「行殺(はぁと)新選組りふれっしゅ『近藤ゆーこEX』」

第3幕『風雲!池田屋事件』(前編)


 大広間での朝礼である。真ん中に局長の近藤勇子、その両脇を副長の土方歳江と山南敬助が固めている。そして副長助勤を前列として、俺をはじめとする平隊士がその後ろにずらっと並んでいる。

「最近、キンノーの活動も低迷しており、治安が回復して来た。
 これも一重に我々の市中巡察の成果である」

 土方副長が報告を始めた。

「中将様から、直々に褒められたんだよ」

 横から嬉しそうに口を挟むのは近藤さんである。

「街の評判もおおむね好評だ」 土方さんが報告を続ける。

「問題児が居なくなったからねえ」 これは山南さんだ。

「山南さん、それはちょっと言い過ぎ」 近藤さんがたしなめるが、

「いや、山南の言うのも一理ある。
 約1名、好き勝手して局の評判を落としていた人物が居たが、さいわいにして大坂で療養中だ。
 犯人は土佐系のキンノーだと思われるが、奴らはなかなか尻尾を出さない。
 芹沢さんのかたきを討つ為にも、監察方は一層力を入れて行くつもりだ。
 さすれば芹沢さんも草葉の陰から喜んでくれるだろう」

「トシちゃん、カーモさん生きてるよ?」

「ちょっとした言葉のあやだ。気にするな。
 では今日は、洋式調練を行うので、手隙てすきの者は参加するように。解散!」

 土方さんが朝礼を締めた。今の土方さんの言葉は絶対冗談ではなく本気だったと思う。キンノーが俺たちの行動を知り得たのは妙だし、カモちゃんさん一人に帰京命令が出たのも変だ。何か裏がある気がするが・・・。




 巡察隊は巡察に出発すべく準備を始める。

「いいなあ。洋式調練かあ。僕は今日、巡察だけど後で内容を教えてね」

 隣に居た斎藤が話しかけてくる。

「おう」




 本日非番の人間が壬生寺に集まった。まず、新たに砲術師範に任命された阿部君(阿部十郎あべのじゅうろう)から、新型スナイドル銃の扱い方の説明があり、各自に銃と弾薬が配られる。俺が大坂から仕入れて来たスナイドル銃は、実際にカモちゃんさん襲撃事件の時に近藤さんと阿部君が使って絶大な威力を発揮したため、そのまま新選組制式採用となり、大坂支局長の谷万沙代を通じてかなりの数が購入されている。ちなみに銃弾は手作りである。阿部君と近藤さんと俺と周子ちゃん(近習の谷周子)とで、せっせと内職して作ったのだ。俺と阿部君が大鍋で溶かした鉛を鋳型に入れて椎の実型の弾頭を作るという3Kの仕事を引き受け、周子ちゃんが薄い銅板を丸めて筒状の薬莢を作り、近藤さんが火薬を詰め、底にロウで雷管を張り付けて分業してみんなで一発ずつ手作りしたのだ。銃弾も買ってくれても良さそうなものだが、土方さんから予算が無いと却下されてしまった。確か大坂の豪商から1万両の献金があったはずなのだが・・・・。

