に関する検討会『中間まとめ』が公表されたのは、2010年6月29日の誤り。
2010年2月23日の総務省政務三役会議「会議資料(PDF)」(2.11メガバイト、全16ページ)から2ページないし8ページを抜粋。