行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ 近藤勇子EX

第一幕『開幕、幕末絵巻!』



 長き泰平の終わりを予感させる、動乱の京都。

 後に幕末と呼ばれるこの時代、血気にはやる若者が、続々とこの地に集っていた。
 開国を迫る外国勢力に対して、それを受け入れようとする者、はね除けようとする者。 幕府による政治を支えようとする者、朝廷による政治を取り戻そうとする者、あるいは双方の一体化を望む者。
 彼らの思惑は様々であったが、そうした主義や思想のぶつかり合いが、大きく国の未来を動かそうとしていた。そんな時代・・・・・。



 ・・・・いいかげん、このフレーズにも飽きた。
 目の前に広がるのは文久三年の京都で、俺は田舎から出て来たばっかりの立身出世を目指す若者だ。また最初からやり直しか。一体何回文久三年を経験すれば良いのだろう?
 ふぅ。ため息の一つもつきたくなるものだ。今度こそ鳥羽伏見の戦いで新選組が完全勝利し、ハッピーエンドを迎えそうだったのに・・・やっぱり伊東参謀を斬ったのがいけなかったのだろうか?

 鴨川にかかる三条大橋の欄干らんかんに一人の男が腰掛けていた。腰には刀。まげを結い侍の風体ふうてい。だが、どことなくひなっぽい。近ごろ京で流行はやりの浪人であろうか。尊王攘夷の志を持ってつどいし薩摩、長州いずれかか。
 どちらでもなかった。何となく立身出世の時機到来と、京に上ってきた単なる田舎者であった。

 ところで俺が何で三条大橋の欄干に腰掛けてるかというと、中山道と東海道の終点が三条大橋だからだ。どっちの街道を通って来ても、三条大橋から京に入るのである。

 はっ! いかんいかん。あまりの単調さに思わず説明モードに入ってしまった。少しはナレーションに変化をつけようとしているのだが、あまり成功している気がしない。

 新選組から歴史を変えるのが無理なら、いっその事、キンノーに入って内部崩壊させてやるか・・・・いや、それだと新選組が勝っても、俺はキンノーで負け組になるから俺的にハッピーエンドにならないよーな気がする。

「うーむ、これから先、どうすれば良いものか」
 毎回のことながら選択肢は少ない。どうせ『腹ごしらえ』か『京見物』のどちらかしか出ないのだ。しかもどっちを選んでも大筋に関係ないし。ここの選択肢、意味ないなー。
「まあ、いいか。このまま橋の欄干に腰掛けていても話が進まない・・・あ! そういう選択肢もあるのか!」
 とりあえず俺は半刻ほど橋の欄干に腰掛けていたのだが、本当に話は先に進まなかった。どうやら運命には逆らえないらしい。
 俺はあきらめて、橋の欄干から飛び降りた。さて、どうしたもんかな?

【記念すべき京都でまず】
 ・腹ごしらえといくか
 ・京見物としゃれこむ
 ・一気に明治十年くらいまで行ってみる。

「むむ!? いきなりこんなところに選択肢が!? 裏技モードに突入か!?
 一気に明治十年に行ってしまうと途中のおいしい所が全部なくなってしまう気がするものの!
 行ってみようか、文明開化の東京へ!」







『第八幕 明治新選組政府』


 時は幕末。
 わき起こる攘夷運動から時流をつかんだキンノーは欧米列強と結び、ついには朝廷を担ぎ出すことに成功する。
 千年王城たる京の町で始まった幕府とキンノーの戦いは、その舞台をも焼き払い、ついには日の本を割る戊辰戦争へと発展した。
 池田屋事件で華々しい戦果を挙げた新選組も、否応なく、この戦争に巻き込まれていく。 鳥羽伏見の戦い。鳥羽の幕府軍主力は薩長軍の前に潰走。緒戦の敗北にビビッた将軍 徳川慶喜は軍艦『開陽丸』で江戸へと逃走するも、伏見の新選組・会津藩・伝習隊は持ちこたえた。大坂城の会津藩主 松平けーこは、伏見の部下を救うべく、幕府軍全軍を率いて北上。天王山に陣を敷く薩長軍と大激戦となる。この間に伏見の新選組は京へ進出。キンノー方の土佐藩がこちらに寝返った事もあり、あっさりと御所を制圧してしまう。
 歴史のいたずらにより、幕府軍はいくさに勝利し、幼い天皇を救った新選組局長 近藤勇子は征夷大将軍に任命されてしまう。一方、戦場から逃げ出した徳川将軍家は面目丸つぶれであり、ここに新選組を中心とした新政権、通称『明治新選組政府』が誕生した。
 こうして日本は明治の世を迎え、十年の歳月が流れた・・・・。







 抜けるような青い空。その下の白亜の局長官邸。薄暗い局長執務室で近藤勇子はぎこちない笑顔で一人金の懐中時計を磨いていた。彼女は暇さえあれば、こうして執務室で時計を磨いている。動かない時計を・・・。

「近藤、またこんな暗い所で」
「あ、トシちゃん」 近藤が顔を上げる。
「カーテンを開けろ、性格まで暗くなったら嫁のもらい手がなくなるぞ」
「お嫁なんか行かないもん」 近藤が小声でつぶやうつむく。
「見合い写真を持って来た。近藤好みの美形で、元大名家の名家の子息を揃えた。どれでも好きなのを選べ」
「あたしには島田くんがいるから・・・・」
「また、島田か。いいかげんに目を覚まさないと行かず後家になるぞ」
「大丈夫、島田くんはちゃんと帰って来るから・・・・」