「では、移動目標の射撃訓練に出掛ける。しゅっぱーつ」

 土方さんを先頭に銃を担いだ一行がぞろぞろと壬生の西に広がる森へと出発する。


「土方さん、移動目標と言うと?」

 近藤さん土方さんにくっついて先頭集団にいる俺は土方さんに尋ねた。

「鴨とかウサギとか、猪とか熊とか。食べられる動物だ。
 カラスなどの食べられない鳥は不許可とする」

「食べられるって・・・・」

 予想していた答えと違うので、俺は絶句してしまう。

「今日以降の晩飯のおかずになるのだ。さらに射撃訓練も兼ね、一石二鳥」

 土方さんは得意げに続ける。

「あ〜の〜、ひょっとしてまた貧乏なんですか?」

「ひょっとしなくてもうちはいつも貧乏だ」

「だ、だって、豪商からの献金が・・・・」

「近藤が米相場に手を出したのだ」 苦り切った口調で土方さんが答える。

「は?」 俺は思わず目が点になってしまった。

「だってだって絶対儲かるんだよ☆」

 横で近藤さんがはしゃぐ。

「・・・・・」

 目に浮かぶようだ。おそらく大坂商人から、いいように言いくるめられたに違いない。近藤さんは純真無垢な魂の持ち主だから、騙すのは赤子の手を捻るがごときだったろう。見事に献金分を取り返されてしまった。さすがは大坂商人。侮りがたし。

「それで、銃弾が手作りだったのか」

「うむ。私が気付いた時には遅かったのだ」

「大丈夫だって。何倍にもなって帰ってくるんだから。これであたしたちも大金持ちだよ☆」

「あのですね」

「言うな!」 土方さんが俺の襟首をつかみ上げた。

「いいか、大将がカラスは白いと言ったら、白いカラスを見つけてくるのが家臣の務め。
 それが士道なのだ! 分かったか!」

 襟首を締められてるので、俺にはコクコクと頷くことしかできない。
どうやら土方さんも近藤さんを怒鳴りつけたいのを必死にこらえているらしい。
だからといって俺に当たらないで欲しい。




