<8−4、キャンバー角とその影響>

 タイヤのキャンバー角も旋回性に影響を与える要素です。車両のキャンバー特性について考える前に、キャンバー角とキャンバースラストについて説明しておきたいと思います。

 キャンバー角とは8.7左上に示すように、タイヤを正面から見たときの傾きのことです。また、キャンバー方向に傾きながら直進するタイヤには傾いている向きに力が働いていて、この力のことをキャンバースラストといいます。

テキスト ボックス: 接地長

 


 キャンバースラストが発生する簡単な説明をしておくと、キャンバー角の付いたタイヤは8.7左下の「タイヤトレッド中心を上から投影」した図を見てわかるように自由に転動しているときはその軌跡は円弧となり、タイヤは旋回軌道を描きます。しかしこのタイヤを強制的に直進させると接地長間でトレッド中心はまっすぐに進むこととなります。つまりトレッド中心は本来の円弧の位置から直線の位置に変形させられるわけです(図8.7右参照)。トレッドゴムが変形して力を発生するメカニズムは<7−1、タイヤ変形のモデルによる横力の説明>の項と同じです。

 キャンバースラストが旋回外側に作用すればコーナリングフォースを相殺してしまうし、そもそも過大なキャンバー角が付くと接地面形状が変化し正常なコーナリングフォースを発生できなくなってしまいます。これを避けようと考えれば、旋回中の車輪のキャンバー角はゼロ近傍にしておくことが好ましいわけですが、このためにはサスペンションのキャンバー変化特性とキャンバー剛性が重要になってきます。

 最初にサスペンションのストロークに対するキャンバー変化特性を考えてみましょう。8.8の例のサスペンションは上下のリンクが平行でかつ等長であるため、ストロークしてもA点、B点がそれぞれ同じだけ車体内側方向に移動するため、キャンバー角は車体に対して保たれ、キャンバー変化しない特性です。


ここで注意すべきは、この特性では旋回中の地面に対するキャンバー角をゼロに保てないということです。なぜなら「サスペンションのストローク〜キャンバー特性がゼロ」といってもそれはあくまでも車体に対してのことだからです。車両はロールしており、このときの地面を描けばそれに対してタイヤはロール角分だけ外側に傾いていることがわかると思います。このように地面に対するキャンバー角を「対地キャンバー」といい、この対地キャンバーをゼロ付近にしておくためには、車体に対してはバウンドでネガティブ、リバウンドでポジティブなキャンバー変化を有していなければなりません。ここでネガティブとはタイヤの上方が車両内側に傾く方向で、ポジティブとは逆に外側に傾く方向のことです。

 8.9はストローク〜キャンバー変化特性がバウンドでネガティブな特性を有するサスペンションの例です。この例では先程の8.8の例と同じリンク構成ですが、上側のリンクがノーマル状態(普通に止まっている状態)で外上がり、下側のリンクが外下がりになっているため、バウンドでA点が内側へ、B点が外側へ移動し、バウンドネガティブキャンバーの特性となるわけです。


このように車体に対してはバウンドネガティブなキャンバー変化特性をもって初めて対地キャンバーをゼロ付近にすることができるわけですが、実際にはあまり極端なリンク配置は諸性能の要件から取れなかったり、次に述べるキャンバー剛性の影響でさらにポジティブ側に戻されたりするため、独立懸架式サスペンションの場合は旋回中の対地キャンバーをゼロ付近にすることは案外難しいのです。このため、最初から(停止して止まっている状態から)ネガティブキャンバーを付けてしまうということもあります。このように最初から付けられるキャンバー角をイニシャルキャンバーといいます。よくレースカーなどで特にフロントのタイヤに大きなイニシャルネガティブキャンバーが付けられているのを見ることがあると思います。ただ、一般車両であまり大きくこれをやるとタイヤ偏摩耗やわだち路などでハンドルを取られる等様々なの弊害が出ると思います。この他にもサスペンションジオメトリとキャンバー角の関係では、例えば前輪においてはキャスター角を増やすと転舵で(外輪)ネガティブキャンバーを強くすることができますが、ここでは詳しい説明は省きます。

 尚、リジッドアクスル式のサスペンションの場合はその構造から、タイヤのたわみ分を除き必然的に対地キャンバーは常にゼロとなります(図8.10参照)。FF車のリアサスペンションなどにこの変形が採用されているのは、独立懸架式よりキャンバー変化特性に優れているのが一因です。


 さて次にキャンバー剛性について説明したいと思います。旋回中は大きなタイヤ横力がサスペンションに入力されることは先に述べました。せっかくサスペンションジオメトリで対地キャンバーをコントロールしてもキャンバー剛性が低ければキャンバー角は旋回外側へ戻されてしまいます。

 旋回中の外輪を考えてみると、8.11のようにタイヤ横力Fyの反力として下側のリンクはブッシュB(車体)をFbの力で圧縮しようとします。逆に上側にリンクはブッシュAをFaの力で引っ張ることになります。


それぞれの大きさは、左右の釣り合いから

 Fy=Fb−Fa

タイヤ接地点回りの釣り合いから

 Fa×La=Fb×Lb

よって

 Fa=Fy・Lb/(La−Lb)  …(8−2)

Fb=Fy・La/(La−Lb)  …(8−3)

となる大きさです。

するとB点は車両内側へ押し込まれ、A点は外側へ引っ張り出されて、キャンバー角はポジティブ方向に開くことになります。また当然ながら、ブッシュAとブッシュBの剛性が低ければ低いほどキャンバー剛性は下がるのでブッシュ剛性を高くしたいところですが、振動遮断性が悪化して乗心地やハーシュネスに悪影響が出ます。

 一方、例えば8.12のように上下のリンク間スパンを大きく取ったらどうなるでしょうか。8.12はLbをそのままにLaを大きく取った例ですが、Laを大きくするほどFaもFbも小さくなり特にFaは絶対値がかなり小さくなります。これは、式(8−2)及び式(8−3)からも明らかです。さらに、これによりA点、B点の移動量を小さくできるだけでなく、同じ移動量ならスパンが大きくなった分キャンバー角変化は小さくなりキャンバー剛性は上がります。


このようにブッシュAとブッシュBの剛性を変えなくても8.12の例の方が8.11よりキャンバー剛性を高くできるのに加え、極論すればブッシュAの剛性をほとんどキャンバー剛性の要件を外して決定できるようになります。


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