 近藤勇子は明治天皇から征夷大将軍に任じられた。征夷大将軍は天皇の代理としてまつりごとを行う幕府を開く権限がある。薩長による新政府は、徳川を排除しようという強引な手法が裏目に出て解体。大名や公家による曖昧な議会制では駄目だったので、その反省を踏まえて日本国の頂点を天皇とし、その下に各任務を明確にした“局”を置き、その局の長官、つまり局長による合議制で日本国を運営することになった。その中心となったのが征夷大将軍の近藤勇子直属の新選組だ。ちなみに世襲制の悪弊はかつての鎌倉・室町・徳川幕府により露呈しているので、各局長はその能力により選ばれ天皇により任命される。各県(藩は独自の行政組織を持つ国内の国であるため、日本国に統一後、これを廃止。政府の下位組織に当たる県に改められた)の県令も同様に天皇から任命されるのである。初代の政務局長には征夷大将軍の近藤勇子が選ばれ、各局長は、新選組の幹部達や各藩から募集した優秀な人材が就いている。明治新選組政府のモットーは『実力第一!』。征夷大将軍まで出世した近藤勇子は百姓の出である。かつて黒船がやって来た頃、剣の腕前を認められて講武所の教授方に内定していたのに百姓の出というだけの理由で採用取り消しになった屈辱は今になっても消えていない。そこでまず士農工商の身分制を廃し、元の身分にかかわらず、能力のあるものはどんどん新政府に採用した。たとえば土佐藩会計方出身の岩崎弥太郎が勘定局長(=大蔵大臣)に就いてるし、勘定局副長は元新選組勘定方の河合耆三郎だ。司法局長には佐賀の江藤新平が就き、工部局長(=建設大臣)には長州の伊藤博文が、文部局長には会津の山本覚馬が着任している。新政府は猫の手も斬りたい、いや猫の手も借りたい程、仕事が山積みしていたので藩や身分を問わずどんどん人材登用したのである。逆に家柄だけで能力のない武士などはさげすまれ住みにくい世の中になったので、彼らが時々反乱を起こすものの、やはり実力がない為、あっさり鎮圧されている。
 また各県の県令は、旧藩主が任命され、大名が国の政治に口出しする事を防ぐことに成功している(大名でも実力がある者、例えば松平春嶽公などは異国局長(=外務大臣)をやってたりするし、松平けーこちゃん様は兵部局長(=海陸軍大臣)をやってたりする。佐賀の鍋島直子様は開拓局長として北海道を開拓中である)。


 土方の見立て通り、近藤勇子には将器があった。で、事実上の日本国のトップにまで出世してしまった。だが、新選組局長時代から無理をしていたのであろう。彼女はいつの間にか自分の頭の中に島田誠なる架空の恋人を作り上げており、鳥羽伏見の戦乱の最中さなかついに現実と空想の区別がつかなくなってしまったのだ。鳥羽伏見の戦いで島田誠は行方不明になったと信じて疑わないのである。それというのも永倉アラタ(現在箱館府(※北海道の一部)で開拓局の一員として暴れ・・・いや働いている)が、いくさの終わった時に、どこからか近藤の絵姿の彫刻してある金の懐中時計を拾って来たからなのだが、島田誠などという男は最初からどこにも居はしないのに、近藤は島田の入隊から、局長付近習としての働き、池田屋事件、高台寺党の分裂など、微に入り細をうがつ話を語り始めたのである。その話がまた実によく出来ており、聞いているこっちが事実と錯覚してしまうほどの出来栄えだった。
 政務局長として近藤はよくやってる。統治の基本は適材適所。天皇は政治を征夷大将軍に任せ、征夷大将軍である近藤は、それぞれの専門家に仕事をゆだねて自分は調整役に回っている。何のことはない新選組局長時代とやってる事は同じである。
 しかしながら、近藤もそろそろ三十路。男女同権のこの時代、嫁に行けとは言わないが、せめて婿を取らないと行かず後家になってしまう。

「そういうトシちゃんこそ、誰かいい人はいないの?」
「私は一生独身で過ごす。命ある限り、お前の補佐ができればそれでいい」
 ちなみに現在、土方は政務局副長(※首相補佐官みたいな役職)である。
「じゃあ、あたしも独身でいい」
「駄目だ」
「どうして?」
「近藤が同性愛者で、私と近藤がデキているというウワサがあるのだ」
「あたしとトシちゃんが?」
「国家元首が異常性愛者では、下に対しても、他国に対して示しがつかない。
 そういうわけで、さっさと結婚してくれ。無論、式は国家を挙げての行事にし、国民の休日とする」
「でも〜」
「デモもメーデーもない。いつまでも壊れた時計を磨いてないで現実に目を向けろ」
「だって島田くんが!」
「あの世の島田もお前が幸せになる事を望んでいるはずだ」
 この際、話を合わせた方が説得しやすい。
「島田くんは死んでないもん。行方不明なだけだもん!」
「10年間行方不明なのは、もはや戦死と見なして間違いあるまい。
 何なら今から島田誠の葬式をやって、墓を作ってもかまわん」
 最初から存在しない人間の葬式を行い、墓を立てるのは馬鹿げた行為だが、それで近藤を動かせるならそれでも良い。というかもっと早くそうすべきだった。
「まって、トシちゃん、もう少しだけ待って」
 近藤が泣きそうな表情かおになる。正直、こんな表情かおの近藤を見るのはつらい。
「まったく・・・今度だけだからな。次に見合いを断ったら、陛下に頼んで見合いの勅状をいただくぞ」
「ごめんね、トシちゃん・・・・」
 近藤がしゃくり上げる。ついに泣かせてしまった。毎度の事ながらそんなつもりではなかったのだが・・・。
「泣くな。私も少しきつく言い過ぎた。すまない」
 震える近藤の肩を抱く。
「ううん、トシちゃんは悪くないの」
「近藤・・・」
 自分が不甲斐ないから近藤の中に島田という幻影を作らせてしまったのか。自らの非力を悔やんでも悔やみきれない土方だった。






明治十年江戸県。

「・・・・東京の間違いだろう。つーか江戸県って何よ?」
 ナレーションにつっこむ俺だが、なぜだか牢屋の中にいた。ついさっきまでは京の三条大橋にいたのに、何ゆえ牢屋の中なのか・・・。ナレーションから察するに、おそらくここは明治十年の東京(江戸県か?)で、その警察署の牢屋なのだろう。壁は堅牢な石造り、廊下と牢内を仕切る格子は木組みではなく、太い鉄の棒だ。なるほど、小伝馬町の牢屋敷じゃない。牢屋もちゃんと洋式化してるみたいだ。

 参勤交代の制度もなくなり各藩の江戸屋敷は存在の必要性がなくなったので取り壊しになり(誰も住まない広大な大名屋敷は無駄なので、売りに出されたり、政府が買い取ったりした)、政府の役所をはじめとして商館などの様々な洋風建築に姿を変えていたのだ。
 そもそも徳川幕府を倒して、新しい政府を作るという尊王攘夷のキンノー運動は、お隣の清国(中国)が阿片戦争によって英国に敗れた事から、このままでは日本国が滅ぶという危機感の下に発生した。よって現在の日本は欧米列強に追いつき追い越すべく、富国強兵・殖産興業のスローガンの下、猛烈な勢いで様々な分野での欧米化を押し進めているのである。日本人は割と新しいものが好きなので、民衆からは文明開化と呼ばれておおむね好調なようだ。。