「さて訓練場についたな。各自、阿部と近藤に指導を受けつつ、
 食べられる動物を撃つように。なおキノコや山菜などの食材の採取も可とする」

 それは絶対に洋式調練じゃないと思うのだが、言うと土方さんの鉄拳が飛んで来るのが目に見えているので黙っていることにする。



 そして近藤組と阿部組に別れて実弾射撃演習(?)が始まった。

「えーとね、まず撃鉄を半分起こして、遊底を横に開くんだよ。
 でね、弾丸を入れて、遊底を閉める。そして撃鉄を全部起こして、
 狙ってー・・・・・撃てー!」

 近藤さんが模範射撃で1発目を撃った。狙いあやまたず、飛んでた鴨が落ちる。

「ほーら、大当たり〜」

「さすがゆーちゃんはうまいなあ」

 見様見真似で弾込めしながら永倉が褒める。

「だってこの鉄砲、すっごく使いやすいんだよ。やっぱり舶来物は違うよね」

「そういえば、なんで近藤さんは天然理心流の4代目なのに鉄砲を使ってたんですか?」

 近藤さんの武器は、今までは火縄銃の虎徹だったのだ。

「だって刀で獲物を取るの難しいじゃない」

 何を当然の事を訊くの? という表情かおで俺を見る近藤さん。

「は?」

「我々は元々、多摩の百姓の出だからな。まあ、そういう事だ」

 同じく弾を込めながら土方さんが答える。

「じゃあ、沙乃の槍は魚を突くため?」

「違うわよ!」 沙乃が憮然として答える。

「永倉のハンマーは、ひょっとして大工さん?」

「あっはっはっ。面白いことを言うなあ。島田は」

「そういえば、みんなの武器が違うのはなぜだろうと思ってたんだ。
 そーかー、生活手段だったのか・・・・」

 そう考えれば頷ける事がいくつもある。

「違うったら!」 沙乃がムキになって否定するが、

「試衛館道場は貧乏でさー、アタイは建築現場のバイトを掛け持ちしてたし、
 トシさんは薬売りの行商をやってたし、ゆーちゃんは当時から鳥撃ちの名人だったし」

 永倉がなつかしそうにしみじみと言う。

「やっぱり生計の為なんじゃないか」

「永倉、そういう身内の恥を晒すんじゃない」

「えー、だって事実じゃん」

「島田! お前もかわいそうな人を見る目でこっちを見るんじゃない!」

「え、えーと」 次々と明かされる衝撃の過去にどう言っていいか分からない。



「はーい、じゃあ訓練を始めるよ〜」

 マイペースな近藤さんの指導で射撃訓練が再開した。まずは沙乃である。

「狙って〜」

 沙乃が近藤さんと同じように銃を構えて、

「撃て!」 パーン。発射する。そして、

「わきゃあ!」 発射の衝撃で後ろに引っ繰り返り、そのままゴロゴロと転がる。

「だめだよ、沙乃ちゃん。しっかり踏ん張らなきゃ」

「沙乃じゃあ小さすぎて無理なんじゃないのか?」

「失礼ね、そういう島田はどうなのよ!」

「ふっふっふ。俺の腕前を見てろ」

 俺も弾を込めて、慎重に狙いをつける。

「発射!」 引き金を引く。カチっと撃鉄が落ちる。でも弾が出ない。

「おや?」

「あっはっはっ。さすが、島田!」 永倉がはやす。

「島田くん、銃口を下に向けて、撃鉄を起こして」

「はい」

 近藤さんに言われた通りにする。銃口を下に向けるのは暴発したときの用心だ。
 近藤さんが、遊底を開く。

「島田くん・・・・弾の向き、逆だよ」

「え”っ!」 それでは発射するはずがない。

「ふっ、さすがは島田ね。ちゃんと抜けてるわ」

 先程の意趣返しか、ふっと鼻で笑う沙乃。

「おのれー」

「全く、何を馬鹿な事をやっているのだ。真面目にやらんと晩飯抜きだぞ」

 そう言って銃を構える土方さん。さまになっている。
横で見ていてもドキッとするぐらい格好いい。黒髪が風に棚引き、まさにクールビューティー。
 パーン。銃声が響く。
 だが、当たらなかった。バタバタと狙っていた鴨が飛んで行く。格好つけてただけにすごく格好悪い。


「やーい、トシちゃんの下手っぴー」

 からかいながらも土方さんが仕留め損なった鴨を一撃で落とす近藤さん。
装填から構えて狙って引き金を引く一連の動作がよどみなく繋がっている。
優雅だ。実に優雅だ。

「・・・・こほん。訓練中だからな。みな、まともに銃が撃てるようになるように」

「はーい」

 近藤さんが元気良く返事をする。いや、あなたが一番うまいのですが・・・・。




 そしてこちらでは近藤さんによる個人レッスンが始まった。

 パーン。

「わきゃあ!」 また沙乃がひっくりかえる。

「沙乃ちゃんは体を安定させるために膝射ちがいいかも」



 パーン。

「うわ! こいつ逆らうぞ」

 射撃後の反動で永倉の銃口は上に跳ね上がっている。

「アラタちゃん、銃床は肩にあてると安定するよ」



 パーン。

「うーむ、当たらん」 相変わらず土方さんの弾は目標に当たらない。

「トシちゃん、照準を使わなくちゃ。銃身の上にあるでしょ」

「あ、この四角いのか? 折り畳み式の?」

「そう。その枠の中に目標を入れるんだよ」



「えーと、空の薬莢を取り出して、弾を込めて、蓋を閉めて、撃鉄を・・・・」

 俺が再装填までに一番時間がかかっている。細かいことは苦手なのだ。

「島田くん、不器用ぶきっちょ

「あう」




 パーン、パーンと向こうでも散発的に音がする。阿部君の率いる一隊だ。
 こっちは近藤さん以外ダメダメだが、向こうはどうなのだろうか?


