〈甘いわい!〉
 斬られた霊がふうっと消えた。その直後、島田の刀が不意に島田の手からするりと抜け出た。
「ええ?」「まずい、入られたな」
 島田の叫びと、山南のつぶやきが一同を緊張させた。
〈ぬわっはっは、ぬわっはっは〉
 島田の刀が、びゅんびゅんと霊の意志で飛び回り始めた。
「空飛ぶナントカ剣ってやつだねー」
 藤堂の声はやっぱり誰の耳にも届かない。
「ああ、俺の刀・・・まだ支払い終わってないのに」
 島田の情けない声。刀とは、決して安いものではなかった。いや、中には安価で手に入る物もある。だがこの島田誠というおとこ、やたらと衝動買いするのであった。気に入ったら勢いでポンと買ってしまう。
「・・・ねえ歳江ちゃん」
 芹沢が言った。土方はまだ眠っていたが、藤堂が力一杯揺さぶって起こした。
「副長!起きて!起きて!起きて!起きて!」
「ううう・・・いったい何が?頭が重い」
「ねえ歳江ちゃん」
 また芹沢が言った。今度は土方、鋭い目を芹沢に向ける。状況はと言えば、島田の刀がびゅんびゅん飛び回っていて、みんなはかろうじてその攻撃から身をかわしていた。
「あれ、ぶっ飛ばしてもいーい?」
「・・・・・・大砲は、不許可だ」
 少し考えて、土方は答えた。口元には普段通り不敵な笑みが浮かんでいた。
「きゃーーー!きゃーーー!島田さんが守ってくれるから、おまちは全然怖くありません!」
 おまちが叫んで、島田を盾にしている。そんな二人に向かって刀は矢のように・・・。
「ちょっとあんた、しつこいのよ!」
 芹沢の鉄扇が側面から、刀をすくい上げるように繰り出された!島田の刀はくるくると回りながら飛んでいって道場の天井にぶち当たって、床板の上に落ちた。
〈ぬおっ、何をする。痛いではないか!〉
 文句を言いつつ刀がふわりと浮き上がった、その瞬間。
「二番、鈴音。いきます」
 ゆらりと刀に接近していた沖田がすっと刀の柄に手をかけ、両手でひしとつかむと
「せぇい!」
 全体重をかけて刀を床板に突き刺した!ばきっと音を立てて床板が割れた。突き立った刀はまるで道標のようだった。沖田は素早く柄から手を放して、けほけほと咳き込みながら後退。
 さて狼狽した老人霊は必死に身体?の自由を取り戻そうとする。
〈ヌオッ・・・?う、う、うう、動けん!・・・く、く、ぐ〉
 刀はわずかに動いているようにも見えるのだが・・・どうやら島田の刀に入る事で霊力を使い果たしでもしたのか、別のものに移る事さえ不可能なようだ。
「ふ・・・無様だな」
 立ち上がって土方が言った。鬼の副長の復活だ。
「永倉。原田。床板を引っぺがせ。そいつごと、火にくべて焼く事にする」
「おう!」「任せて!」〈な、なに・・・火じゃと?〉
 ベキャ!ガスッ!バリバリッ!バターン・・・!
 二人はハンマーと槍を振るって床の一部を破壊、板は刀が刺さったままで転がされた。
「・・・燃やし、ちゃうんだ」
 藤堂のつぶやきは、誰も聞いてはいなかった。
〈う、嘘じゃろ?わしは霊じゃが、熱さも痛みも感じるんじゃぞ!〉
 あわてふためいたような老人霊の口調にも、土方は全然動じない。
「ほお、器用な奴だな。それで?」
〈それで?じゃない!わしを焼き殺すつもりか?おまえ、それでも血の通った人間か!?〉
 さっきまでとは一転して非難の声?をあげる老人霊。この言葉に答えたのは、
「あなたが悪霊なくらい、歳江さんは人間だよ」
 山南だった。土方の眉がぴくりとする。
「山南。気になる言い方だな。私が悪人だとでも言うつもりか?」
「はっはっは、それは言うまでもない事だね」
 山南はそう言うと、だから言わない、と言い残してどこかへ出て行ってしまった。
〈ま、待て。待ってくれ!毎晩おまえのもとへ通ってきたわしの思いを、恩を忘れたのか!〉
「知らん。貴重な睡眠を妨害された記憶しかないな」
〈わしの、わしの熱く煮えたぎった思いは、どうしてくれるんじゃあ!責任取らんかーい!〉
 意味不明の事をくどくどと言い続ける老人霊を、土方たちは無視した。
「芹沢さんから聞いたが、悪霊は不浄ゆえに焼いて消滅させるのが決まりだそうだ」
「そーよぉ。歳江ちゃん、ちゃんと覚えててくれたのねぇ☆じゃあ早速やりましょ」
「ちょっと待ってよ!迷える霊は土に埋めて、時間をかけて浄化するのがいいと思う」
 珍しく強い声で、藤堂が二人の間に割って入った。
「そうなのか?」「まあ、アタシはどっちでもいいけど」
 まだ処置も決まっていないのに、永倉がその床板に手をかけた。
「よっしゃー!アタイが運ぶぜ!沙乃、そっち持てよ」
「アラタとじゃ背が違いすぎるわよ!」
 原田はピタと島田に目を止めた。島田はまだ放心状態だった。
「お、俺の刀が・・・あれがもしも駄目になったら、俺の数ヶ月分の給料が・・・」
「島田、なに呆けてるのよ!アラタと釣り合うの、あんたぐらいしかいないんだからね!」
「島田さん、ちょっとかわいそうですね。何しろ相棒を失ったわけですから」
「ちょっと、そーちゃん。『失った』ってもう過去形なの?」
「ねえねえトシちゃん、熱湯かけたら浄化できないかな?」
 一同がわいわい言っているところへ、おまちが御幣を振りながら割って入ってきた。
「だめです!熱く煮えたぎった脂親父の霊を浄化するのは、油虫を熱湯で倒すのとは違うんですよ!」
 隊士たちは彼女の言葉に、思い思いの反応をした。
「脂親父ってまるで山南さんの、いえ・・・何も言ってませんよ。けほ」
「おー!油虫なら熱湯一発でコロリだよなー」
「霊と虫とを一緒にするなんて!でも沙乃は燃やすのに賛成。刀は火であぶっても平気だからね」
「ふむ・・・ならば早速。おやっさん、溜まっているゴミにあれを加えても問題ないな?」
「ほおほお。ゴミを燃やすのは儂の仕事じゃからの。いくらでも燃やすぞ」
「やっぱり燃やすんだ・・・まことの刀、ちょっと心配。粗悪品だったら使えなくなると思うよ」
「へーちゃん、普通の刀なら炎くらい、へっちゃらだよ・・・あ、あたしの部屋のごみも出さなきゃ」
 近藤がそう言って、音も立てずに道場から出て行った。
「・・・あのー」
 当惑しているおまちの首根っこを、
「んふふ☆おまちちゃんは、アタシが送っていくわね。夜も遅いし」
「んきゃ!ちょっと待ってください。私、猫の子じゃありませんよお!」
 芹沢がつかまえて、そのままズリズリと連れていこうとしていた。
「あーれー!拉致されちゃいますー、島田さーん、たーすーけー・・・」
「んもう、騒々しいわねえこの娘。えい」ドスッ。
 おまちの声は聞こえなくなる。もっとも、今の島田には聞こえていなかったが。


