夢見る時に感じる時間と目覚めている時のそれとでは、流れ方が全然違う、と空知は思った。非常階段の踊り場で菜那緒の瞳を見たのが、もう随分と昔の事のように感じられる。
 陸朗との間に会話は無く、重苦しい雰囲気だけがそこにあった。
 空知は、海砂が起きていた最後の日の事を思い出す。みるみるうちに感情が溢れていく。そしてとうとう、言葉になった。
「本当は……黒羽さんに頼りたくなかった」
「空知?」
 陸朗の見せる、戸惑いの表情。
「あんた、気付いてた?あの子の気持ちの事」
 空知から言えば海砂は怒るだろう。だが、やめる事が出来ない。
「海砂はずっと昔から、陸朗の事が好きだったんだ」
 知ってたよ、と陸朗は呟いた。本当に、小さな声だった。
「えっ!?」
 驚いたのは空知の方だ。「絶対に無い」と信じていたし、海砂に信じさせようとしていたのに。
「空知は僕の事、凄く鈍いって思ってるみたいだけど、本当は逆なんだ。他人ひとが考えてる事、何となく解っちゃって」
 菜那緒さんだけは読みとれないけどね、と陸朗は苦笑した。ジョークのつもりなら、とても出来が悪い。
「でも、海砂の気持ちに気付かないふりをしてた方が良い、って思ったから――」
「そう、か」
 陸朗の言葉は婉曲な拒絶表現で。だが、空知の中で認められないながらも予想していた事では、あった。
「陸朗は黒羽さんが好きなのか?」
「うーん、どうだろ――やっぱり、そうなのかなぁ。ただの恋愛感情とは何か違って、単純に言い切れるようなもんじゃないけど」
「だから、黒羽さんだと海砂が可哀想だ、って思ったんだよ」
「……」
 悲痛な表情を浮かべる、陸朗。だが一呼吸置いて、驚愕のそれに変わった。
 空知の双眸から、泪。
「双子の片割れの恋敵なんだから、少しでも憎めれば楽なんだ。でも、出来ないんだ――海砂が何で苦しんでたか、あたしは解る。だってあたしも同じだから」
 黒羽さんが気になるんだ、と空知は泣いた。
「初めて逢った時から、どうしようもなく彼女に惹かれるんだよ。苦しくて切なくて……ずっと昔に無くしたものを見つけたみたいに懐かしいんだ」
「それって、空知」
「ああそうだよ、まるで恋してるみたいだろ。相手は女なのにさ。けど、止められないんだ!あたしだってこんなに苦しいのに、ましてや海砂はあんたに惚れてたんだ」
 恋敵がいると言うだけで辛いのに、更に彼女に対して愛しいという想いを抱いてしまったら。
「あいつ泣き虫で弱いから、きっとどうしたらいいか解らなくなったんだ。だから起きたくなくなったんだよ……」
 なんであたしは海砂の所に行けないんだ、と空知は叫んだ。
「もしかしたら空知も、行けるかも知れない」
 ずっと沈痛な面もちで彼女の言葉を聞いていた陸朗は、躊躇いがちに呟いた。
「何だって!?」
「気付かなかった?普通の人間は他人の無意識領域に入れないけど、僕はこうして空知の領域にいる。菜那緒さんみたいに夢魔と戦う事は出来ないけど、夢界を自由に動き回る事は出来るらしいんだ。だからひょっとしたら、従姉妹の空知にも出来るかも知れない」
「やる!このまま何も出来ないぐらいなら、その可能性に賭けるぜ」
 空知の表情と共に、領域の色も変化した。
 それはきっと、希望の色。

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