 結局、この日は、近藤さんが野鳥を数羽仕留め、弾丸タマが無くなったので、
残りの俺たちは山菜狩りになった。だが、阿部君は何と猪を仕留めていた。
さすが砲術師範ガンマニアは伊達ではない。

「阿部君、すごいねー」

「はっ、恐縮であります」

「わーい。猪鍋だー。猪鍋だー」

「しかし、土方さん、これで洋式調練になったんですか?」

「少なくとも銃を撃てるようにはなっただろう。
 いざと言うときに撃った経験があるのとないのでは全然違うからな」

「でも当たらないんですけど」

「それは精進あるのみだな」

「猪鍋が食えるからそれでいーじゃん。またやろうよ」

「うむ、実戦で使えるレベルまで鍛えねばな」

 土方さんと永倉の言ってる事は微妙にずれてるような気がするのだが。

「ところで土方さん、銃の訓練は、来るべき攘夷戦に向けてのものでしょうか?」

 俺は改まって聞いてみる。

「え、食料調達じゃなかったの?」

「そんな実も蓋もないことをいうなよ、永倉」

「攘夷か、ふっ・・・」

 遠い目をして意味ありげに笑う土方さん。

「違うんですか?」

「攘夷なんか無理だよ」

 近藤さんがケロッっと答える。

「ええっ!」

 確か、俺が入隊したときは、攘夷のさきがけになるとかいう話だったよーな・・・

「昔ね、江戸にいたころ、佐久間象山先生のお供で、
 龍馬やトシちゃんと黒船を見に行ったことがあるんだよ」

「うむ、あれは凄かった。煙を吐いて進む山の様に大きな船から百雷の如き砲撃があるのだ」

「すごかったよね〜。まさに動く城だもんね」

「あんなのといくさしても到底勝てん」

「で、ではなぜ?」

「今は勝てん。少なくともな。勝てぬ戦を仕掛けるのは大馬鹿者のすることだ」

「それに今は幕府を中心に国が一つにまとまらないと、この国難を乗り切れないのに、
 それを邪魔しようとする人達がいるから」

「キンノーの奴らね」 沙乃が口を挟む。

「奴らは夷狄の手先だ。だから我々がキンノーを狩らねばならんのだ」

 そして土方さんが話を締めた。

「おお! そういう事だったんですか」

 ポンと手を打ち、感心する俺。

「島田くん、分かってなかったの?」

「今、分かりました。キンノーは尊王主義だから、
 皇室と幕府が協力する公武合体を行えば、勤王と佐幕が一つにまとまるんですね!」

「今更なに言ってんだよ?」

「うお! 永倉は分かってたのか?」

 筋肉派の永倉ですら分かっていたことを俺は分かってなかったのか!

「そんなの当たり前じゃん」

「でも、それじゃあ、何でキンノーは公武合体を邪魔しようとするんだ?」

「だから夷狄の手先だからだろ?」

「馬鹿ねえ、アラタ。島田と同レベルよ。尊王攘夷そんのうじょういってのは建前たてまえで、
 要は幕府を倒したいだけのよ。だから公武合体したら幕府と戦う理由がなくなっちゃうじゃないの」

「まあ、今、我々は京の治安を守ることだ。
 国内が安定しないようでは攘夷など夢のまた夢だ」

「がんばろうね☆」

「はい」「おう」 近藤さんの言葉に、みんなの声が唱和した。



 こうして、しばらくは平穏な日々が続いていたのだが・・・。






 季節は巡り、また夏がやってきた。盆地である京の都はちょうど中華鍋の底にあるようなものだから、夏が暑い。じりじりと照りつける太陽に、熱せられた空気が風もなく淀んでいる。
 そしてこの暑い中、キンノーの連中も熱かった。連日連夜、京の各所で暴れまわっている。

 夏なので新選組も夏服になっている。浅葱のダンダラの羽織が夏物なのは、もちろんの事だが、その下の制服も夏服である。イラストがないのが残念だが、透けそうなぐらいに薄い白のブラウス1枚の上に羽織である。 と、とにかく夏服なのである。

