偽・行殺(はぁと)新選組ふれっしゅ番外編

デザートクエストU 悪霊のカミカミ


 この作品は『行殺』の世界で発生したかもしれないし、発生しなかったかもしれない些細な事件・任務・冒険の顛末について語るという、妙なコンセプトで作られたものだ。
 食後のデザートを食するような感じで読むのがいい。だからDessertQuestシリーズと呼ぶ事にする。(でもUはTよりずっと長い)


 最近、土方副長の様子がおかしい。
 その事に気づいたのは、ほんの一握りの人間たちだった。島田もその一人だ。
「土方さん、何かボーッとしてる事が多くなってきた」
 近藤は土方とは随分前からの付き合いだ。
「目が赤いよトシちゃん。あんまり寝てないみたい」
 永倉も原田も新選組結成当時からの古株だ。
「トシさんらしくねーな。声かけても聞こえてなかったなんて、今までなかったぜ」
「トシさん、ああいう性格だから、一人で何か悩んでるんじゃない?」
沖田は土方と結構通じ合っているところがある。だから不審に思った。
「・・・やっと春が?女の子は恋をすると仕事が手につかなくなるって・・・」
 山南はああ見えてもキレ者だ。気にしないはずがない。
「女性はアレが長引くと・・・いや言うまい。男である僕には一生わからんものだしな」
 イマイチ的はずれな・・・いやしかし、山南の事だからわざとかもしれない。
 そして、芹沢は仮にも局長である。気づいてもらわねばならなかった。
「歳江ちゃんったら最近アタシとお風呂に入ってくれなくなったのよね〜。なんか時間を見計らって、一人で入ってるみたい〜」
 頬をふくらませて少々ご機嫌斜め。これまた的はずれ・・・でもなかった。


 数日後、事態は進展した。近藤から相談を受けた芹沢が、
「んふ、もしかして〜、歳江ちゃんオトコができたんじゃないかな〜?首筋にキスマークとかついてて、それを隠したいから一人でお風呂に・・・」
 もしそうならお祝いしなきゃ〜と無茶苦茶な発想で、入浴中の土方を狙ったのだ。
「やっほ〜、歳江ちゃん」
「うわあっ!?」
 土方の驚き方は普通じゃなかった。大あわてで湯の中に飛び込んだ。だが芹沢の目は捉えていた。土方の身体のあちこちに残されていた、それに。
「ねえ、歳江ちゃん」
 芹沢はゆっくりと湯につかり、じわじわと土方との間合いを詰めていった。
「身体、よおく見せて。なんか、傷があるみたいに見えたんだけど」
 土方は無言で、間合いを取ろうとゆるゆると後退していく。
「何のことだ?・・・私には」
「まさか!」
 芹沢はいきなり大声を上げた。
「歳江ちゃん、ゆーこちゃんに影響されてそっち方面に目覚めたとか!?」
「違う!」
「夜な夜な男を連れ込んで噛みつきプレイを!?」
「違う!男などおらん!」
 土方は立ち上がって叫び返した。芹沢の目の前に、土方の胸のふくらみがあった。
「じゃあ、女の子!?女の子と毎晩噛みつきプレイだなんて・・・!」
 ちょっと身を引きつつ、芹沢が間髪入れずに叫んだ。
「違う!違う!男でも女でもない!」

沈黙。時さえ、二人の間には存在しなかったかのような、無音の世界。
「歳江ちゃん。どういう事?」
 芹沢の声が真剣なものになった。土方はうつむき、さっさと湯から上がって出て行こうとする。芹沢は素早くそれを追い、顎をつかんで上向かせた。
「答えなさい。何があったの?」
「ほおっておいてくれ。これは私の問題だ」
 言い終えると土方は唇を引き結び、目を閉じた。それは、どんな目に遭わされても何も話すまい、との意思表示であった。
「叩いても、しゃべる気はないのね」
 芹沢は土方から手を離した。が次の瞬間、
 ビシィッ!
 芹沢の右拳が土方の顔面にヒット、土方は風呂場の端にまで吹っ飛ばされた。
「いい加減にしなさい!」
 芹沢の絶叫が風呂場にこだました。何人かの隊士には聞こえてしまったかも知れない。
「みんな、歳江ちゃんの事どれだけ案じているか・・・わかってるの?」
 強い口調で、まるで子供を諭す母親のように、芹沢は言った。
「歳江ちゃんの性格は知ってるから、みんな何も聞けずに苦しんでいるのよ」
 土方に近づき、肩をがしっとつかんで芹沢は意識して冷たい声で宣告した。
「組織のまとめ役たる人間が、仲間たちの心情を酌めないようなら・・・その組織に未来はないのよ」
「・・・・・・!」
 土方の身体が震えた。組織の未来を信じて、敢えて鬼を演じてきたのだ。自ら進んで汚れ役を、憎まれ役を演じてきたのだ。
“未来が・・・ないだと?それでは私は・・・”
 土方は芹沢の顔を見た。久しぶりに、間近でまじまじと見た芹沢の顔は暖かく穏やかで、土方は何故か胸が高鳴った。見るつもりがなくても、芹沢の豊満な胸は目に入ってくる。
「お風呂はハダカの付き合いって言うじゃない?」
 芹沢は手を伸ばして、土方の頭をその胸に優しく抱き締めた。
「心も、時にはハダカになる事だって必要よ」
「・・・う・・・」
 不覚にも、土方の目から涙がこぼれた。一度気持ちのタガが外れるともう駄目だった。止まらなかった。
「今ここにはアタシしかいないんだから・・・ね」
 土方は声を殺して、しかし京都に来てから初めてその熱い感情を、悩みを吐露した。
 芹沢は何も言わずに、それを聞いていた。