 普段から燃やしているゴミ・・・の山の中に、近藤が持ってきた、書き損じらしい丸められたお習字の紙たちが入れられた。ぽい。続いて沖田が持ってきた、妙に赤黒いしみがついた羽織が入れられた。ぽい。
 そして山南が何故か早足でやってきて、『イットー流秘め事』と書かれた書物を素早くゴミとゴミの隙間に捨てて立ち去った。ぽい。最後に永倉が、島田の刀が刺さったままの床板を投げ入れた。どぐしゃ。炎は鮮やかに燃えている。めらめらめらめら。島田の刀だけが、天をまっすぐ指して立っていた。
 一人去り、二人去り・・・後には『俺の、刀』と繰り返す島田が残った。めでたし、めでたし。
 島田「どこがめでたいんだ、どこが!俺の刀どうしてくれるんだよ!?」
 土方「敵に刀を奪われるは士道不覚悟と言うことにしても、よいのだぞ」
 島田「・・・うう、めでたし、めでたし・・・って言えばいいんでしょ?」
藤堂「これ、安物だったみたいだね」(黒い棒きれのようになった島田の『相棒』を差し出す)
 ・・・・・改めて、めでたしめでたし。


 あとがき、のようなもの。
 デザートクエストUを略すとDQUになります。だから副題が『悪霊の〜』なんです。題名から一目瞭然かもしれませんが、(超・遅ればせながら)PS2版のDQ5発売記念と言うことで。あとDQ7発売間近記念も兼ねて。
 おまちの唱えた般若心経の一部『あーのくたーらさんみゃくさんぼだい』とは原語をそのまま漢字に音写したもの(アヌッタラ・サムヤック・サンボーディ)で、意味は『完全な悟り』だそうです・・・。


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