「キンノーさんたちもがんばってるよね」

 近藤さんが風にそよぎながらつぶやく。ちなみに俺は団扇うちわ係である。

「おかしい」 

 ここ最近のキンノー事件の発生場所を落とした京の地図を前に土方さんが首をかしげた。

「はっはっはっ」

「なぜ笑う、島田」

「いや、おかしいらしいので」

「・・・キンノーの動きだ」 俺を無視して土方さんが話を進める。

「つっこんで下さいよ!」

「やかましい! 漫才なら一人でやれ!」

「まあ、まあ、トシちゃん」

「まったく・・・。検挙数は上がったが、雑魚ばかりだ。
 事件発生の場所もバラバラ。動きに統一感がない」

「そうかな?」 近藤さんが額に指を当てて考える仕草しぐさをする。

「どういう事だ、近藤?」

「んーと、街での目立ったキンノー活動、事件の場所は市中全域、
 動きに統一感がなくって、捕まるのは小物ばかり・・・だよね」

「そうだ」

「木を隠すには森の中って言うじゃない」

「まさか!」

「うん。陽動なんじゃないかな?」

「キンノー活動で、大物キンノーをカモフラージュですか!」

「ありうる話だ。それならば一連の事件に説明がつく。さっそく監察方に命じて、」

「ですけど、こっちも雑魚キンノーの対応で手一杯ですよ」

「それも狙いだろうねー」

「むう、戦力の分散か! このままではどうしてもこちらが後手に回らざるを得ない。
 いざ事件が起こったときに、現状では迅速に対応できないぞ」

「不利な戦いだよねー」

「近藤、頼むから他人事みたいに言わないでくれ」

「大坂のカーモさんからお手紙が来たんだけど、『8月18日の変』で太宰府に流された
 七卿が裏で何か動いてるから警戒しろって」

「芹沢さんが?」

「また、どっからそんな情報を」

「『アタシはりんたろークンと“くるーじんぐ”に行くんだぁ☆』って書いてあったよ」

「もう新しい男を見つけたのか。この忙しいときに何をやってるのだ芹沢さんは」

 脅威的な回復力を持つカモちゃんさんのケガはすでに直っているらしいのだが、なかなか京に戻って来ない。大坂の居心地が良いのと、一つには土方さんを警戒してるのだろう。

「りんたろうって誰ですかね?」

「えーと、勝麟太郎って書いてあったよーな」

「・・・・それは幕府軍艦奉行の勝海舟殿の事ではないか!」

「さすがカモちゃんさん。めちゃくちゃ顔が広いですね」

「すごいよねー」

「いつもながら芹沢さんのわけの分からん人脈には感服するが・・・・」

 江戸からやってきた浪士組は清河の策謀で総キンノーと化してしまったが、そこから飛び出した近藤さんたちが『新選組』になれたのは、カモちゃんさんが京都守護職の松平けーこちゃん様と友達ダチだったからだ。

「しかし、軍艦奉行の勝殿の弟子にはキンノーの坂本龍馬がいる。
 なれば芹沢情報の確度は高いか」

「今のキンノーの動きとも一致するよね」

「早いところ連中の計画を突き止めねばなるまいな」

「じゃあ、島田君、あたしたちも巡察に出るよ。準備して」

「ちょっと待て。今の話の流れで、どうしてお前が巡察に出ることになるんだ!」

「だって、人手が足りないんでしょ」

「お前を出すぐらいなら、私が出る。近藤を危険な目には合わせたくない」

「トシちゃんは指揮官なんなんだから屯所に居なくちゃだめじゃない」

「そ、それはそうだが・・・・」

「大丈夫だよ。島田くんや周子ちゃんも一緒に行くんだから」

 土方さんの顔にあきらめの表情が浮かぶ。理屈では近藤さんの方が正しいからだ。
新選組の実権を握っているのは土方さんなので、近藤さんが屯所にいる必要はないのである。さらに局長附近習である俺と谷周子ちゃんも遊び駒になっている。近藤さんが動けば、俺たち近習も動くのでその方が効率がいい。

