<10−番外、もしスカットやダイブ量をゼロやマイナスにしたら?>

余談ですが、かつて加速時のスカット量がゼロを行き過ぎてマイナスの(加速するとリアが浮き上がる)車に乗ったことがあります。その車はFRベースのいわゆるオフロードタイプの車両でしたが、発進時に尻が浮き上がるような感じで非常に違和感がありました。<10−2、アンチスカットジオメトリ>におけるアンチスカットを前後荷重移動による沈み込み量以上に設定したサスペンションでは、当然ですが本当に車体のリアが持ち上がりながら発進します。

 それはともかくこの章を読まれた皆さんは、「スカット率やアンチダイブ率、リフト率を1.0にして沈み込みを無くせば」と思われたことと思いますが、正確には知りませんがおそらく多くの市販車がそうはなっていないと思います。

例えばFR車でリアサスペンションのジオメトリをアンチスカット率=1.0近傍に設定した車両では副作用としてパワーホップなどと呼ばれる現象が出たりします。これは、急発進でホイールスピンに近い状態になった場合などにグリップとスリップの境で駆動力が周期的に変動し、それがアンチスカットジオメトリのために上下力変動に変換されることにより駆動輪がバタバタと上下に振動する現象です。もちろん減衰特性など様々な要素が絡んでいるため、アンチスカット率=1.0近傍なら一概に発生するというわけではありませんが、あるサスペンションで駆動力変動が上下力変動に変換される割合はアンチスカット率がゼロから1.0に近づくほど当然大きくなります。

この例以外にも例えばFR車のリアのアンチスカットとアンチリフトについては角度の定義が違うものの同じサスペンションの瞬間回転中心位置に対する要求であり完全には両立できない場合もあるなど様々な要因があってしたくてもできないという事情もあるのですが、仮にできたとしてもスカットやダイブ量はゼロにはしないのではないでしょうか。人間の感性というのはとても微妙で、頭で考えて良かれと思うことも乗ってみるとそうでもないということがよくあります。加速してもまったくリアが沈み込まなかったり、ブレーキを踏んでもまったくフロントが沈まない車はかえって不自然で、人間の感性により否定されてしまうからです。ある有名な欧州製スポーツカーは、制動時にフロントがある程度ダイブする設定となっており、そのかわりリアも同時に沈み込む、つまり全体が沈むことで制動時の安定感を出しているものもありました。また、ひと頃流行った油圧アクティブサスペンションの車も人間の感性の問題などから、わざわざコーナリング時に少しロールしたり、加減速時に少しピッチするような設定になっていたと思います。勿論あまり姿勢変化が大きいのはそもそも良くないので、何事も適度にということでしょうか。


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