<1−2、ハンドルを切るとなぜ車はコーナリングする?>
説明が少しややこしくなってしまいましたが、これまでの説明で車が直進している状態でタイヤを切ると前のタイヤにスリップ角が付き、摩擦力の原理でタイヤに横力が発生すること、このうち進行方向に対し直角方向の成分をコーナリングフォースと言うことは理解していただけたと思います。
さて、いま車があるコーナーに進入しようとしているとします。このコーナーは一定のR(半径)になっているコーナーです。直進状態から一定の半径を旋回している状態に至るまでを考えてみたいと思います。この間車速は一定とします。
図1.6を参照してください。直進からハンドルを切った直後の状態では前輪にスリップ角が付いてコーナリングフォースが発生していますが、後輪は車の進行方向に向いているのでコーナリングフォースは発生していません。するとどういう事になるでしょうか?車の前の方は左に引っ張られていますが後ろの方には左右には力が加わっていないのでこの力のアンバランスで車は左に回頭し始めます。すなわち車が左に旋回しはじめるわけです。力学的に言うと車両の重心周りにモーメント(回転力)が発生するために重心廻りにヨー角加速度が発生し車両の向きが左に回頭し始めるということになります。
ここでヨーとは、図1.7中のヨーイングのことで、ヨーイングとは車で言うと回頭方向の回転のこと(ちょっと難しく言えば車両を上下に貫く軸回り:図中Z軸回りの回転のこと)です。これは聞き覚えがない言葉かもしれませんが、残りのローリング(進行方向の軸回りの回転、図中X軸回り)と、ピッチング(進行方向に直角左右方向軸回りの回転、図中Y軸回り)については船などの揺れに使われるので聞いたことがあるのではないでしょうか。このヨー角加速度が発生しているということはある瞬間にあるヨーレイト(ヨー角速度)=「右または左に首を振る回転速度」がどんどん増加、または減少している状態です。もう少し詳しく言うと、物理学の授業で習ったように、力を加えると物体には加速度が生じます。その大きさは力をF、物体の質量をm、加速度をαとすると、F=m×αの関係になります。例の運動の第2法則というやつです。ところで回転方向の場合も同じで、回転方向の力(モーメント)がある回転方向の質量(慣性能率)に加わったとき、物体は回転方向の加速度(角加速度。この場合はヨー角加速度)を生じるわけです。回転方向の速度(角速度。この場合はヨーレイト)はハンドルを切る前は0ですが、角加速度が生じたのでだんだん速度を加速していき、速くなっていきます。つまりこの場合はどんどん左に回頭する速度が増えていきます。
ではハンドル=前輪をある角度一定で保持していればこのヨーイングモーメントのアンバランスはずっとそのままでしょうか?それによって車両はクルンとスピンしてしまうのでしょうか?普通にセッティングされた車は通常の状態ではそういうことにはなりません。簡単にいうと、車体が旋回しはじめるとそれにより今度は後輪にもスリップ角が付き始め、それにより前輪のコーナリングフォースと後輪のコーナリングフォースが車両の重心点を挟んで引っ張り合う形になって、モーメントのアンバランスが減っていき、最終的にはある一定の旋回状態になります(図1.8参照)。
この状態を定常円旋回といい、一定の車速Vで一定の舵角で一定の車体スリップ角で一定のヨーレイトω(旋回角速度)で一定の半径Rで一定の旋回加速度で旋回している状態です。ここで車速Vとか旋回半径Rとかヨーレイトωとは、高校の物理で勉強したV=R×ωとか、α=R×ω2とかのV、R、ωです(図1.9参照)。このとき重心点を挟んで前輪と後輪のコーナリングフォースが釣り合って重心回りのヨーイングモーメント=0となり、前輪と後輪のコーナリングフォースの和が、この半径をこの質量の車がこの速度で旋回するときの遠心力と釣り合っている状態です。以上が車がハンドルを切ると車が旋回するおおまかな説明です。