「陸朗ちゃ……」
どうしたの、と訊こうとした海砂の声は間に合わなかった。
陸朗は足早にショップの中に入り、まっすぐ試聴コーナーに向かった。ついさっき空知がヘッドホンを渡した相手に話し掛けているようだった。
「あれ、陸朗のクラスメイトかなんかかなぁ」
「――でも、聞いてないよぉ?」
名前で呼ぶほど仲の良い子がいるなんて。
海砂達と陸朗が住んでいるところは互いにそれほど離れているわけではないから、時々遭うと学校や友達の話をしたりする。が、小学校を卒業して以来、陸朗は女子のクラスメイトの話を滅多にしなかったはずだ。
「あいつももう高校生じゃん、あたしらに言わないことも出てくるって」
空知の言葉は決して慰めではありえなかった。
海砂の心の隅が、ちりちりと音を立てる。
陸朗と少女が動いた。空知と海砂の方に戻ってくるようだ。
「うぁ……」
改めて少女の顔を見た空知から、思わず感嘆の声が漏れる。
肩までの絹糸のような黒髪に映える色白の肌は、頬の辺りが淡い白桃のような色彩を見せて。瞳の焦げ茶がやや奇妙に感じたが、目鼻立ちの完璧さを損なうものでは無かった。背は空知より高いだろうか。
少女は美しかった、他の追随を許さぬほど。
「陸朗ちゃん、その人――誰?」
「紹介するよ。この人、僕の知り合いの黒羽菜那緒さん。えっと、この二人は僕の従姉妹で、梧空知と梧海砂って言うんだ。二人とも僕と同い年だよ」
「あ、はじめまして」
「――はじめまして」
「こちらこそ、初めまして」
その時の菜那緒の微笑みは、女でもどきりとするほど艶やかで。
空知が横目で姉を見ると、海砂は間魂を吸い取られたかのように菜那緒から視線を離せないでいた。
このままでは駄目だ、と、空知は勇気を振り絞り菜那緒に話し掛ける。
「黒羽さんは陸朗のクラスメイトなんですか?」
「いいえ、私は女子校に通っているから。あと、同学年だから、敬語は使わなくて良いわよ」
「わかった。じゃ、そうするよ。こっちも丁寧語いらないから。な、海砂?」
「う、うん」
「陸朗君と空知さんと海砂さんって、そっくりなのね」
「ああ。あたしらの親父と叔母さん――陸朗の母親がさ、物凄く似てるんだ。で、あたしらは父親似、陸朗が母親似に生まれたから、自動的に三人同じ顔さ」
「空知は絶対に性別間違えて生まれた。みんな、僕より男前だって言うんだもんなぁ」
「それ言うならあんただってそうだろ?今でもしょっちゅう女に間違われるじゃん」
「こ、これからもうちょっと男らしい外見になっていくんだよ!」
「どうだかなー」
陸朗との言い合いで自分の調子を取り戻した空知の横で、海砂の方はまだ殆ど喋ることが出来ないでいる。ぼんやりと菜那緒の横顔を見ていると、気付いた菜那緒と目があった。
また微笑む、菜那緒。海砂の顔がかぁっと熱くなった。
「空知達と菜那緒さん、これから暇?」
「ええ」
「多分――だよな、海砂?」
空知は多分買い物のことを心配していたのだろうが、海砂はこくりと頷いた。
「だったら、立ち話も何だし、何処かに入らない、かな?」
陸朗だけが何も知らないかのように、はにかみながら言った。
海砂が一番好きな、表情で。