「島田!」 見知った顔がやって来た。かつての新選組の同志、斎藤はじめだ。
「斎藤じゃないか!」
 白いシャツに黒い洋服。2列に並んだ金ボタンに、袖口や肩に金の組紐が多用された制服はおそらく警官のものなのだろう。右腰に洋刀サーベルを差し(※斎藤は左利き)、左腰には拳銃のホルスターとおぼしき革の膨らみがある。で、斎藤の背後に、同じく黒の制服姿の警官が2人いるが、斎藤が着ている服を簡略化したような格好なので、斎藤の方が偉いのだろう。
「部下が迷惑をかけたね、島田。それにしても、江戸に来てるんなら、ぼくに一言教えてくれれば便宜をはかったのに」
 斎藤が手で指図すると、部下の一人が鉄格子の鍵を外し、俺を牢から外に出してくれた。すると明治十年の俺は何かしら犯罪行為をやって、牢屋に捕まってたのを警察のお偉いさんである斎藤はじめが助けてくれたらしい。何をやって捕まったんだ、俺は?

 俺は斎藤の招きに応じ、建物の最上階にある斎藤の部屋とおぼしき部屋に入った。飾り気のない質実剛健な木の机に、書類棚。洋風の応接セットという、殺風景で実利一点張りなのは斎藤の趣味なのだろう。だが、机も応接セットも高そうな逸品であることは素人の俺にも分かる。
 透明な板ガラスのまった窓から外を見下ろすと、町行く人々と姿は和装が中心だが、洋服を着た人もチラホラ見える。建物もレンガ作りのモダンな洋館が目立つ。

「ところで、俺は何の罪で捕まったんだ?」 俺は振り返って斎藤に尋ねた。
「廃刀令違反だよ」 斎藤は肩をすくめて答える。
「はいとうれい?」 その単語は初耳だ。
「そうか、島田はずっと外国にいたから知らないんだね。新政府の役人や海陸軍の軍人以外は刀を差しちゃだめなんだよ」
 豊臣秀吉が行った刀狩りみたいなもんか。反乱を未然に食い止めるのだな。しかし軍人はまだしも役人に刀は必要ないような気がする。
「何で役人が刀を差すんだ?」
「四民平等で武士階級がなくなったけど、新政府の役所に仕えるということは、徳川幕府時代の武士と同じだから、平民から採用された役人たちが袴を着ける事と刀を差すことを要求したんだ(※帯刀と袴は武士の特権)」
「政府はそれを許可したのか?」
「別に害はないからね。で、最初のうちは喜々として武士の真似をして長い刀を腰に差してたんだけど、洋装中心になって来たし、邪魔になるから最近では脇差よりも短い懐刀を腰に差してるみたいだね」
「意味ないなあ」
「実用性というよりも、一種の象徴ステータスかな?」
「そういう斎藤は洋刀サーベルだな」
「これこしらえは、サーベルだけど、実は中身は日本刀なんだ。
 サーベルはもろくて牙突に使えないもの。それにしても島田、いつ欧州から帰って来たの?」
「欧州・・・?」
「島田は芹沢さんと一緒に欧州に行ってたんじゃないか」
 そう言われて思い出してきた。10年分の記憶が次々と蘇ってくる。ビデオを3倍速ぐらいで見ているような感じだ。
「島田が幼帝を蹴ったから・・・」
 そう。俺は知らなかったとはいえ、天皇を足蹴にするというとんでもない事をやらかした為、ほとぼりが冷めるまで日本から離れていたのだ。同じく知らなかったとはいえ、明治天皇をおもちゃにして酒を飲ませたり色々無礼を働いたカモちゃんさんも俺と一緒に欧州に渡ったのだった。イギリス・フランス・ドイツ(途中で国がドイツに統一された)・ロシア・アメリカと渡って、各地で情報収集をしながら旅していたのだ。欧州ではカモちゃんさんが各地の戦争に介入して大活躍してたりするが、これも日本の明治新選組政府の独立に一役買っている。
 で、ぐるっと地球を一周して、アメリカから船で日本に帰って来た所だったのだ。カモちゃんさんは、まだアメリカにいる。今度は白人に迫害されているインディアンの所領安堵を懸けてアメリカ政府軍と戦うのだそーな。最新鋭のクルップカモちゃん砲は絶好調だ。