「分かった。だが、くれぐれも危険な場所に近づくなよ。それと島田!」

「はい。重々承知しております」

“近藤にもしもの事があったら切腹!” 言わずもがなである。




 見事みごとしてやったり。意気揚々と近藤さんが巡察に出発する。
襲撃事件以来、土方さんが過保護なので、なかなか巡察に出掛けられないのだ。

「えーと、まずは情報収集よ」

「はいですぅ」 谷周子ちゃんが元気良く返事をする。

 3人共、スナイドルライフルで武装している。近藤さん以外は射っても当たらないので、あまり意味はないと思うのだが、土方さんが『完全武装で行け!』というのでそうなったのである。ライフルは重いので、そのうち周子ちゃんの分も俺が担ぐ事になりそうだ。



「あ、佐々木殿」

 二条城近くの路上で、見廻組みまわりぐみ(※新選組は浪士で構成される治安部隊だが、
見廻組は旗本の子息で構成されるエリート治安部隊である)与頭くみがしらの佐々木只三郎さんに
出くわした。見廻組屋敷は二条城の西隣りにあるのだ。田舎の壬生に屯所のある新選組とはえらい違いである。

「近藤殿、どうやら、土佐派キンノーの大物が京に到着したようで・・・・」

 全く表情を変えぬまま、佐々木さんが近藤さんに話しかけた。

「土佐・・・・?」

 近藤さんが怪訝な表情をする。

「近藤さん、どうしたんですか?」

「あ、ううん、なんでもないの。佐々木殿、情報ありがとうございます。
 こちらでも何か分かり次第、お知らせしますので」

「よろしくおねがいします。では、御免ごめん

 そう言って、佐々木さんは肩で風を切って立ち去った。


「土佐か・・・・龍馬・・・・」




 佐々木さんと出会ってからの近藤さんは、何やら物思いにふけっていた。
俺と周子ちゃんはそんな近藤さんのあとをついていく。
 やっぱり周子ちゃんに二本差しと銃の両方は重すぎたらしく途中でダウンしたので、俺は自分の分と周子ちゃんのスナイドル銃を両方の肩に担いでいる。

「わーい。ガンタンクですぅ」

「せめて、ガンキャノンって言ってよ」

 俺たちがはしゃいでいても近藤さんは黙々と歩いている。

「うーん、刀と銃を両方持つのは、さすがに重いかなあ?」

 俺や永倉みたいな力自慢は別としても、他の隊士は無理だろう。

「勇子姉さまみたいに銃剣にすればいいですぅ」

「そっちが効率いいなあ。帰ったら土方さんに報告しよ」


 近藤さんは無意識に歩いているのだろう。二条城からふらふらと南下し、現在位置は東本願寺の辺りだ。
 そして今度は、土方さんが密偵として使ってる床屋の伝吉、略して床伝さんが寄って来てすれ違いざまに小声で呟いた。

「局長さん、四条木屋町の桝屋ますやの蔵に鉄が混ざってるようです」

 それだけ言うと、関係なかったように通り過ぎて行ってしまう。新選組の密偵であることがバレれば、キンノーから狙われるし、正体の露見した密偵に価値はない。無礼なようだが、これでいいのだ。

「桝屋って何屋さんか知ってる?」

 近藤さんが振り返って俺たちに尋ねた。

「ムカつくクイズを出してくる店ですよ。隠れキンノーなんじゃないですかね?」

「桝屋さんは、確か炭屋さんですぅ」

「蒸気機関車用に石炭を売ってるのかな?」

「違うと思いますよ」

 天然なのかボケなのか分からないが、とりあえず突っ込んでおく。

「お習字に使う『すみ』ですぅ」

「そっかー」

「周子ちゃん、それも違うと思う・・・・」

「でもその桝屋さんの蔵にどうして鉄があるのかな?」

「分かった! 鍛冶屋を始めるんですよ。鉄を溶かすには炭火が必要ですから。
 これぞ、今流行の異業種融合コラボレーションですね」

「・・・・なんか、島田くんも違うっぽいけど」

「鉄・・・・鉄砲?」 俺は首を捻った。鉄は・・・武器の符丁か?

