<1−1、タイヤの役割とは>

 よく言われるように車は軽自動車でもF1マシンでも基本的に4本のタイヤだけで路面に接地しているので、操縦安定性能だろうが動力性能だろうが制動性能であろうが、車両の運動性能はタイヤが路面と力のやりとりをすることで成り立っています。従ってタイヤの発生する力が非常に重要な役割を果たします。

 ここで、車が曲がるときのタイヤの役割について考えてみましょう。糸の先におもりを付けて振り回しているとき、おもりには内向きに求心加速度が発生しており、それを発生させる外力として糸に張力が発生しています。つまり求心力と張力が釣り合っているわけですが、ここではわかりやすく慣性力の概念を用いて言えば、糸の張力と慣性力(遠心力)が釣り合っている状態です(図1.1参照)


車も同じで、車が曲がるとき、もう少しかっこよく言うと車両が旋回しているとき、旋回内向きに求心加速度が発生しています。それを発生させている外力がタイヤと路面の間に発生する力で、見かけ上慣性力(遠心力)とこのタイヤ力が釣り合っているわけです(図1.2参照)


旋回中は身体が外向きに傾くような力を感じると思います。ここでその遠心力を支えて横方向(旋回内向き)に引っ張る糸の張力のような存在がなくては、車は外側に飛んでいってしまいます。それがタイヤが発生する力です。タイヤにスリップ角がつくとタイヤは横方向の力を発生するのです。スリップ角とは先程言った「タイヤの向きとタイヤの進む向きがほんの少し違う」その角度のことです。「タイヤの進行方向とタイヤの向きって違うんだっけ?」と思われるかもしれません。例えば車が今まっすぐに走っているとして、ハンドルを切ってタイヤを例えば5°左に向けたとします。このあと車は左に旋回し始めますが、ちょっと待って下さい。ハンドルを切った直後(0.00何秒後を想像してください)はまだ車は直進しているので前輪の進行方向=車の進行方向=直進方向となっています。これに対して前輪のタイヤの向きは最初5°左に切れているのでタイヤの(瞬間的な)進行方向とタイヤの向きは5°ずれていることになります。要するにタイヤを斜めに引きずりながら走っている状態です。この角度のことをタイヤのスリップ角といい、この場合は前輪タイヤのスリップ角=5°というわけです。


スリップ角がつくと何故タイヤは横方向の力を発生するのでしょうか?基本原理は摩擦力です。摩擦力=摩擦係数μ×垂直抗力Nという例のやつです。えっ、高校の物理なんて忘れてしまったって?わかりやすく考えましょう。タイヤってゴムでできていますよね。だったら消しゴムで考えてみましょう(図1.4参照)


机の上で消しゴムを上からある程度押しつけながら手前から前方に引きずってみて下さい。このとき摩擦力を感じますよね。方向としては前方に動かすと逆にあなたの手は机から消しゴムと介して手前に戻される方向に抵抗(力)を感じると思います。要するに動かした方向と反対向きに摩擦力を受けるわけです。タイヤも消しゴムと同じです。ただ一つ違うのはタイヤはある方向には動かしても空回りしてしまうように細工がしてあるという点です。この方向に対しては動かしても当然摩擦力は発生しません。ここでさきほどのスリップ角がついているタイヤに戻って考えてみましょう。


タイヤの進行方向を、タイヤの向きとタイヤと直角の向きに分解して考えてみると、1.5のようにタイヤの向きにV1(=V×cosdeg)の速度でタイヤが動いていてタイヤと直角の向きにV2(=V×sindeg)の速度で動いているわけです。ここでタイヤの向きに動いている分についてはタイヤが空回りしているので反対向きの摩擦力は基本的に発生しません(厳密には転がり抵抗等若干発生しますがややこしくなるので無視しましょう)。これに対してタイヤと直角の向きに動いている=引きずっている分については、先ほどの消しゴムの例と同じで移動方向と反対向きに地面(机)からタイヤ(消しゴム)を介して車(手)が力を受けます。これがタイヤが発生している(地面からタイヤを介して車が受ける)力で、この力のことをタイヤの横力と言います。この地面とタイヤの間の力、地面がタイヤを横方向に引っ張る力が、先程の例の糸の張力に相当するものです。

実はタイヤ工学の専門書等をみれば横力に対してはこのような説明ではなく、タイヤの接地面のトレッドゴムの変形量が接地面の前端から後端まで徐々に大きくなる(但し最後端部はスリップ領域)ように考え、それぞれの変形量にトレッドゴムの横方向の剛性をかけた力を前端から後端まで積分したものを横力の説明として載せているものが一般的です。静摩擦や動摩擦を考えれば先程の説明は厳密には正確でないかもしれませんが、概念を簡略に理解するには取りあえずこの程度の理解にしておきましょう。尚、横力がタイヤ接地点中心のどれくらい後方に働いているか(この量をニューマチックトレールといいます)や、コーナリングフォースの非線形性などを考える場合はこの説明では限界があるので、一般的な説明について<7、タイヤ横力(コーナリングフォース)の発生メカニズム(詳細)>の項で説明します。

ところでタイヤの発生する横力は摩擦力ですから消しゴムのところでちょっと言及したように上から押しつける力(垂直抗力)=「この場合は輪荷重」が大きければ、大きいということになります。しかしどこまでも輪荷重に比例して増え続けるかと言えば実際はそうではなく高荷重領域では発生する横力が比例分より多少少なくなってきます。この特性は後で関連することが出てきますので頭の片隅に置いておいて下さい。

 さてここでタイヤ横力とコーナリングフォースの関係を説明しておきたいと思います。といっても2つは似たようなもので多少定義が異なるだけのことです。前述のようにタイヤ横力はタイヤの向きと直角方向に発生する力ですが、コーナリングフォースはその横力(本当は横力と転がり抵抗等タイヤに発生する全ての力)の「進行方向に対して直角方向成分」のことです(図1.5参照)。ちなみにタイヤ横力を分解したときの進行方向前後方向成分は車両後ろ向きに引っ張る力であり走行抵抗(コーナリング抵抗)となります。ハンドルをいっぱい切って旋回しているとき、前輪に抵抗を受けて車速が落ちるのを感じたことがあるのではないでしょうか。

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