「あー、そうだった。アメリカから貨客船で横浜に戻ったんだった。そろそろほとぼりもさめたかな?」
「もう、10年経つからねえ」
 斎藤が感慨深げにつぶやく。そういえば日本を10年間離れていたから、斎藤と会うのも10年ぶりなんだ。
「そういえば、斎藤、ちょっと貫録がついたか? いや、どちらかというと精悍になったか?」
「ぼくはこの10年、人の上に立つ仕事をしてきたから。島田は昔とあまり変わらないね」
「放浪してたからかなあ」 実は文久3年から飛んで来たからなのだが。
 斎藤と出会ったことで10年分の記憶が頭に補充されたのだが、出来事の記憶があるというだけで、俺がそれをやったという感じじゃない。
「人の上に立つって事は、今の斎藤は偉いのか?」
「ぼくは江戸の県警局長、昔風に言うと江戸町奉行だよ」
「出世したなあ。待てよ、町奉行って事は、遠山の金さんや大岡越前と同じなのか?」
「そうだよ」
 県警局長と言われてもピンと来ないが、遠山の金さんや大岡越前と同じと言われると、どれぐらい偉いか実感がわく。
「そういえば、斎藤も江戸って言ってるけど、東京じゃないのか?」
「とうきょう?」
「天皇が京都から江戸に移って遷都して、江戸が東京になってるんじゃないのか?」
「日本国の首都は長崎だよ」
「長崎? 何でまた、そんな遠い所に・・・」
「廃藩置県が行われた時に、徳川本家の領地が江戸県になって、幕府直轄地だった大坂・京・箱館・長崎は政府に返還されたんだ」
 そうか、戊辰戦争で負けてないから、江戸は徳川家の物なのだな。
「で、京を天領(=天皇の領地)にして、新政府は長崎で始める事にしたんだ。西国ににらみをかせられるし、新政府軍の主力は海軍だから港町の長崎が最適だって山南さんが言ってた」
「その山南さんは、今、何してんだ?」
「大坂県の県令をやってるよ」
「それは、大出世だなあ」
「各県の県令は大名が任命されてるんだけど、大坂は幕府直轄地で大坂城代が支配してたからね。大名家がなかったから新選組総長の山南さんが就任したんだ」
「斎藤も出世して東京・・・じゃなかった江戸の警察局長をやってるんだな」
「うん。ぼくは江戸っ子だからね」
「しかし首都が長崎って事は天皇も長崎にいるのか?」
「天皇陛下は近藤局長がお気に入りだから追っかけて行ったみたいだよ。正式な遷都は行われてないけど、陛下が長崎に住んでるから、事実上の首都かなあ?」
 日本国においては、天皇のいる場所が首都なのである。
「すると近藤さんは長崎に?」
「もちろん」
「しまったあ! 長崎で船を降りればよかったあ!」
「島田、自分の国の事、知らなすぎ」
「そんなこと言ったって、異国では日本の事なんて新聞に書いてないし」
 書いてあっても読めはしないが。
「でも近藤局長とお手紙のやりとりをしてたんじゃないの? 何回か見せてもらったよ」
「俺が一方的に異国事情を調べて送ってただけ。だって俺とカモちゃんさんは居場所を転々としてたし、欧州は戦場だったし」
「島田が送ってくれた西洋の武器や大砲とか軍艦とかの情報や向こうの新戦術とか、だいぶ役に立ったみたいだよ」
「それは何よりだ」
「あ、そういえば、横浜に新型軍艦が来てるから、それに乗って佐世保まで行けば?」
「佐世保?」
「長崎は国際貿易港だから、長崎の北の佐世保ケ浦に巨大な専用軍港を造ったんだ。佐世保から長崎までは我が国初の陸蒸気(蒸気機関車の事=鉄道)が通ってるから、長崎まではすぐだよ」
「でも、そんな新型軍艦なんかに俺を乗せてくれないんじゃないか?」
「海軍部長(兵部局の下に海軍部と陸軍部がある)が勝海舟先生だから頼んであげるよ」
 おお、日本古来の人脈社会。勝った側に居たから、知人が皆偉くなってるので便利だ。ひょっとしたら新選組で出世してないのは、外国に逃げてた俺とカモちゃんさんだけなのかもしれない。

 こうして俺は、英国から回航されてきたばかりの新型装甲艦『扶桑』に乗って一路長崎へと向かったのである。






 その日の朝は、常と何か異なっていた。
 カチコチカチコチ・・・・。規則正しい機械音で近藤勇子は目覚めた。
「・・・・・なに〜?」 寝起きなので髪はぐしゃぐしゃで、頭の中もぐしゃぐしゃである。
 ベッドに起き上がり、そのまま、ぼーっと10分ほど過ぎた。その間も、カチコチという機械音が続いている。
 音の方を見やる。ぼんやりとした黄色の丸が徐々に焦点を結ぶ。
「時計!」
 毎夜、磨いてから枕元に置いている島田の金時計が静かに時を刻んでいる。慌てて手に取ると、文字盤のガラスに入ってたヒビもなくなり、幕末のあの日、島田から見せてもらった時、そのままの様子で動いている。
「時計が動いてる・・・・島田くん!」
 ベッドから降りようとして、ドテッと転んだ。が時計は高く上げていたので無事だ。気が動転していたようだ。

「近藤、今の音は何だ!」
 土方歳江が部屋に飛び込んで来た。実は土方の部屋は近藤の部屋の隣で、更に政務局副長助勤(新選組時代と呼称が同じだが、首相補佐官のスタッフみたいな役職)の原田沙乃が護衛を兼ねて、この局長官邸に一緒に住んでいるのである(・・・近藤局長が同性愛者だと誤解されてもある意味仕方のないような・・・)。ちなみに同じ政務局副長助勤の沖田鈴音は温暖な九州の気候と滋養ある食べ物、西洋医学のおかげで労咳(=肺結核)が完治し、現在、日本全国黒猫殲滅旅行ツアーに出掛けていて留守だ。長崎は猫の多い街だが、どうやらここ数年で長崎の黒猫は全部斬ってしまったらしい。新たな黒猫を求めて他の県に出張し、ついでにあっちこっちの県の情報収集もしている。
「トシちゃん、島田くんが!」
 言ってから、しまったという表情になる。土方は『島田誠』を近藤の想像の産物と思ってるのだ。今さら時計が動いたと言っても、ベッドから落ちた衝撃で直ったのだろうぐらいにしか思わないはずだ。
 だが近藤の予想に反し、土方は意外なことを言った。
「ああ、島田ならこっちに向かってるぞ」
「え?」 土方の言葉に戸惑う近藤。
「江戸の斎藤から電信があった。島田の奴はアメリカの船で江戸に戻って来たのだそうだ。現在、海軍の新型艦『扶桑』でこちらに向かっている」
「トシちゃん、島田くんのことが分かる・・・の?」
「斎藤から電信があったと言っただろう」
 近藤が聞きたかったのはそういう事ではないのだが。