「まさか、武器の密売を?」

「はぅ。桝屋さんの裏は、高瀬川ですー」

「高瀬川は水路だから、大坂からの荷物の運搬にちょうどいいんだよ」

「そして、炭塵を抑える為の炭屋格子。隙間が狭くて外から中が見えない」

「密売にはもってこいですぅ」

「よーし、桝屋に乗り込むよー」

「俺たちだけでですか?」

「んー、周子ちゃん屯所に連絡してトシちゃんに応援を頼んで。
 途中で巡察隊を見つけてもいいよ」

「はいですぅ」

「じゃあ、島田くん。行くよ」

「応援を待たないんですか?」

「現地で落ち合うから大丈夫だよ」




 鴨川と平行して流れる高瀬川は京と伏見を結ぶ運河だ。川幅は2丈6尺(≒7m87cm)。河原はなく、水路脇に小道があり、柳の木が植えられている。この水路を小型の舟が荷物を積んで行き来している。あちこちに船溜まりという方向転換用の池があり、問屋や、各藩の藩邸が高瀬川沿いに並んでいる。
 俺と近藤さんは桝屋の前に居た。炭俵が積んである。桝屋は薪炭商。この時代の燃料屋さんである。

京都名店録をひも解くと、

 店 :薪炭所『桝屋』
 店主:古高俊子(ふるたか・としこ)
    ちょっと小粋な薪炭小町と評判の女将は、
    貧乏人にも金持ちにも別け隔てなく笑顔を振りまいてくれる。 

とある。ちなみに新選組には愛想が悪い。


「どうしますか、近藤さん?」

 応援はまだ到着してないので、俺たち2人だけである。

「こんにちはー、新選組でーす」

 近藤さんはガラガラと格子戸を開けて中に入る。

「そんなストレートな!」

「武士はいつでも正々堂々だよ」


「はーい、チッ、新選組かい!」

 奥から出て来た女将の古高俊子が、俺たちのダンダラ羽織を見て露骨に嫌な顔をして舌打ちする。嫌われてるなあ。

「また、押し借りですやろか?」

「いえ、今日は御用改めです。蔵を改めさせてください」

 近藤さんが、にこやかに答える。
 古高の顔が引きつった。そして一言も発せずクルリときびすを返すと、
手近の炭俵の山を崩して奥へと逃げ込んだ。もうもうと炭塵が巻き上がる。

「げほげほ、どうやら当たりだったみたいですね」

「追うよ、島田くん! けほけほ」

「はい」

 俺たちは炭俵の山を乗り越えて、古高を追う。

「待てー」

 待てと言われて待つ賊はいない。古高も、家財を引っ繰り返して、追跡を阻みながら奥へ奥へと逃げる。そして裏木戸から外へ逃げた。高瀬川沿いの小道だ。
 俺たちも転がるように、外に出た。
 既に古高は走って逃げている。

