夢。
 夢の中。
 闇に、陸朗と菜那緒が寄り添うように立っている。いや、浮かんでいる、と言った方が正しいだろうか。
 二人は微笑みを交わし合い、互いの手を取り、更なる闇の奥へと進んでいく。
(行かないで!)
 海砂は叫んだ。陸朗が消えてしまうのが嫌だった――自分ではなく、菜那緒と消えてしまうのが。
(陸朗ちゃん、戻ってきてよぉ!)
 だが彼らは決して止まらない。菜那緒が振り返って海砂を見た。
 ずくん、と胸を走る鈍く強い痛み。
(陸朗ちゃん、『その人を連れて行かないで』――!?)

 翌朝、空知はいつものように海砂を起こしに彼女の部屋に入った。目覚ましが鳴っても海砂が起きているのは、確率的に二分の一以下なのだ。
「海砂、朝だぞ。さっさと起きろー」
 まずは軽く頬を叩く。いつもは唸ったり眉をしかめたりと何らかの反応があるのだが、海砂の表情は変わらなかった。
 次に空知は海砂の身体を揺すった。
 だが、海砂が起きる気配はいっこうに無い。よほど熟睡しているのだろうと呆れた空知は更に激しく海砂を揺り動かす。
「ほら、あんまり寝てると朝ご飯食べる暇無くなるぞ!」
 しかし、海砂は依然眠ったままだ。
 空知は、ここでようやく海砂の様子がおかしいことに気が付いた。

 駅ビルで空知達と偶然会ってから一週間以上経った頃。陸朗は親友の栗原くりはらたもつと一緒に駅前のファーストフード店にいた。
「保、携帯取って良い?」
「構わないぜ」
「あ、空知からだ。もしもし――え?ちょっと待って」
「どうしたんだ?」
「僕、別のところで話してくる。荷物見といてくれよ」
「何だよ。お前のポテト食っちまうぞ」
 陸朗は保に取り合わず、携帯だけ持ってその場から離れる。
「ごめん空知、もう一回言って」
『……海砂が目を醒まさないんだ』
「何だよ、それ」
『ちょうどあんたと黒羽さんに遭った日の夜から、ずっと眠り続けてる。これって、変だよな?』
 陸朗の思考回路が、一瞬止まる。何を言われたのかすぐに理解出来なかった。
「当たり前だよ、物凄く異常事態じゃないか!海砂、病気か何かかい?」
『医者に診せたけど、身体には全く異常が無くて、原因が判らないって言われた。今日、とうとう病院に入院させたんだ』
 気丈なはずの空知の、電話越しに聴く声は震えていた。
『心配掛けるといけないから叔母さんとこにはまだ連絡しないって親父が言ってたけどさ、あんたに教えとこうと思って――なぁ、海砂、このままずっと起きないってこと、無いよな?』
「当然、絶対に無いって!!」
 電話に向かって怒鳴るむなしさに陸朗が気付くと同時に、彼の脳裏をよぎる、「ある事」。
「――菜那緒さんに、海砂のことを話そう」
『えっ、そこで何で黒羽さんが出てくるんだ?』
「ケースは違うけど、僕、ちょっと前に酷い悪夢に悩まされたことがあって。その時僕を助けてくれたのが、菜那緒さんなんだ」
 彼女は、夢に関するプロフェッショナルだから。
 現代医学が匙を投げた海砂を救うためには、もはや藁でも何でも良いから、可能性があるものにすがるしかない。
『わかった……』

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