 鳥羽伏見の戦いの最終局面で、島田は金の懐中時計だけを残して消えてしまった。それもただ単に消えただけではなく、島田誠が最初からいなかったという世界になってしまった。島田の事を覚えていたのは近藤だけで、為に島田誠は近藤の想像の産物とされてしまったのだ。それが突然、元に戻った。土方が何の躊躇ためらいもなく答えたことからもその事がうかがえる。島田の時計が突然動き出した事で、何か予感めいたものを感じた近藤だが、やはり島田は戻って来たのだ。そして世界の方も元に戻ったらしい。だとしたら、この10年消えていた島田はどうなってるのだろう?
「じゃあ、じゃあ、島田くんはこの10年間どこにいたの?」
「何を言ってる、あの馬鹿が陛下を足蹴にしたから、お前が外国に逃がしたのではないか。欧州を巡って、つい先日までアメリカにいた。芹沢さんがずっと一緒だったから、島田からの手紙が来るたびに、嫉妬で怒り狂ってたのは誰だ?」
 土方の言葉に頬を赤らめる近藤勇子。そう言われると、そんな事があったような気もする。島田の時と同じく、近藤も土方の話を聞くことで徐々に思い出して来た。そう、幼帝を足蹴にした島田と、同じくおもちゃにした芹沢を、国外追放の形を取りつつ、海外視察の任も兼ねるような、実はほとぼりが冷めるまで待つようなそういう扱いにしたのだった。特に新選組と新撰組が分裂していた事もあり、新撰組の方のトップだった芹沢・島田を国内に残しておいたら、ほかならぬ土方の魔の手が迫る恐れもあった。そういう様々な事情から島田・芹沢コンビには外国に行ってもらってたのだが、国内が安定してきた事もあり、また土方が、近藤が婚期を逃す事を盛んに心配している事もあり、そろそろ戻って来てもいいかな? と思ってた所だったのだ・・・ような気がする。
「島田くんは、いつ頃長崎に来るのかな?」
「江戸からは海流が逆だから・・・2、3日もあれば着くだろう。
 さて、島田が帰国して安心した所で・・・近藤、何だその頭は! 寝る前にちゃんとまとめないからそういう頭になるんだ。それに先程の音はベッドから落ちたのか。もうお日様は高いのに、まだ寝ていたとは。すぐに朝食を運ばせるから、さっさと髪を梳かして、化粧をしろ。午前の仕事を始めるぞ」
 歳とともに土方の小言の数が多くなってる気がする。
「はう〜」
 それでもここ10年なかった喜びに満ちあふれて、近藤はいつもと変わらぬ一日の始まりを迎えたのだった。







 長崎は・・・別に雨じゃなかった。今日も良いお天気だ。
 蒸気機関を2基搭載し、スクリューも2軸の装甲艦『扶桑』は大きさこそ開陽丸と同じぐらいだか、蒸気機関の出力は開陽丸の8.5倍の3500馬力(開陽丸の補助エンジン(開陽丸は帆走がメイン。蒸気機関は補助)は400馬力)と高出力で、太平洋の荒波も何のその。あっさりと横浜から佐世保まで到着してしまった。さすが最新鋭艦は一味も二味も違う。佐世保からは鉄道で長崎へ(長崎の隣の佐賀県は科学技術立国だったので、県令の鍋島直子様の鶴の一声で、自力で佐世保から佐賀まで線路を敷いてしまった。有田の陶磁器を長崎から西洋に輸出するのに便利なのだ。じゃあ佐賀まで来たのならついでに久留米まで伸ばそうと同じく久留米県令の有馬家が金を出し、それでは熊本の細川家も、福岡の黒田家も、小倉の小笠原家も・・・と我も我もと九州各県は勝手に線路を次々と伸ばして行き、いつの間にか九州の鉄道網が整備されてしまった。ちなみに列車は海を渡れないので対岸の下関にはまだ鉄道が通っていない)。
 蒸気機関車なので、長崎に着いたころはすすで顔が真っ黒になったので駅のホームで顔を洗ってから町に出た。(※本物の歴史では、長崎駅は、最初、現在の浦上駅の場所にあり、後に線路を伸ばして長崎港のすぐそばに新しい長崎駅を作って、それまでの長崎駅を浦上駅と改称したのだが、近藤勇子EXの世界では、いきなり現在の長崎駅の場所に長崎駅が造られた。港に近くて便利だからである)

 長崎は坂の街とは良く言ったもので、本当に急斜面に家々がへばり付いている。山に家が生えてる??? あるいは山に家がってる??? 駅のすぐ前がすでに斜面だし、なんだか狭そうな街だ。まあ、でも京都もそれほど広い街ではなかったので、首都機能があればそれで良いのかもしれないが。

【記念すべき長崎でまず】
 ・腹ごしらえといくか
 ・長崎見物としゃれこむ

 ・・・何か、文久三年と同じ選択肢のような気が・・・。俺は頭を抱えたくなった。
 だが、腹が減っては戦は出来ぬということわざもあることだし、ここは一つ腹ごしらえといく事にする。
 せっかくの異国情緒漂う長崎だが、その異国に長いこと居たので洋食は食い飽きている。そういうわけで和食の店を探す。港の近くには飲食店街が並んでいるものだ。俺は駅から海の方へ、港の方へテクテクと歩いて行った。さすが長崎だけあって建物は洋館が多い。港には船の積み荷を一時的に保管するための赤レンガの倉庫が立ち並び、異国人向けと思われるホテルの様な装飾過多な建物も目につく。最初から外国人居留地として造成された横浜には負けるものの、なかなか壮観だ。洋館に多少中華風味が混ざってる所が長崎らしい。和食の店はすぐに見つかった。何せ洋館ばかりの中で純和風の建物があれば逆に目立つ。
看板によると屋号は『新鮮組』。読みは同じで一文字違いなのに、これほどまでにイメージが変わるとは・・・。往時の土方さんが見たら切腹を申し渡されそうな屋号だ。
 まあ、それはさておき、うまい店に当たるコツは、客の多い店を選ぶ事だ。この店も客がたくさん入っていたので、俺も中に入る・・・外からは分からなかったが、異国人の客ばっかりだ。なんとなく納得。

「いらっしゃーい」
 奥から女将おかみが出てくる・・・って、へーじゃん! 10年った藤堂たいらは色気が増し、今が女盛りといった風情ある女将になっていた。髪は結い上げてあり、和服がよく似合う。
「へーじゃないか!」
「まこと? うそ、本当に?」
「へーが何で料理屋なんかやってるんだ?」
「だって、まこと、欧州に行ってたんじゃないの?」
 お互い、久しぶりに会ったので会話が噛み合ってない。
「俺は先日アメリカから船で帰って来たトコ。で軍艦で佐世保まで送ってもらって汽車で今、長崎に着いたトコ」
「私は、最初のころはゆーこさんを手伝ってたんだけど、政治とか戦争とかあんまり好きじゃないから、ここで料理屋を始めたの」
 双方がそれぞれの質問に答えたので相変わらず会話が噛み合わないが、両者言いたいことが何となく分かった。そういえばへーは新選組時代は料理担当だったし、新撰組に分かれた時も、ウチの方の料理担当だったのだった。それで料理屋を始めたのだろう。
「ずーっと異国にいたから、久しぶりにへーの作ったみそ汁を飲みたいな」
「うん、分かった待ってて」