 「ええい!」

 この距離では追いつけない。俺は素早くスナイドル銃に装填するとぶっ放した。


 パーンッ。

 かん高い銃声が響き渡る。

「キャーッ」

 古高は悲鳴を上げると頭を抱えてその場にうずくまった。

「あれ?」

 俺の腕では当たりはしないはずなのだが。第一狙ってないし。威嚇射撃が功を奏したかな?
 近藤さんが駆け出し、古高の身柄を押さえた。


「島田くん、捕まえたよ」

「し、信じられない。あの炭塵の中で銃を使うやなんて!
 引火したらどないするんどす!」

 古高がすごい見幕で食ってかかる。

「あ!」

 言われて気付いた。もうもうと炭塵が舞ってたから、万が一引火してたら、粉塵爆発。ここは炭屋で可燃物が山とあるから、町内丸ごと吹っ飛んでた可能性がある。

「あぶねー、気付かなかった」

「こ、これだから、野蛮な壬生浪みぶろは!」

「危うく、黒コゲになるとこだったねー」

「すでに炭塵で真っ黒ですけどね」

「さて、じゃあ桝屋さん、お話を伺いましょうか?」

「うちらの皇宮焦土作戦が、まさか壬生浪に嗅ぎ付けられるやなんて・・・」

「えっ?」

「皇宮焦土作戦?」

 俺たちは顔を見合わせる。古高は『しまった!』という表情かおをする。早合点だったのだ。



「近藤ー!」

 土方さんだ。応援の隊士を引き連れている。

「あ、トシちゃん」

「真っ黒だな」

「えへへー。でも大収穫だよ、なんだか、古高さんはとんでもない事を考えてたみたい」

「くっ」 古高が顔を背ける。



「トシさーん」 捜索隊を率いて桝屋の蔵に入って行った永倉が声を上げる。

「おう!」

「見てよ、すごい数の武器・弾薬が炭俵の中に隠してある」

「これは驚きだな。桝屋の商売も大したものだ」

「・・・・」 古高の顔にあきらめの表情が浮かぶ。

「地対空ミサイルや対戦車砲まであるよ」

「あるか、そんなもん」 俺が突っ込みを入れる。

「武器の密売にしては少々豪勢だな」


「トシさん、地下室があるわ! 書状が・・・・これは!」

 店の中を捜索していた沙乃が地下室を見つけたらしい。

「どうした、沙乃?」

「『皇宮焦土作戦実施要綱』って、大規模テロじゃないの!」

「何だと!」

「古高を屯所にしょっ引け! 桝屋の武器は押収、現場の警戒を厳にせよ!」

「はっ」 土方さんの命令を受けた隊士が走り去る。


「さて、古高・・・・」

「うちは何にもしゃべりまへん!」

「ほう、それは楽しみだな。この私の責めにどこまで耐えられるか楽しみだ」

「くうっ」 古高が顔を歪める。

「連れて行け!」



「近藤、お手柄だったな」

「うん!」

「これだけの量の武器を用意したんだ。皇宮焦土作戦というのが、
 キンノーが地下で推し進めていた秘密作戦と見て間違いあるまい」

「何としても防がなくっちゃ」

「ああ。屯所に帰って、書類の分析と、古高の尋問を行う」

「武器の密売の検挙に来ただけだったんですけどねえ」

瓢箪ひょうたんから駒だな」

「何にせよ、ツキはまだこちらにあるようだ」

「とりあえず、お風呂に入りたーい」

「俺たち真っ黒ですからね」

「ああ。後は私が引き受ける」

「近藤たちはひとまず屯所に帰って休んでくれ」

「うん、トシちゃん。お願いね」

「まかせておけ」



 かくして、まったくひょんな事から、キンノーの一大テロ作戦を察知してしまった俺たち新選組。京の町を救うことが出来るのか?


(後編に続く)


(あとがき)
 今回も前後編です。前編で桝屋捕縛まで、後編で池田屋事件を書きます。池田屋事件に関しては、これまでの新選組物でアイデアが出尽くしてる感がなきにしもあらずですが、近藤勇子EXでも池田屋事件を取り扱います。
 少々NHKの大河ドラマ『新選組!』が混ざってきましたが、行殺でも近藤勇子と坂本龍馬は江戸で出会ってますから、ちょうどいいので取り入れました。


(おまけ)
【近藤】 今回、島田くんの頭痛がなかったね。
【島田】 今回はピンチのシーンがないですからね。
【永倉】 桝屋のシーンはかなりピンチだったんじゃないか?
【近藤】 あやうくご町内を吹っ飛ばす所だったもんねえ。
【島田】 ・・・・・ああっ、頭が痛い!
【土方】 ごまかすな!


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