 しばらく時がたった。場所は変わってここは道場。
 芹沢は主だった隊士たちを集め、副長の土方が今抱えている問題について、かいつまんで説明した。
 最近、土方は床につくと必ずと言っていいほど強い金縛りに遭い、身体のあちらこちらを何物かに傷つけられるというのだ。
「んでアタシが思うに〜、これは悪い霊の仕業じゃないかと思うのよね〜」
 芹沢のこの言葉に一同は、様々な反応を見せた。
「レイだかなんだか知らねえが、悪い奴ならアタイのハンマーで粉砕してやるぜ!」
「馬鹿ねえ、相手は霊なんだからアラタのハンマーも沙乃の槍も通用しないわ!」
「悪霊が相手なら、適切な手段を用いないと倒せないんじゃないですか?けほ」
「鈴音の言うとおりだ。悪霊と戦うのなら『えくそしすと』を呼ぶべきだよ」
「山南さーん、それは言っちゃいけないネタだと思うなー?」
「でもでも、トシちゃんが狙われてるんだから・・・あたしたちが何とかしなきゃ」
 さて島田はといえば、事態をよく理解できずに固まっていた。
“・・・世の中には、まだまだ俺の知らない事があるものだ・・・”
 その時、道場に井上がひょっこりと顔を出した。
「みんなここにおったのか・・・ああ島田くん、お客さんじゃよ」
「ええ!俺にですか?」
 一体こんな夜更けに、誰なんです?と聞こうとした。
「じゃっかじゃーん!」
 でもその必要はなかった。井上のすぐ後ろから、その客が姿を見せたからだ。
「島田さん!お久しぶりですね!あなたの・あなたの・あなたのおまちです!取るものもとりあえず、未曾有の危機と聞いて駆けつけて来ました!」
 自称・島田のガールフレンドの、おまちちゃんだった。白衣に緋色の袴という格好だ。
「・・・・・・」
 一同から『誰だよ、こいつ呼んだのは?』というオーラが放たれていた。
「あー、あー、信じてませんね?見てください!この素足!この荒い息!」
「・・・・・・・・・」
「いえ、そんな事よりも!島田さん、よく見てください!おまちの、この姿を!」
 何やら、いろんなポーズを決めるおまち。しかしその場にいる隊士たちの目には、一人でくねくね身悶えているようにしか見えなかった。
「おまちちゃんはね〜、アタシが呼んだのよ」
 ぽりぽりと、頭をかきながら芹沢が、申し訳なさそうな声でこう言った。
「ほら〜この子の格好、一応『巫女装束』でしょ?だからもしかして〜、万が一にも役に立つ事があるかもしれないかな?って」
「カ、カモちゃんさん。もしかして、万が一にもって・・・」
 島田は苦笑した。言われてみれば確かに・・・頭の鈴?はともかくも、見てくれは立派な巫女さんに見えない事もない。ない、のだがいくら何でもそれは無茶だろう。
“でも、こんな夜更けに、俺のために駆けつけてくれたんだとしたら”
 無下に追い返すのも可哀相かな?島田はそう思った。
 土方は不機嫌極まりない顔で思っていた。
“やはり・・・芹沢に相談したのは間違いだったか”
 さて、『外見だけ巫女』とされたおまちは頬をふくらませて怒った。
「『巫女装束』って言い方はひどいじゃないですか?おまちは、本物の巫女さんなんですからね!巫女さんといえば、悪霊退治の専門家ですよ!」
 場の空気を無視して、と言うか気づかずに、おまちは声を大にして語り出した。
「という訳で、さあ副長さん!・・・とっとと、永眠しちゃってください!」
「・・・・・・!」
「あー!違うんです!間違いでした!私の言いたかったのは・・・」
 おまちは手をばたばたさせてから、深呼吸をして言い直した。
「とっとと、お休みになっちゃってください!ええ、もちろんここで!皆さんの見ている前でです!どうやら悪霊さんは、副長さんがお休みになってからしか現れないとの事なんで、そうしたらおまちが、祈りの力で悪霊さんを実体化させちゃいまーす!後は皆さん思う存分に悪霊さんをボコッちゃって、あ、いえ!退治しちゃってください!ええ?そんな島田さん、お礼だなんてぇ、おまちは島田さんのためならどんな事でも・・・きゃーーーc!でもでもぉ、どうしてもお礼がしたいっておっしゃるんでしたら、あ!島田さんの懐具合なら、ちゃーんと把握してますから心配しないでください!」
 土方が刀を抜いた。身体から殺気が放出されている。あわてて島田は土方を捕まえた。
「土方さん、駄目です!斬るのだけは駄目です!」
「えーい、離せ島田!今宵の兼定は血に飢えているのだ!」
 ・・・四半時ほどかけて、土方の説得とおまちの沈静化がおこなわれた。