 これといった定職に就いているわけでもない俺は、いつものよーに貧乏だったので、白いご飯とみそ汁と漬物だけを頼んだのだが、刺身やら天麩羅てんぷらやら大根を煮た物やら色々な料理が出てきた。どうやら女将であるへーのおごりらしい。
「この魚の入ったみそ汁は何?」
 魚の切り身が豪快に入っている。
「あらかぶのお味噌汁だよ」
 へーが笑顔で答える。(※長崎県以外の所では『あらかぶ』の事を『カサゴ』と呼ぶらしい。同じ魚である)
「長崎は京と違って新鮮なお魚が豊富だからいいよね」
「それでへーは長崎にいたのか」
「ここにはゆーこさんやトシさんがいるし、沙乃ちゃんもいるし。
 それに私、京の街はあまり好きじゃなかったから」
「そういえば、へーは池田屋事件の後、半年ばかり江戸に戻ってたんだよなあ」
「うん。新入隊士の募集に出掛けたんだよ」
「それで伊東さんが新選組に来たんだが・・・」
「あ、あはは、やだなー、まこと、そんな古い話を持ち出さなくてもいいじゃない」
 そうか10年以上昔の話になるんだ。俺が伊東を斬ったのでうやむやになってたが、北辰一刀流の伊東甲子は新選組を内部からキンノー化する為に潜入して来た隠れキンノーで、伊東の弟子であるへーは、その手引きをしたのだった。
「あ、そういえば江戸で斎藤に会ったぞ。斎藤の話では山南さんは大坂の県令をやってるそうだけど、他の新撰組の方のみんなはどうなったかなあ?」
三十華みそかさんは山南さんと結婚して大坂にいるよ」
「やっぱりか。谷さんは露骨に山南さんにアタックしてたもんなあ。山南さんもついに押し切られたか・・・。じゃあ武田観奈かんなは振られてしまったんだな」
「観奈さんはドイツに留学してるよ。向こうで会わなかった?」
 失恋旅行だろうか?
「欧州は広いからなあ。全然知らなかった。 妹の谷周子ちゃんは?」
「あれ? 江戸で会わなかったの?」
「会ってないぞ」
「斎藤さんの奥さんだよ」
「なに? おのれ、斎藤。俺にはそんなこと一言も言わなかったぞ」
「からかわれると思ったんじゃないかなあ」
「そりゃーからかう」 きっぱりと断言する俺。
「やっぱり・・・」
万沙代まさよさんは?」
「大坂の道場が3年前に潰れてから、いい男を探す旅に出たみたい。
 お姉さんと妹が結婚したから焦ってるんじゃないかなあ」
(※というのは建前たてまえで、元々新撰組監察だったので、沖田鈴音と同じく全国各地を旅して政府の為に情報収集しているのだが、実は本当にいい男を探してるのかもしれない)
 谷3姉妹は、次女の万沙代さん以外は幸せみたいだ。
「そう言うへーは?」
「へ、私?」 へーがきょとんとして一瞬後、俺の質問の意味が分かったらしく顔を赤くした。
「私はまだ独身だよ」
「せっかく料理上手なのに」
「あはははは。だから料理屋やってるんだよ」
 ちなみにその後のへーの説明では阿部十郎は裁判所(なぜガンマニアが裁判所勤務?)を辞めた後、果樹園(なぜガンマニアが・・・以下略)を経営してリンゴを作ってるらしいし、鈴木美樹みき(※伊東甲子の妹。幼い頃から姉に虐待されてた為、姉である伊東甲子を島田に殺されたにもかかわらず、島田主催の新撰組に参加していた)は、斎藤と同じく、故郷の水戸で県警局長をやってるらしい。みんな偉くなってたり、事業をやってたり様々だ。
「誠はゆーこさんに会いに来たんだよね?」
「おう!」
 俺と近藤さんは新選組でも公認のカップルだったのだ。
「ゆーこさんは政務局長官邸に住んでるよ。トシさんや沙乃ちゃんも一緒だよ」
「住居と職場が一緒ってのは、何か、屯所みたいだな」
「だって便利じゃない。私もお店の2階に住んでるし」
「で、政務局長官邸ってどこ?」
「えーとね、あの白いの」
 へーが格子窓から外を指さす。山の上、それもかなり急な山の上に真っ白な洋館が建ってるのが見える。
「あれ?」
「うん」
「・・・ひょっとして、坂を登るの?」
「うん。2階のバルコニーから見る港の景色は最高にいいんだよ」
「そりゃ、そうだろうけど・・・」
 馬鹿と煙は高いところに上がりたがるというが、何も山の頂上に建てなくても良いだろうに。それとも支配者というものは下界を見下ろしたいのだろうか? かつて織田信長が巨大な天守閣を持つ安土城を造り、豊臣秀吉が大坂城を造ったように、あれが征夷大将軍となった近藤さんの城なのかもしれない。

 日本国政務局局長官邸は、長崎奉行所西役所の跡地(※現在の長崎県庁の場所)に建てられた白亜の洋館である。眼下に出島を見下ろす丘の上に建ち、対岸には造船所(※現在の三菱重工)が見える。この周囲の稜線沿い(※現在の国道34号線沿い)に裁判所や各局の役所や局長官邸、議事堂、外国の領事館などが建てられ、最奥の長崎奉行所跡地には皇居が造られている。いわば、この山が日本国の中枢なのだ。


