「う……やっぱり決めらんない」
 海砂は空知に見捨てられた(と彼女は感じた)後、色々な毛糸を棚から出して見たり戻したりを続けていたが、あまりの種類の多さに激しく目移りしてしまう。
 仕方ないのでまずは予算範囲内に収まるものを、と思ったが、一体何玉の毛糸を買えば間に合うのか海砂には見当もつかなかった。
「うぇ〜ん、みんな空知ちゃんのせいだー」
 などと激しく見当違いにぼやいているところ、
「海砂?」
 と声をかけられ、思わず彼女は「ぴゃあ!?」と奇妙な悲鳴を上げてしまった。
 海砂の横に立っていたのは、彼女と瓜二つの顔の少年。
「り、陸朗ちゃん」
 海砂の心臓は、鼓動が大きすぎて壊れそうなほど鳴っている。
 彼女が今買おうとしている毛糸で作る予定のマフラーは、この同い年の従兄・かつら陸朗のためのものなのだから。
 海砂と空知、そして陸朗の顔がそっくりなのは、兄妹である海砂達の父親と陸朗の母親がやはり瓜二つだったからだ。少しはもう片方の親に似ていても良いものの珍しいことだ、と今でもたまに話題に上がる。
「珍しいなぁ、海砂の方がこういう店にいるなんて。空知は?」
「し、CD屋さんの方に行っちゃった」
「じゃあ、あいつも捕まえに行こうか」
 陸朗は海砂が毛糸を買おうとしているとは露とも思っていないようだった。軽く袖を引っ張られると、海砂の足はいとも簡単に陸朗と同じ方向に動く。
 幸せだった。
 やっぱりわたしは陸朗ちゃんが好きなんだな、と思った。

(やば、海砂が毛糸の重量と編む物に必要な量、考慮に入れられるわけないじゃん。変に高い奴買おうとするかも)
 アルバムの新譜を試聴している最中、空知は海砂の能力を誤って高く見過ぎてしまったことに気付いた。今頃海砂は途方に暮れて、ひょっとしたら泣いているかも知れない。考えすぎだと言い切れないのを、生まれてからずっとの付き合いで空知は熟知していた。
 やっかいだと思いながらも結局は世話焼き体質の空知は、試聴を中断した。
「あ、これ、どうぞ」
 後ろで順番を待っていたらしい少女にヘッドホンを手渡し、CDショップを出ようとした。が、ショップの方に向かってくる二人組が視界にはいると、足を止める。
「なんだ、陸朗も来てたのか」
「うん、本が欲しくってね」
 無意識のはにかみは陸朗を少女のように見せる。髪型も近い陸朗と空知が同じ格好で並んだら、二人の性別を取り違えられるかもしれない。
「二人は何しに来たんだい?」
 海砂が陸朗の半歩後ろで、空知を助けを求めるような視線で見た。
「あたしがCD欲しくてさ。そしたら海砂が『わたしも空知ちゃんと一緒に行くぅ』って言い出したんだ」
「それで、海砂が途中で飽きたってわけか」
 いつもならここでぶうたれる海砂だが、ほっとしたのかにこにこと二人の会話に頷いている。
「陸朗ちゃん、これからどうするの?おうちに帰るの?」
「そのつもりだけど――あっ!」
 突然、陸朗の視線が試聴コーナーに釘付けになる。
 菜那緒ななおさん、と言った時の陸朗の声は、今まで海砂達が聞いたことのない調子だった。

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