「やれやれ。衆人環視の元で眠らねばならないとはな」
 土方の困ったようなぼやきに、芹沢が軽い調子で言ってきた。
「歳江ちゃん。アタシんちから持ってきた眠り薬があるけど、どう?」
「・・・芹沢さんの薬とは、ちと気になるが・・・」
「無理にとは言わないけど。風呂場でのこと、話しちゃおっかなー?」
 笑顔でそう囁く芹沢に、土方は動揺の色を隠しきれなかった。
「ま、待て。あれは、武士の約束だろう」
「アタシ、結構忘れっぽいから☆」
 く・・・と歯を食いしばる土方に、芹沢は一転して真面目な口調でこう諭した。
「大丈夫。アタシね、守る気で交わした約束は絶対破ったりしないから」
 島田は感心した。カモちゃんさんって、やる時はやる人なんだと。しかし次の瞬間気がついた。
“待てよ。じゃあ、守る気がなくても約束しちゃったりするんじゃ?”
 結局、土方は芹沢の差し出した薬を服用してから、用意された布団で眠りについた。寝息を立て始めるのに、10分とはかからなかった。
「あら、ちゃんと眠り薬だったみたいねえ」
 芹沢のそのかすかな呟きを島田は聞き逃さなかった。
「ちょ、ちょっとカモちゃんさん、今何て?」
「えー?やだぁ島田クン。アタシ何も言ってないわよぉ」
「言ったじゃないですか!とても土方さんには聞かせられない事・・・」
「『ゆうもあ』よ『ゆうもあ』。島田クンも、『ゆうもあ』を解する大人の男にならないとダメだぞ」
 それ以上、この話題に触れる事はできなかった。と言うのも土方の寝息が苦しそうなものへと変わってきたからだ。嫌な気配が道場に充満してきたような気がする。
「・・・あーのくたら、さんみゃくさんぼーだい」
 おまちが棒を振って何やら唱え出した。棒とは巫女が持ってる、先に白いヒラヒラがついた道具だ。島田を含めてほとんどの隊士はその名称さえ知らない。
「山南さん、あのヒラヒラ飾り棒は何ていう道具なんですか?」
 島田は博識な山南に、こっそり聞いてみた。
御幣ごへい、もしくは幣束へいそくと呼ばれる『みてぐら』の一種だ。あのヒラヒラは紙垂しでという紙なんだよ」
 島田には、これだけでは何の事やら、さっぱりわからない。
「ゴヘイ?ヘイソク?・・・ミテグラ?」
 山南はため息をついて、島田の肩に手をおいた。反対側から藤堂が寄ってきた。
「いいかね?神社で、神に仕える役目の者たちを『神職』と言う。その神職が使う・・・」
「ねーねーまこと。あの娘さ、巫女なのに般若心経を唱えてるよ。本当に大丈夫なの?巫女さんは神道で、般若心経は仏教だよ。神道なら祝詞のりとだよ。混同しちゃってるよー」
「そこっ!ひそひそ五月蠅いですよ!気が散るじゃないですか!」
 おまちに怒られて山南は口を閉じた。だが藤堂が島田の袖を引いて囁いてきた。
「『みてぐら』って言うのは幣帛へいそくとも言って神様に奉献・・・奉って献上する物の総称。神様と自分とのつながりを確認するための道具、だったと思うよ」
「もういい。俺には理解できない類の話みたいだから」
 島田は力無くそう言って、おまちと土方の方に意識を戻した。
「エロイムエッサイム、エロイムエッサイム・・・」
 棒読みで、また何やら唱え出すおまち。だが土方の様子は何も変わらない。
「・・・今度のは、何ですか?」
 島田はまた小声で山南(と藤堂)に聞いてみたが、二人とも何故か答えなかった。仕方がないので島田はまた、意識をおまちと土方の方に向けた。
 目をこらすと、白い霧のようなものが土方の身体にまとわりついているのが見えた。そして真上から覆い被さるような位置に、禍々しい靄も見える。そして土方が呻く度にその腕や足に・・・歯形のようなものが残されていくのである。
「永倉ハンマー!」