 そのころ、政務局局長官邸では、
「きゃー、トシちゃん、クマが!」
「そんな馬鹿な!」
 突然の熊の出現に近藤は虎徹を取り出す。ちなみに虎徹小銃は現在3代目で初代の火縄銃、2代目のスナイドル銃(後装単発ライフル銃)と来て、現在はリー・エンフィールド銃である。英国最新鋭の10連発ライフル銃で、島田が英国から送って来たものである。(傑作銃であるリー・エンフィールド銃は、第1次世界大戦まで英国陸軍の制式銃だった)日本国では、これを勝手にコピーして10年式小銃と命名して陸軍に配備中だ。ちなみに旧式の小銃は密かに中国などに輸出されている。坂本龍馬率いる海援隊は日本を代表する武器密輸組織だが、坂本は明治新選組政府の影となって暗躍中なのである(※坂本龍馬は暗殺されていない。暗殺するのを忘れてました・・・・)
「ゆーこさん、待って、待って、沙乃よ」
 熊の毛皮の中から、原田沙乃が現われる。10年経っても童顔ロリータフェイスは変わっていない。皆の年齢が気になりだした昨今、この容姿は得である。
「原田か、紛らわしい真似をするな」
「沙乃ちゃん、その毛皮、どうしたの?」
「箱館のアラタが送って来たのよ。決闘して勝ったんだって」
「わー、さすがアラタちゃん、すごいね」
「全く、永倉も何をやっているのだ・・・」
「熊100匹斬りに挑戦してるって手紙に書いてあったわ。牧場を作るために森を切りひらいてると、熊が出るからアラタが退治してるそうよ」
「アラタちゃんもちゃんとお仕事はしてるんだね」
「やれやれ」
「それで、熊と一緒に、バターとかチーズとかカニとかイクラとかサケとかウニとか色々氷漬けにして送って来たわよ」
「ふむ、永倉もなかなか気が利くな」
「今日はごちそうだね」
「全部氷漬けなのがアラタの大ざっぱな所ね。あ、トシさん宛てに電信も来てたわ」
 沙乃がそう言って、ポケットから2つ折りの紙を取り出し土方に差し出す。
「どこから?」 近藤が土方の手元をのぞき込む。
「佐世保からだな。扶桑は無事佐世保に着いたそうだ。艦長からの知らせだ」
「じゃあ、島田くんも来たんだ」
「そうだな、扶桑は今朝佐世保に着いたから、汽車でこちらに向かったとしても、すでに到着してないと変だな」
「島田の事だから丸山まるやまにでも行ってるんじゃないの?」
 丸山とは、日本三大遊郭(吉原・島原・丸山)の一つに数えられる長崎の遊郭である。
「そんなことない・・・よ?」
「ゆーこさん、なんで語尾が疑問形なのよ?」
「まあ、島田の事だ。ひょっこりここに現われるとは思うが、一応捜索隊を出しておこう」


 その頃、俺は登山を・・・いや、政務局前の坂道(※現在の県庁坂)を登っていた。へーの店から出島に向かって海岸沿いを歩いて行き、出島の手前で左に曲がる。曲がるとすぐ坂道だ。やはりというか、何というか、距離が短いのにこれだけきついという事は、傾斜が急だという事だ。背後には長崎港が広がり、船が小さく見えている。
「まったく・・・なんだって・・・こんな坂の上に・・・」
 息も絶え絶えだ。鍛え方が足りない。船旅の間に体がなまったらしい。歩くだけで体の鍛えられそうな町だ。
 そして坂を登りきると、右手に白亜の政務局がそびえ建ち、政務局前から長崎街道が始まっている。そして、目の前は、また急な下り坂で、その先に平野が広がっており、瓦屋根の家々がひしめき合っている。火事になったら良く燃えそうだ。なるほど、港側は平地が少なくて、奥に平地があったのか。



 バタン。いきなり部屋の戸が開けられた。
「島田くん!」
「本当にひょっこりと現われるわね」
「ぜはー、ぜはー」
 俺は肩で息をしていた。
「守衛や、政務局の人間が大勢いるのに、よくここまでたどり着けたな」
 土方さんの言葉に、俺は無言で一通の書状を差し出した。息が上がってしゃべれないのだ。
「なるほど。斎藤の紹介状か」
 俺の風体は単なる浪人者だが、江戸の警察局長で、元新選組3番隊組長 斎藤はじめの名は新選組政府のお膝下ひざもとの長崎でも有名だったようだ。その斎藤が俺を新撰組副長の島田誠と紹介しているので、皆、敬礼して通してくれたのだ。

 ようやく息も整い、心に余裕が出来てきた。俺の斜め前に斎藤からの紹介状を持った土方さん。反対側になぜか熊の毛皮を被った沙乃。そして正面で近藤さんが、瞳をうるませて俺を見つめている。
「島田くん・・・・」
 近藤さんの肩が小刻みに震えている。チャリッと鎖の鳴るような音がした。近藤さんが両手に何か握っている。両手に握ってるのは・・・あれは俺の金時計!? そういえば、斎藤と比叡山に向かった所までは覚えているが、その後の記憶がないぞ。いや、10年間カモちゃんさんと欧州やアメリカを旅してた記憶があるが、それは俺じゃないし。
「絶対、絶対、帰って来るって信じてたんだからね。
 みんなが忘れても、あたしだけは島田くんの事を覚えていたんだからぁ!」
 語尾が涙声になる。近藤さんの瞳から大粒の涙が一滴ひとしずくこぼれた。

 あの時に落としたんだ。それを近藤さんが持っていてくれたんだ。そうか・・・だから俺はここに戻って来れたんだ・・・。

「ちょっと無理をしたので、俺、10年間消えてたみたいです」
「島田くん、まさか・・・」
 近藤さんの顔が、何かを悟ったようにはっとなる。

 時計は鳥羽伏見の戦いの時から壊れて動かなかったのだ。それが急に直って動き出した。直った途端に島田がアメリカから帰って来た・・・そうじゃない。時計が壊れてた間、島田誠はこの世から消されていたのだ。島田が頭痛予知で近藤本人や、新選組のみんなの危機を救ってきたこと、自分の為に伊東参謀と決闘して殺されかけたこと、伏見の戦いのときに新撰組がいきなり錦旗を砲撃したこと、その結果、幕府軍が勝てたこと。
「島田くん、あたしの為に・・・?」

「なに馬鹿な事言ってんのよ、島田が国外追放になったのは自業自得でしょ!」
「うむ。大逆罪で死刑になる所を、近藤のおかげで助かったのだからな」
 外野の沙乃と土方さんからツッコミが入る。そうか、近藤さん以外の人間には分からないんだ。近藤さんも怪訝けげんな表情で2人を見るが、俺がうなずくと気付いたみたいだ。この事は俺たち以外には分からない。2人の秘密だ。

「近藤さん、島田誠、ただ今戻りました」 俺は静かに報告する。

 一瞬後、近藤さんが俺の腕に飛び込んできた。

「おかえり、島田くん」


(近藤勇子EX 完)