 その靄の辺りを永倉の武器が、ぶーんと唸りをあげて通過した。
「だから、よしなさいアラタ!トシさんに当たったらどうするのよ?」
「でもよぉ、黙って見てるなんざ性に合わねえ!」
「トシちゃん痛そう・・・これが悪霊の噛み噛み・・・はっ!?駄目よ、あたし!」
 近藤は一人で頭を振り、雑念を払おうとしている。
「実体がない、か・・・ふむ」
 山南が眉間に皺を寄せて考え込んだ。沖田がそんな山南をちらりと横目で見た。刀に手をかけている。抜きたくてうずうずしているようだ。
「て、敵ながらあっぱれですね!でもでもおまちには取って置きがあるんです!」
 まだいたんだ、という藤堂の声を無視して、おまちはヒステリックに叫んだ。
「切り札よ。奥の手よ。最後の手なんだから、悪霊さんも逃げるんなら今のうちよ!」
 棒でその靄の辺りを指して早口でまくしたてる、おまち。目が血走っている。
「これはですね、この世でただ一つの、ありがたー・・・いのかどうかよく知らないんだけど、とにかく特別な呪文なのよ!もうこれを浴びちゃったら悪霊さんなんか一巻の終わり。二巻なんか絶対に出ないの!だから最後なのよ!」
 ハァハァ荒い息をしながら、おまちは目を閉じて両手を胸の前で合わせた。
「はーーらーーみーーたーーごーーじーーむーーげーーげーーむーーげーーげーーごーーむーーごーー」
「・・・??」
 全員の視線がおまちに集まった。だが、もちろんおまちは見てはいない。
「にーーったいてんとう、ぐーぐいぐーぐいぐーぐいぐーぐいぐーぐい・・・」
 後はひたすら、ぐーぐいと唱え続けるおまちに、一同が呆気に取られていると。
〈むーーーーーーーーっ、やめえーーーーーーーーい!!〉
 奇怪な叫びが聞こえ、土方の身体の上にある靄が醜悪な老人の姿に変わりだした!
「おおっ!」
 島田が驚きの声を上げる。予想していない展開だったからだ。
「で、でたわね。あくりょーさん!」
〈その、けったいな念仏はやめんか!気分が悪くなる!〉
 一同、事態の変化についていけない・・・いや、いけてる人もいたようだ。
「さてご老人。あなたの目的について、伺いたい」
 山南が真面目な顔で、こう霊に語りかけた。その傍らにはいつでも抜ける体勢の沖田がいる。近藤はいつの間にか、永倉と原田の近くまで来ていて、二人を制しつつ状況を見守っていた。
〈わしは女が好きだ!それも生意気で、男を屁とも思っとらんのがいい!〉
 話によると、その老人霊はそういった女に思うまま悪戯したい、でないと死んでも死にきれないと、まあそういう事だった。
「うわあ・・・それってつまり、トシちゃんモテモテって事だよね」
 近藤が、的はずれな?感想をもらす。
「そういう問題かな?」
 藤堂が小声でそうツッコミを入れるも、誰も聞いていない。
〈それがあの、へんてこりんな念仏のせいでわしは・・・わしは〉
 老人はじろりと、おまちを睨んだ。
「え、え、何で?どうして?ああ・・・やっぱり私は『薄幸のひろいん』なんですね」
 自分の言葉に酔っているかのように、へたり込んで見せるおまち。
〈わしの気持ちなぞ、誰にもわからーん!〉
 心の中で結論が出たらしく、老人霊は叫んでおまちに向かってきた。
「その通り」
 こそっと山南がそう言葉を発した。やはり誰にも聞こえてないが。
「おまちちゃん危ない!」
 咄嗟に島田が刀を抜いて、その霊めがけて斬りつけた!
「おい、島田・・・」
 永倉が何か言いかけるが、その時にはもう島田の刀は霊をざくりと・・・
「・・・!?」
〈甘いわい!〉

●エンディング1 刀編

●エンディング2 島田編

<マルチシナリオらしいです>


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