(あとがき)
 わがまま明治維新完成!
 最初の第4幕『伊東甲子謀殺事件顛末』を書いたのが2003年の3月12日ですから、完成までに3年4カ月かかってます。我ながら何と気の長い・・・・。しかし、これでようやく近藤勇子は幸せになれたと思います。戊辰戦争で負けたけど生き残って、個人の幸せを掴んだのではなく、戦争に勝って日本国の頂点に登りつめ、なおかつ幸せになるという。行殺のEXでもこれほどの無茶をやったストーリーは他にありませんし、それ以前に鳥羽伏見で幕府軍が勝ってしまうif小説を私は見た事がありません。そういうわけでこれは世界初の試みである可能性があります。(普通、同人小説でここまでやるものかいな?)
 近藤勇子は新選組局長から、日本国の局長になったのです。きっとこの近藤勇子EXのその後の世界では、大日本帝国の首相は局長という呼称に違いない。戦後も総理大臣という呼称じゃなくて局長だぞ。ははは。
 太平洋戦争は時期が早まるかなあ? カモちゃんさんがアメリカで暴れているからなあ。遠からず日米は開戦するに相違あるまい。英仏は大西洋から日本は太平洋から。西と東から米国を挟み撃ちにして、アメリカ大陸を各国で分割して、日本はアラスカぐらいをもらえないかなあ? とか馬鹿な想像が膨らみます。

 島田の時計は、時間の象徴です。ゲームの行殺で島田が取る行動によって様々な未来が発生します。いわゆるパラレルワールドが発生するわけです。近藤勇子EXでは、島田がメタ知識により歴史を都合の良いように歪めますが、本来事象平面に対して垂直な直線である時間線をたわめた為、時間を歪める特異点として存在する島田は、撓みが最大になった瞬間に時間線から弾き飛ばされます。その結果、時間線は微妙に元に戻った為、島田が存在しなかった時間線がそのまま伸びていったのです(一旦曲げた針金を延ばそうとしても元には戻りませんよね)。で歴史が歪む直前の文久3年に毎回飛ばされる島田ですが、今回は慶応4年に落として来た金時計を近藤勇子が持ってる事から、それを目印に再び同じ時間線(近藤勇子EX)の明治10年に飛んで来れたのです。近藤が島田の事を忘れずに覚えていられたのも島田の金時計のおかげでしょう。歴史が歪んだ結果、日本国の首都は長崎になってしまいました。これは作者である私のわがままです。いいじゃん、別に長崎が首都でも。

(長崎遷都に関して)
 近藤勇子EXでの長崎遷都論ですが、これは実は攻殻機動隊からヒントを得てます。攻殻の世界では第3次世界大戦で東京が核攻撃を食らって水没したため、新浜市(現在の神戸辺り)が首都になってます。
 東京遷都を勉強した所、
@京都は近代国家の首都としての機能がなかった。
A戊辰戦争後、江戸から東北にかけて新政府が睨みを利かせる必要があった。
B天皇を移す事で、新政府の頂点が天皇であると見せつける必要があった。
C徳川幕府の本拠地に首都を置くことで、旧幕府体制を一掃できた。
D海外との交流の為に港が必要。

 などの理由があるのですが、近藤勇子EXの世界では、鳥羽伏見の戦いで勝ってしまったので、歴史をシミュレーションしてみると、東京遷都は考え難いのです。
@江戸は徳川幕府のお膝下であるので、天皇が東幸とうこうすると、天皇が徳川幕府に下る形になり、そうなると勤王連中が黙っておらず、国内の内乱が再燃する恐れがある。
A会津を筆頭に幕府寄りの東北諸藩は新選組政府に好意的なので、本来の歴史とは逆に、西国(薩摩と長州)に睨みを効かせる必要がある。
B旧藩主を県令に任命したので、江戸は徳川家の所領とすることで御家人の反乱を防ぐ。
C長崎には港があり、なおかつ開港してたので幕府の出先機関も揃っていた(狭いのが欠点だが・・・)。

 そういうわけで、作者の独断と偏見により、長崎が首都になりました。

(新選組政府の意外な資金源)
・大坂城には、徳川幕府の御用金18万両が蓄えてあったのですが、これを分捕りました(表向き徳川家が天皇に献納したという形を取った)。
・実は第3幕の『風雲池田屋事件(前編)』で伏線を張ってたのですが、大坂の豪商たちからの新選組への献金1万両を近藤勇子が騙されて米相場にぎ込みました。慶応年間は米が不作で米相場が跳ね上がったので、新選組は巨利を得て、それで洋式装備を揃えた・・・という話にしようと思ってたのですが、島田の高台寺党が分離してしまったので、その伏線は生かされませんでした。で、まあ明治新選組政府の資金源の一つになってます。
・貿易による利益。・・・・坂本龍馬を暗殺するのをすっかりぽんと忘れてました。また、土佐藩は新選組政府に好意的なので、海援隊は、龍馬の目指した通り、世界の海援隊として活躍中。日本政府が戊辰戦争で使った旧式の銃火器を中国などに売りさばいたというのは史実です。

(みんなの未来)
 掲示板で募集した『みんなの未来』を生かせるだけ生かしました。

・カモちゃんさんが欧州で活躍というのは、三宅猫之助様の『フランスで外人部隊に参加』より。また同じくカモちゃんさんがインディアンの所領安堵の為に戦うというのは、シンペイ様の『インディアン達の指揮をとり、白人の討伐軍に立ち向かうカモちゃんさん』より。(・・・よく両者を合体させられたものだ)
・へーちゃんが料理屋の女将さんというのは、仙太様の『いっそ何処かの洋食屋(…ドラステ?)ででもノンビリ働いて欲しい気がします』をそのまま。
・山南さんが大坂県令というのは、三宅猫之助様の『故郷に錦を飾って宮城県知事』を流用。

(その他のネタばれ)
 斎藤がサーベルの刀身に日本刀を使ってますが、実はこれは西郷隆盛のサーベルがそうなってたのだそうです。西郷隆盛のサーベルは見かけだけで、中身は日本刀だったそうです。(鹿児島旅行のときに西郷南州博物館に飾ってあったのを見ました)

 47都道府県:東京が都、北海道が道、京都と大阪が府。首都の東京、巨大な北海道はさておき、なぜ京都と大阪が府なのかというと、徳川幕府の直轄地だったからです。では、なぜ長崎県は長崎府ではないのかというと、実は明治2年までは長崎府だったのです。その後、なぜか県に格下げされましたが・・・。しかし納得行かないので私は首都にしてしまいました。

 明治10年の最初のシーンで近藤が島田の時計を磨いてますが、これは第7幕後編B『新しき世界へ』を読まれた仙太様の感想に書いてあったのを、そのまま使わせていただきました。


 ようやく近藤勇子EXが完成しました。これまで付き合って下さった読者の皆様、ありがとうございます。


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